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6.時には諦めが肝心

「もし」


 大勢の人がにぎわう街の喧騒の中、「あなた」の耳にそんな声が聞こえる。


「もし、旦那さま」


 「あなた」は立ち止まった。

 声は、薄暗い路地裏から聞こえてきたようだ。

 「あなた」は好奇心に惹かれ、声の下へと足を向けた。

 路地裏をなかほどまで進むと、奥から一人の獣人の男が現れる。

 顔半分を包帯で覆い片足を引きずっている。顔を隠すようにフードをすっぽりと被っており、見るからになにか「わけあり」だった。


「ああ、旦那さま。よろしければ、わたくしの話を聞いてはいただけませんか」


 男は拝むように頭をたれ、懇願した。

 「あなた」は頷いて、続きを促す。


「わたしはある呪いにかかっています。それは恐ろしい呪いで、やがては死に至るでしょう。その呪いを解くには、ある迷宮の奥に湧き出るという隠された聖水が必要なのです。けれど、わたしではそこに行くことはできません。どうか、憐れなわたくしを助けてはくれないでしょうか」


 男の話に嘘はなさそうだった。


 さて──。


          ◇ ◇ ◇

 

 ──クエストを受けますか。

 と言うわけでクエストのストーリーを聞き終えると、そんなメッセージが表示された。


 ポップアップに「はい」と「いいえ」の選択肢が表れて、俺は「はい」を選択する。

 するとメッセージが、2、または3人でパーティーを組んでもう1度浮浪者に話しかけてくださいと言う表示に変わった。

 討伐系のクエストだ。


 クエストは大まかにわけると、討伐系、収集系、メイン系がある。

 討伐系は呼んで字のごとく、一定数のモンスター討伐をするクエストである。収集系と違って運に左右されない分、気が楽なクエストだと思う。


 収集系は、アイテムの収集をするクエスト。どこそこからアイテムを採集をしてこいとか、なになにのアイテムを作れとか、ドロップ品を集めろとか、運要素が強い。

 収集系のクエストは、2時間かけて終わらないなんて事もざらだ。俺はあまり好きではない。


 メイン系は、ストーリークエストのことだ。ストーリー自体は全てのクエストに存在するが、特にゲームのメインのシナリオをこなすクエストを指す。


 で、今回は討伐系のクエストだ。

 それにしても。


「人数制限があるクエか」


 わざわざ制限をつけるだけあり、パーティー強制のクエストは、ソロで受けられるクエストと比較して難易度が高い場合が多い。

 3人でパーティーを組むなら前衛・後衛・支援(ヒーラー)が鉄板で安定するだろう。

 俺はメニューを開いてギルド欄を確認した。残念ながら、同レベル帯のヒーラーはログインしていないようだった。


 ラックラビットがいれば、彼女を誘う手もあったのだが。


 支援職の人口というのはあまり多くはない。

 俺が思うに、支援職と言うのはいると便利だけど、自分では絶対にやりたくない職業だ。

 やれヒールのスキルレベルが足りないとか。

 復活早くとか。

 リザ持ってないんですか。必須スキルですよね、とか。


 挙句、支援(バフ)切れてるんだけど早くかけなおしてください、とか。

 こっちが切れそうだ。


 支援は支援職(バッファー)にもらえ、支援職(ヒーラー)支援(バフ )まで求めるんじゃない。

 好き勝手言いやがって。


 それはともかく、ざっとログインメンバーの一覧を眺めてから、おっとっとテレポータには簡易メッセを飛ばしておいた。

 暇人なので、誘えばきっと来るだろう。


 あとは、と一覧を見るとオールド・イーグルと言う名前が光っていた。

 接続場所を確認すると「古の廃都」のアイテム屋に接続しているようだった。


「とりあえず、アイテム屋に行くか」


 1つの街に必ず1つはあるアイテム屋だが、消耗品の補充以外でも利用されている。

 NPCにゴールドを払うことで30分のランダムバフを受けられるのである。

 店内に入ると、ドアの鐘がカランカランと成り、NPCが「いらっしゃいませー」と出迎えてくれた。


「よう、イーグル」


 俺は、カウンター付近でNPCの相手をしていたイーグルに声をかけた。

 イーグルは、軍人で支援職をやっているプレイヤーだ。


「黒猫か、おはよう」


 ちなみに、このゲームで基本職で選べるクラスは、剣士(ウォーリア)、魔法使い、司祭、盗賊、魔物使い、弓兵(アーチャー)、武道家、軍人(ソルジャー)の計8つとなっている。


 レベルアップ毎のステータスは全てプレイヤーが自由に割り振れるので、職業の違いはスキルの違いでしかない。

 なので、司祭なのに火力特化で敵を殴りにいくと言った事も出来なくはない。

 とは言うものの、スキルとの兼ね合いもあるので、ある程度は職業毎に役割が決まってくる。


 例えば、ローグだと回避スキルを生かした回避盾や、攻撃系スキルを生かした火力が多い。


 ウィザードだと火力か支援。


 そして、軍人は純粋支援職と言った具合である。


「暇か?」

「藪から棒になにかな」


 俺の言葉に、イーグルは訝しげな顔をした。


          ◇ ◇ ◇

 

 3人でパーティーを組んで浮浪者に話しかけると、クエストが更新される。

 それから、移動しますか、と言うポップアップメニューの「はい」を選択した。

 移動したマップは、石造りの小さな小部屋だった。


 マップ名は「魂の迷宮」となっている。


 正面に扉が1つあり、地面には移動用の魔法陣がしかれていた。

 と、簡素なSEが響いて、「魂の迷宮へ移動する」のクエストがクリアされ、続いて「迷宮の探索」のクエストが自働受諾された。


「迷宮か、ランダムマップだろうか?」

「面倒そうだな」

「面白そうだね」


 イーグル、俺、テレポータの順番で感想を言う。

 次の部屋は、無数の扉がある大きな場所だった。地面や壁にさまざまな種類の扉がついており、また、上下に続く石造りの階段があった。


「まるでエッシャーの騙し絵のようだ」


 ぽつりとイーグルが周囲を見渡してそんな言葉をもらす。

 階段は、逆さまの階段や、壁から横に続いていて、なるほど確かにそう見える。


「こんばんは、お兄さまがた。あら、お姉さまがたかしら。ま、どっちでもいいわ」

「きみは?」と、テレポータが問いかける。

「わたしはアリスよ、お兄さん」


 そこで俺たちを出迎えたのは、「気狂いアリス」と言うNPCだった。

 青いゴスロリ風の洋服を着て、よくある不思議の国のアリスのような容姿をしていた。


「不思議の国のアリスでもモチーフにしてるのかねえ」

「どうだか」

「なら、ウサギでも探せばいいのかい?」


 いやいや、流石にそれは安直すぎないだろうかよ、イーグルさん。

「違うわ。わたしが追いかけたのはウサギじゃなくて、カメだったわ。でも、とつぜん見失っちゃったのよ。不思議だわ」


 と、アリスが否定する。


「なんと。ではカメを探せばいいのだろうか」

「まてまて、探す必要あるか?」


 確かクエストは呪いを解く聖水の探索だったはずだ。


「探す必要はないわ」


 俺の疑問に、アリスは首を振った。


「必要ないってよ」

「そうなのか」


 イーグルはどことなく残念そうだ。

 気をとりなおして。


「で、どうする? 適当に端からあけてくか」

「まかせてくれ。ダイスで決めよう。こんな時のために、ダイスを持っている」


 と、テレポータはアイテムボックスから取り出した10面ダイスを転がす。


「10だ。10ってどこかな?」

「知らねえよ」


 やるならせめて番号決め手から振れよ。


「では10時の方角で。せっかくだから、わたしはこの赤い扉を選ぼう」


 イーグルが、入り口から10時方向の、手近にあった木製の扉を1つ選んで開ける。


「あら、お兄さん、そこは止めておいた方がいいと思うわ」

「ん?」


 イーグルが部屋に足を踏み入れた後に、アリスがそんな事を言う。

 と言うか、彼は踏み入れられなかった。

 何故かと言うと、扉の先には地面がなかったからだ。

 悲鳴とともに、イーグルは視界から落ちていった。


 5秒ほどすると、彼のHPが0になる。 


 俺はイーグルが開けた扉に近づいて、中を覗いてみる。その部屋は、穴があいているだけで、他にはなにもない。穴は暗くて底が見えなかった。

 扉がキィキィと揺れて、それになんだか哀愁を感じてしまう。


「やれやれ、ひどい目にあった」


 ややあって、復活したイーグルがマップに戻ってきた。

 いかにバーチャルリアリティとは言え、高所から自由落下するのは堪える。例えて言うなら落ちる夢を見た後のような感じである。

 俺は出来れば引っかかりたくはない。


「おかえり、イーグル。大丈夫かい?」

「目が回った。もう少し早く忠告して欲しかった」

「うふふ、ごめんなさい」


 イーグルのぼやきに、アリスは笑って謝った。

 良い性格をしているNPCだ。製作した人間は性格が悪いに違いない。 

 と言うか、このダンジョンを作った人間が。

 俺は、ぐるりと周りを見回す。

 視界の上下に数多くの扉が残っていた。

 先は長そうだ。


          ◇ ◇ ◇


 とある扉の先は、幾重もの石柱が連なっていた。

 それらの柱で天井を支え、床には正方形の石が敷き詰められている。見渡せば、いくつか崩れた柱のオブジェクトが視界に入る。


「次は天井でも落ちてくるかな?」

「そりゃあ、B級映画によくありそうな展開だな」

「こうも罠が多いと、流石にうんざりしてくるね」


 と、テレポータが愚痴を言う。


「頼むから慎重になれよ、イーグル。いまのところ、お前が1番罠にかかってんぞ。しかも見え見えのに」

「おっと、わたしのせいか? いやいや、それは仕方ないだろう。ダンジョンで宝箱を見かけたら、普通開けないだろうか? いや、あけるとも。製作者が一枚上手だったのさ。人間の心理をついた実に見事な罠だったネ」


「常設の宝箱なんて、どうせ大したもん入ってないだろ」

「いやでも、もしかしたらって事もあるじゃないか。女の子の胸とダンジョンの宝箱には、夢がつまっているものさ。例え存在しなかったとしても」

「なに言ってんだ、おまえ」


 いくつかの扉を探索したが、ある扉では即死判定の矢が四方八方から飛んできたり、ある扉ではフロア中に大量のモンスターがわいたり(しかも獲得経験値極小で旨みがなかった)、床がまるごと抜けたり、燃えたり、溺れたり、とにかく罠が多かった。


 今回のフロアは、マップを見る限り広さは然程でないが、入り口からでは全容は見えない。

 柱のせいで視界が悪いが、それ以外では見た限り怪しい箇所はなさそうだが……。


 とりあえず部屋の中に入り、ポップしたモンスターを倒しつつ進む。

 イベント系のダンジョンなので、ポップ数自体は少ないが、経験地効率的には可もなく不可もなくと言った所だろうか。


 職業ごとにメイン武器が決まって、ローグなら短剣、ウィザードは銃と言った具合だ。

 それで言えば、ソルジャーであるイーグルは指揮杖を振るってモンスターを倒している。


「黒猫、どうしてローグのくせして罠感知とか罠解除とかのスキル振ってないのさ。どうせ、スキルポイント余らせてるだろ?」

「取っておいてんだよ。もしかしたら急に何かに使うかも知れないだろ」

「いやいや、とっときすぎて腐らせるんだから使えよ」

「倹約家と言ってくれ」

「貧乏性め」


 と、額に手をかざしていたイーグルが、視界の先でなにかを発見したようだ。


「やや、宝箱発見」

「待て待て、取り合えず罠を確かめろ」

「それはフリかい?」


 ある程度進んだところで、宝箱、それと石畳の床が一部だけ明らかに他とは違う所があった。

 なので、俺はその隣の普通の色の床を踏む。


 すると、ガコ、と床が沈んだ。

 ゴゴゴ、と部屋全体が音を立てて動き始める。


「天井じゃなく壁だったか、意外性がある」

「そう? やっぱりB級映画によくありそうだと思うけど。ところでB級って、出来のことじゃなくて予算とかのことを指すらしいぜ?」

「へえ、それは初耳だ。ひとつ賢くなったネ」


 テレポータとイーグルが、やれやれと首を振っている。

 迫りくる壁を最後に、俺たちの視界は暗転した。


 このゲームは、死ぬと大抵、街に戻るかラストダンジョンの入り口に戻るかで選択肢が提示される。

 デスペナルティも特にないが、代わりに復活アイテムが貴重品なのである。

 無課金では、公式イベントでたまに配るものしか手に入らない。


 プリーストのスキル「リザレクション」と課金アイテムでない蘇生の場合、蘇生しない場合がある。

 蘇生しなかった場合、灰になったというメッセージとともに強制的に最後に訪れた街まで戻されてしまうのだ。


「おかえりなさい。また来たのね。お兄さんがた、よっぽど暇なのね」


 で、死んで戻って、NPCのアリスの出迎えが心に刺さった。


「そろそろ諦めるのも手じゃないだろうか?」


 イーグルが疲れたように言う。

 なんだかんだで一番トラップに引っかかっていて、それは疲れるだろうさ。


「ええー、せっかくここまでやったのに? 諦めるなんてとんでもない」

「たぶん、これ特殊条件があると思われ」

 恐らくイーグルの言う通り、クリアには何かしら条件が必要なのだろう。

 さて……。


          ◇ ◇ ◇


 ちなみにクリア方法だが、ローグの探索系スキルが高いと、隠し扉を発見できるらしい。

 思えば、最初にクエストを受けたときに「隠された聖水」とか言っていたから、そういうことなんだろう。

 クエストの受注条件も、職がローグ系列だそうで。

「やっぱスキルポイント腐らせてたじゃないか」

 


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