Siren
夜闇の中に響いた慟哭に怒りに震え、真実を知った母禮に対し、冷たく嘲笑う男。
正直母禮も心の奥底では、合点がいった。そして共に失望する。
自分に向けられたあの優しい笑みと、自身を励まし気遣う言葉すら嘘。そして敬禮は如何なる理由であれ、自分の欲の為に、母禮の両親を殺した。
更には死者を冒涜し、それらを罪と認めずに嗤うこの男が赦せない。だが、それでもと思い歯を食いしばる。
そして化けの皮を剥がした悪魔の嘲笑は、未だ止まない。
「そんな事にも気付かなかったのか、この馬鹿め。だが、そのおかげで新選組では参謀という地位を与えられ、『生命の樹』に寝返ればその肩書きのおかげで『生命装置』の構成と使用条件を知る事が出来たよ」
しかし何故、この大鳥敬禮という男は、ありとあらゆるモノを失意の底に落として利用したのか。彼がこう鬼畜となっても成したかった事は、ただ1つ。
「これで、俺の復讐は形を成す。散々馬鹿にしてきた愚かな貴様ら大鳥本家に対してのなァッ!」
確かに大鳥家では本家の人間が全ての全権を握っている。それ故に家令や使用人だけでなく、分家にあたる人間さえ書き損じた紙の様に扱ってきた。
その残虐極まりない差別は、大鳥が大鳥である為の支配欲に起因するが、それで全て許される訳ではない。無論敬禮の様に本家の人間を恨み、更にはそれで血を血で洗ったのも事実。
だが母禮の父は違った。相手が分家の人間であろうが、使用人であれが平等を掲げ、大鳥家を再興したというのに、それはただの過去が全てを奪った。
高笑いをし、巨腕を振り下ろす敬禮の言葉など他所に母禮はスッ、と傾国の女を構え直す。まるで、何かを祈る修道女の様に。そして低い声音で比企へこう告げる。
「…‥比企さんと他の人は早くここから逃げろ。でないと飲み込まれるぞ」
「で、でも君1人を」
「早くッ!」
空を裂く様な大声を上げると同時に、最後敬禮は笑っては母禮にこう告げる。
「これでさらばだ、唯一の大鳥本家の生き残りよ。貴様が自ら来てくれた事に感謝するよ」
ゴッ!と背中から生えた巨腕が母禮1人のみ狙って、振りかざされる。それに対し母禮は祈る様な体勢を保ったままだ。
「大鳥さんッ!」
危機に声を上げる比企だったが、次の瞬間、この場を支配していた殺意と憎悪の念が霧散し、あの気味の悪い憎悪の甘い匂いさえ根絶された。
その瞬間、母禮は顔を上げると迫りくる巨腕ではなく、ただ憎い敬禮の瞳だけその琥珀色の瞳で見据えた。
「え?」
と同時に、敬禮が漏らした呆気ない声。巨腕が母禮に振り下ろされたと同時に、十字架の先は思い切り地面へと叩きつけられ、何もかも飲み込もうと彼に迫る。ただ1人、大鳥敬禮と存在だけを狙って。
「なァッ!?」
最後に一言を残す事もないまま、そこは先程まで抉れたていたはずの地面は、既に真っ平らな姿を取り戻していた。この異様さに誰もが呆気を取られるが、比企がしゃがみこむ母禮に手を伸ばす。
「君、一体何を……」
しかし母禮はその謎には答えず立ち上がっては、後ろを振り返っては一言だけ呟く。
「これでもう奴は地面の下だ、流石に生きてはいないだろう。比企さん、土方さんに報告してくれ」
「あ、ああ。分かったよ」
今まで様々な戦線をくぐり抜けて来た比企にさえ、今の一瞬の出来事など理解出来なかった。
比企が大鳥の呪いを知る事はないが、しかし何故大鳥家の人間が如何に神に疎まれたのか腹の底に落ちていく心地だった。
とりあえず事態を報告する為、比企は無線を新撰組本部へと繋ぐ。一方、母禮は今や真っ平らになった地面を一瞥する。
仮にも兄であった人間が埋まった箇所を見ても、やはり何の感情すら湧いてこない実状。しかし何も後悔する事はないし、これでようやく過去の清算が全て終わったのだ。
「さようなら、啓介義兄さん」
大事であった敬禮を切り捨てるような一言。だが何故か母禮は今にも泣きだしそうな表情を浮かべて、その声音はどこか慈悲を感じさせるものだった。
短い報告の後に、そのまま彼らを回収にきた第10部隊が回してきたパトカーに乗っては、そのまま母禮達はその戦場を後にした。
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