I don't know-2
一方、大声で聞こえる母禮と遊佐のやり取りを聞く斎藤は複雑な心境だった。
遊佐が言っていた通り、ここ近頃斎藤は母禮の事をずっと見ていた。あの忌まわしい日からずっと。
敬禮は言っていた。次はお前の番だ――と。
そして何より、敬禮を殺したあの時からやたらと痛む胸の奥。この訳の分からない痛みに1週間も抱え、斎藤は生活をしていた。
正直このままいつもの様に誰を殺したなんてかは自身の胸の奥に閉じ込めておけばいいのだ。けれども何故か、今回はそれができない。
しかしそれは大鳥母禮という敬禮の大切な存在を見る度に、痛みは増して行く。
もう3年以上から慣れ親しんできた感情が痛む度、斎藤の中で溢れ出るのは罪悪感とあまりにも臆病で醜い感情。
(言える……はずもない)
言えなければ、言いたくもない。けれどももう斎藤自身、この痛みに耐えきれやしないのだ。ここ1週間の付き合いとなった重い手で受け取ったトレイをテーブルに置き、着席し、まずは鮭の切り身を一口。
「……焦げてるんだが」
思わず漏れだしそうになる苦笑。恐らく仕事に身の入らない母禮の焼いた鮭はどれも等しく焦げているのだろう。
ただ台所でギャーギャー騒いでいる母禮の姿を見てどこか安心を覚えながら、斎藤は卵焼きに箸を伸ばした。
◆
忙しなくバタバタという足音がエントランスに響く。
あれから1時間半経ってから、ようやく母禮はマンションの下まで降りてきた。朝食を済ませた斎藤を1時間以上待たせてしまった故に、掛け足で斎藤へと寄る。
「すまない、遅くなった。待たせただろうか?」
しかし斎藤は態度どころか表情1つすら崩さない。寧ろ待っている時間を与えられた斎藤にとっては恩の字なのだが、母禮にそれを一切伝える事などなく、こう返した。
「いや、思われる程待ってはいない。行くぞ」
多少長引いた朝食の後、落ちあった2人だが、斎藤の短い言葉と共に2人はマンションを出て、外を歩き始める中、母禮は斎藤へと尋ねる。
「ここから言ってた鏡内までは、どれくらいかかるんだ?」
「歩いて小一時間程だ。不服か?」
「いや……別にそんな事はない」
「そうか」
たった少し言葉を交わした後の沈黙。しかし母禮は別にこのやり取りが嫌いではなかったし、何よりいつも何食わぬ顔でいる斎藤の顔がなんとなく好きだった。
最初母禮は斎藤を父と母を殺した犯人と見ていたが、それは杞憂であると知った時に覚えたのは安心感。
しかし犯人なのではないかと疑っていても、嫌いになれないというのは恐らく斎藤のいい所なのだろう。
その良点とは、飾り気がない所。一言で言えばシンプルだが、別段複雑ではない方がらしくあれる。
喩えるならば曇りなき刃。ただそれは人を残酷に殺す残虐さもあるが、鋼の色はなんとも言えない程に美しく見える様。
そんな事を何となく思い返しながら斎藤を見上げた瞬間、互いに目があってはバッと俯く。
「あれ?気づいてないの? 最近、所以さんってば、れいちゃんの事を穴が開くかと思うぐらい見てたりするんだよ?」
朝食の準備の際に聞いた遊佐の一言が、今異様になって気になってしまう。
無視を出来るものならば、母禮も無視をしたかった。だが、この言葉を思い返せば再び一気に頬が熱くなる。
そして胸を打ちつける鼓動は、想いの真意を聞けと促すかの様に、毎秒その重さを増していく。
「斎藤、さん」
そう母禮は小さく彼の名を呼ぶ。震える声よ、どうか気持ちに変わって――と儚き思いと交差する母禮の小さな声音に斎藤は母禮を一瞥して短く言葉を返す。
「何だ?」
「遊佐さんが言っていたんだが、最近斎藤さんがおれの事をよく見てるって……何か言いたい事でもあるのか?」
「ああ」
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