三話
評価されてしまった挙げ句、感想までもらってしまうとは。嬉しくて次話投稿です
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ユアシーラ大陸にあるロマフノ王国の最北端。そこは大寒冷地とも呼ばれるほど気温が低く、生物の生きづらい環境である。
しかしそんな環境とは真逆に、そこに立つ都は王都に匹敵するほど人が多く、大いに栄えていた。
ロマフノ王国内最大の迷宮、《叡智の迷宮》が存在する迷宮都市ウィスダム。いくつもの数えきれぬ無謀な挑戦者逹が挑み、命を散らしていく富と死が両立する挑戦者の都。
そんな都市の冒険者ギルドに、上下ボロボロの麻の服に毛皮のコートを着込んで、頭陀袋を担いだ一人の少年が訪れた。
おっ、とギルドにいた複数の人の視線が少年に集まる。なぜなら彼は十日ほど前に冒険者ギルドに冒険者として登録し、係員の警告を無視して迷宮に挑み、それから帰らなかったことで死んだと思われた少年だったからだ。
少年は迷うことなくギルドの買い取りカウンターの前までかつかつと歩き、並ぶ者のいない一番空いてるカウンターにどすんと頭陀袋を置き、
「買い取りを頼む」
と、声変わりしていない少年特有のまだ幼さが抜けきっていない高い声で、受付の男性に戦利品の買い取りを頼んだ。男性は頭陀袋を受け取り、中身を見て愕然とした。
頭陀袋の中には、ちらっと見ただけでも4階級の魔物が精製するサイズの魔石が、大量に入っていたのだ。
魔石とは、魔物が魔力をため込む中心であり、人間における心臓のように大切なものである。魔物の討伐の証のようなものであり、魔物の部位の中で一番換金報酬が多いものだ。
魔物や人の強さなどは階級で表される。1階級が最弱で、駆け出し冒険者や少し鍛えた平均的な成人男性などが倒せるレベルの魔物などである。そして最高位の10階級は、神話で登場する最高神などのレベルだ。
そんな中、少年が倒した4階級に分類される強さの魔物は、一人前の冒険者が四人一組のパーティーを組んで倒せるレベルなのだ。10歳の少年があげた戦果にしては、それはあまりに大き過ぎた。
噂で聞いていた、10歳の子供らしからぬ雰囲気を持った少年。まさかその少年が生還してなお、ここまでの成果をあげるなどと係員の男は夢にも思っていなかったのだ。いや、男は流石にあり得ないだろうと思い、一体どこの冒険者から奪ったのだろうと思考した。
しかし、最近の王都にある学園に所属する勇者や才媛たちは、既に六階級、五階級の魔物と同等に戦えるとも聞いたことがあったので、係員の男は現状にどう判断すれば良いのか分からなかった。
「......? 早くして欲しい」
「は、はい、すみません!今とりかかります......っ!?」
魔石の買い取りを依頼された係員の男は慌てるように鑑定の者に袋を渡し、できるだけ早く鑑定を行なうように指示した。そして少年に鑑定の終了予定時刻を告げながらふと、なぜ自分は異常な成果を成し遂げたとはいえ、たかが10歳ほどの子供にここまで怯えているのだろうか、と疑問を抱いた。
疑問と好奇心にかられた係員の男は、テーブルで暇そうにしている少年を視る。自身の持つ霊視のスキルを使用し、少年のことを知ろうとしたのだが、直後に自分のその行動を男は後悔することになる。
端正な少年の顔に浮かぶどこまでも凍てついた永久氷のごとき無表情に、地獄の奥底を覗き込むかのような気分にさせる莫大な負の感情を灯した瞳。そこから感じさせられるあまりの激情は、霊視のスキルを持つほど感受性、判断力に優れているがゆえに、男の精神に大きな衝撃を与えた。
その瞳を見ているだけで自身の内に激しい怒りが湧き上がり、今すぐ泣き出したいほど悲しい気持ちが湧いてきた。
咄嗟に視線をそらした係員の男の全身に、べっとりとした脂っこい汗が吹き出る。人間じゃない。こんなものが人間であるはずがない。あまりに刺激的な少年の存在に、男はそんなことを思ってしまう。
?
少年は急に荒い息で呼吸を繰り返す男の存在を不信に思ったのか一瞥するが、特に自身に何か影響のあるものではないと確認すると、興味無さげにふいっと男から視線を外して再び虚空を見つめる。
それから、10分経った。
男は慌てた様子のまま鑑定金額分の報酬を少年に渡す。その金額は一般家庭がおよそ一年生活できるほどの大金。少年はそんな大金を前に、貨幣の数があっているかすらも確認せずに小さな袋に貨幣をぶちこみ、ギルドを後にした。
少年が去った後、ギルドの中はざわざわと少年が来る前とは少し違った騒がしさに支配される。
それは少年の様子に感心を抱いた者や、少年の戦果に嫉妬した者や疑いをかける者など、ベクトルは違えどどれも全て少年に対してのざわめきだった。
冒険者ギルドにいた数人が、少年の後を追うように何処かへ歩き去った。おおかた子供だから稼いだ分の大金を苦もなく奪えると思ったのだろう。そんな彼らの姿をこの後見たものは、誰もいない。
とある鍛冶屋の一幕
「剣を売って欲しい」
ドワーフの鍛冶士はふと声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには10歳ほどのまだ幼い小さな少年がいた。
そして悟る。こいつはたまにいる、俺が何よりも嫌いな人種の一人だと。
「帰りな、死に急ぎに売る剣なんかうちにはねぇ」
ドワーフの鍛冶士は少年の目を見て分かった。彼は自分の命に露ほどの価値も見いだしていない、どこか思考回路の狂った激情に生きる狂戦士だということが。
(気に入らねえ。どうしてまだ10歳くらいに見えるガキんちょが、こんな目をしなければなんねぇんだ)
ドワーフの鍛冶士は内心で腸が煮えくり返るような激しい怒りを感じていた。だが、次に少年がとった行動はあまりにドワーフの鍛冶師にとって予想外だった。
「そう」
少年はそれだけ言うと、くるりと踵を返した。その行動に反発を予想していたドワーフの鍛冶士は、驚きのあまり目を丸くする。
たいていああいった輩は、無理矢理にでも自分の我を押し通そうと詰め寄ってくる。自身の作る武器の質が良いことはそれなりに周りに知られていることなので、多少無理を通してでも自身の武器を欲しがるだろうと鍛治士は思っていた。それからいくつか条件をつけて交渉し、その中で少年の人間性や生い立ち、事情を知り、それ次第で力になろうと鍛冶師は考えていたのだ。
「なっ、まっ、待て......っ!」
慌ててドワーフの鍛冶師は店から出て少年を追おうとするが、少年の姿はもうどこを見ても見当たらなかった。
「.......っ!あの野郎!ふざけやがってっ!!」
今まで感じたことのないような強烈な怒気が鍛治師の全身に駆け巡った。
自分の思ったように少年との対話が進まなかった怒りもあるが、それ以上に、剣を売らないと言った直後、まるで路傍の石を見るかのようにして視線を外し、何の未練も躊躇もなく踵を返して去ったあの少年の後ろ姿。これが何よりも鍛冶師のプライドに触れた。それはまるで、お前の作る武器に価値はないと罵倒されたように鍛治師には感じられたからだ。
「あぁーっっ!!もう苛つくっっ!!」
ドワーフの鍛冶師は、鍛冶の腕には自信があった。この都で一番良い武器を作れるという誇りを持っていた。
怒り、怒り、そして思う。もしあの少年が自分以外の不良品の武器を買わされ、戦いの中でその武器が途中で折れ、その命を散らすことを。
「ちくしょう!どこに行きやがったあのガキ!」
鍛冶師は走り出す。とにかく近くの鍛冶師の店に行き、少年を捕まえる。そしてちゃんとした自分の武器を分割でも後払いでもツケでもいいから買わせるのだ。
そんな決心を決めたドワーフの鍛冶師である〝少女〟と少年が再び出会うのは、また先のお話。
何気にこの鍛冶師キャラ、作者的にはかなりお気に入りです。不器用な優しさとかツンデレとか、何というか母性を感じます。まあ、あまり出番はないんですけどねー