1.スターダスト・フラグメントへようこそ
中の人の性別
黒猫:男
おっとっとテレポータ:女
となっています
暗く深い森の中、そこだけ円形の開けた土地になっていた。
その開けた場所には、大きな十字の墓石が佇んでいた。
墓石の前には少女が一人いて、俺と相対している。
彼我の距離はおよそ9メートルほど。
闇夜に光る紅い眼に、紅い頭巾を被って、ゾッとするほど美しい。人形のように、作りもののような、そんな少女だった。
少女の小さな口からは鋭い犬歯が見え、首からは十字架をかけ、右手には不釣合いな黒い銃が握られている。
彼女は吸血鬼だ。
「よく来たな。だが死にたくなけりゃ、尻尾巻いてお家に帰んな、人間」
警告の言葉が少女から発せられたが、俺はそれを無視し、右手にダガーを装備した。
黒刻石のダガーは、吸血鬼だろうと滅する攻撃力を有している。
一歩踏み込む。
それが戦闘の合図だった。
弾かれたように少女の右手が跳ね上がり、乾いた破裂音。
ほとんど照準をつけたようにも見えなかったのに、黒銃から放たれた弾丸は過たず俺に向かってくる。
二歩目を踏み込む。
それだけで、顔ギリギリを掠めていくよう弾丸をかわした。
リボルバー式の拳銃は一撃の威力は高いが、次の攻撃までに32フレームの猶予がある。
それに、魔法でないから必中効果もない。
三歩目。
俺は少女を射程範囲内に捕らえる。
迎え撃とうとした少女の影に、ダガーを投擲する。すると、少女の動きが一瞬だが止まった。
───影打ち。
続いて、武器を素早く黒刻石の両手ダガーに持ち替えた。
そこで接敵。
影に刺さったダガーの影響で、未だ少女は動けない。
だが、少女は余裕の表情を崩していない。
少女の影が蠢き、地面に刺さったダガーがはじけ飛ぶ。口角を吊り上げ、左手に魔力で作り上げた剣を持ち、俺を迎え撃つ。
そして、両者が激突しようとする瞬間───。
ダンッ。
重い炸裂音がして、少女の胸には風穴が3つあいていた。
そして、信じられないと言った表情で、吸血鬼の少女は塵となって消えた。あとには、少女が持っていた黒い銃だけが残された。
「どうだ!?」
振り向きざま、つい叫んでしまったのは仕方のないことだと思う。
そこには、黒く少し癖のある髪に赤目、細身で若干中性的な容姿の青年が立っていた。背負った黒銃の銃口からはまだ硝煙が立上っている。
俺と少女が激突する瞬間、少女を撃ったのは彼だ。
いや、今はそんなことどうでもいい。
俺の問いかけに、彼は辛そうに無言で首を振った。
「なんだとっ……!」
俺は思わず、ガクリと膝をついてしまった。
それ以上は、なんとも言葉が出てこなかった。
それも仕方のない事だろう。
俺は虚しさで心が一杯だった。
◇ ◇ ◇
フルダイブ型のMMORPG「スターダスト・フラグメント」。
同時接続1万人超で、最近流行りの大型MMOだ。
プレイヤーの分身となるアバターは、冒険したり生産したり交易したりと様々なことが出来る。ただ敵を倒すだけではなく、家を買って畑を耕すなどのスローライフ要素も同時に楽しめるのが売りだとか。
「疲れた」
「それはいけないな。赤疲労になる前にポーション飲む?」
と、言う青年アバターの名前は、おっとっとテレポータ。
「飲まねーよ」
俺と、おっとっとテレポータは、トドメの森クエスト、通称「墓荒らしマラソン」と呼ばれるクエストを行っていた。始まりの街である「廃都」の東にあるトドメの森ので、墓守をしている吸血鬼の少女を倒すクエストである。誰の墓だよとか、なんで吸血鬼が墓守してるんだよとか、その辺りのストーリーは全く語られていないのだが置いておいて。
問題は、
「いやあゴメン、ゴメン。中々落ちないね、ロザリオ」
そう、ロザリオが落ちない事だ。
おっとっとテレポータが言うロザリオとは、「血まみれのロザリオ」と言うアイテムの事だ。
あの吸血鬼の少女を倒すと、低確率で落すのである。
そのロザリオが落ちない。
もう、全然落ちないのである。
今日ずっとマラソンしてるのに出ない………。
大体5%程度のドロップ率なので、1つぐらい落ちてもおかしくはないハズなのに。
「おまえ、呪われてるんじゃねえの?」
「良くある事だよ、黒猫」
ちなみに黒猫とは俺の名前である。身長は140センチ代、黒髪で和装束の小柄な少女、それが今の俺の姿だった。頭には猫の耳がついていて、猫っぽいアバターと思う。
「おまえ、ホントはぁだよ。マジでさぁ………。おれはもう3つもあんだけど」
ロザリオは俺には必要のないアイテムだ。
取引が出来るのなら、くれてやると言うのに。
なお、少女を倒せばクエストクリアとなってしまう。
なので、もう一度少女と戦うには、首都に戻ってクエストを再受注し、3回の連続クエストを終えて、イベントアイテムを手に入れて、トドメの森を踏破すると言う一連の作業をしなければならない。
大体、15分ほどかかる。
「いやあ、物欲センサーって怖い」
「マジ勘弁してくれ」
で、15分ほどして………。
「よく来たな」とリポップしていた吸血鬼は、何度も挑戦されて心なしかウンザリしているようにも見えた。プログラムのくせに。
俺もいい加減に、ウンザリしてきた頃だ。
流れ作業で、俺がタゲを取り、おっとっとテレポータが倒す。
「おお」
と、おっとっとテレポータが驚きの声を上げる。
「取れた………!。取れたよ! ありがとう、黒猫!」
「やっとか」
しかし、おっとっとテレポータは何故だか難しい顔をしている。
「ところで黒猫、残念なお知らせが1つあります」
「あんだよ」
「いやね………」
馬鹿に歯切れが悪い。
「実はロザリオって、2つ必要だって言ったら怒る?」
「おい」
コイツ、今更そんな事を。
いや、本当。
心が折れそうだ。
「しょうがねえなあ………」
「愛してるぜ、黒猫」
「黙って狩りやがれ、クソ馬鹿テレポータ」
結局、クエストが終わったのはそれから1時間経ってからのことだった。