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闇は懺悔し愛された  作者: 日々夜
2章 闇は聖なる僕と共に眠る
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2章 闇は聖なる僕と共に眠る 4

 ファランは深く長くため息をついた。朝よりもさらに頭痛はひどくなっていた。

「まあ、予想はしてたけどさあ……。でもなぁにが、『急ぎの旅でもありませんし、壁を壊してしまったお詫びをしなければなりません』だよ、こっちはさっさとお引き取り願いたいんだってのに!」

 野原に向かって叫ぶ。村の北側にある陣を強化しに向かう道中だ。

 今朝、クロフォードにさりげなく出立を促したことに対して、返ってきたクロフォードの答えがそれだった。昨日はさっさと立ち去ろうとしていたというのに、ファランにとっては全く腹立たしい返答である。

 確かにいろいろと破壊されてその弁償をしてもらいたいのはやまやまだが、あの男をこれ以上置いておく方が被害が大きくなる気がしてならない。むしろ弁償なら費用だけ置いて行って、本人はさっさと立ち去ってくれた方がずっと助かる。

 しかし、砂漠を渡ってでも来たようなぼろぼろの黒衣で、荷物や馬があるわけでもない男に、金銭での弁償など望むべくもないのかもしれない。最初は盗賊にでも襲われた可能性を考えていたが、商人ではありえないし、もしかして世をはかなんだ没落貴族か何かなのだろうか。

「それにやっぱりナガレと何かあるような気はするしなぁ」

 昨日の、ナガレを目にした瞬間の驚きようが気にかかっていた。立ち去ろうとしないのもお詫びというのは方便で、ナガレと何か関係があるせいなのではないだろうか。とはいえ、本人の口から直接聞いたわけではないから、確証があるわけではないのだが。

「やっぱりせめて素性くらいは確かめた方がいいよねぇ」

 本人が口にしないことに探りを入れるのは、聖職者の身としては恥ずべき行為である。ただ、元『女神の影』としては違う。情報はなによりも重要だ。憶測で行動することほど愚かしいことはない。

「僕もずいぶん平和ボケしたもんだ」

 散々苦しい訓練も積んだのに、いつの間にか重要なことを全て忘れてしまっている。

 今回は全く関係ないかもしれないが、ガルグの接近の件もある。些細な情報でも今は必要だ。

 戻ったらやはり探りを入れてみよう。そう決めて村はずれの祠に向かう足を早めた。

 村の門を出て北へ。整然と区画された灌漑用の水路と畑が広がった一帯の端に、大岩をくりぬいて作られた洞がある。その中に、魔法陣と要の水晶が安置されている。同じものはここの他にあと4つ。1ヶ所にそう時間をかけてはいられないと、手早く準備に取り掛かる。

 道具を揃え、膝をついて手をかざす。水晶に光を集めるための呪文を唱え始めると周囲にキラキラと結晶のような光の粒が集まってきた。それが少しずつゆっくりと水晶に蓄積されていく。

 普通、人間が光の魔術を扱うことはできない。直接扱うことができたのは創世の聖戦時代から存在していた神官セリエンだけだった。彼が10年前に姿を消して以来、今はもう誰も扱える者はいない。

 だがメルディエルは長い年月光の魔力を封じた聖剣を要に、水晶や魔道具を駆使してガルグに対抗してきた。そもそもメルディエルの国土そのものが、光の術式を張り巡らせた強大な魔導具のようなものだと言っていい。

 その魔道具を扱うために、シーヴァン教の祭司はメルディエル本国に安置されている聖剣から加護を与えられている。もちろん魔術師の素養があることが前提だ。

 そうしてメルディエルは魔導具と祭司を各地に配置することで、国土だけでなく各衛星国やシーヴァン教の信仰地域をガルグの魔の手から保護してきた。

 その役割もガルグが滅びた5年前に終わり、あとは純粋にシーヴァン教の教義を伝える役割を担っていくだけだった筈なのだが。

「まだまだそう簡単には終わらない」

 ファランの危惧した通りだったわけである。

 ファランは大きく息を吐き、手を下ろした。ようやく水晶に輝きが満ちていた。僅かな雫を一滴一滴集めるような作業は、とても時間を要する。始めた頃はまだ太陽が低い位置にあったのが、もう中天を過ぎている。

 疲労も強い。立ち上がろうとしてくらりと眩暈がした。無様に転ぶのは避けられたが、これをまだあと4つも繰り返さなければいけないと思うと気が滅入る。

 日光と聖なる光とは関連しないのだが、それでも集めるには昼間でなければ厳しい。1日に終えられるのは2ヶ所が限度だ。さらに神殿の結界に至れば1日で終えられるとは思えない。

「体力もつかなぁ」

 せめて今日はちゃんと眠ろう。腰を反らして思いきり伸びをする。そのとき逆さまの視界に、こちらへ向かってくる二人の男の姿が見えた。

「ああ、ファラン様ここにおいでなすったのか」

 大きな体を揺らし、走ってきたのは村の農夫の男。その後ろから険しい顔で歩いてきたのは、ファランと同じ歳の村長の息子だ。

「げ」

 ファランは村長の息子カルリグの姿を見て、思わず声に出していた。幸い向こうには聞こえなかったらしく、慌てて仕事用の笑顔を貼り付け、向き直る。

 正直、ファランはカルリグがとても苦手だ。ドケチだが話好きで明るい村長とは違って、カルリグは陰険な目つきに仏頂面と、付き合いやすい性質の男ではない。それに加えて何度も何度も用もないのにファランの神殿を訪れては、難癖をつけていく。

 今日もこんな村はずれまでわざわざ難癖をつけにやってきたのかとファランは身構えたが、それより先に農夫の男がファランの前でへなへなと崩れ落ちるようにうずくまってしまった。

「ファラン様、助けてくだせぇ! オラ死んじまうよ」

 死ぬなどという物騒な言葉にぎょっとする。その後ろでカルリグが酷く疲れたようにため息をついた。

 一体何事があったというのだろうか。

「グリンデルド祭司、あんた闇の魔獣に心当たりなんてないだろう?」

 闇の魔獣。その言葉にファランの中から一気に血の気が引いていった。

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