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ものさしの距離

作者: いさか

 隣の席の増岡さんは、他人が自分に近づくことをとても嫌う。

 すこしクセのかかった栗色の髪を短く切りそろえて、大きな黒縁の眼鏡をかけている彼女は、ありていに言えば寡黙な少女。本を読んでばかりいて、他人とのコミュニケーションを好まないんだ。

 それでも、僕は少しでも打ち解けられるようにと努力してきた。

 席が隣同士という男女が接近するお決まりのパターンというのは大概定例化されていて、よくあるのが落ちた消しゴムを拾うというシチュエーションなのだけど、もちろん増岡さんはそんな失敗などをみすみす起こすことなどない。むしろ僕が二、三回ほど落としてしまう痛恨のミス。というか、僕の消しゴムがどれほど近くに落ちたところで、言うに及ばず増岡さんは活字から少しも目を逸らさないものだから、結局は自分で拾いに行くハメになるという始末。

 さらに言えば、僕と彼女の席は教科書がぎりぎり橋渡しできるかできないか、というレベルで離されている。何故かといったら、増岡さんの「領域」に入らないようにするためだ。

 増岡さんはいつも、三十センチものさしを携帯している。毎日自席につくと、そのものさしを右手に持って、腕をピンと伸ばすんだ。そして自分を中心にして円を描くようにくるりと半回転。今度は反対方向に半回転。これがいわゆる増岡さん式のマーキングなのである。これ以上は自分に近づくな、という無言のアピールだ。

 こんな調子だから、僕はせっかく隣になったというのに、増岡さんとかなり距離を取らなくてはいけない。こう、もうちょっと近づけば、ちょうどいい距離間になるような気がするんだけど、彼女はそれを許さないのだ。

 増岡さんはまだ、僕に心を許していないのだろう。入学してからはや二週間経っているのに、この距離感は保たれたままだった。


     *


 ある日の朝、僕が自分の席に向かうと、ちょっと意外な光景を目にした。

 増岡さんが前髪を留めている。しかもその髪留めというのが、星の飾りのついた、けっこうかわいいやつ。

「おはよう、増岡さん。今日はなんか新鮮だね?」

 その瞬間、ぱちっと増岡さんの目が見開いた。僕も少し驚いて、

「あ、ごめん……ちょっと珍しいなって思ってさ」言いながら腰を下ろす。

 増岡さんは開いていた本をぱたんと閉じて、僕に一瞥もくれることなく、鞄をあさり始める。

 また無視か。でもまあ、仕方ないな。

 そう思っていた矢先のことだった。増岡さんがゆっくりとした所作で、ものさしを取り出す。いつものアレかと思っていたら、その手に握られていたのは――十五センチものさし。

 そのとき一瞬だけ、増岡さんとぱっちり目が合う。

 僕は机をほんの十五センチぶん、増岡さんの方に寄せた。


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