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休日でも勉強

 それは一枚の手紙がベルベットに届いたことが始まりだった。

「……」

 商人ギルドの支部へ届いたその手紙は貴族向けに使われる高級紙を使ったもので、それなりに成功しているとは言え、商会長でもないベルベットに使うようなものでは決してない。差出人が貴族であればその限りではないが、ベルベットと知り合いの貴族はこの都市アルスーンの領主のみ。そしてベルベットが所属する商会の商会長であるベネテを飛び越えてベルベットに直接手紙を出す程に領主と仲が良い訳でもない。

 嫌な予感がするベルベットは差出人を確認したが、そこには王国の中央部寄りの街で領主をしている貴族の家紋と当主の名が書かれている。職業柄、その貴族の名前は知っているものの会ったことなど一度もない。領主繋がりであるなら、手紙はベネテ経由で来るはずだ。

(私に一体何の用だ?)

 開封して内容を確認するとどうやら誰かの近況報告だ。愛らしいだの、可愛らしいだの、お姫様みたいだの、ベルベットがうんざりするような言葉がそこらかしこに散りばめられた吐き気を催す程の脳内お花畑状態がしっかりと伝わってくる。

 いや、逃避はやめよう。

(あいつ、貴族と結婚したのか)

 どうやら妹からの手紙らしい。妹は手紙にある貴族家の次期当主である子息と結婚したようだ。経緯は書かれていないが、大体は想像できる。妹が姉である私に結婚報告をしたいと駄々をこね、それを聞いた妹に激甘な実家が結婚相手である貴族の力を使って居場所を見つけ出し、当主の名前で手紙を寄越して来たようだ。

 自分たちでは見つけられないだろうし、例え見つけても手紙は読んでもらえないだろうと思ったのだろうか。全くその通りだ。

(悪い知惠が働くというかなんというか。諦めが早いのは変わらないな)

 変わらない実家の考えに呆れながら、ベルベットは流し読んでいき、最後の一文を見て固まった。

『結婚の報告と旅行を兼ねて、そちらへ行きます』

「ふっざけんなぁ!」

 怒鳴って床に手紙を叩きつけるというベルベットの急な豹変に、周りもその動きを止める。その事を気にも止めずにベルベットは近くのメイドに言伝を頼むと、すぐさま商会長であるベネテの下へと向かっていった。


 その日の淑女教育を終え、昼食を取り終えたユキは講義の準備をしていると、メイドのリサが部屋へやって来た。

「ユキちゃん」

「あ、リサさん。どうしましたか?」

「ベルベットさんから伝言。急用が入ったから講義はお休みだから自由にしていい、だって」

 予定などをちゃんと管理しているというベルベットさんが急用とは珍しいな。

 でもあの人も商人らしいから急用くらい出来るかと思いユキは気にせずリサに軽く頭を下げる。

「分かりました。わざわざありがとうございます」

「いえいえ」

 礼を言い、仕事に戻るリサさんを見送り、すぐにカマールさんに作ってもらった服を着て執事のモックスさんに出かける事を伝えてから、ユキは利権関連のちょこちょこと入ってくるお金(まだ一部にのみしか浸透してないらしく、月に銀貨数枚程度)と支部長からの預かり物を持って街へと出る。

 体験学習で何度も街に出ているのでユキの服装も見慣れた市民。視界に入ってもすぐに外し、視線を向け続けるのは冒険者などの市民以外の者たちだ。その中に柄が悪いのも居るが、往来の中で何かをしでかすような輩は居らず、ユキは目的の店へ無事辿り着いた。

「こんにちわ」

「おぉ、ユキの嬢ちゃん。今日は一人かい」

「急用があるらしくて、今日は自由時間です。あ、これとこれとこれください」

「あのベルベットの嬢ちゃんに急用なんて珍しいなぁ。はいよ」

 最初の体験学習からお世話になっている果物屋の親父さんに挨拶し、果実水とする果実をいくつか買ってから次の目的地へ向かう。目的地と言っても商人ギルドだが。

 てくてくと通りを抜けて広場に出ると現れる二つの巨大な建物。その片方の貨幣の山の絵が描かれた看板の建物へ入る。

 最初に来た時に対応してくれた受付嬢を見つけ、話しかける。

「お久しぶりです」

「セツナ様、お久しぶりです。ご用件を承ります」

 会ったのは最初の一度きりだったので、この言葉は少し意地悪だっただろうか。そう思っていると、受付嬢はほぼ即答で微笑みながら完璧な応対をし、その事にユキは目を丸くした。

「覚えていらっしゃったんですね」

「はい。セツナ様のお歳の方が一人で来る事はほとんどありませんし、髪の色も印象的ですので」

「あぁ、確かに」

 受付嬢からの指摘に、ユキはフードから覗く毛先を弄る。

 それに俺の歳……見た目十歳かそこらの子供が一人でギルドに来る事はほとんどない。ユキが着ている服もアルスーンでは有名になっているとベルベットも言っていたので、それもあるのだろう。服が特徴的であって、変とかではないと信じたい。

「何か珍しい物が載っている目録はありませんか。後学の為に知っておきたいんです」

「そうですね……でしたらこちらはどうでしょうか」

 そう言って出されたのは古めかしい一冊の本。中を見てみると剣や指輪に首飾りの写真が貼り付けてある。どうやらマジックアイテムの目録らしく、値段と解説まで付いている。

「日常用マジックアイテムは安価ですが、戦闘に使える程に強力な物は非常に貴重で数はありません。その理由はご存知ですか?」

「いえ」

「強力なマジックアイテムを作れる職人が少ないのです」

 受付嬢の答えにユキは思わず、あぁと声を漏らす。良い腕の職人は絶対数は少ない。マジックアイテムの作り方なんて知らないが、魔法の腕と職人としての腕の両方が必要なのではないかと推測出来るがユキには関係ない話なので置いておく。

 ともかく、貴重な品の目録を見れるなんて貴重な体験だ。お言葉に甘えて見せてもらうとしよう。

「では、この目録。少しお借りしますね」

「はい。お読みになるのでしたら、奥の個室をお使いください」

「分かりました」

 受付嬢の勧めで奥にある個室へと向かう。

 幾つも並ぶ個室の一つに入り、備え付きの椅子に腰掛けるユキ。普段は商談にでも使われているのか、室内は綺麗に掃除されているし、椅子も座り心地が良い。いつまでも座っていられそうだ。

(さて、勉強勉強)

 時は金なり。休みだと言って遊ぶ様な奴は商人に向いていない。商人には休みなどない。大小はあれど、全てが商売へと繋がる可能性があるのだ。こうして日常を過ごしている今こそが商人としての力が試される時であり、その時に必要なのは己が扱う商品以外の知識だ。ベルベットにそう教わったユキは、マジックアイテムに関する商売または相談が来る時に備え、空腹を知らせるお腹の音が鳴るまでその目録に目を通すのであった。


「うーん、()()しっ」

 昼時、広場に出ている露天。そこの一つで買った串焼きを冷ましたものを噛み締めながら次の目的地を眺めるユキ。

 次の目的地は素材屋だ。

 素材屋とはモンスターの解体を生業としている人たちの事を指していて、主に冒険者が狩ってきたモンスターを解体して査定までしている。もちろん査定をするだけで終わらずに売買までする素材屋も居るが、そういった素材屋は商人ギルドに登録して売買を行っている。つまり商人でもあるのだ。そしてユキが目指すのはアルスーンで幾つもある中でも一番と言われている最大手である「マチョール・ザ・マッチョ」だ。

 ……言いたいことは分かるが、本当にそういう名前だ。初めて聞いた時に何度も聞き返したので間違いじゃない。

 そんないかにもな名前の素材屋は最大手と言われるだけあって、冒険者ギルドのある広場からそう遠くはない。大通りから少し外れることになるが、人通りは多いので問題なはないだろう。そう思いユキは素材屋へと向かったのだが……。

「んな細腕でモンスターを解体できんのか、おぉ!?」

「細腕だぁ? よぉく見やがれ! この盛り上がる力こぶしをぉ!」

「そっちこそ俺の胸筋を見やがれぇ!」

「男なら六つに割れた腹筋だろうがぁ!」

「んなことより俺の大腿筋を見ろぉおお!」

(暑苦しいわぁ!)

 素材屋は大小様々なモンスターと切り分けた素材を運ぶが故に自然と鍛えられた肉体を持つ者しかいない。そんな職業である素材屋が最大手であるマチョール・ザ・マッチョを始めとした多く並ぶ通り。その名は素材通り。通称「筋肉通り(マッスルストリート)」と呼ばれている事をユキは知らなかった事が、この日のユキの最大の失敗であった。

 視界に入るほぼ全ての人間が浅黒い肌色を晒し、血管を浮き上がらせてその自慢の肉体を見せつけ合っている。それを見るだけで体感温度が数度上がるような幻覚を感じ、ユキは顔を包む氷を分厚くすると目的の店を見つけ出すと飛び込んだ。

「うぶわっ」

 入った途端に吹き抜ける熱気。響く怒号。まるで鍛冶工房のような雰囲気の店だが、違う点はモンスターの死体が山積みになっていることと全員が刃物を持っていること。それと香る濃密な血の匂いがすることだろうか。後、全員血塗れ。

 とりあえずと受付らしき場所へ向かうユキ。木材で作った台の上に金属板を載せて作ったもので、金属板を載せることで木材に血が染み込まないようにしようとしたらしいが、失敗して木材に血を染み込んでいる。

 悪魔崇拝とかに使われていそうだなと思いつつ台に置かれた呼び鈴を鳴らす。すると、すぐに人が現れた。ユキと同じ年くらいの金髪の少年で、ユキを見るとすぐに周りを見回しだした。

(あー、俺のことを何処かの使い走りだと思ってるんだな。まぁ仕方ないけど、用件も聞かずに探すなんて失礼だろ)

 そんな事をおくびも出さず、軽く咳払いをしてからフード下から笑顔でカードを示して少年に用件を伝える。

「初めまして。商人ギルドのユキです。アルスーン支部長からの手紙を届けに参りました」

 これだとまるで自分が商人のような物言いだが、嘘は言っていない。ちゃんと商人ギルドに所属しているし、そもそも商人だなんて一言も言ってないからな。

「え、あ、し、少々お待ちください」

 案の定、ユキが思ったとおり少年は商人だと思ったらしく、驚いた様子でそう言うと小走りに奥へと消えていった。

 ベルベットさんを通して支部長から手紙を預かったのは数週間前。アルスーン程の都市なら配達人くらい居そうだが、何故かユキが直接渡すように強く言い含められた事と渡すのはいつでもいいと言っていた事が気になったが、休みなく勉強の毎日だったので今まで渡しに行くことすら出来ていなかった。体験学習の際に渡しに行けばいいと思ったが、機会がなく、今日まで渡しに来れなかったのだ。

 やっと渡せたと達成感を感じていると、少年が見覚えのある顔と共にユキの前へ現れた。

「ベネテから手紙だって!?」

 そう、あのマッチョである。

「ど、どうも。お久しぶりです」

「んん?! どっかで会ったか嬢ちゃん!」

 ずずいっと分厚い腹筋を折り曲げ、覗くようにあごヒゲの厳つい顔を近づけるマッチョ。

 というか、熱気。熱気が凄いっ。

「は、はい。数ヶ月前、血塗れの大熊を取引させて頂いた魔族()です」

「あの大物の時の嬢ちゃんか!!!」

 うぇっ唾飛んだ。というか相変わらずうるさいな。後、暑苦しい。

 きーんっとする耳が治るのを待ってから笑顔を崩さずに頷いてみせる。

「その節はどうもありがとうございました。あの時のお金で商人になることが出来ました」

「いいってことよ! んで、ベネテからの手紙ってのは!?」

「こちらです。どうぞお納めk」

 言葉の途中でひったくるように手紙を奪われ、マッチョは手紙に目を通すと「なるほどなぁ!」と暑苦しく大きな声を上げながら頷く。

「こいつには嬢ちゃんに素材屋の仕事を見学させてやってくれって書いてある!」

 え、なにそれ聞いてない。

「案内としてファビオを付けるから好きに使ってやってくれ! 質問もファビオにしてくれや!」

「え、ちょっ親方ぁ!」

 マッチョは少年───ファビオが止める暇もなく奥へと消えていく。縋るように伸ばされたファビオの手が力なく垂れ下がる。ユキも聞いてないことを聞かされてマッチョが消えた奥をただ呆然と見つめていた。

「……あんた、名前は?」

「あ、はい。ユキ・セツナと言います」

 ファビオに声をかけられ、我に返ったユキは胸に手を当てながら自己紹介をする。

「ファビオ・レンブラント。それじゃあ案内するから」

「よろしくお願いします」

 お互いの自己紹介を終え、ファビオの案内で、突発的ではあるがユキは素材屋の見学を始めたのだった。


「やぁアンドリアン。前に会ったのはワインの試飲会だったかな?」

「それは前々回だ、インゴラム。最後に会ったのはギルドの定期会合だ」

 言葉を交わすのは、商人ギルドアルスーン支部の支部長と副支部長の二人。にこやかと仏頂面で話すのはいつも通りの光景だ。だが、今は違った。

「さて、これで全員がそろったわけだ」

 アルスーン支部長室。中央大陸北部との貿易を担う都市の商人を束ねる立場にある者の部屋。そこにアルスーンに居る商人のツートップのみならず、都市長である領主、冒険者ギルド支部長、魔術師ギルド支部長、医療ギルド支部長などの有力者たちが集まっていた。

 支部長室は職業柄、防音や防諜に優れた設計になっており、何かを話すのに最適な部屋なのだ。そんな部屋に有力者が集まっている。厄介事のにおいしかしない。

「それで、俺らが集められた理由はなんだ?」

「率直。冒険者とは考えずに動くという証左ね」

「あ?」

 服の上からでも分かる鍛え抜かれた体を持つ男と汚れ一つない白い服を着た女性がにらみ合うが、いつものことだと言わんばかりに周りは止めもせずに無視して話を続けていく。

「王室へ献上する氷のことだ」

「それがどうしたのでしょうか」

 気の良さそうな男性が尋ねると、上等な衣服に身を包んだ男性が一枚の紙を取り出す。その内容を見て、その場の全員が絶句する。

「おいおい。ふざけてんのか、これ」

「ふざけてなどいません。これは次期国王からの勅命です」

「否。どうせ例の馬鹿婚約者のわがままでしょう」

「リアン。馬鹿は余計だ」

「失礼。牛乳婚約者だった」

 リアンと呼ばれた女性が顔を歪めながら腕を組んでソファにもたれ掛かると、リアンを視界から外して無言になる。理由は、無い袖は触れないとでも言っておこう。

「しかし、これは酷いな」

 インゴラムが勅命書の内容を再度見て、本当なら深い深いため息をつきたい所を軽くに押しとどめる。

 勅命書の内容は、分かりやすくまとめるとこうだ。

『今年献上する氷の量は十倍でよろしく』

 領主も商人ギルド支部長ベネテも副支部長のインゴラムも、冷静を装っているが、内心は怒鳴り叫びたいのを我慢している。

 この勅命はふざけているとしか言い様がないからだ。

 と言うのも、献上品を王都へ送る日程がもうすぐそこなのだ。勅命に従って氷を仕入れることになれば日程をずらさなければならず、そうすればまずは王室にその旨を伝えてから、通過する街にも伝えて宿や護衛の予定を組み直さなければならないなどの問題が起きてしまう。その時に生じる費用の行方も話し合わなければならない。

 そして前にも言ったが、氷は北大陸と中央大陸北部以外では非常に貴重で高価なので、大量に仕入れることは難しい。仕入れた氷の中で王室に献上出来る程の質の氷などほとんどなく、その量は仕入れた氷のわずか数%程度だ。それなのに量を増やせば質が落ち、そうなれば王室にアルスーン領主への不信感が生まれてしますだろう。だが、勅命に従わないのはもっての外。

 アルスーンの性質上、この場所の領主という立場は非常に美味しい立場なのでタチが悪い奴ほど狙っている者は多い。氷の質が悪ければ、これ幸いと領主を引きずり下ろそうとするだろう。そうしてやってきた新しい領主が善政を敷くかどうかなど分かりきっている。故に領主には続投してもらわなければならない。

「アンドリアン、どうしようか」

「どうもこうも。やるしかないだろう」

 インゴラムにそう答え、ベネテは溜息をついて比較的簡単な問題を報告するべく居住まいを正した。

「こんな時になんですが……」

「面倒ごとかな?」

「残念ながら」

 領主の問いに頷き、ベネテは自分の部下に届けられた手紙を領主へ差し出す。それを見て領主は思わず頭を抑えた。

「ガッサレイン侯爵からの手紙だ。内容は筆舌にし難いものだった」

 手紙を回し読みした全員が顔を歪め、手紙は早々にベネテの手に戻ってくる。

「激甘。紅茶に砂糖がいらなくなる」

「どんだけ馬鹿なんだよ、差出人は」

「一応侯爵殿からとなっていますけど、確実に別の人が書いたものですよね」

「私もガッサレイン侯爵を存じていますが、こんな内容の手紙を送ってくるような人物ではなかったかと」

 その内容は貴族として以前の問題。仲睦まじい恋仲以外に向けた手紙として成り立たないものだ。いや正直に言おう。クソうぜぇ。

 全員の心が一致したがそれを口に出すわけにもいかず、同時の大きなため息と共に吐き出されることとなった。

「それで、最後の旅行を兼ねて報告とあるが……アンドリアン、到着する日にちが書いていないようだが?」

「そんな手紙を書くような人物がこちらの事を考えるとでも?」

 ベネテの言葉でインゴラムは沈黙する。内容が自分が言いたことを言うだけで、こちらのことを一切考えていないと分かる内容。自分の望みが全て叶うとでも言うのだろうか。

「最悪。こんな奴は王女だけで十分なのに」

 リアンの呟きに全員が思わず頷いてしまう。それほどまでの酷い内容に、まだ数十分しか経っていないのに全員は気疲れてしてしまっていた。なので、早々に終わらせようと領主は指示を出す。

「ヴァン冒険者ギルド支部長。スィル魔術師ギルド支部長。ガッサレイン侯爵子息と奥方の護衛として、A級チームを押さえておいてもらえないだろうか」

「長期依頼になるよな。となると、ひと月で金貨百枚は堅いぜ」

「こちらも同程度ですね」

「費用は私の懐から出す。次にベネテ商人ギルド支部長とフォウンド商人ギルド副支部長は土産の品を用意。中央では珍しい物ならなんでもいい」

「分かりました」

「了解です」

「リアン医療ギルド支部長はもしもの場合は腕利きを頼む」

「了解。いつでも動けるようにしておく」

 一つの問題の対策の指示をし終え、領主は最大の問題の対策を考えるが、氷が急に現れるわけでもない。しかもその氷が献上出来る程の高品質だということは奇跡でもない限りありえないだろう。

「氷を作れたらどんなに楽か……はぁ」

 領主が悩んでいる中、ベネテとインゴラムは無言で目配せをしていた。

 一流の商人は目配せと軽い動作だけである程度の会話をすることが出来るという特技を標準装備している。その特技を使い、二人は高速で話し合っていた。

『彼女のことを話すか?』

『彼女は気ままな旅をしたがっている。話したら囲われるぞ』

『だが、このままでは氷が足りずに領主が変わってしまうかもしれないぞ』

『分かっている』

 今後のことと一人の小さな少女の未来を天秤にかけて二人は静かに話し合う中、リアンがスィルに尋ねる。

「質問。魔術師ギルドで氷を作れない?」

「それだ!」

 リアンの提案に光明を見たのか、領主は思わず声を上げて立ち上がり、全員が魔術師ギルド支部長であるスィルを見るがスィルは首を横に振る。

「氷を生み出す氷魔術は魔族。その中でも氷の魔族しか使えないんです。そしてこの都市にあるどのギルドにも氷の魔族は所属していません。例え所属していても、満足のいく氷を作れるかどうか……」

「そう、か……」

 見えたと思った光明はすぐに掻き消え再び真っ暗闇へと落ちる。そんな感覚を味わいながら領主は諦めにも似た表情で再び頭を悩ませる。

『アンドリアン』

『分かっている。条件付きで話そう』

「領主殿。実は───」

 それなりに長い付き合いである領主の悲痛な様子を見て、とうとう耐え切れなくなった二人は領主へ話すこととした。

 仲間を売るような真似はしたくなかったが、街の為だと心の中で言い訳をしながら。


「色々な種類があるんですね」

 受付台の向こう。マチョール・ザ・マッチョという名前に反して最大手らしく様々なモンスターが途切れることなく、搬入されては大勢の素材屋によって解体されて素材となって仕分けられていく。小型や中型のモンスターは一人で、血塗れの大熊のような大型のモンスターは複数人で作業しており、その手際は慣れたものだ。

「モンスターはどこにでも居るからな」

 ファビオは案内を命じられたのが納得いかないのか、不貞腐れて案内が雑になっているがユキは気にせず質問を投げかける。

「あれはなんていうモンスターですか?」

森の狼(フォレスト・ウルフ)。森に住んでる狼で、魔力を吸収して大きくなっているんじゃないかって言われてる。見た目通り、すばしっこくて削るように攻撃してくるらしいな。あの位の大きさだと銀貨八枚くらいだ」

 だが、モンスターの質問はちゃんとしている。モンスターの知識もちゃんとしているのは素材屋を目指すのに必要不可欠だからだろう。ユキはモンスターを取り扱うつもりは全くないが、ここに来たときと同じように何かの役に立つかもしれない。でなければ支部長がこんなことをするはずがない。

(何一つ聞いてなかったけどな。ベルベットさんからも一言もなかったし)

 ほんの少し支部長たちに愚痴を心の中で言いつつ、ユキはファビオに質問をし、答えを聞いてモンスターの相場について知識を付けていく。そんな中、ふと待遇が気になりファビオに尋ねてみる。

「因みにレンブラントさん。賃金はどのくらいなんですか?」

「……急に下世話な質問になったな」

「あ、いえ。商人の性と言いますか、気になりまして」

 ジト目で見てくるファビオにユキは両手を振ると、ファビオは肩を竦めると仕方なさそうに答えた。

「ここは月に銀貨五枚だな。俺は見習いだから銀貨一枚だけど貰えるだけマシさ。他だと見習いは無賃金で一人前になっても銀貨一枚とかザラらしい」

「就業時間は?」

「市場が開いてから日が沈むまで。忙しくなければ途中で昼休憩が入るくらいだな」

「ふむふむ」

 平民の平均月収から見ても賃金は高め。就業時間は前世で言うところの午前七時から午後四時頃の九時間。マチョール・ザ・マッチョはホワイト企業……優良企業と言えるんじゃないだろうか。羨ましい限りだ。商人ギルドは24時間365日、年中無休だというのに……鞍替えしようかな。

(……って、駄目だ駄目だ。俺は商人になって世界を旅するんだ)

 ユキは心変わりしそうになりつつも持ち直し、咳払いをする。

「それじゃあ元の話に戻しましょうか」

「変えたのはそっちだろ」

 ファビオに言われ、ユキは「そうでした」とおどけるように肩を竦めた。

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