Siren-3
痛覚が機能しないのは先程地面に埋まった時に、受けた衝撃でほぼ痛覚を失ったからこその人体現象。
振り下ろしたはずの腕は一瞬の内に斬り刻まれ、もはや再起不能と言ってもいい。最早この男の命がいよいよ終わるという事はもはや確定事項であった。
「く、そ……」
そして腕を斬り刻むと同時に、胸に深い一閃さえ食らっていた。こんな事など普通の人間にこなせる技ではないし、もし自分が全快の状況だったとしても防げないと、倒れる刹那に敬禮はその恐怖と死を刻み込んだ。
成程、見事だ。この男は正に正真正銘の死神と言っていい。寧ろ敬禮自身も数多の命を奪ってきたからこそ、この技量には感服しかしない。
地面へと崩れ落ちて血の泡を吹きながらも声を漏らすが、その時の敬禮の表情は笑っていた。
まだ、これで終わりではないのだと言わんばかりに。
「はは、斎藤……俺は、これで『呪い』が解けた……が、次は貴様の番だ」
「何?」
この一瞬、敬禮の言葉に初めて斎藤が何か反応を見せた。だが敬禮がそれに答える訳がない。
何せ敬禮は何故、斎藤が直々に赴いて己を殺したのか。その理由をあの一閃をその身に浴びた瞬間に理解をしたのだ。
ならば死神よ、今度はお前が苦しむ番だ。
そして正義によって裁かれる。だから死の番人などにはなれない、正義の前では誰もが死の隷属になる他にないのだと――そんな視線を斎藤へと向けて。
「温かい……愛の、海で溺死すると、いい…‥」
「……」
◆
緩やかに死に向かう敬禮は、遠い日の事を思い出す。
「沈姫様!」
振り返る少女に、ガーベラの花束を渡ずいっ、と差し出す。そして頬を赤らめたまま、どこか決意するかの様に彼女に告白した。
「いつか、いつか俺が当主になって、貴女を守ります!だからその時まで――……」
そう言うと、少女は柔らかい笑みを浮かべていたのを敬禮は未だ覚えていた。温かい義妹の表情を、今も尚。そしてそれを思い出しながら緩やかに死へ向かう。
「沈姫……」
――その時までには強くなる、と。そう決めたはずなのに、何故、自分は報復にここまで身を落としたのだろう? もうそんな事さえ、敬禮には理解出来ない。
◆
そして斎藤は息絶えた敬禮を一瞥すると、暗闇の中でぽつりと呟く。
「温かい愛の海で溺死するといい……か」
あながち敬禮の言葉は間違ってはいないのだろう――そう、斎藤は自覚はしていた。
何より、自分はまた自身の手を汚した。しかも、まだ幼い少女の大事な存在と唯一の寄り処を奪った。きっとそれを知られたその日には――そう思うと、何故か心が痛む。
今まで贖える訳などない程までに犯した、数多くの罪。それを赦す者などなく、残された者の嘆きさえ自分は耳を貸さなかった。
もう長く痛む事のなかったはずの胸がどうしても苦しくて、自分を襲う不安と闇を抱えながら、斎藤はその場を後にした。
「……義兄、さん?」
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