May.8 『陶器市に行きましょう!』
「あ、そうだ、オーナー、メルアド交換しましょう」
今まで電話でやりとりをしていたけれど、細かな連絡はメールの方がいいかなと思って聞いてみる。
オーナーは嫌そうな顔を浮かべながら、ポケットを探っている。
心を抉るような表情については、慣れているので気にしない。
取り出されたのは、二つ折りの黒い携帯電話。
「あ、ガラケーですか。珍しいですね」
「いいから早くアドレスを教えろ」
「スマホとガラケーで赤外線出来ましたっけ? というか、スマホって赤外線あったかな?」
オーナーは明後日の方向を見ている。
仕方がないので、メールアドレスを見せて欲しいとお願いした。それを写真に撮って、あとで登録しようと思う。
オーナーは自分のプロフィール画面を開き、私に示してくれた。
yohko.s-**0728**@*****.**jp
メルアドを見て、意外に思う。
オーナーは彼女さんの名前(?)をアドレスにしていた。
「あ、あの~」
「なんだ?」
「私、本当に一緒にお出かけしてもいいのでしょうか?」
「何故?」
だって、彼女さんからしたら、彼氏が小娘の引率とはいえ、他の女の人と出かけるというのは、微妙な気分になるのではと思った。
男性とお付き合いをしたことがないので、その辺の感情はよく分からないけれど。
「そのアドレス、彼女さんの名前ですよね」
「!?」
指摘した瞬間、オーナーは酷く焦ったような顔で携帯電話を折りたたみ、ポケットに直していた。代わりに、別のポケットからスマホが出てくる。
「し、仕事用……!」
「あ、お仕事用のスマホがあるんですね」
「いや……まあ……そういうこと、で」
オーナーはよほど彼女さんについて知られたくなかったからか、もごもごと聞き取れないような声で口ごもっている。
本当に大丈夫なのかと聞けば、気にするなと言われてしまった。
スマホのメルアドは、オーナーの名前が入ったお仕事用のものだった。
◇◇◇
本日は晴天! 素晴らしい陶器市日和だ。
駅の券売機の前に集合で、集合時間の五分前に到着する。
オーナーは、既に到着していた。
その姿を見て、なんだか近寄りがたく思ってしまう。
何故かと言えば、ものすごくオシャレな恰好をしていたからだった。
服装自体はシャツにカーディガン、ズボンとシンプルなのに、なんだろうか、あのイケメンオーラは。
通りすがりの観光客も、オーナーの姿を見てキャッキャと盛り上がっているように見えた。
あんなの、陶器市に行くような恰好ではないと思う。
一方、私はネットで調べた陶器市の定番服でやって来た。
薄手のパーカーにジーンズ、スニーカーにリュックサック。軍手もしっかり用意している。
それは、陶器市の人混みの中、動きやすいように研究された服装だと言われていた。
こんな姿では、オシャレイケメンオーナーに近づけない。
どうしようかと絶望していたら、見つかってしまった。
ズンズンと近寄って来るオーナーに、思わず背を向けてしまう。
それにしても、この人混みの中でよく分かったものだと思う。まあ、あまりのダサさに目立っていたのかもしれないけれど。
「おい、遅刻だ」
「す、すみません~~!!」
電車が出るというので、首根っこを掴まれた状態で改札に向かう。
いくら死ぬほどダサい恰好をしているからと言って、この扱いは酷すぎる。
運賃を払うためにICカードを取り出せば、オーナーが切符を手渡してくれた。
どうやら私が来る前に買ってくれていたようで。
「あ、すみません、あとで払いま――」
「いらん」
「どうも、ありがとうございます?」
「別に、今日は遊びではなく、仕事、だから」
「な、なるほど!」
喫茶店で使う食器も買うので、経費扱いにするから不要だと言われてしまった。
どうやら、オーナーも目的があったらしい。
プライベートなお出かけと思い込んでいたので、先日の彼女さんに対する気遣いは無用だったのだ。勘違い女のようで、若干恥ずかしくなる。
「ボケっとするな」
「あ、は~い」
気を取り直して、電車に乗り込むことにした。
◇◇◇
波佐見陶器市最寄りの駅まで向かうのは、海岸電車の名を持つ電車。長崎から諫早は街の中を走り、大村からは海沿いを走って行く電車なのだ。
都会で暮らしていたら、海の近くを走る電車なんてなかなかお目にかかれなかった。
思わず、窓の外に広がるキラキラと輝く海原に魅入ってしまう。
そんな私を見てオーナーは「子どもじゃあるまいし」と呟いていた。
まだ十代なので、子どもでいいんですよ~だ。
長崎駅から快速列車に乗り、一時間ほどで陶器市の最寄りの駅に到着する。
そこからバスに乗って、渋滞に巻き込まれつつ三十分ほどで会場に到着した。
「――おお!」
陶器市会場はお祭りのような雰囲気だった。
陶器を売る露店の他に、焼き鳥にたこ焼き、林檎飴、ソフトクリームなどの出店も並んでいる。
周囲を見渡せば、客層は四十代から五十代が多いように思える。小さな子どもを連れた家族連れもそこそこ見かけた。
さっそく、お宝探しを始めることにする。
陶器は天幕の下で売られていた。
山のようにワゴンに積み上げられた物や、敷物の上に丁寧に並べられた物など、陳列もさまざま。
開催二日目だったけれど、すでに『すべて半額』や『値引きします』の札が掲げられていた。
長崎の陶器と言えば、オーナーのお店にあるような渋い柄ばかりと思い込んでいたけれど、思いの外、可愛らしい柄の陶器もたくさんあった。
鳥や猫など、動物をモチーフにした焼き物も多く見受けられる。
「どれも可愛いですね」
オーナーも波佐見陶器市は初めて来たようで、若者向けに作られた陶器の数々に、驚いたと言っていた。
「でも、長崎っぽいと言いますか、中華柄? な焼き物は、お値段そこそこしますねえ」
「一枚一枚手書きだろうからな」
「ふうむ」
今回の予算は総額三千円ほど。カップとお茶碗と湯呑みとお皿が三枚くらい、買えたらいいなと思っている。
「何か、オススメと言うか、波佐見独自の特徴的な物はあるのでしょうか?」
「波佐見と言えば白磁の陶器と藍色の絵付けだから、それを買うといい」
「なるほど! 確かに、白い陶器に青い模様は綺麗ですよね」
唐草模様のお茶碗に、イチョウ柄のお皿、鳥模様の湯呑み、水玉のお皿を購入した。
吟味に吟味を重ねたため、かなり時間を要してしまう。
オーナーとは別行動を提案してみたけれど、私が迷子になりそうだからと、お買い物に付き合ってくれた。
最後に、オーナーの買い付けが始まる。
私が買い物をしている間にいろいろと目を付けていたのか、サクサクと決めていた。
中にはこんな素敵なお皿があったのかと、羨ましくなったりもした。でも、そういう品はたいていお値段が張るものだった。
お買い物が終わったのは午後一時過ぎ。
「なんだかお腹が空きましたね」
「車で来ていれば、ハンバーグ屋に連れて行ったんだがな」
「そ、そんな!」
なんでも、美味しいシチューパイとハンバーグが有名な店があったとか。なんとも心惹かれるメニューだった。無念。
でもでも、ここに来るまですごい渋滞だったので、電車で来て正解だと思っている。
この周辺に飲食店はないと言っていた。諦めない私は周囲を見渡し、ある物を発見する。
「あ、オーナー、うどん食べましょうよ」
「うどん?」
陶器市の一角に、カレーやうどんなどの食べ物を販売している場所があった。その中で、五島うどんののぼりを発見し、オーナーに食べようと誘ってみる。
五島うどんというのは、五島列島の名物の一つ。そこは長崎県にある離島で、大小百四十の島々から成り立っているらしい。
五島出身の友達が居て、うどんを勧めてもらったことがあったのだ。
「ずっと気になっていたんですよ」
「この暑い中、うどん……」
「いいじゃないですか」
五月といえども、陽が照っているのでなかなか暑い。けれど、気にせずにオーナーの手をぐいぐい引き、わかめうどんを二つ購入する。
セルフサービスのようで、注文後すぐにうどんの乗った盆が手渡された。
席に着いて、さっそく頂くことにする。
「うわ、スープが薄い!」
うどんのお出汁は半透明だった。普段食べていたものは、麺が見えないほど濃い色合いなので、驚いてしまう。オーナーは関東のスープが濃過ぎるだけだと言っていた。
どきどきしながらスープを啜る。
「あ、不思議!」
見た目は薄いのに、しっかり出汁が効いていた。あごという魚を使っているとか。すごく美味しい。
麺は普通のうどんよりもかなり細くて、滑らかな触感。加えて、ツルツルとしたのど越しがある。
うどんとそうめんの中間くらいと言えば分かりやすいのか。
「なんか、上品な味わいのうどんですね」
「手延べにする時に、椿油を使っているらしいから、そう感じるのかもしれない」
「へえ、そうなのですね」
あまりの美味しさに、持ち帰り用の乾麺を購入してしまった。
家に帰り、買った陶器を使ってうどんを食べるのもいいかもしれない。
そんなわくわく気分の私に、オーナーが一言。
「炭水化物ばかり食っていると、太る」
「!?」
この時ばかりは、オーナーを力の限り睨み付けてしまった。