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5.第1回初心者講座

「むう、最近、レベルがあがらない」


 事の発端はギルドの新人、A子のそんな一言だった。

 A子は、3日前にサッさんが新しく勧誘してきたらしい。


 職業は初心者にオススメの武道家を選び、短髪でチャイナ服のアバターだ。

 武器も初心者が装備できるもののようで、見る限り鋼の手甲のグラフィックだった。


「あれ、A子さんって、いまレベルいくつでした?」


 と、サッさんが首を傾げる。


「150レベルですよー」

「それならまだまだ上がりやすいと思うけど」


 確かに。


「あ、でも、始めて1ヶ月経ったから経験値ブースト? っていうのがなくなっちゃったので」

「ん? 1ヶ月で150までしかあがってねえの?」

「おかしいですか?」


 1日1時間だとしても、1ヶ月なら30時間。仮にその半分としても15時間か……。


「オブラートに包んで言っても、遅いな」

「あの、全然包めてないんですけれど」


 ジト、とA子が呆れたように俺に言う。


「しかたないね、彼は効率厨だから」

「誰がだ」

「え、違うの?」


 心底驚いたと言わんばかりのおっとっとテレポータ。

 この野郎。


「んー、ていうかさ、150レベルから上がらないならキャップ外してないんじゃないかな」

「キャップ?」

「レベルキャップ。知らない?」

「わたし、説明書は見ないタイプなのですよ!」

「ああ、そうなんだ……」


 テレポータの言葉に、いやいやまさかと思ったが、A子はキャップがなんの事だかわかっていないようだ。

 サッさんも苦笑している。


 キャップ。日本語で言えば上限のことだ。

 つまりレベルが上げられる最大値を表す。

 キャップに到達すると、それ以上レベルは上げられず獲得経験値が腐ってしまう。

 クエストやイベントを消化することで、上限解放が可能となっている。


「と、いうことです」

「ほほう、なるほどなー」


 サッさんの簡単な説明にA子が頷く。

 本当にわかっているのだろうか。


「簡単なクエストですが、もし心配ならぼくとパーティー組んで一緒にやりますか? 150レベルのキャップ解放なら15分くらいで──」


 と、不意にサッさんの音声が途切れた。

 ささやき(ウィスパー)チャットが飛んできたらしい。


「あー、すみません。そう言えば、この後PVPの予定があるのを忘れていました。ちょっと準備しないとで、ぼくは時間が取れそうにないです。すみません」

「あ、そうなんですねー」


 サッさんが歯切れ悪そうに謝る。


「黒猫、お願いできませんか? もしA子さんと黒猫がいいならですけど」

「わたしは大丈夫ですけどー」


 チラっと、A子が俺の顔色をうかがってくる。


「よろしく頼みます、黒猫」

「はあ、わかったよ」


 サッさんに頼まれたなら、仕方がない。


 しかし、A子は、なんと言うか取っ付きにくいと言うのか。

 スターダスト・フラグメント初心者と言うより、もっと根本的にネットゲーム初心者のような感じがする。

 こういうタイプは苦手なんだがなあ。

 なんとなく。


「よ、よろしくお願いしますー」

「大丈夫、彼はツンデレタイプだからね。あと押しに弱い」

「おー、そうなんですね」


 そこ、黙ってろ。


          ◇ ◇ ◇

 

 確か1年前のアップデートでレベルキャップが解放されて、現在のスターダスト・フラグメントの上限レベルは700ぴったり。

 大抵のゲームでそうだが、レベルが上がれば上がるほど次のレベルまでに必要な経験値の量は増えていく。

 1レベルから2レベルに上げるよりも、99レベルから100レベルにする方が大変だ。


 スターダスト・フラグメントは、それが特に顕著に表れる。


 600レベルを越えた辺りで必要経験値が大幅に増加し、650レベルを超えるとほぼ上がらない。

 例えば650レベルの、課金もして装備も経験(ノウハウ)もある6人パーティーが、最高効率の狩場で1時間狩り続けたとして、必要経験値の1%ほどしか獲得できない。

 それくらい上げにくい。


 いまランキング最高レベルのプレイヤーが673レベルなので、いかにカンストが不可能かがわかる。

 簡単に上限まであげられてしまうと、それだけゲームの寿命が早まるから仕方がないのかも知れないが。


 さて、そんな俺のレベルは666レベル。


「じゃ問題。必要経験値の8%獲得できるボスと、必要経験値の0.8%獲得できる雑魚、どっちを狩るべきか」

「当然、ボスを倒すに決まっていますよ、当然!」


 と、A子は俺の質問に勢いよく答える。

 その隣に何故かいるルールー。

 今日はウサギ耳のフードのコスチューム姿をしている。


「なお、ボスは1匹倒すのに4分かかり、雑魚は1匹、10秒以内に倒せる。リポップ時間は10秒」

「ええっ、後から条件を付け加えるなんてヒドイと思いませんか!? いや、ヒドイですよ!」

「ひどい……」


 A子の驚愕にルールーが同意する。


「人の話を最後まで聞かないからだ。というわけで、正解は雑魚狩りをすべき」


 計算すればわかるが、この条件なら雑魚敵を1分で最低3匹は倒せる。

 つまりボス1体倒すうちに計12匹倒せるので、ボスのリッポップ時間を考慮に入れなくとも、ボスより経験値が上だ。


 1時間狩り続けたら、96%と144%でその差は歴然である。

 なら圧倒的に雑魚狩りをしていた方が効率がいい。


「まあ、そう言う要素も考えて狩ったほうが効率はいいって事だ」

「なるほどー」


 ちなみに、キャップ解放のクエストは「覚醒の宝珠」というアイテムを150個手に入れればクリアとなる。

 上位レベルのキャップ開放も基本的に内容は変わらず、ただ集める数が増えていく。

 なんとドロップ率が30%もあり、実に良心的だ。


「良心的……?」

「良心的だろ?」


 で、つつがなく15分で全て集め終わり、クエストクリアとなった。


「ありがとうございました」

「どうも。ところで、A子は装備の外装とか弄ってるか?」

「あ、はい。よくわかりませんけど、たぶんしてないと思いますよー」


 見たところ、A子が装備しているのは鋼の手甲で、あまり性能がよくない。


 言い方は悪いかも知れないが、MMORPGと言うものは「レベルを上げて物理で殴ればいい」の典型的なゲームだと俺は思っている。

 プレイヤースキルを上げるよりも、レベルを1でも上げた方がよほど強くなる。(もちろん、PVPをやるなら別だが)


 だが、もっと言えば、キャラの強さの本体は装備品だ。

 いかに強い装備品を作るかが、直接的な強さに関わってくる。


「いや、もちろん他にも要素は色々あるけど、それにしたってまず装備を整えないと話しにならん」

「そうなんですねー」


 ふむふむと、A子は素直に頷いてくれる。


「とりあえず、装備を買いに行こうか」


          ◇ ◇ ◇

 

 基本的に、店売りの装備よりもドロップ品の方が性能がいいが、自力ドロップでは自分の職にあった武器を手に入れるのは難しい。

 ふと気になって、俺はA子に質問をした。


「A子は今まで装備どうしてたんだ?」

「装備は拾いました。格好いいのでお気に入りです」

「………。イヤリングと髪留めつけてないみたいだけど?」

「アバターに似合わないかなって思ってー」

「ちなみに、アイテム屋のバフは?」

「なんですかそれ」


 首をかしげるA子。やっぱり装備以前の問題かも知れない。


「苦虫が踏み潰された……みたいな顔」

 ルールーがそんな俺を見て、ポツリと感想を告げた。

 どんな顔だ。


「i.e.鳩が豆鉄砲を食べるのを目撃した……ときの顔」

 どんな顔だ。


「ま、確かにA子のアバターはよく出来てるな」

「格好いい装備がいっぱいあったりして、このゲームってアバターの表現自由度が高いですよね! あの、なにかまずかったですか?」

「いや、なにも」


 装備とかに突っ込みたいところは多々ある。

 だが、A子が楽しそうなので、細かいことは別にいいかと俺は思うことにした。


 ゲームの楽しみ方は人それぞれなのだから。


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