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3.46時間30分

 ある日俺が、「塔のアトリエ」で狩っていると、おっとっとテレポータがふらっと現れた。


「ねむ」


 おっとっとテレポータは「ふわ」と欠伸をして眠そうにしている。


「相変わらず朝はやいねえ、黒猫。廃人ぽい」


 取り合えず、リポップしたモンスターを全て片付けてから一息をつく。

 手を振ってポップアップウィンドウを出現させ視界の右下にある時計を確認すると、現実時間では朝の4時だった。

 それから、メニューバーからギルドの項目をタップする。

 この時間だと、いかに休日でもイン率は低めだ。俺以外のギルドメンバーもちらほらとしかおらず、黒色の名前が目立った。


「おれぁ早起きなだけだ」

「そうなの?」

「そうだよ。だいたい、おまえが人の事を言えるのか………?」

「ぼくは健全なプレイを心がけてるから」

「健全? はん、寝言は起きる前に言え、金食い虫のウィザードが」


 はっはっはと、誤魔化すようにおっとっとテレポータは笑った。


「ささ、パーティー組もうぜ」


 パーティー申請が飛んできたので、俺はイエスをタップする。


「黒猫ってソロで狩ってること多いよね。効率悪くない?」

「場所によるとしか言えん」


 そもそも狩場があいているとも限らない。


「そう? ぼくはソロって駄目だな」

「そりゃ、パーティー前提のステ振りしてりゃそうなるわな」


 おっとっとテレポータは職業にウィザード系を選んでいるが、ウィザードは全職業中、最大の火力が出せる。

 そしてコイツはステータスを火力に全振りしている超火力バカ。


「理論上最高DPSってロマンだよね。きみだって、速度特化の極振りみたいなものじゃなかったっけ? それこそ人のこと言えないじゃないか」

「わからんでもない。が、おれはちゃんとパーティーでもソロでもいけるんだよ。お前は完全パーティー型じゃねえか」

「ぼくだってソロでいけなくもないよお。効率が悪いだけで」

「それって致命的じゃねえの?」

「いいんだ、いいんだ。ぼくはガチ勢じゃないですから。楽しくないことはしないの」


 リポップしたモンスターを処理しながら会話する。

 テレポータと2人でパーティを組む時は、基本的には俺がモンスターを釣ってきて、テレポータが仕留める流れとなっている。


 俺は初期職業にローグ系を選んでおり、テレポータよりは火力が低いので自然とこう言う役割となる。

 ハイローグ攻撃系スキルの影打ちも使い、適当に集まったモンスターの動きも止めておく。

 影打ちは、ダガーを1本消費して敵ユニットを移動不能(スタン)状態にするスキルである。あまりスキルレベルを上げていないので、止まったらいいな程度の成功率だ。


「てかさ、黒猫はなんでこんな所で狩ってるの?」

「なんでって、そりゃ───」


 ここは塔のアトリエ。

 かつて偉大な錬金術師が工房としていた摩天楼。

 神を冒涜した錬金術師とも呼ばれた男が作った塔は天まで届かんとそびえ立ち、全7階層からなる石造りの造形物だった。根元の階層は迷路のように複雑な構造をしている。空に近づくほど階層は狭くなり、防衛機構が強く働く。


 と、言う設定のフィールドである。

 そんな魔塔も今では崩れかけ、何だかよくわからい物の標本や何だかよくわからない器具のグラフィック、腐乱した歩く死体のNPCなどが用意されている。ポップモンスターも幽霊系やスライム、ゴーレム、ホムンクルスなどその手の系統のモンスターで統一されている。


 とにかく薄暗く不気味なマップである。

 トド森と並んで、不気味なマップ1、2位を争っている。


「───おっと!」


 流石に釣ってきた数が多かったのか、テレポータの攻撃範囲を逃れたモンスターたちが俺をターゲットに斧を振り下ろしてきた。

 その内の、石のゴーレムの一撃が俺に直撃するが、判定はミス。


 ここの狩場なら、2時間のうちに1~2度しか被弾しない。

 しかし当たったら勿論即死だ。


 反撃に俺はダガーを振るう。

 攻撃があたった瞬間、切られたモンスターだけでなく、近くにいたモンスターのHPもまとめて吹き飛ぶ。


 ハイローグ攻撃系スキルの閃影。


 閃影はハイローグ系の職が最も好んで使うスキルの一つであり、命中した敵ユニットから近接5メートル以内の全ての敵ユニットに対して同攻撃判定を与える範囲攻撃スキルだ。


 ただし、ゲーム内時間で夜の間にしか使えない。


「ああ、ごめんごめん。魔力切れ。いまポーションそんなに持ってきてないからさあ」

「頼むぜ」

「善処します」


 ちなみに塔のアトリエは夜マップ。

 大抵のフィールドやマップは朝と夜を繰り返しているが、夜マップはどの時間でも固定で夜判定となっている。


 夜の方が敵が強くなるが、その分アイテムドロップ率アップと経験値アップがする。

 ただ、夜マップと言えども、塔のアトリエは特段、経験値効率が良い訳でもドロップ品が美味しい訳でもない。

 では、何故俺がこのマップで狩っているかと言うと。


「さっきの何でってのな、ユニークモンスターのリポップを待ってたんだよ」

「ああ。そう言えば、此処にも出るんだっけ。何時間のヤツ?」

「二日」

「マジか………」


「昨日の夜からいるから、出てもおかしくはないハズだ」

「凄い執念」


 ユニークモンスターと言うのは、通常モンスターよりも遥かに強力な敵で、固有の名前を持っている。

 ボスモンスターとは違い、リポップ時間が一律だ。誰かが先に狩っていたら、次のリポップまで待たなければいけない。

 ただ、狩りにくい分、ユニークモンスターからしかドロップしないレアアイテムのドロップを期待できる。

 

 鐘の音がマップに響く。


 ごぅん、ごぅんと空間を震わせて、魔方陣が部屋全体に広がっていく。

 召還されるモンスターの名前は〈無限のダイダロス〉。

 46時間30分わきのユニークモンスターである。

 ようやくのご対面に、俺は口角を吊り上げる。

 刈り始めてから、実に9時間37分後のことだった。

 

          ◇ ◇ ◇


 塔のアトリエの7階、通路を抜けた先にその部屋はある。


 円形の広い部屋で、中央には血に染まった祭壇が築かれ、壁には呪文が刻まれている。暗闇は質量があるかのように、身体にまとわりつき、天井から吊るされた消えない篝火が揺れ動く。


 震えているのは、篝火だけでなかった。

 空間自体が揺れている。塔が揺られている。

 そして鐘の音と供に、ソイツは俺たちの前に降ってきた。


 それは、炎をまとった巨大な人間だった。

 

 俺の倍はありそうな体躯をし、顔のない頭部と浅黒い肌、腕も足も巨木のように太い。巨木のように太い腕には、これまた馬鹿げた大きさの刃物を持っている。刃物は巨人の背丈と同じくらいあり、肉切り包丁のような形状をしている。


 口のない巨人が咆哮を上げると、燃え盛る炎が巨人を中心に円形に広がった。

 俺は、身にまとったマントが炎を遮断してくれている。


 テレポータはと言うと、いつの間にやら通路まで避難し、炎に当たらないようにしていた。ちゃっかりしているな、と俺は感心する。


 炎に焼かれつつも、俺は巨人の影に向かって黒刻石のダガーを投擲した。

 だが、巨人の動きは止まらなかった。

 巨人の手に持った巨大な肉切り包丁がうなりを上げて、俺目がけて振るわれた。


 俺は「チッ」と舌打ちをして、巨人の懐に飛び込む。

 背後では肉切り包丁が地面をえぐり、礫が放射状に広がる。


 人間など紙くずのようにバラバラにしてしまいそうな威力。俺も、命中したらひとたまりもないだろう。


「おらあッ!」


 渾身の力を込め、ダガーを振るう。 

 16フレーム内に6回という連続攻撃を受け、炎の巨人は仰け反る(ノックバックする)

 さらに俺の後方から3発の弾丸が飛来し、同時に着弾した。


 溜まらず炎の巨人が片膝をついた。

 皮膚はひび割れ、その下からは赤い炎が吹き出す。


「──エクスプロージョン・コロナ」


 テレポータの詠唱に、巨人の体内に残った弾丸が爆発。

 爆発で、俺の視界が遮られる。


 巨人が怒りの声をあげ、跳躍する。

 同時に、その身体からは炎の触手がうねって表れた。

 巨人の体躯が地面に着弾すると、その身体を中心に半径5メートルの爆発が起きた。


「チィッ!」


 咄嗟に、身にまとったマントで炎を防ぐ。

 巨人の体力も、もう僅かだ。


「これで!」


 俺は最後の一撃と、一瞬の内に間合いをつめた。

 右腹から左肩へかけて、逆袈裟斬り。続けて振り上げたダガーを真一文字に振るい、最後は振り下ろしの一撃へと繋げる。


 6フレーム以内の3連続攻撃を受け、巨人の体が音もなく崩れ、最後は灰となって燃え尽きる。

 後には何も残らず、俺は息を吐き出した。


          ◇ ◇ ◇


「お疲れ」


 ドロップ確認に、おっとっとテレポータがやってきた。

 ドロップ品はプレイヤー個別の判定で、個人個人にしか見ることができない。だから、俺はテレポータが何を拾ったかわからないし、テレポータも俺がなにを拾ったかはわからない。


「で、どうだったの?」

「………次は46時間30分後だ」


 その答えに、おっとっとテレポータはとても憐れそうな表情で俺に視線を向けた。

 ………それが答えだ。


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