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April.4 『菓子文明を辿って』

  砂糖が日本に初めて運び込まれたのは奈良時代。その当時は喉薬として異国の地より日本に運ばれてきていたらしい。

  それからポルトガルとの貿易が盛んになったのをきっかけに、砂糖の輸入量は徐々に増えていった。

 時は流れ、江戸時代。

 砂糖は鎖国の中で異国との唯一の玄関口であった長崎にある出島から、京都、大阪、江戸へともたらされる。

 その砂糖が運ばれた道を『シュガーロード』と呼んでいた。

 シュガーロードでは、当時貴重な品だった砂糖が手に入れやすくなるため、さまざまな地域でいくつもの銘菓が誕生した。長崎のカステラも、シュガーロードの中で広まったお菓子の一つ。

 それまでの日本には砂糖をふんだんに使ったお菓子がなかったので、お菓子作りの常識が塗り替えられたという。

 異国より運ばれて来た菓子作りの技法と、各地の文化と風土を取り入れた新しいお菓子は、瞬く間に日本人に愛される存在となった。


 ◇◇◇


 cafe 小夜時雨さよしぐれで長崎のお菓子を食べ、さまざまな謂れや歴史があることに興味を抱いたので、自分でも調べてみることにした。

 すると長崎には『シュガーロード』という甘い道筋があり、この地に美味しいお菓子がある理由を知ることになった。


 私は大学に通い、管理栄養士を目指していた。

 今回調べたことは食品文化の郷土研究として発表するつもりでもある。


 小夜時雨で採用してもらってから十日。今まで一度も雨は降っていない。

 食品系のバイトをするための提出物は問題なく、いつでも働ける状態にあった。

 待っていない時には降るのに、待っていれば降らないという気まぐれな雨。

 まあ、その間にもう一つ夕方のバイトでも探そうかなと、求人雑誌をぼんやりと眺める日々を過ごしていた。


 着物同好会のサークル活動を終え、外に出てみればしとしとと雨が降っていた。

 天気予報は一日曇りだったのに、突然の雨となる。

 いつもだったらため息をつくところだけれど、今日の私は違った。

 ウキウキと心が躍り、手を広げて雨が降っているかを確認する。

 手のひらにはポツポツと雨粒が降ってきていた。

 時計を確認。時刻は18時。これって夜だよね?

 薄暗い中、私はcafé 小夜時雨に向かった。

 到着したころには、辺りの街灯も点灯し、すっかり夜の風景となっていた。

 雨の勢いも強くなり、門には営業中の木札が掛けられていた。

 折り畳み傘を畳み、コンビニの袋に入れてしっかりと口を閉じる。ハンカチで服や髪の雨を拭ってから中へと入って行った。


「こんばんは~~」


 返事はないと分かっていても、つい玄関先で声をかけてしまう。

 だが、意外にも向井オーナーはすぐに顔を出してくれた。


「あ、こんばんは」

「……ああ」

「今日、お仕事の日ですよね?」

「そうだな」

「ならば、お邪魔します」


 今日はいつも通される居間ではなくて、こじんまりとした部屋に通された。


「ここが従業員用の部屋だ」

「へえ、可愛いですね」


 壁紙や家具などが白に統一されたお部屋で、貴族のお嬢様の私室と言った感じ。

 こういう素敵な環境で働けることに、改めてときめいてしまった。


 今からお仕事についての決まりなどを説明してくれるようだ。


「まず、勤務中の服装だが」

「はい」


 紙袋を手渡される。

 持った感じはすごく軽い。もしかして、私服にエプロンをかけるだけ?

 だったら、もっと可愛いワンピースを着て来れば良かったと後悔。今日の服装はシャツにカーディガン、ジーンズにスニーカーだった。

 がっかりしながら袋を開ければ、ぎょっとすることになる。


「こ、これは――」


 中身はあろうことか割烹着、だった。


 ――お洒落なカフェに割烹着だなんてありえない~~!! と、心の中で叫ぶ。


 念のため、広げて裏表と確認したけれど、やっぱり割烹着だった。


「あの、これって」

「割烹着」

「知っています」


 これが仕事着なのかと聞けば、そうだと答えるオーナー。

 私は切ない気分で割烹着を畳み、机の上に置く。


「あの、一つ、意見を言ってもいいですか?」

「勝手にしろ」

「ありがとうございます」


 私はオーナーに訴える。お洒落なカフェに割烹着はありえないと。


「この服装が一番汚れない」

「ですが、もしも私が客として、割烹着を着た店員が店の奥から出て来たらがっかりしてしまいます!」

「よく理解出来ないが?」

「そういうものなんです!」


 というか、今の時代に割烹着なんてどこで売っているのか。

 習字教室で使っているのかなと、思ってしまった。


「も、もしかして、オーナーは割烹着を着てお習字を?」

「そんなわけあるか」

「だったら生徒さんに着用の強制を?」

「していない」

「だったら、この割烹着は一体……」

「資料として買っていたものだ」

「え?」

「あ、いや、なんでもない」


 なんか、「資料」とか聞こえたけれど、気のせいだろう。

 イケメンと割烹着と資料。上手く結びつかない。さきほどの発言は聞かなかったことにした。


「だったら、どういう格好がいい?」

「フリル付きのエプロンとは言わないので、せめて普通の白いエプロンがあればと」


 家にある黒いワンピースと白いエプロンを合わせれば、なんとかウェイトレスに見えなくもないだろう。

 こういうところは、雰囲気も大事なのだ。

 それを、一生懸命オーナーに訴えた。


「分かった。検討しておこう」

「ありがとうございます!」


 服装についてはなんとかなりそうで、ホッと一安心。


「あ、髪型とか髪色とか、指定はありますか?」


 友達とかみんな髪色を染めているけれど、私はまだ黒髪のままだった。家が厳しくて、今まで染められなかったということもある。大学生活のうちに、一度くらいは染めたいなと思っているけれど、お店的にはどうなのかなと、質問をしてみた。


「……そうだな。可能ならば、黒髪が、好ましい」

「そうですか。分かりました」


 まあ、明るい髪色が似合わないような気もするので、このままでもいいかなと思っている。他に、髪を巻くのもちょっとと言われてしまった。

 割烹着を仕事着に指定しようとしていた癖に、外見の制限がなかなか厳しい。


「だったら、髪型はおさげとかがいいんですか?」

「おさげ……」

「今時の大学生はしないですけどね、おさげ」


 なんとなく、大正から昭和な雰囲気になりそうだと思った。

 けれど、この洋館的には合っているのか。


「髪型はおさげ――ではなくて、任せる」

「分かりました」


 服装や髪形が分かったところで、オーナーから詳しいことは書類に目を通すようにと言われた。


「そういえば、ここで働くことを人に言ったか?」

「いいえ、まだ言っていません」


 友達に言えば大勢で殺到しそうな気がして、言えないでいる。

 全員が座れる席もないし、迎える店員も私とオーナーだけなので、てんやわんやになるだろうと想定していた。


「なんとなく、みんなで楽しくワイワイ過ごすようなお店じゃないなって思って」


 それを聞いたオーナーは、その通りだと言った。なるべく、知り合いには言わないようにと口止めもされる。


「学校には就業するための書類を提出することになりますが」

「それは問題ない」


 事前の説明は以上だと言われる。

 とりあえず今日は割烹着を着てお客さんを待つことになったが――。


「お客さん、来ないですね」

「こんなもんだ」


 部屋の中は、雨のザアザアとした音だけが響いている。

 時刻は九時半。

 窓の外は真っ暗で、誰かが近付く気配など欠片もなかった。


 時刻は十時を過ぎ、雨は突然止んだ。よって、café 小夜時雨は閉店となる。


 部屋の清掃をして、各部屋の電気を消して回る。

 本日の労働は三時間。コーヒーの淹れ方をザックリ習うことくらいしかしていないけれど、結構稼げてしまった。


「オーナー、本当に1500円も時給が発生するんですか?」

「すると言っているだろう」

「おお……」


 なんという太っ腹経営者なのか。

 思わず手と手を合わせて拝んでしまった。


「何をしている」

「ありがたくって」


 呆れた顔で私を見下ろすオーナー。

 そんな彼は意外にも紳士で、わざわざマンションの近くまで車で送ってくれた。


「ありがとうございます」

「……別に、この辺に用事があっただけだ」


 周囲のお店、ほとんど閉店していますけどね。


 そんなことは指摘せずに、深く頭を下げてから別れることになった。


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