Siren-2
「く、くそ……ッ!」
時は暫くして午前1時過ぎ。新選組がこの場を去った一方、都営新宿線を抜けた先の裏道で身体を引きずる敬禮がいた。
骨は肋骨は完全に全て折れているし、内臓も幾つか持っていかれた。
ただあの時、土の底に埋まらなかったのは、あの巨腕でとっさに自身の身を守り、地面を破って這い上がってきたからである。ごぽっ、血反吐を吐き出しては1歩、1歩と夜闇を進む。
実は自身を手に掛けた母禮は知っている。敬禮がまだ死んではいないのだと。
『呪い』を継承した者は例外なく血縁を結んでいる為、誰かが死ねばそれは信号として伝わる。恐らくあそこで逃したのはあの少女のかけた優しさなのだ。
義理の兄であろうとなんであろうと自分が慕い続け、ここまで暮らしてきた兄だからこそ、結局は感情が邪魔をして殺しきれなかったのだ。だが、これは敬禮にとってはチャンスである。
重症ではあるが、回復術式を以てすれば2週間でこの身の傷は全て完治できるであろう。
「見てろよ……次こそは、絶対にあの小娘だけでも殺――」
忌々しいといわんばかりに殺意と憎悪を持って、母禮を殺すと言いかけた瞬間だった。
何故か、敬禮自身誰かに狙われているような錯覚に陥ったのだ。
ここは無人かつ誰もいないと知っているのに、自身の背後で何かおぞましいモノがいる――敬禮はほぼその恐怖を感じると、思わずこの視線の感じる方へと振り向く。
「誰、だ……?」
あまりの恐怖に珍しく押し潰されそうになったが、振り返ればそこには背の高い陰気な男の姿。
「貴様……確か、新選組の……!」
黒い軍服を身に纏い、左腕には赤いダンダラ模様の腕章。そして180強はあるであろう長身と一重と鋭いその目つきと顔つきは爬虫類の様――そう、かの新撰組の第3部隊隊長の斎藤所以だった。
この時、敬禮は何故と思った。
今自分らがいる場所はあの現場からかなり離れており、人気などない。まず一、人払いは既にしたはず。なのにこの男には影響されていないのか。
何より、何故彼は自分がここにいるのを知っているのか?
更に言及すれば、いつから自分を捉えていたのか?
まさか、母禮らと剣を交えていた所から見ていたのか?
まさか、まさか、まさかと円環の様に続く謎は、答えに辿り着く事などない。そしてそれは斎藤自身によってもどうでもいい出来事であり、彼の成すべき事はただ1つ。
だが、こんな憐れな男に慈悲を1つくれてやるのならば、これだけで十分なのだ。
「何故、俺がここにいるのか知りたげな顔だな」
「なら、それを教えてやるとでも――……」
顔を歪め、嘲笑う様な表情を敬禮が浮かべた瞬間、彼の右腕が宙を舞う。
「が……?」
ボト、と無機質な音を立て、地面に腕が落ちると同時に切断された箇所から噴水の様に血が吹き出す。
「ぐぎゃァアアアああああああああああああああああああああああああああ!」
「そして何故、人払いが通用していないかという問いかけに関してだが」
斎藤は呟く。ただ淡々と、冷酷に。非情を体現したかの様に。正にこの男こそ死神であると錯覚してしまう程に。
「アンタは幾度か遊佐や比企と殺りとりをしている。その度、アンタは人払いをしていただろう?あれだけ見せられれば、誰でも有効範囲ぐらいは読み取れる」
何故第3部隊――否、斎藤が仲間の粛清などに差し向けられたのかと問われれば理由は2つ。圧倒的な嗅覚と勘の高さだ。
加えて陽炎の様な佇まいを何時如何なる時でも保ったまま。それこそ彼が残酷な程までに、死神として創り上げられたのだ。
「それにこれぐらい離れて置かなければ、確実に比企達に勘付かれる。分かるか?」
「……くっ、はははははッ!」
馬鹿が、と大鳥敬禮は窮地に追い込まれても尚、哂う。利き腕である右腕を失ったのは痛手だが、こちらにはまだ2本の腕がある。
「死んでしまえ……」
自身の報復を邪魔する者は皆、自身を恐れ屈服せよと憎悪を込めて、その巨腕を思い切り、斎藤へと振りかざした。また対する斎藤はその瞬間、その場を微動だにしなかった。
「俺の邪魔をする者は全てなァッ!!かの新選組で最強と呼ばれる貴様でも流石に潰されれば――……」
生きれるはずもない、そうまた嘲笑った瞬間にぽつりと呟く声が響く。
「……誰が潰されている、と?」
この場に響いたのは紛れもなく、巨腕の下敷きになったはずの斎藤の声。
おかしい――潰したはずの相手が何故いつの間に、自身の後ろにいるのか? それを知ったのは約3秒経ってからだった。
「ぎゃあァアアあああああああああああああああああああああああああああ!」
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