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闇は懺悔し愛された  作者: 日々夜
2章 闇は聖なる僕と共に眠る
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2章 闇は聖なる僕と共に眠る 2

 寝台で寝返りをうち、ファランは白んできた空にため息をこぼした。

 朝になって昨夜の要請が夢になっていてくれたなら、と思いながら夜を明かしてしまった。結局あの後一睡していない。念のためガルグ特有の闇属性魔力を探知する術を使って、周囲を検索していたこともあるが、何もしなくても眠れはしなかった気はする。探索魔術の精神的消耗は激しく、眠気はないのに身体は酷くだるい。

 今のところ、村の周囲に使徒の気配はなかった。とはいえファランが全力で集中して全盛期の能力を発揮できたとしても、探索範囲は隣街と、あとは南に広がる狭い砂漠の北半ぐらいが関の山だ。その範囲外にいればわからないし、探索範囲内でも絶対に安全だなどとは言い切れない。ガルグは何千年もの間、人間世界の暗部に侵食していた。気配の偽装などはお手の物。偽装技術にほころびが出る一瞬を、的確に掴むことはほぼ不可能だと言ってもいい。

「やらないよりはまし、か。あとはせめて神殿と村の結界くらいは、今日のうちに調整し直しておかないと」

 今できる最善の対抗策は、おそらく神殿の結界を強固にすることだろう。神殿内に安置されている女神シーヴァネアの像には、闇の魔力に唯一対抗できる光の魔力が蓄積されている。それが神殿と村を覆う結界の要だ。それでも気休めにしかならないだろうが、なければこの一帯は丸裸も同然。寄る辺がなくなれば村人を守るどころではなくなる。

「ああ、こんなことならもっとしっかり維持管理しておけばよかった」

 義務として規定されている定期の点検は行なってきたものの、それ以上のことは特段してこなかった。もっとしっかり管理していたら、焦らずに済んだかもしれない。しかし今更それを後悔しても遅い。時間は惜しかった。こんな時であるからこそ、本当なら短時間でもきっちり休んで万全の体制をとらなくてはいけないのだが、ここには今ファランだけだ。増援が来るまでにやらなければならないことは山のようにある。ファランはろくに動こうとしない身体を、無理やり起こした。

 その時だった。

「きゃああああ」

 悲鳴が上がった。ナガレの声だ。

 一瞬頭の中が真っ白になった。まさか、もうガルグが襲ってきたというのか。ファランは寝台を飛び降りて寝巻のまま駆け出した。

 声はクロフォードが休んでいるはずの離れから聞こえた。

 最悪の可能性が脳裏をよぎった。クロフォードこそが、素性を隠したガルグの使徒である可能性だ。最初から怪しさなかったのだ。もしそうならあの男がこの周辺の拠点となる神殿を破壊するつもりでここを訪れたのかもしれない。

 でもそんなことよりもナガレに何かあったら。

「ああ、僕は馬鹿だ」

 面倒を避けることばかり考えて、何も対策もせずに迎え入れた。もしナガレに何かあったら、自分は自分を呪い殺さずにはいられない。

「ナガレ!」

 離れの裏に出て叫んだ。青い顔をして立ち尽くすナガレの姿が見えた。

「あっ、ファラン様、ダメ、きちゃダメですっ!」

 ナガレが泣きそうになって、ファランを止めようと大きく手を振り上げる。ファランはほっとした。ナガレは無事だ。

 駆け寄ってきたナガレをきつくファランは抱きしめた。

「何があったんだいナガレ」

 しかし問いかけてもナガレは見たらだめだと言うばかりで、何がおきたのかがわからない。ナガレがこれほどに取り乱したことを、ファランは今まで見たことがなかった。

「わかった。大丈夫だから。ナガレは神殿にいなさい」

 とにかくナガレを安全な場所で保護しなければ。食い下がるナガレを神殿の中に連れて入った。オンボロだとはいえ神殿内なら何かあっても一番強固な結界機能が働いている。だが、もしクロフォードが本当に使徒であったなら、すでに結界内に入り込んでいるということだ。防御機能は効かないのかもしれない。

 不安しかない。それでも今はそれ以上の最善策は全く思いつかなかった。

「ファラン様、クロフォードさんは悪くないんです。だから……!」

 ナガレはあくまでクロフォードを庇おうとする。怖い目にあっても心優しい子だ。

「大丈夫。心配しなくていいよ」

 ナガレを安心させようと頭を撫で、できる限り微笑んでみせた。

 神殿からは、中庭を挟んだ離れの扉は薄く開かれただけで中を伺い見ることはできない。周りは音もなく静かだ。

 ファランは息を呑んだ。さっきのナガレの悲鳴で、相手が警戒していることは間違いないだろう。部屋の中でいつファランに襲いかかろうか、機を図っているのかもしれない。

 訓練は受けたと言ってもファランは魔術師だ。純粋な戦闘員にはどうしたって劣る。直接対峙なんてことになったら、最初から勝ち目はない。

 幸いこちらの手の内はまだ知られていないはず。ファランは自分が発動できる最大の結界術を即行で展開するしかなかった。略式高速詠唱での簡易結界の発動、そして動きを封じている間に本詠唱での最大展開。ナガレの目があるところで『女神の影』としての術を使いたくはなかったが、今はそんなことを言ってはいられない。

「女神よ我に力を与え給……」

 しかしその手順を口走ろうとした矢先、離れの扉が開いた。

 心臓が早鐘を打った。ゆらりと黒い影が扉の奥から這い出して来る。せめて簡易結界だけでも発動させなければ。だが果たして間に合うのか。

 死が脳裏をよぎった。その時。

「も、申し訳ありません祭司様っ」

 倒れこむようにして黒い影が離れの外に這いつくばった。

「へっ?」

 ファランはぎょっとした。

 そこに伏したのは間違いなくクロフォードだった。ただ、状況に全く理解が追いつかない。全身を震わせて平身低頭するクロフォードの頭の上には、ブリキのバケツが逆さになって乗っていた。

 何故、バケツ? しかも何故そんなものを被っているのか。頭に大量の疑問符が浮かぶ。

「あの、クロフォードさん、どういう、こと……」

 問い詰めようとして、ファランははたと気がついた。

 扉の向こう。離れの奥に光が射したと思った途端。ガラガラと大きな音を立てて埃が舞い上がった。

 ファランは絶句した。水浸しになった部屋。散乱した掃除用具。そして何より離れの奥の壁が半分以上崩れ、大きな穴になっていた。

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