街へGO
「……」
拝啓、我が家族たちへ。
俺は今、気付いたらヒンヤリとした洞窟の中に居ました。
「……いやいや、どういう事だよ」
セルフルツッコミをしながら、俺は頭を抱える。
記憶を遡り、最後の記憶を思い出す。
空から落ちてくる無数の鉄骨。凄まじい衝撃。ぶつりと途切れた記憶。
「うん、死んでるね」
むしろ、生きてる方が不思議ですわ。
なのに、何故俺は今こうして生きているんだろうか。
死後の世界とか今際の夢とか色々と考えられるが、もしかしてだ。もしかしなくとも、転生の可能性が微レ存。
「ん?」
自分の中で推測をしていると、近くに数枚の紙───粗悪な再生紙の様な物───が落ちているのに気付いてそれを手に取る。
『君は魔族に転生しました。
雪女という種族で、今時の魔族に珍しく完全なる純血です。
雪女は冷気を自在に操る能力を持っており、空気中の水分を凍らせて氷を生み出す事が出来ます。
ですが熱に弱く、氷点下以上の気温の場所に長く居続けると、熱中症で死亡します。
ある程度のご都合主義がまかり通る加護は与えますが、過信し過ぎない様に。
名前を決めて宣言すると、完全に魂が世界に定着して突然死ぬという事が無くなりますので、決めるならお早めに。
神様より
追伸 幼女は私の趣味です。』
「幼女ぉ!?」
ばばっと自分の全身をまさぐる。
……無い。
あるはずの場所にあるはずの物が無く、髪もさらさらしていて柔らかい感触だ。
手も真っ白で幼児のように小さいし、服も昔話で見る白装束。
「マジかよ……」
どうやら、俺は本当に幼女になってしまったようだ。
次の手紙を見ると、そこにはこの世界について書かれていた。
『この世界は貴方が居た世界で言うところのファンタジーの世界です。
東西南北の大陸と中央大陸の五大陸、それと小さな島国が無数に存在しています。
魔法が存在し、人間だけでなく魔族、エルフ、ドワーフなどの多数の種族が存在しています。
1000年前までは人間と魔族が戦争しておりましたが、先に述べたように1000年前ですので、多くの人は偏見や差別などはしていません。
ですが、1000年も経つと言うのに未だに戦争していたことを根に持った反魔族主義者も居ます。人間同士でも戦争をしていたくせに、人間を恨まないという理解しがたい者たちです。
次に魔法ですが、これは大きく分けて魔術と魔法に分類されます。
簡単に言えば魔術は詠唱を、魔法は魔方陣を使用する魔法だと考えていただければ問題ありません。
ただし、魔術は慣れると詠唱無しでも使えるようになります。
詳しいことはご自分で調べるなりしてください。
科学的な学問はこの世界には存在しませんが、学問が存在しないのであって科学的な物質や現象などは存在します。
この辺に関しては私よりも貴方の方がお詳しいでしょう。
最後になりましたが、貴方が今居る場所は中央大陸の中央よりやや北寄りにある森の洞窟です。
一番近い人口密集地は洞窟からまっすぐ進んで徒歩3時間ほどの場所にある都市です。頑張ってたどり着いて下さい。』
「ファンタジーな世界ね。なるほどな」
ちょっと毒があるのはスルーしておくとして。
魔族の時点で分かっていた事だが、確実に異世界転生だろう。
そうなると、この手紙の主である神様が何かしらの理由で死んでしまった俺をこの世界に転生してくれたと言う事だ。
俺は心の中で神様に感謝を捧げつつ、最後の手紙を読む。
『貴方がこの世界に転生した理由が気になるでしょうから、お教えします。
貴方の世界の神が素振りをしている最中にくしゃみをし、その際に生じた真空波によって鉄骨を縛る縄に切れ目を入れてしまって貴方が死んでしまいました。
事故の場合は時間を戻して無かった事にするのが基本なのですが、当事者の神も気づいていなかった事ですので発見が遅れてしまってそれも出来なくなっていました。
貴方の体の損壊も激しかったので、いっその事作り変えることにした結果が今の貴方です。
とはいえ、本来あるべき未来を貴方から奪ってしまったのも事実。
ですので、欲しくなった時で構いませんので、欲しい力(剣術や魔術の才能)を口頭でお教え下さい。
与えた時の余波を考えると1つだけとなりますが、授ける事が出来ます。
では、新しい世界で新しい生を満喫してください。
───』
「神様……」
元居た世界の神に言いたいことはあるが、とりあえずこの世界の神様には感謝しかない。
「ありがとうござ───ん?」
手紙に続きがあるのに気づき、残りに目を通す。
『───追伸 この手紙は読み終わって5秒後に自動的に消滅します。
こういうの、やってみたかったんです。』
「はい?」
瞬間、手紙が大きな火を上げて一瞬で燃え尽きた。
「うっぎゃぁああああああああ!」
その熱を受け、手と顔に凄まじい激痛が走り俺は悲鳴を上げる。
ヒリヒリと痛む顔に手を当てながら俺は思わず叫ぶ。
「水っ水ぅううう!」
『神から水魔術の才能を授かりました。』
ポーンっと軽快な音と共に頭の中に機械的な声が響いた。
「ちがっ違わないけどっ違うぅううう!」
とりあえず水をと思い、すぐに水魔術を使う。
手のひらから吹き出す水。
「がぼぼぼぼぼぼっ」
突然の事で息つく暇も無く溺れかける俺。
えぇ、死にかけましたよ。
「ぜはーっ……ぜはーっ……」
おかげ(?)で顔のヒリヒリが治ってきたので、次は手に水をかけて冷やす間、俺は先程まで感謝していた神に対して文句を呟いていた。
「やってみたかったからって、なんで燃やすんだよ。しかも5秒なんて短いだろ。俺、熱に弱い種族なんだぞ。なんで目の前で燃やすんだよ。滅茶苦茶熱かったぞ。燃やす意味が分かんねぇぞ。畜生」
ヒリヒリとした痛みが消えた所で水を止めてこれからの事を考える。
まずは洞窟内ではなく、街へ行くべきだろう。
その為には、洞窟を出て徒歩で歩かなければならない。
そこで問題となるのは、3時間も歩いて大丈夫なのかと言う事だ。
体力的には問題ないし、疲れたら休めばいいだろう。
だが、雪女は3時間も外を歩き続けても大丈夫なのだろうか。
(まぁ試しに外に出てみないとだけどさ)
洞窟の入口らしい場所から差し込む光の角度やら何やらを見るに現在午前9時か午後3時くらいと行った所だ。
方角が分かればもっと正確な時間が分かるんだが……。
とりあえず、俺は日差しに手を伸ばす。
さっきの炎ほどじゃないが、チクチクヒリヒリする。
(このままだと途中で死ぬな)
夜を待つか。それとも何らかの方法で体を冷やすしか……。
「……」
先ほど冷やす為に出した水に触れ、凍れと念じる。
すると、水は見事に氷となった。
触れると、ひんやりとして冷たい。
(これは、行けるな)
俺が立てた作戦はこうだ。
まずは全身をずぶ濡れにする。その後に服と顔など露出している部分の水を凍らせる。
前もって裾を足を動かしやすい形にしておけば、走る事にならなければ大丈夫だろう。
(そう言えば、凍らせる事が出来るなら解凍は……)
作った氷に解けろと念じれば、あら不思議。
すぐに水に戻りました。
氷みたいに冷たいけど、俺にとってメリットしかないのでモウマンタイ。
(って、違うだろぉおおお! ほんの少しだけど、凍らせた後の動きやすさとか悩んだじゃねぇかよぉおお!)
確認不足からの恥ずかしさに俺はゴロゴロと転がりながら悶えた。
「って、こんなことしてる場合じゃなかった」
あるかどうか分からないが、都市に門限があったら都市の外で野宿だ。
流石に丸一日飯抜きは、この体には辛いものがある。
作戦通り、全身をずぶ濡れにしてから露出部分と服を凍らせる。
「よし、行くぞ!」
こうして俺は、意気揚々と外へと飛び出した。
日光を受けても、冷やされているからか眩しいと感じる以外の刺激はない。
作戦通り……いや。
「計画通り」
余裕が出てきたので、少しネタを入れてみた。
むしゃくしゃしてやった、後悔はしてない。
「ふんふんふふーんっ」
元居た世界では、そうそう見ないであろう森の中を童謡を歌いながら歩いていく。
「あるー日、森の中ー。くm「ガササッ」
「グルルルルルッ」
巨大熊さんに出会った。
赤黒い毛並みに包まれた巨大熊に対し、俺は呆然と良く聞く台詞を吐いていた。
「オレ、タベテモオイシクナイヨ?」
「ゴルァアアアアアア!」
「ぎゃああああああ!」
美味しくないと言ったのに咆哮を受けて襲い掛かってくる熊に対し、俺はすぐに足と服を解凍すると街に向かって走り出した。
戦うなんて無理。
「喰らえ!」
生み出した大量の水を熊に被せると、そのまま凍らせると熊の表面を氷が覆い尽くす。
「グルァアアアアア!」
精々数秒程度の足止めにしかならないだろう。
だが、その数秒で十分!
「熊肉は大好物じゃああああ!」
全身をずぶ濡れにする時に気づいたが、俺は水を自由じざに操れたのだ。
そこから考え、水魔術と言うのは水を生み出すのではなく水を自由に操れると言う魔術なのだと推論に達した。
水を自由自在に操れるという事は、好きな形に出来ると言う事。
例えば、水を槍の形にして凍らせれば……。
「即席の槍の完成だ!」
剣とかも考えたが、一度も握った事もなく、剣道もしていない俺には扱いきれる物じゃない。
だが、槍は違う。
素人の考えになってしまうが、槍とは狙って突くだけ。
「っらぁ!」
巨大熊の氷に覆われていない部分に向かって突きを放たず、熊の目の前の地面に突き立てた。
今の体では熊に致命傷どころか傷を負わす事すら出来ない。
そんな事は百も承知だ。
だからこそ、俺は突く前に行動を1つ挟む事で不可能を可能にする。
それは、跳ぶ事。
思いっきり固く凍らせた氷の槍は折れず、棒飛び───というよりも急ブレーキした自転車───の要領で上へと飛び出す。
タイミングを見計らって大量の水を生み出して槍の形にすると凍らせる。
一気に重くなった事で俺は槍ごと熊の真上から一直線に落ちていく。
「グルォオオオオオオオ!」
ここでようやく熊が氷を砕いて自由になり、槍を避けようとするがそうはいかない。
「グォ!?」
熊の目の前。そこから突如として水が熊へと襲い掛かる。
水は熊の全身を濡らすと、今回は氷にならずに熊の動きを妨げる。
ただの水によって稼げたのは1秒にも満たない短い時間。
だが、この1秒にも満たない足止めが勝敗を決した。
「グォ……ォ……!」
落ちながら狙いを定めた一撃は、地面を凹ませながら熊を貫いた。
「よしっ」
絶命したのを確認し、俺は熊を地面へと縫い付けた槍を水に戻して全身を覆うとそのまま氷漬けにする。
最後に熊を捕まえていた水。あれは最初に作った槍を解凍した水だ。
跳ぶ事に利用した後に残っていた槍を、氷から脱した時を見計らって解凍して操ったと言うわけだ。
まさに、計画通り。
「っとと……?」
最後の最後で、妙な感覚に襲われて体がふらつく。
だが、すぐに感覚が消えたので、緊張の糸が切れたとかそんな感じだろう。
それは置いといてだ。
「さてと、これどうすっかなぁ」
目下の問題である俺は熊の死体をどうしようかと悩んでいた。
放っておいたら腐るか動物に食われるだけで少し勿体無い気がする。
だから持っていくわけですけど、その持ち運び方が問題だ。
最初に思いついたのはソリだが、ソリは地面が雪や氷だからこそ動くのであって、こんな幼女が体長4メートル以上の熊の氷漬けを持っていけるはずがない。
「……台車で行ってみるか?」
何分か頭を悩ました結果、思いついたのは台車だった。
水を操って氷漬けの熊を持ち上げるように氷柱を作り、軸を生やす。
車輪を別に作り、4箇所の軸に取り付けてから車輪もくっつけない様に注意しながら氷で留め具を作る。
最後に持ち手を付ければ完成。
ものは試しと軽く動かしてみると、思ったよりも簡単に動く。
間違いなく成功だ。
「よし、じゃあ行くか」
道中でトラブルが無いことを祈りつつ、俺は臨時収入を乗せた台車を押しながら街へと向かった。