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闇は懺悔し愛された  作者: 日々夜
1章 闇は嘆き訪れる
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1章 闇は嘆き訪れる 6

 ファランは目を覚ましたとたん、くしゃみを連発した。あたりはすでに真っ暗な闇に包まれていた。夕食後に突っ伏したあと、そのまま眠ってしまったらしい。おそらくナガレがかけてくれたのだろうと思われる毛布が、床にずり落ちていた。あちこちにあいた隙間からは、砂と一緒に冷えた空っ風が入り込んできている。ファランは思わず身震いした。

「風邪をひいたらまたナガレに怒られちゃうなぁ」

 毛布を取り上げ抱きしめて、自分の部屋へと足早に向かう。昼は暑くても夜はとても冷える。故郷のメルディエルだったら夜は涼しくて快適だというのに、乾いた地方独特の極端な気候には、未だファランは慣れない。

「ああ、早く帰りたい」

 つぶやいたところで、そういえば本国に帰国のことで連絡を取ろうと思っていたのだということを思い出した。ファランは立ち止まって思案した。本国は今、時差の関係で昼の盛りだろう。おそらく今の時間であれば、直通の魔術通信機で待たずに連絡を取ることはできる筈だ。しかしこちらは真夜中だ。純粋に眠い。

「明日の夕方にしとこう」

 あくびを噛み殺しながら、ファランは潔く諦めた。もともと通信機は非常事態が起きた時の連絡用だ。ファランは手紙でのやりとりをめんどくさがって大した用でなくても使ってしまうが、あまり頻繁に使ってしまうと、そのあたりを気にする上司にさすがに嫌味を言われそうだ。

 上司は中間管理職にありがちな、ことなかれ主義だった。何度も通信機越しに見た陰気なハゲ頭と、「キミの言うこともわかるけどねぇ」という、やる気のない口調を思い返すと憂鬱になる。

 あんなのをずっと相手にしていたおかげで、ファランまでやる気のなさと事なかれ主義がうつってしまった気もする。

「やっぱり帰国は無理かな」

 交渉する前からため息がこぼれた。どうせまた面倒を嫌って先延ばしにされるのがオチだろう。

「せめて何か転勤の口実になりそうなことでもあればいいんだけど」

 5年前に起きた世界規模の大きな騒乱の影響で、前回の任期終了時にはそれどころではなかったとはいえ、あれからまた時間が過ぎ、そろそろ本国も落ち着いてきたはずなのだ。噂では通常の任期を越えている一部の祭司が、前倒しで任地移動になっているとも聞く。もっともらしい理由でもあれば、ファランも優先的にその枠に入れてもらうことはできると思うのだが。

「口実、口実かぁ」

 こういう時未婚者は損だと思う。何かないかと思いめぐらせながら再び歩き始めたものの、何も浮かばない。

 やはり諦めて部屋に戻ろうとしたファランだったが、その手前で視界にふと何か影が映ったことに違和感を覚えた。窓の外に誰かいるのかと、中庭をのぞき込む。そこにたたずんでいたのは、思いがけない相手、クロフォードだった。

 皆寝静まった真夜中。起きているのはうたた寝してしまったファランくらいだと思っていたのに、一体何をしているのだろうか。

 細い月明かりの闇の中で、全身黒衣に身を包んだまま立っていると一層不気味だ。最初に幽鬼のようだと思ったのも、冗談には思えなくなってくる。

「あの人がいっそ幽霊だったら、僕が退治してその功績を訴えられるかなぁ」

 そんなことを呟いてみたものの、一瞬で馬鹿馬鹿しくなる。ファランは聖職者だからこそ、幽霊なんてものを信じてはいない。人が幽霊だと言うのはだいたい強い魔力の残滓だ。魂は、死ぬと速やかに世界の魔力に吸収される。

 他に実体を持って人間に害をなす魔獣や妖魔というものは存在するが、普通人語を解さないし、もし人語を解し人間になりすます者がいるとするならそれは相当高位の存在だ。ファランの手には負えるわけがない。

 5年前、伝承でしか伝えられていなかった精霊の長たちが、闇の一族ガルグによって復活させられた破壊者アルスを打倒する為に人間に協力して、ようやく存在が再認識され始めた。精霊は魔獣とは違う高位の魔力存在で、人間には総じて友好的だと言う。それでも人間社会においそれと現れることはない。

「それともガルグの生き残りだったりして」

 世界を滅ぼそうとした闇の一族の生き残りだったらどうだろう。破壊者アルスと36人の使徒は、5年前に女神シーヴァネアの威光で悉く滅びたという。世界各地で起きた魔獣の大群による襲撃や異常な地殻変動も、本国の終息宣言以降は一切起きてはいない。が、女神の下僕たる司祭としては不敬な考えだとは思うものの、人間社会を滅ぼすためにあらゆる手を尽くしてきた一族を一回で倒しきれるとは、ファランにはどうしても思えなかった。

「でもガルグの生き残りだったらそれこそ僕らが生きてるわけないよね」

 ガルグは残虐だ。人間全てを弄び、呪い、殺す。ガルグの残虐性を示す神話は大量に残されている。それらを思い出すたび、身をかき抱く腕が震えた。

 指を潰され、全身の骨を砕かれて、打ち捨てられる。

 ぞっと背筋を這い上がった悪寒に身を震わせ、馬鹿馬鹿しいとファランはもう一度吐き捨てた。

「大丈夫。どうせあの人はただの変な貴族のボンボンだよ」

 それを大丈夫だというのもおかしな話だと、ファランは呟いてから無理矢理笑った。窓から視線を外し、部屋に入る。

 部屋に入った途端、机の引き出しから強い魔力反応を感知した。いつも通信機をしまい込んでいる場所だ。特定の修練を積んだ者にしか認識できない反応を示すそれは、ファランから発信したことはあっても、長いこと受信反応を示したことはない。それが何でまた今になって突然反応を示したのか。

 ファランは急ぎ窓を閉め切って、周囲に人がいないことを確かめ、引き出しの封印を解いて通信機を取り出した。うっすらと光り輝いて映像を宙に投影し始めたそこには、見たことのない麗しい青年が映し出された。

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