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december.28 『告白』

 ついに言ってしまった……!

 心臓がありえないくらい、激しい鼓動を立てている。

 顔全体どころか、体が羞恥で火照っているような気がした。穴が合ったら入りたいとは、こういう状況を言うのだろう。

 オーナーは、驚いた顔をしていた。当然だろう。いきなり告白をされたのだから。

 刺さるように鋭い視線に耐えきれず、顔を伏せた。

 沈黙の時間が続けば、後悔がどっと押し寄せる。もっと、別のタイミングがあったのではとも思った。

 そもそも、考え直してみれば、お堅いオーナーが好きでもない人とお付き合いなんかするわけないのだ。駒田さんの言っていたことは、多分すべての男性には当てはまらない。今更気付くなんて、遅すぎる。

 だがしかし、今回も罰ゲームでした! なんて軽口が言える雰囲気ではない。

 それに、きちんと気持ちの整理をするのも必要だと思った。この先もずっと不安定な感情に振り回されるのなんて、まっぴらだ。


 ここできっぱりと振られて、また新しい気持ちで出発をしたい。

 恋心を知られて恥ずかしいけれど、お仕事は続けたいなとも考える。

 私は、長崎の美味しいお菓子に素敵な洋館、楽しくも愉快なお客さんがいて、それからお堅いけれど優しいオーナーがいるcafé 小夜時雨が大好きなのだ。

 もしかしたら、オーナー側からしたら迷惑になるかもしれないので、あとで聞いておかなければならない。


 決意を新たにして、顔を上げる。

 すると、困惑した表情を浮かべるオーナーと視線が交わった。

 複雑な感情がじわじわと押し寄せる。

 片想いとは、ほろ苦く甘い。

 浮かれては落ち込みを繰り返す。

 オーナーは、そんな想いを長い間「ようこさん」へ募らせていたのだろうか。

 思えば、最初からこの恋は成就することは不可能だったのだ。そう考えれば、少しだけ楽になれる。


 ――覚悟は出来た。さくっと振って下さい。


 そんな言葉を心の中で思い浮かべながらオーナーを見る。


「お前は――」

「はい」

「どうして、今言う?」

「す、すみませんでした」


 確かに、告白するような場所やタイミングじゃなかった。

 けれど、続いた言葉を聞いて、意味を勘違いしていたことに気付く。


「二十歳になるまで待っていたのに……」

「はい?」

「世間体というものがある」

「えっと、あの?」

「三十前の男が、十代の女性に交際を申し込む。周囲はどう思うだろうか?」


 んん? これは、どういう話の流れなのか?

 告白で混乱した頭では、理解が追いつかない。

 オーナーは話を続ける。


「ずっと、好意は感じていた」

「あ、はは、隠しきれて、いなかったのですね」


 常日頃から心の中で叫んでいた「オーナー大好き!」は本人にも伝わっていた模様。なんてこった。

 頬に手を当て、熱を冷まそうとしたけれど、指先も火照っていて意味のない行動となってしまった。

 その後、オーナーより驚きの事実を知らされる。


「……俺も、好意を示しているつもりだった」

「え!?」

「何も想っていない相手を食事に誘ったり、遊びに行ったり、触れたりしないだろう」

「あ、はい、そう、ですね」


 告白して男女交際を始めるのなんて、日本くらいだとグローバルな話を始めるオーナー。

 言葉にしなくとも、私達はお付き合いをしているという状態だったらしい。


「だが、きちんと言葉にして、関係を明確化させることも大事だと分かっていた」

「そのタイミングは、私が二十歳になってからだったと」


 コクリと頷くオーナー。

 ちなみに、オーナーは二十八歳だと言っていた。

 社会人と大学生のカップルなんて珍しくないと思ったけれど、オーナー的には未成年者という響きがなんとも微妙で、お付き合いを申し出るのは私が二十歳になったタイミングでと考えていたらしい。


「すみません、気付かすに」

「まったくだ。言わない代わりに、恋人にしかしない特別なことをしているつもりだった」

「本当に、申し訳ないです」


 どうして気付かなかったのかと、自分の鈍さが恨めしくなる。


「私、オーナーはずっと七瀬さんが好きだと思い込んでいて……」

「どうしてそうなる」

「前に見せて頂いたメルアドに、Yohkoとあったので」

「それは――違う。七瀬さんに会う前からそのアドレスだった。そもそも、好いた女の名をアドレスに使うように見えるか?」

「……いいえ、見えません」


 言われてみれば、オーナーが初めて彼氏が出来た女子高生のようなことをするとは思えない。そこも、どうして気付かなかったのだと、頭を抱えることに。

 あのアドレスの意味は、今度教えるとオーナーは言っていた。


 シンと静まり返る車内。

 重ねて謝れば、はあと溜息を吐かれてしまう。


「今ので、分かったな?」

「はい。でも、なんだか、びっくりです。まさか、両想いだったとは」

「奇跡だろう」


 本当に、他人同士の二人が想いを通わせることなど、奇跡としか言いようがない。

 でも、好きになってもらう要素はあったのかと、首を傾げる。


「――初めは、困っているようだったから、助けるつもりで声をかけた。けれど、気付いたらこちらが助けられていた」

「それは、どういう……?」


 オーナーは静かに語り出す。

 それは、café 小夜時雨を始めるきっかけから始まった。


「昔から、夜の雨がどうしても嫌いだった」


 嫌なことがある日は、決まって夜に雨が降る。

 それは、大切な人との別れの日だったり、仕事が上手くいかなかったり、大変な怪我をしてしまった日だったりと、夜の雨は、オーナーの嫌な記憶を蘇らせるきっかけになっていた。


「雨の晩は仕事も手につかなくなって、眠れなくて、本当にどうしようもなかった」


 そんなことを友人に相談してみたところ、雨の日に特別なことをすればいいのではと提案されたらしい。一人で鬱々過ごしているよりは、有意義な時間を過ごせるだろうと。


「そこで、雨の日の夜に限定して、喫茶店を開けばいいのではと思いつき――」


 このままではいけない、変わりたいと思っていたオーナーの行動は素早かった。

「調理師免許」は持っていたので、他に「食品衛生責任者」や「防火管理者」などの必要な資格を取り、知人の伝手で中古物件だった洋館を手に入れた。洋館は全面改装をしたので、ほぼ建て直しに近い形だったらしいけれど。


「開店準備は、そこそこ楽しかった。長崎の伝統の食べ物を出す店と決めてから、いろいろ歴史を調べたりして――」


 一年八ヶ月の準備期間を経てオープンしたcafé 小夜時雨だったが、当然ながらお客さんは来なかったと言う。


「客は来なくても、自分のこだわりが詰まった店にいれば、雨の晩の憂鬱な気分も少しはマシになった。思い切った行動は、間違っていないと思っていたが――ある日、初めての客がやって来た」

「もしかして、私でしょうか?」


 そうだと言って頷くオーナー。

 初めて来客をしたので、メニューの値段も決まっていなかったのだと納得した。


「どうして決めていなかったのですか?」

「利益については考えていなかった。ゆくゆくはと後回しにしていて、すっかり忘れていた」

「なるほど」


 でも、そのおかげで私は雇ってもらえることになった。運が良かったのかもしれない。


「他人に手を差し伸べることなんて、したことがなかった。でも、変わりたいと思っていたし、もう一つ理由もあったから、らしくないことをした」


 もう一つの理由はあとで教えてくれると言う。


「いつ、好きになったのかと言えば、初対面の時ではないことは確かだ」

「でしょうね……!」


 一目惚れをしていただけるような容姿ではないことは重々承知をしていた。


「だが、いつだと聞かれても、分からない」

「そんなものだと思います」


 私が気付いたのはあとを追いかけてきた男の人から助けてもらった時だけど、いつ好きになったかと言えば思い出せない。


 オーナーは私を見て、淡く微笑む。今まで見たことがなかった穏やかな笑みに、胸がドキリと高鳴った。


「――明るくて、無邪気で、こちらが用意したお菓子をおいしそうに食べる姿とか、ささいな一挙一同に、強く心惹かれていたんだと、思う」

「え、えっと、はい。光栄です」


 私の堅過ぎる反応にオーナーは笑みを深め、手を伸ばしてそっと私の頬に触れる。


「いつの間にか、雨の晩が憂鬱ではなくなっていた――お前が、来てくれたから」


 その言葉に、頬に触れる感覚に、顔が今まで以上の熱を帯びているのを感じた。

 そして、オーナーは言う。


「ずっと、好きでした。俺と、付き合ってくれますか?」


 刹那、私の目から、大粒の涙が滲み出る。

 信じられなくて、夢かと思って、パチパチと瞬きをすれば、眦に浮かんでいた涙は頬を伝って流れて行った。


 なんとか落ち着いたあとで、私は「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」と言って、頭を下げる。


 ――こうして私達は、お付き合いをすることになった。


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