last night
「灯影」
徐々に夜も暗さを深くさせる頃。東京のとあるビルのオフィスの一室で、凛としつつも重い声が響く。
「灯影」と呼ばれた男は声の持ち主の方に椅子を回転させるも、その右手では軽くペンを回している。
見た所、灯影と呼ばれた男は一見30前半代近くに見えるが、実際はそこまで若くはない。例え外見が実年齢より若かったとしても、それ以上に彼の精神はそれ以上に安定し、達観している。
この灯影と呼ばれた男こそ、あの融合結社・『生命の樹』のリーダー、高杉灯影なのだ。
対して、高杉に声を掛けた男は表情どころか、声音1つ変える事はない。
至ってこれが普通。そう、高杉灯影という男は常に傲岸不遜である。しかしそれを知っていても、もう1人の男もまた高杉の都合など知らんとばかりにこう皮肉を向けた。
「あまりうろつくなと言ってあっただろう。せめて『本社』にいてくれ、ここでは手間がかかる」
男の言葉は正に注意そのものだが、およそ自分の呼び掛けにこの男が従う事などない。だがそうだとしても今は都合が合わない。故に自然と溜息も漏れる。
この男もまた『生命の樹』に所属する構成員であり、名は樹戸榊。
彼こそ科学の結晶と謳われる程の天才で、現に『生命の樹』においては、科学部門では最高責任者であり、権威でいえば高杉の次に席を控えている。
謂わば樹戸は高杉の右腕であり、頭脳なのだが、高杉は別段己の右腕の言う建て前について聞く気は更々ない故にこう返す。
「別に構わないだろ、俺様がどこにいようとも。……で?何かあったのか?」
「幾分と緊急の伝令でね。今夜、新選組が動き出す」
「それで?」
相変わらず軽い調子で答えれば、また樹戸は溜息を吐く。だがそれがどうしたと返す高杉。
そう、一体何が問題なのだ? と。
確かに『生命の樹』の最終目標こそ、国家への反逆ではあるが、表向きでは思想集団兼、政界だけでなく様々な団体などに協力体制を築いた上で改革に助力している。
だから普通なら、新撰組さえ政府の命令さえなければ、彼らをテロリストとして検挙する事は不可能。
それ以前に、『生命の樹』という集団自体が、テロリストなどと自覚しているのは高杉だけでなく、樹戸を含めた幹部3人しか知らないのだ。
では何故、そんな些事に対し樹戸は高杉に報告したのか? その理由は至って単純明快。
4月の中旬から新撰組の参謀として、『生命の樹』に従順していた大鳥敬禮が深く関与している事に他ならない。
樹戸らも国家の機密組織である新撰組の動向は掴んでおきたいのは事実。それに敬禮程の男であれば、自身らが知らない様々な裏事情など容易く手に入る。つまり自分達が動かなくていい上に、コストが全く掛からないのだ。
もちろん大鳥敬禮という男は、樹戸や高杉からみれば、その程度の価値しかないのは百も承知。だからこそ高杉はもっと慎重になるべき会話へと斬り込む。
「互いに諜報員を忍ばせているのは滑稽な話だが、どうせ奴らじゃ『生命の樹』には手を出せない。なら、どの駒がやらかした?」
「愚問だよ、大鳥の現当主様……大鳥啓介だ。しかし痛いのは彼を失う事ではなく、彼が持ってしまった玩具に他ならん」
樹戸がいう玩具とは、樹戸自身が『生命の樹』に於いて開発しているという『生命装置』という対人兵器である。
銃火器などの様な対人兵器ではないが、樹戸自身が水面下で行ってきた実験、つまり生命の自動操作を可能にさせる稼働装置。
曰くたった1つボタンを押せば人が死ぬ――そんな核以上に凶悪な産物の設計図を、大鳥敬禮こと本名・大鳥啓介は手にしてしまった訳だ。
「彼が私の研究している生命装置の情報を持っているのは既に把握済みなんだが、最近彼は動きすぎているし、今夜辺りが恐らくヤマらしい。そこでどうするか――」
「放っておけ」
樹戸の言葉を遮り、つまらなそうに高杉は告げる。そして同時に再び椅子を動かして樹戸へと背を向けた。
「『生命の樹』は何人も受け入れる集団だ。たかがそこらの不良でも、国籍が違うとしても、それが敵であったも、だ。だが奴の結末は分かってんだろ?」
まさか自分の頭脳がそんな事が分からないはずがない――そう言わんばかりに喉を鳴らして高杉は笑う。
「丁度いい在庫処分じゃねーか。……まぁ俺様の予測じゃ、アレは『生命装置』に関する事は1つもゲロしないと思うんだが?そこんとこはどーよ?」
「……まぁ、確かに彼はそこまで働かせる頭などないだろうよ」
つまり与えられた権威に溺れて思いあがっている無能は、喰われて終いだ。そんな末路を既に2人は見切っている。
だが樹戸も不安要素であった『生命装置』の正体を明かされる事がないと聞けて安心したのか、このとき初めて端正な顔に薄く笑みを浮かべた。
「なら、今回もお前を信じよう」
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