4.名前の美学
中の人の性別
佐々木小次郎:男
LuLu:女
ラックラビット:女
ギルドとは、プレイヤー同士が集まった集団である。
NPCに100万Gを払って自分のギルドを作れ、レベルが10以上から加入可能となる。
ギルドに加入すれば、ギルド専用のクエストが受注できたり特定のステータスが増加したり、ギルド同士のPVに参加できたりと色々な恩恵が受けられる。
ギルドには専用のホームを作る権利がある。
それで、各街にある青い色の扉から、所属するギルドのホームへ移動可能だ。
ギルドホームの内装は一律同じものと言うわけでない。
ギルドレベルやギルドランクである程度融通がきき、変更される。
などと、所属する恩恵が大きく、大抵のプレイヤーはどこかしらのギルドに所属している。
かく言う俺も、ギルドに所属している。
俺はギルドホームの天辺にある旗に背を預けて、全体のメッセージウィンドウを見ていた。
「こんばんは」
不意にギルドのメッセージウィンドウが輝き、そんな挨拶が表示される。
ギルドマスターをしている佐々木小次郎からのものだった。
佐々木は少年アバターで、基本職に剣士を選んでいる。よく藍色の羽織のコスチュームを好んで装備していた。
俺はサッさんと呼んでいる。
サッさんの挨拶に、「こん」とか「こんばんわ」とか「こんちゃ」とか、そんな感じの返事がきて、メッセージ一覧が一時的にうまった。
俺も仮想キーボードを呼び出して、ポチポチと挨拶文を送っておいた。
ちなみに、メッセージを表示するウィンドウは常に視界の左前の方に表示されている。
もしも邪魔だと思うなら消してもいいし、消さなくてもいい。
それはプレイヤーの自由だ。
「こんばんは、黒猫」
「ん、おはようさん」
ややあって、サッさんがボイスチャットの範囲までやってきた。
サッさんは物腰がとても丁寧で、俺とは正反対である。ギルドマスターをしているだけあり顔が広く、かなり古参のプレイヤーだった。
俺とも随分付き合いが長く、フレンド登録をして久しい。
「なんか用か?」
「黒猫が上にいるのが見えましたから。なにをしてるんです?」
「なんか掘り出しもんがないかと思ってな」
このゲームは、MMORPGの例にもれず、プレイヤー間でのアイテムの取引が可能である。
普通アイテムは、NPCに売っても最大1万Gにしかならない。だが、プレイヤー間で直接取引すればもっと高額で売りつけることも可能だ。
そう言った取引の情報は、掲示板に書かれたり全体チャットで流されたりする。
それで俺は、さっきからメッセージウィンドウを眺めていたと言うわけだ。
ちなみに、現在スターダスト・フラグメントで最も値がついたアイテムはなんと500億Gもしたそうだ。
さる大手のギルドがメンバー協同で購入したそうだが、俺は噂しか知らない。
「なにか面白いものは、見つかりました?」
「特に」
安売りのアイテムでもあれば転売するのだが、そう上手くはいかない。
「こないだ装備を作り直したから金欠なんだがな」
「転売なら、テレポータさんが上手だよ」
「へー、そうなんか」
それは知らなかった。
俺はなんとなく、意外に思った。
「サッさんは?」
「ぼくはあんまり」
サッさんが手を振って否定する。
「やあ、諸君。こんばんは。なんの話?」
いつの間にか表れたのは、件のおっとっとテレポータだった。
いつものように、ゴツイ銃を肩から斜めに引っさげている。
俺は手だけで挨拶を返した。
「いや。なんでも。気にするな」
おっとっとテレポータは、きょとんとした顔をした。
その後ろには、ギルドメンバーのLuLuとラックラビットが一緒にいて、どうやらパーティーを組んでいるようだった。
LuLuことルールーは、魔物使いの派生職業・人形遣いである。両腕に動物の人形を装備して、ゴスロリチックな見た目だ。
「………」
ルールーは無言で会釈する。
普段から口数が少なく、喋っているのをあまり見た事がない。
もう1人、ラックラビットは、司祭の純上位職業の司教である。頭に冠を装備して、手には杖を持っている。
「あのあの、こんんばんはです」
ラックラビットが俺とサッさんに、ぺこりと頭を下げた。
「珍しいパーティーだな」
「そうですね。なんの集まりですか?」
サッさんが首を傾げる。
「んー? ギルクエだよ。ほら、あの、あれ。あれだよ。時給がいいヤツ。3人以上のパーティーじゃないと受けられないから」
こくこくこく、と同意のためにラックラビットが何度も頷いた。
「え、お前って無駄に課金しまくってるくせに、わざわざ狩りでも金稼いでんの?」
「あのですね、いくらぼくだって、課金だけでゴールドを全部まかなってる訳じゃあないんですからね。暇なときには金策のための狩りくらい行きますし」
俺の発言に、おっとっとテレポータは呆れた顔をした。
「あ、ねえ、見てください。いま、GhosT.という人が引退1ゴールドのアイテム投売りするって言ってますね」
と、サッさんがメッセージの1つを見て言う。
「いや、嘘だろこれ」
「確かに。名前的に釣りっぽいねえ」
と言うのは、俺とおっとっとテレポータの意見だ。
「あの、Ghostさんって、確かPVPで凄く有名な人ですよね? 私も名前を聞いたことあります」
嘘なんですか、とラックラビットが首を傾げた。
しぐさが、どことなく小動物を彷彿とさせる。
「いや、微妙に名前が違う。まあ、よくある事だよね。有名税、有名税」
「それはちょっと違う気もしますけれど」
テレポータの発言に、サッさんが苦笑した。
GhosT.という名前はGhostとよく似ているが、違う。なんとか名前を似せようと、大文字と小文字と記号を組み合わせているため、それっぽくはなっている。が、やはり違う。
「しかし、他人の名前を騙るとはけしからんねえ」
「案外、たまたま似てるだけかもしれん」
まあ、それはないだろうが。
基本的に、MMORPGは同一のキャラネームは禁止で、使用は早い者勝ちだ。
なので、後から始めると使いたい名前が使えないなんてことは間々ある。
それでも、今回のことは怪しすぎる。
「名前といえば、名前を見れば古参かどうかわかるよね」
「どうやって……?」
ルールーが疑問を口にする。
「皆に使われそうな名前を使えているヤツは、大抵古参。黒猫とか、佐々木小次郎とか」
「本当かよ」
「ふ、統計的に正解確立は50%さ」
と、おっとっとテレポータは嘯く。
それは果たしてわかると言うのだろうか。
◇ ◇ ◇
なお、引退1ゴールドのアイテム投売りについては、予想通り釣りだった。