商人への道・その4
一日遅れとなりましたが、皆さん。
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
これからも「雪女になったから、氷を売りながら旅をします」をよろしくお願いします。
最初の体験学習後、ベルベットの講義の時間を削って、本当にユキの教育に淑女教育も追加されてしまっていた。これにより余計に時間がかかる事になったものの、独り立ちした際にはギルドの名を背負う事になるので、これも必要なことなのだと思ってユキは気にしないことにした。
そして気になる淑女教育の内容だが、これは支部長から出されていた旅商人になる条件である言葉遣いや王族貴族に対する礼節などが中心のマナー講義だ。前世でその辺は厳しい両親に育てられたユキは問題なくこなす事ができたが、別のところに問題があった。異世界の、種族特有の食事の際に出る問題だ。
雪女であるユキが食べるので料理は冷ます必要があり、もし料理に肉が使われていると当然だが冷えると肉は固くなる。食事の際は口を大きく開けず、静かに料理を一口大に切って食べるのがマナーだが、硬くなった肉はそう簡単に切れてくれず、かなりの頻度で音が鳴ってしまう。商人である以上、王族貴族と商売をする可能性もあるので、マナーはちゃんとしていなければならない。それに、王族貴族は趣味で狩りをし、その成果をよく客に振舞うらしいので、ユキは固い肉を速やかかつ静かに食べなければならない。
魔族とはいえ幼女になった現状、ユキはこれに難儀していた。
キコキコキコッ
「……肉が硬いです」
「そうよね~。お肉って冷ましたら硬くなっちゃうのよね~」
淑女教育の先生はエリザだ。支部長から話を聞いて立候補したらしく、うふふと笑いながらユキに淑女の嗜みを教えてくれていた。ただ、ユキは教育内容を既に完璧に近い形で会得していたので、時間のほとんどを食事に当てる事となっていた。
「理想はほとんど音を出さないことだけど……」
「どうにかならないでしょうか」
「こればかりは慣れね。だから数をこなさないといけないわね~」
困ったようにあらあらと言う様は初老の大らかな貴族の夫人のように見える。だが、怒ると怖い事を知っているユキはそんな事をおくびも出さず、まだまだ若いエリザと共に頭を悩ませる。だがしかし、ユキには既に解決策を見出していた。
(ナイフの刃に氷の刃を付けて切れば、簡単に切れるけど。不味いよなぁ)
目上の相手との会食の時に魔術を使っては、確実に不興を買うだろう。攻撃手段にもなるのだから、下手すれば捕まって処刑────。
そこまで考え、ユキはとある考えに行き着く。
「エリザさん」
「何かしら」
「魔族によって食事のメニューなどが変わると思いますが、それでマナーに変化はあるのでしょうか」
「あるわね~。職業柄、魔族についてよく知ってるけれど、ユキちゃんの種族についてはよく知らないのよ。今調べてるから、まずは人のマナーを完璧にしましょって事になったのよ~」
分かったら夫が教えてくれるから~とエリザさんはお決まりの笑顔で言うがユキはそんなこと聞いていない。完全に何それ聞いてない状態だ。
「あら、もうこんな時間。今日はこれでおしまいね」
エリザから語られた事実に呆然とした所でこの日の淑女教育は終了。ユキは自分の部屋に戻り、講義の時間になるまで技術向上も兼ねたなんちゃって料理を始める。
「リンガルにバニニ。モレンジにモモット。まずはこれくらいでいいか」
市場に出て買ってきた果物。それを冷凍保存し、小腹が空いたら食べていたユキはある事を思いついて各種ひとつずつ取り出してそれを机の上に作った氷の桶の中に並べていた。
(ふっふっふっ……密かに鍛え上げた技術を今見せよう)
誰に向けたものか、心の中でほくそ笑みながら最初の果物を決める。
「まずはリンガルから行くか」
完全に凍りついているそれを一瞬で解凍し、手に取る。皮は少し固くなっているが、波打っている。これで皮は手で簡単に剥きやすくなるのでそのまま剥いていく。凍りつくほどの温度なのでほとんど臭いはしないが、常温になるにつれ臭ってくると思うので、氷の篭を作って水を入れ、リンガルを洗ってから皮だけを入れて凍らせる。これで臭いの心配はない……はず。
「次はっと」
細長い花瓶のような形の氷を作り、その中にプロペラ状にした氷とリンガルを放り込む。そして取っ手付きの円盤状の氷───蓋を作る。これら全ての水から氷をユキはほぼラグ無しで出来るようになったのだ。これも練習の賜物である。
(どうだっ俺も日々成長しているんだ!)
ふんふんっと鼻息荒く自身の成長を喜ぶユキ。他にも大量の水を自由自在に操れるようになったり、水の中で好きな形に氷を作れるようになったり、技術が劇的に向上しているが……それはさておき、蓋をしてから、少量の水を操ってプロペラ状の氷を高速回転させれば氷製のミキサーの完成だ。
「ゴーッ!」
ガリガリガリガリガリッ!
時間と共に削られていく凍ったリンガルと魔力。何処かで聞いたような歌を歌いながら、リンガルをシャーベット状にすると回転を止め、布に出し、解凍してから果汁を搾り出せばリンガルジュースもとい果実水の完成だ。
「味は……うん、美味しい」
前世で飲んだリンゴジュースとは比べ物にはならないが、これでも十分に美味しいと思う。この世界……この都市でも果実水があり、それ以外は水か酒。酒はワインと果実酒とエールで、ワインは手間がかかるからか高級なので庶民はもっぱら果実水かエールだ。
ワインに使うブデュ(ぶどう)は甘味が強く酸っぱくて美味しいが、数が少ないのが現状だ。数が少ない理由はワイン職人による買い占め。買い占めを行うのもお得意様の権力者たちからのワインの催促に応え続けてしまい、ついには買い占めを行わないと間に合わない量を生産しなければならなくなったのが原因だ。なので、ワインやブデュを使うものは避ける。絶対に面倒事になるからだ。
というわけで、果物をすり潰して搾るだけだから誰でも簡単に作れて、産地や質で味が変わるし、混ぜたりしてもいける果実水を作ることにしたユキ。だが、仮にも商人を目指している者がそこで思考を止めるわけがない。そこから派生し、競合がほとんどなさそうな物。それを今から作ろうとしているのだ。
最後の工程で搾り出した果汁に綺麗に洗った木の棒を差して、これまた向上した技術である冷気の範囲操作で果汁を思い通りの形に凍らせれば───。
「完成!」
アイスキャンディーの完成だ。長方形の箱のような形ではなく円柱型で作ったそれを、味見と称して齧るユキ。
シャリッ
「うん」
少し硬いが冷えてて美味しい。普通に凍らせると水から先に凍るので糖分が偏ったりすることが多いが、一気に凍らせたのでそれもない。
(これならいけそうだな)
ベルベットさんが来たらこれを見せよう。そう思い、ユキは他のジュースも作るべく、リンガルジュースを入れた氷筒に蓋をした。
講義の傍ら体験学習を続けたユキは完全とは言えないが、結構な割合で最高品質の品を見分けることが可能になっていた。その事にベルベットは舌を巻いていた。正直言おう、飲み込みが早すぎて商人としてのプライドが傷ついていた。だが、それは商人として優秀であるということ。このまま商人として生きる最短記録が出るんじゃないかと、ベルベットは面白がり始めていた。
(あいつはいつか旅に出る。だがもしも、この商会で働いてくれたら……きっと退屈しないんだろうな)
そんな事を思う程度には、ベルベットはユキの事を気に入っていた。というよりは、年の離れた妹みたいに思っているのかもしれない。と自己判断すると引きずられるように思い出すのは実の妹。
(今はどうしてるんだろうか)
身内贔屓というのを差し引いても可愛らしかった妹。妹が笑うと周りに満開の花々を幻視したものだ。脳内までお花畑が侵食していたので即座に家ごと捨てたが。アレは人生の汚点だ。
(思い出すだけでも疲れる……今日の講義をちょっと弄って困らせてやるか)
思い出したくないことを思い出し、多少気疲れしたベルベットはユキの所為で思い出してしまったと、八つ当たりに考えていた講義内容を厳しく組み立て直すとユキが待つ部屋へと向かう。ユキの部屋に着くと、軽く身嗜みを整えてから数回ノックしてから扉を開けた。
「入るぞ……ってなんだ?」
ベルベットが扉を開くと同時に聞いたことのない騒がしい音が耳を打ち、思わず顔をしかめる。音の出処は教え子であるユキが持つ氷の筒。他にも同じようなものが幾つか机に並んでいるが、それらを無視してユキが持つ氷の筒を力ずくで奪い取った。
「あっ」
ガリガリガリガリガリッ!
だが、奪い取るだけでは止まらないようで、凄まじい音と共に振動し続けるそれからユキへと目を向ける。
「これはなんだ?」
「か、果実水です」
「振動しながらうるさいこれがか」
少なくともベルベットが知る果実水は音もしないし動きもしない。なので頭の異常を疑ったが、ユキに異常は見られない。とりあえず氷の筒を返し、動いていない氷の筒を指差してユキに尋ねる。
「これ全部か」
「は、はい」
中に入っている黄金色の液体から黄色がかった白色のドロっとした液体を見る。これ全部が果実水だと言うが、ほとんどのものは見たことがない。
はっきり言って常に出てきそうになる「頭大丈夫か」という言葉を飲み込むのが大変だ。
黄金色の液体はリンガルの果実水なのだろうが、白色のドロッとした液体は何の果実水なのかも分からない。果実水は果実を足で踏み潰すか皮袋に入れて手で揉んである程度潰してから搾汁機で圧縮して作るというワインとほぼ同じ製法だ。問題はそんな酷く手間がかかる作業を、奥様の淑女教育を終えてから四半刻も無い時間で終えることが出来ると言う事だ。
商人の性か、その方法を知りたいと思いベルベットはユキにその製法を尋ねた。
「これはどうやって作ったんだ?」
「よくぞ聞いてくれました」
怒られると思っていたのか、褒めて貰いたいのか、それとも自慢したいのか。聞くと目を輝かせて説明するユキ。元々の容姿も相まって非常に可愛らしい。内心ほっこりしつつ聞いた作り方は、ほっこりとは程遠い……革新的な内容だった。
ベルベットさんに果実水の作り方を説明すると、頭を抱えられた。理由を聞くと、どうやら果実水のつくり方が既存の方法とは違う物だったらしく、この製法を秘匿するか公開するかを決めたりしなければならない。それについての対応や対策などを話さなければならない上に果実水を売っているギルド員への通達うんぬん。
はい。氷を持ち込んだ時と同じことをやらかしました。で、でもまだこっちは軽いはずだ。だって方法さえ知っていれば誰でも出来るんだから。絶対に軽い処分に───。
「厄介事を起こしてくれたな、お嬢さん」
「すみません……」
怒られました。
ベルベットさんに説明してすぐに支部長のもとへとベルベットさんに連れて行かれ、報告してこうですよ。
「キミが考えたこの製法は正直驚いた。擦りおろす事で果実から無駄なく絞り出す事が出来る。素晴らしい製法だ。商人ではなくアドバイザーになったらどうだ」
「え、遠慮しておきます……」
「アドバイザーとなれば、発案だけでなく研究開発、使用料などで一生遊んで暮らせる。非常に有名になれるというのにか?」
「い、いえ。静かに暮らしたいので……」
怖いよ。支部長の目がマジだよ。エリザさんも今回ばかりは庇ってくれないし、今回は本当にやばい。だって、あらあらうふふ言ってないもん。マジやばいです。
そう思ってぷるぷると震えて居ると、支部長は反省したと見たらしく溜息を吐くと提案をしてきた。
「旅商人として生きていきるのであれば、権利を持っていると何かと不便だ。そこで、利権の全てを我々に売るのはどうだろう」
「利権を売る、ですか?」
「正確には委任すると言えばいいか。利権に関する一切を我々が請け負うというものだ。無論、請け負うからには発案者は我々となるし、キミの名は一切出ない。そして請け負う代金として利権によって生じた儲けのほとんどは我々が貰うが、一部はキミの貯金として積み立てよう」
「なるほど」
面倒事を任せる代わりに儲けのほとんどはもらうよ。でも、発案者だからほんのちょびっとだけどお金は上げるよ。お金は持ち運ぶと危ないからギルドが運営してる口座に振り込んでおくよ。良かったね。といったところか。
世界を見て回りたいと思っているユキとしては最善ではある。有名になって悪いことはあれど良いことはほとんどないだろう。偉業を成し遂げたとかなら違うだろうが、今回はただの果実水の質を向上させただけ。悪いことの方が確実にでかい。なので、支部長の提案を受けるべきだろう。お金は少し惜しい気がするが、面倒事の方が嫌なので潔く諦めることにする。
口座は職業柄大金を持ち歩くからか、商人ギルド限定で登録した際に自動で作られ、そこに金を預ける事が出来る。そして商人ギルドの支部であればどこでも口座から金も引き出せるし、変なところでハイテクなんだよな。この世界。ただ、カードをかざして決済とかは出来ない。へいへいはたいおうしてません。
「それが最善みたいですね。お任せします」
「分かった。ではこの契約書に署名したまえ」
支部長から渡された紙の内容は、新しい果実水の製法で生じる利害の一切を商人ギルド・アルスーン支部が引き受ける。その際に生じた収益の一部はユキが所有する口座へと振込まれる。また、利害がユキへと及んだ際はすぐにアルスーン支部の者を派遣して対処するというものだった。
面倒事は一切を請け負ってくれるし、何かあったらすぐに駆けつけてくれる。言う事のない内容なので、すぐに署名欄に署名し、支部長へと返す。支部長が最終確認をし、何の問題もなく契約は締結した。
「ふむ。これでキミを囲い込む必要もなくなったな」
「え?」
「良かったわね~」
「え?」
安堵した様子の支部長とエリザさんの言葉にユキが戸惑っていると、ベルベットさんが簡潔に教えてくれた。
アドバイザーまたは契約しない→他の商人ギルドに知られるわけには行かない→軟禁か最悪幽閉→それが一生=ジ・エンド。
どうやらユキは知らずに人生の岐路に立っており、知らずの内に正解の道を選んだらしい。その事に気づいたユキは恐怖とは別の意味で心臓が早鐘を打っていた。だが商人たるもの感情を顔に出す事は控えろと教わっているので、それは表に出さず、ユキは涼しい顔で支部長を見つめていた。雪女だけに。そしてその視線に気づいた支部長はこほんっと咳払いをして契約書をしまうと一言。
「次は気をつけるように」
「ちゃんと気をつけなきゃ駄目よ?」
「はいっ」
支部長たちが優しいからこうやって契約を交わすことで見逃す同然の結果になったが、他の商人だった場合は確実に現実になっていたであろう幽閉エンド。自分の知らないところで人生が決まってしまうのはこりごりなので、ちゃんと気を付けようと心に決めたユキであった。
「今回は本当に私、怒ったのよ?」
「す、すみません……」
「罰として明後日のお茶会に出すパイを作る手伝いをして貰おうかしら」
「え?」
叱られる、と思ったが叱られず……満面の笑顔のエリザさんから与えられる罰の内容にユキは顔を真っ青にした。
二日後。
「……ベルベットさん」
「なんだ」
「なんで私はリンガルの皮を剥いているんでしょうか」
「お前があんな作り方をしたからだろうが」
「ですよね……因みに手伝っては「やれないな」そうですか……」
もう二度と軽率な行動はしないと、ユキは再度心に誓った。