表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇は懺悔し愛された  作者: 日々夜
2章 闇は聖なる僕と共に眠る
9/17

2章 闇は聖なる僕と共に眠る 1

「ああ、太陽とはなんと眩しく、美しいものだったのでしょう」

 クロフォードは、東から昇る太陽に感嘆の息を吐いた。つい先ほどまで夜の闇一色だった空が白み、朱に染まる地平からゆっくりと眩しい光が昇っていく。その瞬間は夕暮れと似ているのに、趣きは全く違う。

 今までクロフォードは闇を愛しみ、光を忌避してきた。つい先日までは日の光も入らない地下にずっとこもっていて、日の出はおろか太陽をまともに見たのも久しぶりのことだった。

 目が眩むのも構わず、太陽を見つめ続けた。全身の力が抜け落ち、なぜか頬を一筋の雫が流れ落ちていった。

「ステイ……。貴女のようだ」

 脳裏に浮かんだのは、豊かな緋色の髪をした女の姿。ちょうど光の帯が、風になびく彼女の髪を思い出させた。

 もはやどこにも存在しない、クロフォードが焦がれてやまない女だ。

「貴女が居ないと知った途端、こんなにも会いたいと思うなんて」

 酷い男だと自らを罵り、顔を覆う。手に濡れる雫が、目からとめどなく流れ落ちる涙だと気付いて、自分がそんなものを流すことができるのだということに驚いた。

 酷く苦しかった。悔しいとも言えた。なぜ彼女が生きている間にこの想いに気づくことができなかったのか。以前の自分が、殺してしまいたいほど憎たらしく、恨めしかった。

 ここに来たのは、ほんのわずかな期待があったからだ。彼女に会えるかもしれないという、淡い期待。ステイというのは愛称だ。本来の名はエスティレードという。今更会ってどうするというのだろうと、何度も自問した。会えるわけがない、とも。自分が彼女にどれほど残酷な行為をしたか。今頃になってクロフォードは身に沁みていた。会ってくれるわけもない。

 けれど歩みは止めることができなかった。遠くから姿を垣間見るだけでもいい。普通の人間としての、ささやかな幸せを彼女がかみしめているなら、それを見守るだけでも救われると思った。

 なのに、彼女はいなかった。いたのは彼女とよく似た、孤児だという赤い髪の少年だ。

 クロフォードは悟った。彼女はこの子供を一人残して、もうこの世から去ってしまったのだ。自分の手の届かない遠い彼方へ、彼女が愛したのだろう、夫と共に逝ってしまった。

 彼女に会いたいという想いだけが、枯れ果てたクロフォードの心を支配していた。もう決して叶うことのない願いで、どこにも吐き出すことのできない想いだ。

「それでも、私はナガレくんと出会えて、よかったと、思いたいのでしょうか」

 彼女の唯一の忘れ形見である、あの少年。彼と触れ合えたことだけでも、慶びとするべきなのだろう。たとえ彼女とナガレが、全く別の存在だったとしても、彼女が残してくれた唯一の存在であることは間違いない。

「ボクがどうかしたんですか?」

 不意に背後から声を掛けられ、クロフォードは凍り付いた。神殿の方に小さな気配が感じられた。恐る恐る振り返ると、野に飛び回る小動物のようにぴょこりと窓の縁から顔を出して、愛くるしい少年がこちらを見つめているではないか。

「ナ、ナガレ、くん」

 クロフォードは狼狽えた。ナガレが起きてきたことに、声をかけられるまで全く気が付かなかった。クロフォードにしては不覚である。突然現れた本人を前にしては、どう接すればいいのかがわからない。自然に一歩二歩と後ずさりしてしまう。

 そんなクロフォードの様子に気づいているのかいないのか、好奇心を露わにナガレは神殿を出て中庭に駆け出してきた。

「おはようございます、クロフォードさん。ボクが一番だと思ってたのに、早いんですね」

「お、おはようございます。朝日が、とても綺麗だったもので」

 目の前に立たれ、ますます腰が引けた。幸い、エスティレードを想って泣いてしまったところは見られていなかったらしいが、クロフォードは眼鏡を直すふりをして、目元を覆った。ナガレに自分が彼の母親とどういう関係だったのか、問い詰められでもしたらたまらない。

 本当は、神殿に宿泊するつもりもなかったのだ。会話も早く切り上げて、神殿から離れてしまうべきだった。ただ、離れてしまうともう二度とナガレにすら会うことができなくなるかもしれないということが、酷く名残惜しく、クロフォードには感じられた。

「まだお疲れなら、離れでお休みになってたほうがいいですよ?」

 目元を覆っていたからか、ナガレが怪訝な顔をして顔をのぞき込んでくる。慌ててクロフォードは視線を外した。もうここを発つから気にするなと言うべきだった。頭では、これ以上ナガレと関わるべきではないということを理解しているのに、この無垢な顔の前ではどうにもそれを伝えることができなくなる。

「そう、ですね。お言葉に甘えさせていただきます」

 結局、表情を偽ってそうナガレに笑いかけるのが精いっぱい。

 しかし、そうしてくださいと、ナガレがふわりと笑った途端。クロフォードは突然、その花のような笑顔を抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。わけがわからず困惑した。そんな感情は初めてだった。

「じゃあ、ボクはお掃除とご飯の準備しなきゃないので。クロフォードさんはごゆっくり」

 ナガレはバケツと箒を手に掲げて、神殿の方に駆け戻っていく。

「あ、あのナガレくん」

 思わずクロフォードはナガレを呼び止めていた。ナガレが振り返って首をかしげる。

 挙げかけた手が行き場なく宙をかいた。呼び止めていったい自分はどうしたいというのだろう。自分で自分の行動が、本当に理解できない。

 何も言葉を継ぐこともできず硬直していると、不意にナガレが戻ってきた。

「もしかしてクロフォードさんもお掃除しますか? 離れの方も夜に砂とか入ってきてますよね。オンボロでごめんなさい。よかったらこれ使ってください」

 空を彷徨っていた手に、水の入ったバケツと雑巾、それに箒が手渡される。

「ボクは神殿の方にいますので、何かあったら遠慮なく言ってくださいね」

 ぺこりとお辞儀をして、再びナガレは駆け戻っていった。

 後に残されたクロフォードは、両手にバケツと箒を手にして、一人立ち尽くした。ひゅるり、と空っ風が砂を巻き上げてクロフォードの頬を打ち付ける。

「掃除、って。コレは、一体、どうすれば……?」

 掃除なんて、クロフォードはしたこともない。このバケツと箒をどう使えばいいのかも知らない。しかしナガレは神殿の奥に姿を消してしまった。ここを発つと伝えることもできなかった。

 途方にくれてクロフォードは、とりあえず掃除とやらに挑戦するべく、ふらふらと離れの中に潜り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ