Sign-2
その真剣さに母禮は思わず息を呑む。すると比企は真剣な様子で話を切り出した
「あそこは結構自由に行き来できる人間の集まりだから特に問題はないらしいけど、アイツらの中で1人、異様な研究者がいる。名前は樹戸榊」
恐らく現在で、この樹戸榊という男の名を知らない者はいないだろう。
若くして慶応大学の教授になっただけではなく、まだ10代の頃から科学を用いてこの国に貢献してきたという。
それだけでなく研究者としての能力に留まらず、医学や語学、スーパーコンピューターなどの知識も兼ね備えた若くしての天才。故にこの日本ではある意味有名人である。
そんな彼が『生命の樹』に所属しているのは意外だが、確かにそれだけの天才ならば組織はこぞって彼を欲しがる。何よりそんな彼が『生命の樹』に所属する事でかなりの脅威なのにも変わりない。
天才かつ異様な研究者――そんな彼がどう兄と関わりがあるのか。その答えは酷くおぞましかった。
「その研究内容は命のオンオフ……つまり、人を生かすも死なすのも可能な研究論文だった。アイツらはそれを科学とオカルトで完成させようとしてるらしいけれど、アイツはその一部を知っている」
「え……?」
否、何故?――それが、比企の言葉を聞いた母禮の素直な感想だった。
確かに人の命を自在に操るだなんて事は、どうみても馬鹿げている。しかしそれ以上に気になるのはアイツと呼ばれた彼がそれを手にしている事だ。
いくら大鳥家といえど、樹戸と関わった事など1度もない。恐らく当主である敬禮しか関わった事がないのかもしれないが、それ以上にあり得てしまう事実はただ1つ。
そう、敬禮は新撰組を脱退した事実。
そして『生命の樹』の構成員と関わっているのならつまり――彼は『生命の樹』へと寝返ったという事になるのだ。しかしここで唖然としてはいられなかった。
予想も何も、敬禮が新撰組を脱退したのは事実だし、彼の本当の狙いが『生命の樹』にあると考えれば、別に驚く事はないのだ。
「それを逆手に取って何かを起こそうとしているっていうのが『生命の樹』に潜り込んだ諜報員からの情報なんだけど」
一通り現状を話し終わったのか、比企も緊張を崩すが、母禮は未だこの現状に納得など出来ていない。だから震える声でこう返す。
「じゃあ、命のオンオフとやらの研究内容を知っているとでも?」
「その可能性は高いと土方さんは睨んでるみたいだよ。そんな事がアイツらがする前にこちらに仕掛けてきたら、どうする事もできやしない。だからこそ捕縛しなくちゃならないんだけど」
つまり敬禮はその悪魔の様な品を持って、新撰組を完全に潰すつもりなのだと、土方や他の隊員は予測しているという事。信じたくもないが、これなら平隊員が『大鳥』を恐れる理由がようやく腑に落ちた。
「けど中々……ね。で、さてここで先輩から一言。アイツを探しにここまで来たのなら、もうやる事は決まったでしょ?なら後は迷わずに進むだけだよ」
確かに敬禮の真意は掴めずとも、彼の動向は分かった。そして母禮がすべき事は、彼からその真意を聞きだし、大鳥家の人間としての誇りを問う事。そこに迷いなどない。
「それに、あの相似に思い切りビンタかます程の度胸を持ってるんだから大丈夫。きっと意志が違えても、君なら戦える……と俺は思うよ?」
そう言われては、先程渡された包みに視線を落とす。
最早比企は斎藤や遊佐、土方と違って、恩義に溢れる人物だ。そして何より自身を女だと軽蔑せず、何故かこうも信じてくれている。そして最後に母禮へこう言い残す。
「大丈夫、君は独りじゃないさ。今晩第2部隊で大掛かりな攻撃をしかける予定だけど、君にも同行してもらうのは土方さんから聞いているよね?なら、その時はよろしく。それじゃあ俺は出勤時間だから、また夜ね」
手を軽く振り、去っていく小さな影を見送って、手元には貰った漬け物おにぎりが4つ。
「……弱いなぁ、おれも」
刹那感じた比企の優しさ。未だ新撰組での生活に嫌気しか覚えないが、それでも事情を知って手を取ってくれる人もいるのだと知ると、思わず涙が零れそうになる。
小さく呟くと、話し込んでいた非常口階段で貰ったおにぎりを頬張る。味は好い塩加減で、何よりおにぎりを包む海苔の感触が堪らない。
それを一気に食べ終わっては立ち上がり、「よしっ!」と呟いて母禮は部屋へと戻る。
「あーあ……結局、比企さんにいい所持っていかれちゃったなぁ」
この様子を一部始終見ていた遊佐は静かにそう呟いては、やれやれと息を吐く。
「監視役は所以さんだけど、面倒を任されてるのは僕なんだからさぁ……気使ってよ」
叩かれた頬を抑えながら遊佐も20階へと戻り、その後、母禮の部屋まで行っては今日は任務の前にこのマンション内の案内をすると申し出た。
それと良ければ軽い買い出しをすると告げれば、先程の様な緊迫感はどこにもなかった。
単純だな、と遊佐も母禮も心の中で呟いては今日1日は施設を歩き、買い物へと繰り出したのだった。
.




