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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

限りの外に光あれ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 こーくん、僕は最近、疑問に思うんだ。どうして世界には限界というか、容量があるんだろうって。

 実際、宇宙はこうしている今も、光と同じかそれ以上のスピードで広がっていると聞いたよ。でも、それって一瞬だけを切り取ったなら、世界に限界があるわけじゃん。入りきる者に限りがあるわけじゃん。

 限りがあるってことは、それ以上のものは用意できないし、どっかに偏ったりすれば、どこかしらに空白ができるわけでしょ? そこってどうなっているんだろうね? もしかして生まれた瞬間、椅子取りゲームみたいに何かで埋め尽くされちゃったりするのかな?

 この地球だってそうだ。海も陸地も、地球という決められた範囲内でしか存在できない。空気中だって、存在できる水蒸気の量には限りがある。いずれにも限界があるから、あとは上へ上へ、見果てぬ先へ伸びていかざるを得ない。

 増え続ける人類が宇宙に飛び出るのは、自明の理だったのかもね……なーんて、これもアニメや小説の影響かな、ふふ。だが、限界のある地球上でも、まだまだ不思議なことがいっぱいあるもんだ。

 一つ、ここは同じ頭上でも、もっと身近なもの。「天気」にまつわる伝説について、聞いてみないかい、こーくん?

 

 時は群雄割拠の戦国時代。

 数こそ力というのは、戦う上で間違った考えじゃないが、必ずどこかに落とし穴というものが存在する。運悪くはまってしまったら、思わぬ被害が出てしまうかも知れない。

 さっき触れた天気も、その一つさ。雨の降り具合、風の吹き具合、それらによる道の荒れ具合も、すべて行軍に関わった。おかげでプラスの意味でも、マイナスの意味でも、大きなドラマが起きたケースだって、歴史上はあるもんだ。

 有利不利、どちらに転がるか分からない、博打要素。優勢な側としては、極力排除して、勝率を高めておきたいもの。色々な手段が講じられたが、ある領主が用いたのは、こんな手段だ。

 

 確実に勝てると判断した大軍勢を率いる時、領主は必ずある男に同行を願った。自分が若い時に拾い上げ、育ててきた近侍の一人だった。

 この男、非常に恰幅が良い。急ぎの場合は馬に乗るのだが、馬自体が疲弊してしまって、長距離の移動をする時には、何頭か替え馬を用意せねばならぬくらいだったという。領主もそれを見て、確実を期する場合のみ、彼を徒歩で連れて行ったという。

 

 彼は稀代の晴れ男だった。出陣の日取りが決まって、いざ出発の日となると、空は雲一つない晴天に恵まれるんだ。たとえ、前の日まで天に雨の気配が満ちていたとしても、翌日には、ぱっとね。消えちゃうらしい。霧も出ることがなかった。

 荒天だと、何かしらの策に引っかかる恐れがあった。それをつぶしてくれる要素を持ったこの男を、領主は重宝していたらしい。ただ戦死させるには惜しいので、決して前線には出さず、かといって内政事業でも、その指揮をとるより、誰かの指示で人足と一緒に、泥にまみれて仕事をする方が向いていたらしい。

 本人は、自分を拾ってそばに置いてくれる殿に関しては、たいそう恩を感じているようで、「殿の御身に危機が迫りましたら、一命に代えても、お守りいたします」と、殊勝な言葉を放つ。

 ただ、実際に訓練をやらせると、馬が多少乗れる以外は、弓や刀、柔術に至るどれもがてんで駄目。「あんなものでは、女相手にすらやられかねんぞ。口ばかりは達者なようだがな」他の家臣たちには影でバカにされることが多かったものの、彼はさして気にしていなかったとか。

 

 それから十年ほど。領主は先代が残した、国内の統一事業を終え、いよいよ外へと目を向けた。増えた領民。手柄を欲する家臣たち。双方を賄うためには、この狭い領土では足りないと、限界を感じ始めたためだ。

 だが、いくら諜報を放って探ったとはいえ、領主はことを急ぎ過ぎてしまった。

 圧倒的な兵力で、次々に相手の城を踏みつぶしていったけど、その防衛にもいくらか兵を回していくうちに、本隊がやや手薄になってしまったんだ。

 そこへ地元ならではの抜け道を使い、接近してきた相手の主力部隊とぶつかってしまう。後世の調べによると、大軍を擁する領主軍の補給線を断ち、後背をおどかして士気を下げる意図で動かした、相手領主が直々に率いる部隊だったらしい。それが図らずも、領主の本陣を強襲する形になったんだ。

 

 偶然の鉢合わせとはいえ、片や、各戦場への指示や報告のために足を止めている本隊。片や、敵が見えたらしゃにむに襲い掛かる気まんまんの行動隊。備えも気構えも全然違った。

 槍のように鋭く、そして嵐のごとく暴れまわる敵部隊を相手に、本隊の兵たちは動揺を隠せない。中には武器を構える暇さえなく、討ち取られていく者さえいる始末。


「殿は早くお逃げください。ここはそれがしにお任せを」


 悲鳴と鉄の音が、しきりに鼓膜をかき乱す混乱の中、晴れ男の彼が殿の馬をひいてきた。だが、晴れ男自身の馬はない。「死ぬ気か?」と問う領主に、晴れ男は「にかっ」と音が出そうなくらい、まぶしい笑顔を返した。


「殿。これまであなたのゆく道を照らせて、幸せでございました。ですが、それはあくまでご自身のお庭たる領内ゆえにかなったこと……まだ知らぬこの地には、いささか見通すことのできぬ、暗雲が立ち込めていたようでございます。無理に急げば、このように足を取られましょう。どうかこれより先は、一歩一歩を確実に、殿の歩みを刻んでくださいませ。それがしのお役目、ここまでのようでございまする」


 わっと声が一層大きくなったかと思うと、十文字槍を構えた武者が何人か、視界の中へと躍り込んできた。味方の兵の格好ではない。


「御大将とお見受けした。御首みしるし頂戴!」


 彼らは領主に打ちかかろうとしたが、とっさに晴れ男の彼が、間に割り込んだ。普段の訓練でのどんくささが、嘘のような機敏さだった。


「首は、うぬらが置いていけ」


 彼が二度、三度と腕を振るう。何かが彼の指先から飛んだかと思うと、数瞬遅れて、武者たちの首から血が噴き出した。悲鳴をあげる間もなく、彼らは地に倒れ伏す。

 領主は思わず息を呑んだ。彼が指先から飛ばしたものは、水。刀のように研ぎ澄まされた、鋭利な液体だったのだ。


「何をされているのです、殿! お退きくだされ!」


 彼は次から次へと現れる追っ手に、腕を振るいながら叫ぶ。領主はわずかに歯噛みをした後、馬をとって返して、一目散に逃げ出したとか。


 逃げて逃げて、ようやく奪い取った城にたどり着いた領主。逃げ延びた兵たちも、ばらばらと集まって来る。皆に湯漬けを振る舞いながらも、領主は彼のことが、気が気でなかった。兵たちの中に、その姿はない。

 そして一刻後。快晴の空に突如、紫色の雲がもくもくと湧き出したかと思うと、すぐに雨が降り始める。そして、城の周りにも、濃い霧が立ち込め出した。まるで城全体を覆い隠すかのように。彼と一緒に出た時には、決して姿を見せなかったものたちが、ここぞとばかりにはびこる。

 逝った。彼は逝ったのだ。

 殿は寝所に下がっていた。だが、その泣く声は小姓たちの耳に届くほど、大きいものだったらしい。


「わしが、わしが先を急いだばかりに、あたら……忘れぬ。そなたのことは忘れぬぞ」


 雨はその夜、ずっと降り続けていた。

 それが封じられていたうっぷん晴らしだったのか。それとも彼の死を悼んでのものだったのか。

 もはや、誰にもわからない。



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