2章 闇は聖なる僕と共に眠る 7
「じゃーねー、クロフォードのおっさん。また遊んでやるからなー」
一番ガキ大将的な悪ガキがクロフォードに向かって大きく手を振ると、周りの子供たちも一斉に手を振って、日暮れの村の中に散っていく。
苦笑して手を振り返すクロフォードの後姿を、一息つきながらファランは眺めていた。すっかり子供達には懐かれてしまったようだ。
「まあ、子供に懐かれるってことは悪い人間ではないんだろうけど」
子供の感覚というのは侮りがたい。表面的な嘘は簡単に見抜いてくれる。おかげでファランは嫌われるならまだしも、すっかり侮られているのが現状だ。祭司の威厳を振りかざそうとすればするほどドツボにはまっていく。情けないとしか言いようがない。
いやそれはともかく。クロフォードについては、はた迷惑な不審人物であることは変わりないが、そこまで警戒する必要はないということははっきりとしてきた。
ただ、それとこの男が神殿にこれからも滞在することは別だ。
子供たちを見送って、クロフォードが困ったような顔をしながらも、やや嬉しそうに顔をほころばせて戻ってくる。そののんきな表情にますますいら立ちが募った。
「クロフォードさんは子供がお好きなんですね」
嫌味を込めて言ったつもりなのに、クロフォードが言われたとたんにきょとんとし、困惑したように目を伏せた。
「いえ、どちらかと言えば苦手です。以前は近づくとよく怖がられたりしていましたし」
「え? そうなんですか? みんなとっても楽しそうでしたよ」
ちょうどナガレが晩御飯を携えて食堂に入ってきた。今日は例の農夫が礼として持ってきたという豆でスープを作ってもらった。
「楽しんでいただけたら、何よりです。子供達と遊んだのは初めてで、どうしていいか正直わからなかったんですが、ナガレくんがいてくれてよかった」
意外な反応だった。てっきりファランとは違って、子供に慣れているのかと思っていた。
「もしかしたら、私の方が子供なのかもしれません。以前、ある方にそう指摘されたことがありますし」
「そんな。だったらファラン様の方がずっと子供みたいなものですよ。今日はともかくいつもは何もしないでぐうたらしてるし」
ナガレの言葉がぐさりとファランの胸に刺さった。
「そこで僕を引き合いに出さなくてもいいだろう、ナガレ」
確かに普段の作業は結局やる気がなくてナガレにほとんど任せきりだ。
昔はそうでもなかったのだ。ファランが師の下で修業していた時は、今ナガレがやっているようなことはすべてファランがやっていたわけだし、やろうと思えば炊事も掃除もできないわけじゃない。しかし、いつの間にかそういうことに一切手が付かなくなってしまった。
ナガレがまだ10歳なのに家事を請け負っているのは、確かに見習いの仕事ということもあるが、そんなファランを見兼ねて、と言うところも大きい。きっとナガレがいなかったら、今頃毎日生活する意欲もなく酒浸りにでもなって、よくて生臭坊主とでも言われていただろう。
「まあ確かに、僕は祭司としては未熟だけどね。カルリグ様にもよく言われるし」
カルリグは前任の祭司によくなついていたらしい。ファランによく祭司の仕事を果たせというが、前任者と比較してということもあるだろう。実際未熟であるのだから返す言葉もないわけだが。
「あ、そういえば昼間カルリグ様がきましたよ。なんかクロフォードさんが気に入らないのかいろいろ文句言っていきました。でも、みんなで追っ払っちゃったんで、たぶんもう来ないと思います」
やはり、カルリグはきたらしい。もともとカルリグはナガレに嫌われている。ナガレ曰く、師の悪口を言う人を好きになるわけがないということらしいが、ファランとしてはうれしい限りだ。
しかも今回はナガレだけでなく、どうやらクロフォードに懐いた子供たちも敵に回してしまったらしい。泥やら石やらをなげつけられて散々な姿になって逃げ帰っていたという話は、ファランもつい腹を抱えて笑いそうになった。
「でも、よかったのでしょうか。この村の有力者のご子息だとお聞きしました。私のせいでお二人にご迷惑がかかってしまうのでは」
「そんなこと、クロフォードさんは気にしなくっていいんです! どんな方にでも手を差し伸べるのが、母なるシーヴァネア神殿の祭司の役目。ですよね、ファラン様」
嬉々としてそれをナガレに語られてしまうと、ファランとしては嫌でもうなずかざるを得なかった。これでは、カルリグをけしかけたのがファランだなどど、間違っても言えるわけもない。
「ま、まあ、村の子供たちとも仲良くなられたようですし、もしまだ旅に余裕があるのでしたら、いくらでも逗留なさってください」
愛想笑いを浮かべてさっさと食事を済ませ、さあ今日は早く休もうと席を立つ。しかしそこで、あ、とナガレが声を上げた。
「ファラン様、そういえばクロフォードさんは今日どこで寝て貰えばいいんですか?」
すっかりファランも忘れていた。離れはまだ大きく壁が崩れたままだ。
「私はあのまま離れでも構いません」
クロフォードは申し訳なさそうにそう言うが、さすがにあんなところで寝泊まりなどできない。砂嵐でも来たら一発で砂に埋もれてしまうし、天井まで崩れて瓦礫に埋もれたなんてことになったらシャレにならない。
クロフォードが勝手に死ぬのはどうでもいいが、ここで何かあれば全てファランの責任だ。
どうしたものかと考えあぐねていると、ナガレがしげしげとクロフォードを見つめた。
「さすがにぼくのベッドじゃ狭いですよねぇ」
「何考えてるのナガレ!? ダメだよ、絶対ダメ!」
突然そんなことを言い出され、ファランは真っ青になった。
あの男はよりによってファランとナガレの関係をそういうものだなどと思っていたのだ。いくらナガレが子供だからってあんな怪しい男と同衾だなんて絶対に許せるわけがない。
憤慨して言い立てると、一瞬キョトンとしたナガレがやっぱりそうですよね、と頭を下げた。
「ぼくがファラン様と一緒に寝たって、やっぱりクロフォードさんにはぼくのベッドじゃ小さいですよね」
「え。僕とナガレが寝るの?」
他にどうするんですか、とナガレに逆に呆れられ、ファランは恥じ入った。これは早とちりもいいところだ。
しかし確かにナガレの部屋をあけたとしても、長身のクロフォードではナガレのベッドは窮屈だろう。
一応客人であるクロフォードに下手な対応をするわけにはいかないし、そう考えると、とてもとても不愉快ではあるが、選択肢は一つだ。ファランのベッドを明け渡すしかない。
ファランは大きく息を吐き出した。今日も寝不足は解消されそうにない。