solitary-2
影踏との戦闘が始まって、徐々に樹戸自身も影踏の戦闘スタイルに違和感は感じていた。
だが、今の樹戸の攻撃を防いだことから、樹戸の中での疑念は確信に変わる。
今の影踏は超能力に頼らず、自身の魔術師としての力で戦っている。
確かに影踏は、超能力者としては並でしかなく、樹戸の足元にさえ及ばない。
だが、魔術ではどうか?
現に彼は『生命の樹』で200人近くの魔術師をまとめ上げ、さらにはその中で1番の実力を持つほど魔術師としての才能がある。
ましてや彼自身、『生命の樹』に所属していたころは、『セフィロトの軍神』という通り名まであった。
それほどまでに恐れられる存在であるゆえに、あのアマンテスさえ追い詰められた。
しかし、樹戸の中ではもう1つだけ影踏に対してある違和感を持っていた。
樹戸の抱いた最大の違和感——彼はどこまで自身の抱いた憎しみと融合しているのか?
それを口にしようとした矢先、影踏は刹那今まで余裕そうな表情を浮かべていたのにも関わらず、突然顔を歪める。
「……ああ、そういうお前の顔が気にくわないんだよ。あのころからずっとそうだった」
「私の顔が何か?」
「何か、じゃねぇよ」
あからさまに浮かび上がる憎悪の表情。
焼け爛れた顔を歪め、鋭い眼光をさらに鋭くさせた瞬間、この場が爆せた。
「その薄ら笑った顔だよッ! アンタにとっては無意識だろうが、アンタはいつだってそんな顔で他人を嘲笑っていやがった!」
突然の重力展開で更地となったこの場に、突如光の柱のような物が降り立ち、それはことごとくこの地を抉った。
さらに、樹戸の足元は今一瞬の光の柱の降り立ちで、氷のように溶けた。
一体影踏がなんの魔術を使用しているのかは、樹戸にはあくまで予想しかできない。
しかし、これで樹戸の違和感は確信へと変わる。
確かに魔術というものは超能力者と同じく、実力やセンスも必要不可欠だが、実のところは感情に左右されやすい。
歴史における魔術は呪術を祖とされ、呪術の多くは対価を支払うか、何かを素体にすることで初めて効力を得る。
素体であれば、爪や獣の牙、木の実など。さらに呪詛を使うのであれば、人の髪や歯やさらには死体など。
ただ自身の持つ魔力を放出することを対価とすれば、魔力量によって魔法の威力や精度は左右される。
だからこその感情だ。
感情を優先すれば精度こそ落ちるが、そのぶん効力は増幅する。要は強力な魔法を使用するには『自身の意思』が必要となる。
影踏の場合、樹戸に対して際限ない憎悪があるからこそ、自身の魔力で樹戸の攻撃を全て押し切った。
それが例え、地球を壊せるほどのものであったとしても、影踏の憎悪はそれさえ崩した。
つまり、今の影踏は憎悪によって生かされている。
それが果たして誰へなのかは、心当たりが多すぎて想像がつかない。だが、樹戸は己が影踏に恨まれていることは知っている。
なにせ花村との戦闘で、樹戸は影踏を顧みずに大技の使用に踏み切った。つまり先に裏切ったのは樹戸が先だった。
なによりそれ自身が彼を殺すきっかけとなったのだから、恐らく影踏が今1番憎んでいるのは樹戸なのは明確。
ただこれほどまでの殺意を向けられれば、さすがの樹戸も背中に汗が伝う。
実際樹戸に余裕はないが、彼自身、普段から他人に対しては薄ら笑みを浮かべて接することが多い。
これは彼自身にとっての防御である。
顔に本音が出てしまえば、化かし合いを得意とする彼にとって不利でしかない。
もう1つ、彼は自身の感情を読まれたくないのだ。
これは樹戸の悪い癖ではあるゆえ、1度改めようとして努力したが、結局は水の泡——時すでに遅し。正に背水の陣。
そして、影踏は己の内を晒けだしていく。
「もう過去の感謝なんか構うものか! 結局、お前は俺を見捨てた、死んでもいいと、死ぬことこそが大義だとでも思ってたか!? お前も所詮はあのクソ英傑狂いに心酔してたもんなァッ!? だったらお前が死ねばよかったのに!!」
分かってはいたが、樹戸自身、影踏の口から出る悲痛な叫びにわずかながらの良心が痛んでいた。
確かに彼は高杉灯影に心酔していた面もあったし、彼を信用して『生命の樹』という組織を丸ごと彼に差し出した。
本心は、この世の中への復讐といいたいが、その中には「高杉灯影であればみんなを救える」なんて甘い妄念があったのも確かだ。
だったらお前が死ねばいい――それは、影踏が自身が切り捨てられたからではなく、樹戸のある感情を示していた。
「お前が死にたがりなのは知ってんだよ! なのにのうのうと生きて、ただただ身を任せてその場を生きる傍観者……。なのに、お前も高杉灯影みたいになれるって本気で思ってたんだろ? 高杉灯影の傍にいれば、どこか願いが叶った気がして……。それは俺も同じだった」
そう、樹戸はただ流されて生きてきた。
死にたいと思いながら、死にたくないという矛盾を抱え、今までのうのうと生きてきた。
しかし、高杉灯影と出会ってから彼の全ては一変した。
だから樹戸は高杉灯影の人としての輝きを、理念を、強さを誰よりも知っている。それを傍で支えることで、どこか彼が求めた世界の終わりに光が見えていたようで――。
それは影踏も同じだった。
幼いころから、兄である灯影と比べられてはいたが、それでもなお、彼は兄の優秀さを見抜いていた。肌で感じていた。
だからこそ憎くもあったが、それでも彼がいることで謎の安心感はあった。
影踏自身、言葉に形容しずらいが、それこそ『生命の樹』にいるときの本音がそれだ。
もう影踏には、なにも分からない。否、分かりたくないのだ。
自分の本心を知ってしまえば、置いてきてしまった本心を手にしてしまえば、彼は彼でなくなってしまう。
けれども、今の彼はまともなどいえなくて――。
「……知ってるさ、俺がとうに狂ってるなんて。だけれどそれでいい。ああ、そうだよ。お前ら2人にはいつだってそうだった。大嫌いなのに、憎いのに、死んでほしいのに――」
しかし、その先の言葉を影踏はいわなかった。
ただ本音の変わりに彼が吐いたのは、ある隠された秘密だった。
「知ってるか? ジパードのやつは『鎮守派』が都合のいい存在だとかいうが、実際そんな大層な話じゃないんだ。アイツらはただの傀儡。全部ジパードという貴族の栄華に取りつかれて妄信した馬鹿の言葉だ。アイツは自分の病を治すのを条件に、『鎮守派』を利用し、俺達の盾としたんだ。面白いだろう? いつだって人間は自分本位だ。自分さえよければ、他のものはどうなろうが構わない。だから――……」
「……ああ、だから――」
樹戸はここでようやく全てを理解した。
影踏は確かにあらゆるものを憎んでいる。それは樹戸も、高杉灯影さえも。
他にも自分を殺したアマンテスなど、多くの人間が。
しかしそれ以上に、あのとき惨めに死にかけた自分が最も嫌いで、恥ずべき存在で、最も消えて欲しい存在なのだ。
しかしだからといって、彼は憎む全てを「憎いから殺します」では済ませない。
ただ憎いから殺すのであれば、それはきっと犬畜生と同じ。
復讐に身を落とし、これから先の生涯そのものが復讐でしかなかったとしても、彼はもっと別のものを望んでいる。
だから、それを神の成り損ないに求めた。
樹戸が高杉灯影を妄信したように、影踏もまたディオニソスに心酔し、妄信したのだ。
だから彼の復讐というものは、あくまで理由。
その奥には、彼女への愛があり、そしてその愛が求めるのはとても利己的なモノ。
きっと彼は、もっと酷く悲惨な目に遭う――感情に鈍い樹戸でさえそれが読めてしまった。
だが、それでもかまわない。
なにせ、彼の、願いは――。
次の瞬間、この一帯は蒼い光に包まれて灰燼へと化した。
そして地にはなにも残らず、この影踏の攻撃による被害は『F-2000x66』の3分の1にも及んだという。
樹戸はといえば、最後の力を振り絞り、この場からの離脱に全力を注いだ。
結局、今全てできる演算能力を総動員させて、なんとかこの壊滅した区間からの脱出はできたのだ。
しかし、あの蒼い光は樹戸の身を焼いた。
彼自身、こんなこともあろうかと、炎の中に飛び込んでもある程度身体が守られるよう、特注の不燃性の繊維で造られたスーツを身に着けていたことが功を奏す。
その警戒心で命拾いしたはいいものの、火傷はやはり避けられなかった。
しかも、樹戸が負ったのはただの火傷ではない。
恐らくこれは憎悪の炎。
ただ対象を焼くのではなく、焼いた対象に延々と憎悪を打ち付ける。
ゆえに樹戸はしばらくはその憎悪によって、体を動かすこともままならず、アマンテスに事情を話して、憎悪の炎による呪いの解除を願い出た。
その呪いの解除にも、アマンテスが丸1週間全力を注いでやっと解除することができたほどだ。
ようやく日本に帰国して2週間後に元通りの生活を送れるようになった樹戸だが、今回の『F-2000x66』で得た情報は最悪なものが多すぎる。
「……はたして、我々に勝ち目などあるのかね」
およそ『グレゴリオ』の戦力は、影踏1人であのアマンテスを優に超えるだろう。
他、樹戸達の手元にある『グレゴリオ』の情報として、『グレゴリオ』の構成員は全員で13名。
正にこの世の創生を告げる聖歌隊。
一部構成員は洗い出せていないが、情報が明確となった構成員だけでも厄介な人物が多い。
まず、構成員を束ねる『神の成り損ない』であるディオニソス。
彼女自身、魔術は使えないが、そもそも人ではなく神に近い存在であるとされ、過去に『魔術協会』から禁忌指定の素体として封印されていた忌み子。
そしてそれに付き従うのが、過去『地を這う蛇』でアマンテスの側近をしていた坂村アレクサンドル。
アマンテスの話によれば、「こいつほど嫌な性格をした魔術師はいない」とのこと。
味方にいれば心強いが、敵対すればあらゆる面で対処が難しいという。
さらには坂村と同じく、元『地を這う蛇』に所属していた魔術師、クラリス・クレマンティーヌ。
彼女も魔術師としては非常に優秀で、戦闘面でも体術などにも長けているらしい。
『グレゴリオ』の悲願であり、最終目標であるディオニソスを神に昇華させる過程で最も重要になるのは『鍛冶師』の異名を持つ元シスター、サーニャ・アルセヴェウヌ。
そして、高杉影踏の5名。
さらに、詳細は不明だが、異名持ちの魔術師が2名。
1人は『グレゴリオ』で『魔女』と渾名される女——レヴィ・ア・タン。
そして2人目は、『死者と踊る者』の魔名を持つ1人の少年。
たったこれだけではあるが、正直これだけの情報に目を通しただけでも樹戸は頭痛を覚えた。
影踏以外の魔術師の実力こそ不明だが、アマンテスが厄介という以上、相当の実力を有しているのは事実。さらにはこの全員を全滅させたしてもなお、こちら側にはしなければならないことがある。
それが、『ラグナロク』の出現。これを防げなければ、例えディオニソスを殺したとしても、世界は必ず崩壊する。
またその『ラグナロク』における情報については、アマンテスを問い詰めたが、アマンテスが確固としてその口を開かない。ゆえに今は保留。
これらを全て片付けるとしても、人の手では難しい上に『魔術協会』も既に白旗を上げている。
要は、今現在『グレゴリオ』を討伐できる戦力は『地を這う蛇』のみ。
とにかく樹戸の今後の仕事は、日本がこれらの争いに巻き込まれないために、『グレゴリオ』との接触を絶ち、ひたすら『鎮守派』などの勢力の交渉から回避すること――しかしこれもほぼ不可能。
なにせ、日本でさえ今は『世界』設立の話は出ており、現に高杉がその話と突き合っている状態だ。つまり、『鎮守派』の根回しは今後も続くといっていいだろう。
本当に、樹戸がいう通りである。
はたして人類は、この『グレゴリオ』という災厄から逃れることができるのか。
その答えは後、1年後——来る2067年の5月に出されることになるだろう。
今はただ、これを見た『彼|』がただこの世を嘆き、この世を救うとその覚束ない身体で立ち上がることしかできない。
to be continued.
お久しぶりです、織坂一です。
これにて、本作後日談である「Will I change the Fate? ~Leave footsteps~」が完結となります。
今回は、影踏の樹戸さんへの思いが明かされましたが、これで全てではありません。
影踏はすっかり復讐者に成り果てましたが、一体なぜディオニソスに忠誠を誓ったのかは上っ面しか明かしてません。
しかし、「もっと酷く悲惨な目に遭う」のは確かなので、第二部では影踏の苦戦も1つの物語の楽しみ方となっています。
他にも、影踏の使用した魔術や彼の得意とする魔術が前作と同じ北欧系の神話を元とした北欧魔術なのかも不明ですね。
さらに蛇足ですが、『グレゴリオ』にはどんなのがいるのかについてもざっと説明しました。
正直、『グレゴリオ』に所属する魔術師は全員(色んな意味で)終わってます。
実力もそうなんですが、性格その他に色々難がある上に色んな事情も加わって、正に世紀末。最悪の絶望集団となり果てました。
「いや、正直こんなの『地を這う蛇』(もといアマンテス)だけじゃ無理じゃね?」と思いますよね。そうです。
さて、ここで前作登場した『新選組』や高杉灯影や樹戸さんも含めた存命メンバーがどう立ち向かうのかですね。
解説はこのぐらいになりますが、まずはここまで読んでいただきありがとうございました。
この第一部を完結するのに約2年、そして1年近くの休載については申し訳ありません。
ですが、この「Will I change the Fate?」シリーズは全力で取り組んでいますので、どうか終わりまでお付き合いいただけると幸いです。
この第一部はこれで完結となるので、この話を以て完結とさせていただきます。
次回から第二部である「Will I change the Fate? ~Requiem~」は新しいページを立てて連載いたしますので、しばらく続報をお待ちください。
それでは、ありがとうございました!
織坂一




