2.紙ふたり
スターダスト・フラグメントはフルダイブ型のMMORPGである。
だが、フルダイブ型になっても、従来のMMORPGとそこまで大きく変化があったわけでもない。
マップは、サーバーの負担を抑えるため完全シームレスとはなっておらず、チャンネルが13チャンネルまで分けられている。
ゲーム的アシストは、フルダイブ型になりむしろよりサポートされるようになった。
電脳空間にダイブしてゲームをすると言っても、ゲームには違いない。
もちろん、架空の世界を体感できると言う点では、かつてのPCを使用したゲームとは比較にならない。
建物や風景、アイテム、モンスターなどは本物と見まがうほど精巧な3Dで再現されている。
売りの1つであるスローライフ要素も、かつてとは比べ物にならないほどリアルに体験する事ができる。
その一方で、キャラクターのアバター表現は、あえて現実のように再現されていない。
これは、PVPなどの対人要素を円滑に進めるためだそうだ。
誰でも、いかに仮想現実とはいえ、本物そっくりの人間を殴ったりするのは気分がいいものではないだろう。
だからなのかは知らないが、このゲーム、人間以外の種族も選べる。
現に俺のアバターは半獣人の少女で、職業は盗賊である。
「うう、暗いな。ぼくはこう言うダンジョンがニガテだ」
と、俺の横を歩いているのは、黒髪赤目の青年アバターこと「おっとっとテレポータ」。種族は吸血鬼で職業は魔法使いである。
テレポータは、身長と同じくらいの銃を装備している。
「光度最高まであげてんの?」
「あげてる。松明をもっと持ってくればよかった。長いよ」
「確かに」
ここは、今日のアップデートで追加されたばかりのダンジョンで、名前は「墓穴」と言う。
ダンジョン的には縦に伸びる洞窟で、かなり広い。
ただし道幅は5メートル、高さは3メートルほどしかない。
迷路のように複雑な作りとなっており、3時間かけて7階層まで降りてきたが、どこまで続いているのだろうか。
「きゃあ!」
「うお!」
急に、洞窟の暗闇から無数の蝙蝠が羽ばたき、また暗闇へと消えていった。
モンスターでなく、ビックリギミックだ。
「コホン。ああ、吃驚した」
俺はどちらかと言うと、テレポータの悲鳴に驚いた。
「なにか?」
「なにも」
ここまで来るのに、2人で軽く2桁に到達する死亡数を記録している。
紙2人で、しかも初見なら仕方ないかも知れないが………。
ローグは前衛職だが、職業的には回避型になりやすい。その上、俺はステータスを速度に特化させているので、なおさら打たれ弱い。
おっとっとテレポータのウィザードは後衛職で、言わずもがな防御力なんぞは皆無だ。
なので俺たち2人の戦闘方法は至極単純である。
見敵必殺、やられる前にやれ。
攻撃を食らったら死ぬ。
「お、モンスターがポップしたな。前に8、後ろに3。後ろ頼む。おれは前のタゲとって壁やるから。手早くな」
「了解」
短く言葉をかわし、それぞれ、ポップしたばかりのモンスター・ゴブリンを目標とする。
まず、俺はタゲを取るためにダガーを投擲する。
そのまま、直近ゴブリンに3連続攻撃をしかけ、1体を倒す。
攻撃モーション後は、硬直が入る。
「ギャ、ギャ、ギャ」
そこへ、ゴブリンの攻撃が集中する。
だが、当たらない。判定はミスとなり、ダメージはない。
速度特化は伊達でないのだ。
基本的に、同レベル帯ならただの物理攻撃はほぼ当たらない。
ただし、魔法は必中なので撃たれたら死ぬ。
その間に、後続の憂いを断ったおっとっとテレポータが戦闘に参加する。
すぐさま範囲型のスキルを使って、ゴブリン共を殲滅した。
「ふう」
「おっと。まだ、休む暇はなさそうだぜ。頼む」
ローグの索敵スキルに新たな反応をとらえた。
俺は、青い色のポーションを飲んで一息をついているおっとっとテレポートに、注意をうながす。
洞窟の奥からは、ゴブリンの群れがぞろぞろと向かってきている。
「ところでいまさらだが、なんでウィザードの武器って銃なんだろうな、普通杖じゃねえ?」
「なにをいまさら。どこからどう見ても、魔法の杖じゃないか。稲妻がつまってるんだぜ」
テレポータは、ポップしたゴブリンに向けて銃を構えて、嘯く。
「Fire!」
ウィザードのスキルが発動し、通路の先にいた集団が、雷鳴のような轟音と供にまとめて一撃で消し飛んだ。
流石、火力馬鹿。
撃った後は、ガシャッとボルトを引いて弾丸を補充する。
ちなみに、オートリロードなので動作に意味はない。
「ちなみに今のは無属性魔法、エクスプロージョン・ノヴァ」
「ファイアでもサンダーでもねえじゃねえか」
「ウィザードが炎や雷しか扱えない、なんてことはないと思わない?」
「ああ、そうですかい」
ドロップアイテムを取捨選択して、要るものはインベントリに残し要らないものは捨てる。
ここまで来るのに、そこそこ持ってきたアイテムが減ってしまったので、その分を代わりに入れる形である。
「テレポータはアイテムあとどんだけ残ってる?」
「んんー、弾丸約1000発。青ポ57個。赤5個。弾はあるけど青が心もとないかな」
「おれはあんま使わんから青やるよ。赤は?」
「赤はいらないかな」
ウィザードは、火力は高いが装備に金がかかり、弾丸に金がかかり、ポーションに金がかかりと、とにかく金食い虫の職業だ。
火力は高いのだが。
課金しないと中々やってられない。
その点、俺は回避特化ステなので財布にエコだ。
長時間、無補給でも狩り続けられる。
「お」と俺が言い、
「ん」とテレポータが呟く。
曲がり角を曲がると、今までの暗さが嘘のように明るい場所だった。
そこには、白く輝く扉が不意にあった。
つまり、ボス部屋である。
◇ ◇ ◇
「何時間級のボスかな」
「4時間級以上じゃないと割りにあわん。ここまで来んのに3時間かかってんだぞ」
「まあ、次からはもっと早くこれるでしょ、マップ作ったし」
ここで言う4時間級のボスとは、リポップに4時間かかるボスということである。
ボスモンスターはノーマルモンスターより強く、1匹辺りの経験値が美味しい。
そのボス達の中にも等級があり、それはリポップ時間で決められている。
1時間級から最大で48時間級まであり、級が低いほど絶対数が多い。
なお、ボスモンスターに関してのリポップ時間は個別判定が行われる。例えばパーティーを組んでいたとして、その中の誰か1人でもリポップ条件を満たしていればボスと戦えると言うわけである。
「開けんぞ」
「どうぞどうぞ」
扉をあけて中にはいると、今までとは一転して広い空間になっていた。
床は大理石で舗装され、最奥の女神像へ続くように道があり、石柱が連なっている。
視界左端のウィンドウには、「狂信者の礼拝堂」と表示された。
「うわあ」
と、おっとっとテレポータがうめき声をあげた。
「嫌な予感しかしない」
「奇遇だな。おれもだよ」
魔方陣が現れる。
そして、そこからポップしたのは、神官のような服を身に着け、頭がフジツボで覆われ、そこからなんか触手がうねっている「アラクニの狂信者」と言うモンスターだった。
宝石があしらわれた杖を装備している。
「どうみても魔法系のボスです。本当にありがとうございました」
俺たちには相性最悪だ。
「ちなみに黒猫、魔法耐性は?」
「炎ならある」
「風ならあるかな」
「とりあえず様子を───」
見ようと言おうとした時、不意にアラクニの狂信者が杖を掲げた。
杖の先からは炎があふれ出し───。
「あ」
と言う間に、
「ごめん、死んだ」
「勘弁してくれ」
おっとっとテレポータが死んだ。
20メートル級の開幕範囲攻撃とか、初見殺しにも程がある。
俺は炎100%カットのマントを装備しているので、運よく無事だった。
しかし、だからと言って安心は出来ない。ボス系モンスターは大抵複数魔法を使う。
「生き返らせて欲しいなー」
死体が喋っていると言うのも、中々シュールな光景である。
現実だったら正気度が失われそうだ。
俺は、おっとっとテレポータに復活の聖水をかけてやった。
復活するには、大体1分ほど時間がかかる。
その間にもアラクニの狂信者の魔法攻撃が飛んできている。
俺がタゲを取っているので、今の内にできるだけおっとっとテレポータから離れておく。
復活してすぐに、また死なれでもしたらたまらない。
◇ ◇ ◇
あと55秒。
と、アラクニの狂信者が杖を掲げた。
俺は、緊急回避して、その射線上から逃れる。
直後、アラクニの狂信者と俺との直線上を、光線が駆け抜けた。
魔法が通った後の地面はパリパリと帯電していて、それが風系の魔法であることを示していた。
あと、およそ35秒。
大体パターンは掴んだ。
俺は地を蹴って、アラクニの狂信者に向かって駆ける。
アラクニの狂信者は魔法系のモンスターだからか、ほとんど動いていないか、動いたとしても遅い。
黒刻石のダガーを構え、距離は0。
触手を切り刻む。
あと25秒か。
アラクニの狂信者の触手がうねり、俺に向かってくる。
俺はそれを受け流し、ダメージはない。
追撃をかけようとして、地面に走る電撃を見、俺は咄嗟にステップで距離を取る。
次の瞬間、予備動作なしでの稲妻の鞭がアラクニの狂信者の周囲5メートルを焼いた。
「チィ」
風系の魔法は発動までの動作が少ないのがセオリーだ。
だが、今のはアラクニの狂信者自身にはまるでモーションがなかった。
とても厄介だ。
あと、何秒だろうか。
「───────」
と、アラクニの狂信者が不意に金切り声をあげた。
それをまともに耳にした俺は、一瞬だが身体が硬直する。
次の攻撃はかわせない───。
「やれやれ。よくもやってくれたね」
だが、アラクニの狂信者は、大砲にでも撃たれたのかごとく衝撃をあび、仰け反った。
テレポータの弾丸だ。
弾丸はそれ1発だけでなく、2発、3発と1秒間の内に合計12発、飛来する。
アラクニの狂信者の体勢は崩れている。
今なら───。
「まあ、美味しい所はゆずってあげるよ」
ようやく復活していたテレポータが、不敵に笑う。
ダガーが、アラクニの狂信者の身体を貫き、消滅させた。
◇ ◇ ◇
そこそこ苦戦したが、初見で倒せたので結果オーライである。
専用対策すれば、死ぬこともないだろうし。
ボスモンスターだけあり経験値も美味しく、周回する価値はあるかも知れない。
「ドロップなんかレアいのあったか? おれは特になし」
「右に同じく」
「まあ、そんなもんか」
ボスモンスターはドロップ品を期待して周回するものでもないし、なにか落ちたらいいな程度だ。
今日のところはこんなものだろう。
「おつかれさま、黒猫」
「おつかれさん、テレポータ」