夢想世界
最近、夢を見る。
どんな夢だったのか。内容は覚えていない。
起きた途端、すぐ消えてしまうのだ。
でも 怖いような、悲しいような…そんな夢だったと思う……
* * *
目が覚めた時、私は真っ白いベッドの中にいた。
どこかの部屋。
たぶん、寝室…。
オレンジ色の灯りが、部屋を照らしている。
物は、あまりなく 本当にただ寝るためだけの部屋だった。
私はむくりと起き上がり、ベッドから出る。
昨日も、こんな夢を見た気がする。
私は、一旦部屋を出ようと ドアの方へと向かった。
ドアの前へと行き、ドアノブを回した。
それはカチャリと良い音をたてて、開いた。
部屋から出て見ると、色々なドアがあった。
どれも、色や形がそれぞれ違っている。
これからどうしようか。なんて、選択肢は1つしかない。
ドアを開け、部屋に入ってみる他ないのだ。
「はぁ」
私はため息をつき、1つ目のドア、1番手前のドアへと行く。
1つ目のドアは、黄色の洋風な感じだった。
私は、ドアノブを回して 中へと入った。
* * *
そこは、どこかの 誰かの家だった。
普通の一般家庭。いや、どこか悲しく暗い感じがする。
「あんたなんて、死んじゃえばいいのよ!」
吐き捨てられる悪口。
頭がおかしくなりそうなほどの暴力。
私は、ビクッと肩を震わせ 後ろを振り向く。
「お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい。」
幼い少女は、繰り返し繰り返し 叫びにも似たような声で ただ謝り続けている。
止まる気配のない暴力と悪口は、少女の首を絞め そして毒へと変わる。
見ているだけで痛々しい。
そして、ただ見る他 何もできない私。
「これは、夢。これは、夢。これは、夢。」
とただ呪文のように言い続ける。
ひどく、苦しい。
私は、目を瞑り耳を塞いだ。
* * *
気がつくと、先ほど入ったドアの前に座り込んでいた。
私は、「はぁ、はぁ」と呼吸を落ち着かせる。
「よし、もう大丈夫」
あの幼い少女とそのお母さん。
私は、あの幼い少女を知っている気がする。
ダメだ。何も思い出せない。
夢からも覚めない。
私は立ち上がり、2つ目のドアへ触れた。
空色の綺麗なドアだ。
私は、ドアノブを回した。
* * *
そこにあったのは、教室だった。
小学校の教室。
子供たちは、みな楽しそうだ。
黒板には、大きな字で「わたしのおかあさん」と書いてある。
そういえば、小学校の時 自分のお母さんについて発表したっけ。
「それでは次、○○○ちゃん」
少女は席を立ち 、発表を始めた。
それは、紛れもなく さっきの幼い少女だった。
「わたしのおかあさんは、とてもやさしいです。
いつも、わたしのすきなおべんとうをかってきてくれます。
よる、いっしょにねます。
おかあさんに、あたまをなでられるのは
とてもだいすきです。 おかあさん、いつもありがとう。 これでおわります」
少女は、笑顔で発表を終えた。
なんで?
疑問しか、なかった。
虐待されているのに、なぜ…
なぜ、優しいと言えるのか。
大好きだと言えるのか。
私の目から、涙が零れ落ちた。
痛い。
私は、目を手の甲で拭った。
* * *
私は、確実にこの発表を聞いたことがある。
この少女を知っている。
なのに、思い出せない。
顔も、名前も。
私にとって、なんだったのか。
知りたいと思う気持ちはある。
だって、とても大切な気がするから。
それでも、見たくないという気持ちもあった。
だって、見てるだけでひどく 苦しい。
それでも、知らなきゃいけないというのなら 私は見るしかない。
私は自分の頬を叩き、次のドアを開けた。
それは、オレンジ色でまさに夕日のようなドアだった。
* * *
それは、小学校の教室だった。
止むことのない悪口と陰湿ないじめ。
それは、紛れもなく私だった。
そうだ…私は…いじめられてたんだ。
私はただ、黙って下を向いている。
痛い。辛い。逃げられない。
それを助けてくれたのが、あの少女だった。
「夢飴ちゃん!一緒に遊ぼ!」
あれは、中休みだった。
私の席へきて、遊びに誘ってくれたのだ。
みんなが、少女に「やめなよ」と止める。
それでも、少女は言った。
「いじめって、悪いことだよ!だから夢飴ちゃんはいい子!」
そう言って、にっこりと少女は笑った。
いじめられても泣かなかった私は、この時 泣きながら「ありがとう」と言ったんだ。
それから、いじめはなくなった。
あの少女は…いや、あの親友の名前はなんだっけ?
* * *
名前も顔も思い出せない。
それでも、あの少女は私の恩人で親友だった。
あと少し…あと少しで思い出せる気がする。
私は立ち上がり、次のドアへと手をかける。
それは、黒い黒いドアだった。
* * *
小学校の教室。
さっきまでと違うのは、雰囲気が暗いからかもしれない。
あの子の頬は殴られたように赤い。
私は「○○○ちゃん、大丈夫?」と心配している。
あの子は、笑顔で「大丈夫だよ」と言った。
大丈夫じゃない。
だんだんと思い出してくる。
私は…私は、あの子に、夢希に何もしてあげられなかった。
助けられなかった。
そして、夢希は自殺したんだ。
その次の日に。
涙がぽたぽたと落ちた。
なんで忘れていたんだろう。
なんでー
目の前が霞み、目の前が泡のように消えた。
* * *
「夢希!!」
もう、ドアは1つしかなかった。
桜色の綺麗なドア…
夢希は、桜の花が好きだった。
「いかなきゃ」
私はフラつく足を立たせ、最後のドアを開けた。
* *
そこは、屋上だった。
たぶん、小学校の…。
空は青く澄み渡っていて綺麗だ。
夢希はいない。
辺りを見回しても、どこにもいない。
私の目から大粒の涙が溢れ落ちた。
そうだ。夢希は、空になったんだ。
あの綺麗な青になったんだ。
それは、夢となり希望となり 私の中に溶け込む。
もうじき、この長い夢も終わる。
「ありがとう。夢希…」
いつか、私は死ぬ。
その時にあの綺麗な青になれるように。
夢希に会えるように。
私は、頑張ろうと思う。
目の前が霞み、暗くなってきた。
私は夢から覚めたのだ。