一話
端的に言えば、この物語は復讐に燃える少年がヤンデレヒロインを袖にしながら復讐を遂げる話です。主人公はヒロイン達に見向きもしません
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ガギィンッ
「ぐっ!」
「ははっ」
とある学園の訓練場の中、一人の赤髪の少年が黒髪の少年を剣ごと弾き飛ばす。少年達の間には、非常に大きな筋力の差があるようだ。
吹き飛ばされた黒髪の少年は空中で一回転し、地面に態勢を整えて着地するが、それと同時に赤髪の少年が襲いかかる。
「らぁっ!!」
一閃。
「っっ!?」
剣による一撃を受けきれず、黒髪の少年は再び大きく弾き飛ばされた。ただし次は先ほどのようにうまく態勢を整えることことが出来ず、少年は無様にゴロゴロと地面を転がる。
「ははっ、魔力無しの落ちこぼれは弱くて情けないな!」
倒れた少年を赤髪の少年が踏みつけた。ぐっ...と苦しげな呻き。
「本当にお前、雑魚だな。レイナに守られてばっかでだっせぇ」
嘲笑いながら少年をぐりぐりと踏みつけ、痛めつける。赤髪の少年は嗜虐的な笑みを浮かべ、より黒髪の少年を痛めつけようと持っていた剣を振り上げる。
しかし、その剣が振り下ろされることはなかった。
ズドンっっっ!!!!
「ぐぎゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
踏みつけていた少年に、横から電撃が直撃した。
「遅くなってごめんね。アルイ、大丈夫?」
「こほっ.....大丈夫だよ。ありがとう、レイナ」
踏まれていた少年の元に駆けつけたのは、黒髪の美しい少女。年齢はまだ10にも満たないが、将来美人になることが良くわかる整った顔立ちだ。
「......行こう、アルイ」
「うん、ごめんね、レイナ」
アルイと呼ばれた少年を痛めつけていけてた少年、及びそれを遠巻きに見ていた人物をレイナはギロリと睨みつけると、アルイに肩を貸してそのまま訓練場を去った。
報復を受けたのはつい先ほどまでアルイを弾き飛ばしていた少年だが、アルイを痛めつけていたのを見ていた観客はそこそこ存在した。
彼らは口々に囁き出す。曰く、女の子に守られることしか出来ない弱虫、腰巾着、腑抜け、etc。言ってることは数多の種類があれど、どれも一貫しているのはアルイの悪口であるということだった。
「あっ」
帰路の途中、アルイとレイナは知り合いに会う。
「ふん、またいじめられていたのか。無様な奴だ」
吐き捨てるように言う少女のような外見をした少年は、侮蔑のこもった視線をアルイに向ける。
彼は《勇者》。人類の希望を背負う、まだ10にもならない年齢に反して、人類の中で十指に入る実力を持つ少年である。
そして、アルイとレイナの同郷同年の幼馴染でもある。
「なんでレイナはそんな愚図に力を貸すのか、私にはまったく理解出来ないな」
彼はアルイに向けた侮蔑の視線とは違えど、マイナスという意味では同系統の視線をレイナに向ける。
「.......アトリア、それ以上言うなら容赦はしないよ」
レイナの身体から橙色の魔力が溢れ出す。レイナ本人の瞳には光彩がなく、表情は無表情ながらも凄まじい怒りを感じさせる。一触即発。アトリアの対応次第で、すぐにでも殺し合いが起こり得る雰囲気だ。
「........ちっ、分からない奴だ」
吐き捨てるようにそう言うと、アトリアはその場を去った。
ぼつりと、レイナは呟く。
「分からないのはあなただよ、アトリア」
彼らは元々仲が良い関係だった。アルイは故郷ではリーダー的立ち位置にあり、みんなの中心とも言える存在だったが、この学園に来てからその関係はガラリと変わった。
常人は多かれ少なかれ必ず持っているはずの魔力が、アルイにはまったくなかったのだ。
それによって、彼らの関係は大きく変わった。
アルイはいじめられる弱者の立場に、レイナはそれを守る立場に、アトリアはそれらを侮蔑する立場に。
もう一人彼らには同郷の幼馴染がいるが、それは中立のような存在で、どちらかと言うとアトリアほどではないもののアルイを排斥する立場の方である。いや、正しくは彼女はアトリアの味方であり、アトリアがアルイを排斥するなら従うといったスタンスだ。
学園で勇者としての素質を開花させたアトリアや、アトリアほどではないにしろ人類でも類稀な選ばれし者となったレイナや幼馴染。
それと対比するように、最底辺の立場に落ちたアルイ。
落胆や選民意識、そして歪んだ感情。その他もろもろ、まだ子供の彼らには難しいものが多すぎた。
今や彼らの関係は複雑に拗れていた。
「アルイ、大丈夫?」
治療の魔法をアルイに使いながら、レイナは不安気な顔でアルイに訊ねる。
「大丈夫、もう全然痛くないよ」
にこりと微笑むアルイ。アトリアやその他大勢の者に向ける強張った顔ではない。親しい者のみに向ける、親愛の情がこもった柔らかい笑顔をアルイは浮かべていた。
「そっ、そう、それは良かったよ」
顔を赤らめて視線を逸らすレイナ。それはまだまだ子供な、初々しい反応である。
「ねえ、レイナ」
アルイは、ポツリと呟く。
「ん?なに?」
「僕たち、もう前みたいには戻れないのかな?」
そう言い出すアルイの顔は今にも泣き出しそうで、深い悲しみを湛えた表情だった。
「多分、もう無理だよ、アルイ」
聞いたアルイは、瞳に涙を浮かべる。彼らは元々共に笑い合う友達だったのだ。和解が不可能となれば、当然激しい悲しみを感じる。
「でも!」
ガシッ、と。レイナはアルイの両手を取り、強く握りしめる。強く強く、自身はここにいると声高に主張するように。
「私が、私がいるよ、アルイ!私はずっとアルイの側にいるから!」
「レイナ......」
驚いたような表情を浮かべるアルイ。しかしその表情は徐々に喜色に染まってゆき、
「うん、ありがとう、レイナ」
満面の笑みを零した。
「貴様が、先ほどアルイをいじめていた奴だな」
勇者アトリアが鋭い目つきで赤髪の少年に尋ねる。彼が持つ男らしくない美しさに目を奪われたのか、先ほどまでアルイをいじめていた少年は顔を赤らめてこくこくと言葉を発することも出来ずに頷く。
「そうか、それにしてもその傷、酷いものだな。こっぴどくレイナにやられたようじゃないか」
少年の右腕に撃ち込まれた雷撃は非常に強力であり、治療がしづらい複雑な呪い...怨恨が込められていたので、この学園にいる治療師では怪我を治しきれていなかった。いや、そもそもこれほどの傷を完治したいなら、大陸でも有名な腕の良い治療師が必要となるだろう。
勇者アトリアはアルイが嫌いなことで有名だ。これはかの有名な勇者が自分のことを心配してくれているのかもしれない!と、一瞬少年の気分は舞い上がった。が、壁に叩きつけられる衝撃と共に少年は現実を知る。
「なっ、」
何を?そう言おうとした少年の顔は思いっきり踏まれた。
「なぁ、何勝手なことをしているんだ?」
勇者アトリアの少年を睨みつける瞳は、アルイたちと同じ9歳児とは思えないほど冷たく、ドス黒い。
「アルイをいじめるのは私の特権なんだ。アルイをいじめていいのは私だけなんだよ。アルイのいじめは全て私の管理下で、私の意のままに行われなければならないんだ。何を勝手なことをしているんだ、お前は」
あまり知られていないことだが、勇者は秘密裏にアルイが虐められている現状を操っている。故に、今回のような彼の預かり知れない所での虐めを行った者は、彼に制裁を加えられる。
その制裁は、レイナが彼に撃ち込んだ電撃よりひどい。
翌朝、死体と間違われて少しばかり烏に啄ばまれている少年がいた。その後、彼は慌てた学園職員の努力により何とか一命をとりとめたようだった。
確かにレイナが言ったように、彼の行動は分からない。
「ふふっ、アルイ。そろそろ着くよ」
冬。前回の虐めの時から数年の時間が経ち、雪が降るようになった。アルイたちが住むこの国は大陸でも北方に位置しており、冬季になれば場所によってはオーロラが見れるほどの寒冷地である。
「うん、そうだね、レイナ」
揺れる馬車の中、二人で同じマフラーを巻き、レイナに後ろから抱きしめられるように座っていたアルイは、微笑みながら答えた。
彼らの周りには、子供の仲睦まじさを微笑ましく見守る者や、どこかその仲の良さに一抹の違和感を感じる者たちがいた。
早い話が、とてもラブラブそうだということだ。
アルイはこの寒さもあるからなのか、後ろの温もりに猫のようにすり寄り、抱きしめられる暖かさに安らぎを感じ、うっすらと目を細めて身を預けていたりする。
今の彼と彼女の関係を一言でいうなら、アルイはレイナに依存していた。
そう、どっぷりと、深く、深く。
学園での虐めは、日々過激さを増していた。もちろんレイナがアルイを助けるのだが、実力差により受ける授業もクラスも違う彼女では、助けるのが少し遅れるのだ。
故郷を出て、知り合いが片手で数えられるほど少ない上に、それの大半に虐められ、またその他大勢にも虐められているアルイ。味方は一人しかおらず、また虐めを見て見ぬフリをする者が多い状況で、アルイは人に対する不信感を蓄積させていた。いわゆる、一人の例外を除き、人間不信となっていたのだ。
彼にとって少し時間が経てば必ず助けに来てくれるレイナは、唯一心を預けられるものだった。
だが、その必ず助けに来るレイナによってその他大勢の嫉妬が煽られ、虐めが激しくなっているのに、彼は気づいていない。
彼が彼女に依存する様が、首謀者の不興をさらに買っているのを、彼は気づいていない。
彼が彼女により深く依存するために、彼女があえて虐めから助けてもその虐め自体を撲滅しない事実を、彼は気づいていない。
彼を取り巻く環境は、非常に複雑なのだ。
「久しぶりの故郷だね」
「うん、お父さんお母さん、元気かな」
今、彼らが向かっているのは故郷。学園の四年生から帰郷の許可が降りる、冬休みなのだ。
「アトリア達は、用事があるから帰れないらしいね」
そう呟いたアルイの顔は、本人は基本的に善人であるが故に決して認めないだろうが、確かに嬉しそうだった。
ふふふ。その内心を察したレイナは密かに笑みを浮かべた。ああ、成果は出ているのだと。
「そうだね、残念だね」
「うん、そうだね」
交わされたやり取りの裏は、黒い。分かっててそれを飲み込むように微笑む彼女と、無自覚に嫌悪を発している彼。
ぎゅっ、と。レイナはアルイを抱きしめる腕に力を込めた。
「アルイは暖かいね」
「そう?」
「うん、暖かい」
「ーーーー」
ぼそり、その後に続くようにレイナは呟いたが、それは小声過ぎて近くのアルイでも聞き取れなかった。
何か言った?アルイはそう問おうとした瞬間、馬車が止まった。
「あっ、着いたね。アルイ」
「うん」
「行こっか」
そして、彼らは久方ぶりの故郷に足を踏み入れた。
ーーーー。当てはまる言葉があるのなら、それは
ーーーー。
ーーーのだ。
これーーのだ。
これは私のものだ。
ヤンデレはいいよねー