october.25 『乙女心と秋の空、それから五島列島カフェと』
ついにやってきました学園祭当日!
前日はしっかりとご飯を食べたし、しっかりと眠った。元気いっぱいの状態で挑む。
一日目の午前中は所属している学科の出し物、地元の農家さんと協力して野菜や加工物を売るお店の売り子を行う。
午後からは着物サークルの出し物、五島列島カフェに行かなければならない。
結構ハードなスケジュールだった。
オーナーも遊びに来てくれると言っていたけれど、仕事があるのでいつになるか分からないとのこと。
なんだか会える気がしないけれど、来月はサバのしゃぶしゃぶを食べに行く約束もある。頑張らばらなければならない。
気合を入れて、一日目を乗り越えようと思う。
農家さんとのコラボ店の名前は『じげもん市場・オランダ坂店』というもの。
じげもんとは長崎弁で、地元の人・地元の物という意味らしい。
地元の人が売る、地元産の食品を売るお店。ぴったりな名前だと思った。
私服の上に各々持って来たエプロンをかけて売り子をする予定だったけれど、急遽農家の奥様がお揃いの割烹着を持って来てくれたので、それを纏って販売をすることになった。
自分達の母親くらいの奥様方は割烹着を素敵に着こなしていたけれど、女子大生の私達は着慣れていないので、若干の違和感が。
でも、そういうのも良い思い出になりそうだった。
野菜はお手頃な値段とあって、飛ぶように売れた。
加工品もほとんどが完売状態らしい。
あっという間に午前中の時間が過ぎていく。
お昼を過ぎれば、着物サークルの出し物をしている場所へと急ぐ。
五島列島カフェは出身の子が何人かいて、五島の良さを知ってもらうためにと企画された。
お店の中には美しい五島の海や野山の写真が飾られており、展示としても楽しめる。
着物サークルなので、恰好はもちろん和装だ。上からかけるエプロンはフリルがあしらわれた物を用意し、昔の女給風な姿となっている。
今日はサークルに所属している子のお母さんが何人か来ていて、着付けを手伝ってくれた。よって、いつもより素早く着物に着替えることが出来た。
髪型も、白黒映画の女優さんがしていたような、昭和な感じ……後頭部でくるりと纏める形を作ってもらった。
頭には三角巾を被り、着物の上からエプロンをかける。
これで準備は完了。
周りにいたサークルの先輩から、「日高さんは昭和顔だから、そういうの似合うね」という、褒め言葉だかどうだかわからない発言を頂いた。
詳細をお聞きしたかったけれど、交代時間が迫っているので、先輩とお喋りをしている暇はない。急いで五島列島カフェの台所となっている場所へと急いだ。
店の外には数名の行列が出来ていた。どうやら繁盛をしているようだった。
台所へと行けば、戦場と化している。
今はお昼時なので、五島うどんが飛ぶように売れているようだ。
カフェなのにうどんって……と思ったが、五島と言ったらうどんが一番有名。お客さんもそれを期待しているだろうと、メニューに取り入れることにしたのだ。
交代に来ましたと言えば、がしっと肩を掴まれる。
「乙女ちゃん、助かった……!」
「あ、うん。抹茶も結構注文入る?」
「入るんだな、これが」
「り、了解です」
私の担当は抹茶係。
飲み物はコーヒーにジュース、そしてお抹茶。
コーヒーにジュースは市販品だけど、抹茶は一回一回点てなければならない。二人体制で行っていたけれど、結構大変だったみたいだ。
どうやら食後のデザートに、お菓子と一緒に頼む人が多いらしい。
当然ながらお菓子も、五島の伝統菓子『かんころ餅』と『八匹雷』を出す。
かんころ餅は茹でたサツマイモを干し、蒸したもち米と混ぜてついた食べ物。
お米が少なかった時代に、冬の保存食として作られていた家庭料理だとか。
八匹雷はきな粉がまぶされたお団子で、厄除けのおまじないとして食べられていたお菓子らしい。
味見をさせてもらったけれど、どちらも素朴な美味しさのある伝統菓子だった。
引継ぎが終われば、早速注文が入ったのでお茶を点てることにした。
サークルでお茶を点てることが出来るのは全員で八名。
二人体制を取っていたが、相方が来ない。
その相方とは、駒田さんだった。
時間は三十分過ぎている。一人では若干辛いので、早く来て欲しい。
だがしかし、駒田さん不在に気付いた先輩が驚きの事実を言ってくる。
「日高さんごめん、駒田さん、手を怪我したんだって」
「あら、そうだったんですか。大丈夫なんですか?」
「あ~、うん。包丁で指先切っただけだってさ」
衛生上の問題から、お店には立たない方がいいと自己判断していたらしい。
直接言いに来たわけではなく、メールが届いたとか。
「ごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です、きっと」
私は遠い目をしながら答える。
先輩は午後から自由時間だったみたいだったけれど、抹茶の粉を入れてくれたり、お湯を注いでくれたりと、お手伝いをしてくれた。
時刻は三時半。
お菓子が完売したので、早々にお店を閉めることにした。
皆、満身創痍だった。私も手が限界状態。
片づけがひと段落をすれば、部長より驚きの情報が告げられる。
「日高、聞いて! 駒田、下の階段でだべってたって!」
「はあ、左様でございましたか」
疲れていて、気の利いた返事も出来ない私は、ああ、そうなんだとしか思わなかった。
だが、部長は違ったようで、ここに呼んでくるようにと私に命じてくる。
うわあ、嫌だなあと思ったけれど、部長の言うことは絶対。
了解でありますと敬礼して、一階まで降りて行く。
駒田さんは――いた! お友達に囲まれながら、楽しそうにお喋りをしている。
私が近付けば、シンと静まりかえってしまった。
「え~っと、駒田さん」
「何?」
「部長がお店まで来て欲しいって」
「なんで?」
「さ、さあ?」
多分、一度も顔を見せなかったのでお説教だと思うけれど、この場では言えなかった。
「無理」
「え?」
「だって今、超落ち込んでいるし」
「そ、そうなんだ」
彼氏と別れたんだと、その理由をあっさり告白してくれる。
付き合って一ヶ月も経っていなかったような気もするが、はて?
「何、その顔」
「いや、お別れするの、早かったなと」
「だって、別に好きじゃなかったし」
「好きじゃないのに、付き合うんだ」
「そういうもんでしょ」
彼氏がいない状態で告白されたので、なんとなくお付き合いをすることになったらしい。
けれど、付き合っていくうちになんだか違うなと思い初め、昨晩猛烈な喧嘩別れをしたとか。
「まさか、それで怪我を?」
「怪我?」
「織田先輩から、駒田さんが怪我をしたって聞いて」
「ああ、そういう設定だったね」
「……ん?」
「怪我、嘘だよ」
「そんな!」
店番が面倒だったので、適当な嘘を吐いたらしい。なんという悪女だと思ってしまった。
「そういえば、日高さんと一緒に抹茶を点てる予定だったような」
「そうですよ」
「ごめんね! 思えば抹茶点てたの、小学生の時以来だから、出来なかったかも」
「おお……」
なんというか、脱力。
ここまで悪びれなく言われてしまうと、怒る気も失せてしまうというか。
疲れているからかもしれないけれど。
まあ、怪我をしていなかっただけ良かったと思えばいいのか?
「今日は結構ナンパとかされて、有意義だったかな。日高さんは?」
「あ~、うん。そうだね、いろいろ、楽しかったよ」
私は農家のおじいさんに、「よう働く娘っ子やけん、孫の嫁にしたか」と褒められたよ、というのはあまりにも微妙だろうか。
「早く新しい彼氏を作らないと」
「彼氏って、作るものなんだ」
「結婚じゃないんだから、好きな人を選ぶ必要なんてないでしょう? 楽しい時間が過ごせたら、それでいいの」
「そっか~」
もちろん、好きな人とお付き合い出来るのは素晴らしいことだけれど、なかなか両想いでそういう状態まで持っていけるのは難しいだろう。
男女交際はもっと単純で、皆そこまで重く考えていないと、駒田さんは言う。
目から鱗が出るようなご意見だった。
駒田さんにお礼を言おうとすれば、背後より声をかけられる。
「――乙ちゃん?」
振り返れば、諒子ちゃんと飯田さん、それにオーナーがいた。
約束どおり、遊びに来てくれたんだと嬉しくなる。
近くに駆け寄ろうとすれば、駒田さんが背後から私に抱き付き、耳元でとんでもないことを囁く。
「私、今からあの眼鏡のお兄さんに告白しようかな?」
「え!?」
眼鏡のお兄さんとは、オーナーのことだろう。
この場で告白をするというのか。
駒田さん、恐ろしい子! ――と、戦慄を覚える。
「いい?」
私は全力で首を横に振る。
「だったら、日高さん先に告白してもいいよ」
「な、なんですと!?」
「しないんだったら、私が先にする」
ええ~~、それは嫌だ。かと言ってここで告白をするのも……。
私と駒田さんは注目の的になっていた。
愛の告白など、この場では恥ずかしくてできるわけない。オーナーと二人きりでも難しいと思っていたのに。
でもでも、今言わなければ、駒田さんがオーナーに交際を申し込んでしまう。
あんなにモデルみたいな可愛い子に言い寄られたら、堅物のオーナーだって悪い気もしないだろう。
好きであることを前提に、男女交際をしているわけじゃないという事実が分かった今、私は盛大に焦っていた。
今言わなくて、あとから後悔するのは嫌だと思った。
即座に腹を括る。
私はオーナーの元へ一歩一歩と歩み寄り、じっと顔を見上げる。
「あ、あの」
オーナーは目を細め、訝しげな表情で私を見下ろしていた。
怖気づいては駄目だと、自らを奮い立たせ、勇気を出して告白する。
「――向井さん、わ、私と、付き合ってくれませんか?」
オーナーの表情は和らぐことはない。
むしろ、眉間の皺を深め、目を細めながら私を見ていた。
「えっと、突然すみませ――」
「俺で良ければ」
「え!?」
まさかの謙虚な返事に、ポカンとしてしまう。
隣にいた飯田さんが「おめでとうございます!!」と拍手をしてくれた。
呆然としていれば、オーナーは私の手を握り、この場から連れ去ってくれた。
ずんずんと先を歩くオーナーに、手を引かれる私。
人がいない中庭に到着すれば、解放される。
振り返ったオーナーは私を問いただした。
「罰ゲームか何かか?」
「!」
怒りを含んだ言葉だった。
私は血の気が引いて行くのを感じ、首を横に振る。
「ち、違うんです、私は――」
本当に、オーナーのことが大好きなんです。
その一言が、言えなかった。
重たい女だと思われたらどうしようとか、拒絶されたら嫌だなとか、いろんな思いが渦巻いている。
俯いたままでいれば、オーナーは予想外の行動に出て来た。
私の頭を撫でてくれたのだ。
「お前は悪くない。どうぜ、何か唆されて、言わされたんだろう」
違うと言いたかったのに、出てきたのは涙だった。
あまりにも自分が情けなくて、みっともなくて、泣けてきたのだ。
オーナーは私が落ち着くまで、傍にいてくれた。
やっぱり好きだなと、改めて思ってしまった日の話である。




