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october.24 『食欲の秋』

 夜の一時前。眠い目を擦り、玄関にある全身鏡で最終チェックを行った。

 せっかくのお出かけだけれど、朝市に行くだけなので過剰なオシャレは引かれるかなと思い、パーカーとズボン、スニーカーと動きやすい服装を選んだ。

 全体的にまったく色気はないけれど、髪型は左右に編み込んでお団子にしている。いつもより手の込んだものにしてみた。


 なんというか、諒子ちゃんはどんどん迫れ、遠慮はするなと言っていたけれど、オーナーも草食系っぽいし、ガツガツ攻めたら逃げられそうな気がした。

 草食獣インパラ草食獣インパラらしく、草をのんびりむように、のんびりと仲良くなっていけたらいいなと思っている。


 集合時間五分前。欠伸を噛み殺す。どうやら文化祭の準備で酷く疲れているようだ。

 昨日はチケットやポスターをパソコンで作ったり、衣装のエプロンの最終確認をしたり、寝たのは三時過ぎだったような気がする。

 ちょっと仮眠していたけれど、さきほどから欠伸が止まらない。

 ものすごく眠たい。でもでも、オーナーと一緒にお出かけもしたい。

 頬を叩いて気合を入れ直し、一階まで降りて行った。


 オーナーは既に到着していた。

 風があって若干冷える中、マンションから出て来た私を外で迎えてくれた。

 車に乗り、さっそく出発する。


「眠くないか?」

「眠いです~。オーナーは」

「眠くない」


 いやまあ、ここでオーナーが「眠いです~」なんて言ったら全力で運転を止めなければいけなくなるけれど。


「到着するまで眠っておけばいい」

「そんな! 人様のお車で眠るなんて」


 ――と言っていたのに、私はいつの間にか、オーナーの車で爆睡していたのでした。


 しかも、目が覚めたのは太陽がさんさんと降り注ぐ時間帯。


「――うわ!!」


 慌てて起き上ろうとすれば、頭を手で押さえつけられる。

 シートベルトはいつの間にか外れていて、危うく車の天井に激突するところだった。


「いきなり飛び起きるな。危ないだろう」

「あ、ありがとう、ございます」


 助けてくれたのはオーナーだった。

 素晴らしい反射神経のおかげで、頭を強打せずに済んだ模様。


「すみません、なんか……」

「いや、いい。目的は達成した」


 お買い物は終わったのかと聞けば、そうではないと首を横に振る。

 ならば、一体何をしにと首を傾げていれば、後部座席を指差すオーナー。

 席に無造作に転がっていたのは、この前大島に行った時に持っていた立派な一眼レフカメラだった。


 どうやら朝市の様子をカメラに納めにきただけらしい。

 すでに撮影は済ませたとか。崖マニアに続き、朝市マニアな一面が発覚する。

 それはまあ、いいとして。


「シートベルトも外してくれたのですね」

「胸に食い込んでいたから――」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 早口で言ったので、聞き取れなかった。

 それにしても、目の前の海が眩し過ぎる。朝日を浴びて、キラキラと通り越してギラギラと輝いていた。


「今何時くらいでしょう?」

「六時半」

「わあ……五時間睡眠」

「爆睡という文字を擬人化したような寝姿だった」

「申し訳ないです」


 やっぱり疲労からの眠気には勝てなかったようだ。


「腹は減っているか」

「不思議とペコペコです」

「だったら、ここで何か食べるか」


 特に何もしていないのに、お腹は空いていた。

 オーナーは市場の中に食堂があると言うので、そこに向かうことに決める。


 駐車場を出てすぐに市場があった。 

 近くが海なので、魚介類が多く並んでいる。

 そんな市場の一角に、食堂はあった。時刻は七時前とかなり早いのに、ちょっとした行列ができている。


「少し待たなければならない。この近くに、朝の営業をやっている喫茶店もあるが」

「せっかくなので並びましょうよ」


 オーナーと喫茶店で朝食……!

 理想的なデート過ぎてため息が出そうになる。だがしかし、私の頭の中は食堂の定食モードにしっかりと染まっていた。

 啜りたいのはカフェオレではなく、味噌汁な気分なのだ。

 食欲≧色気な自分に呆れてしまう。

 喫茶店デートは、今度勇気を出して誘ってみようと思った。

 長崎市にも、素敵なお店がたくさんあると、この前駒田さんがサークルで話をしていた。そろそろ関係の修復もしたいので、今度会った時にでも話しかけてみようかな、なんて思ったり。


 皆、じっくりと食事をしているからか、列はなかなか動かない。

 ぼんやりと周囲の様子を眺めていれば、朝の市場はどんどん活気に溢れていくことに気付く。


「すごい人ですね」

「まだ、今からもどんどん多くなるらしい」

「へえ~~」


 話をしている最中、鼻がむずむずしてくしゃみをしてしまった。

 長袖を着ていたけれど、海の近くはちょっと冷える。

 腕を摩っていたら、ふわりと温かな物が肩に掛けられた。それは、オーナーが着ていたベルベットのジャケット。


「あ、そんな、悪いです」

「いいから着ておけ」

「いやいや」

「寝ていた誰かさんと違って、さっきまで歩き回って行ったから、寒くない」

「そ、そうですか……ありがとうございます。とっても温かいです」


 体もじんわり温かくなったけれど、胸も同じような状態になる。

 なんと言えばいいのか。

 普段はそっけない態度なのに、優しくしてくれる飴と鞭の使いよう。

 今、この場で「好きです!」と叫びそうになった。

 告白して、帰りの車内が大変気まずいのも嫌なので、ぐっと我慢をする。

 それと同時に、片想いとは斯くも辛いものだと痛感することになった。


 一人悶々としているうちに、店内へと案内される。

 席は八つだけという、こじんまりとしたお店だった。

 メニューは魚介系中心! ここは漁港でもある。そうでなくてはと思ってしまった。


「う~~ん」


 刺身定食に、煮魚定食、焼き塩サバ定食に、アジフライ定食、海鮮丼に海鮮天丼……。

 どれにしようか迷ってしまう。

 せっかく海の市場まで来たのだから、新鮮な魚を味わいたいと思っているのに、から揚げ定食とか、鶏天丼なんかにも目が移ってしまう。

 鶏天丼の半熟卵が載った写真は卑怯だと思った。そんなの、食べたくなるに決まっている。


「何と迷っている?」

「鶏天か、焼き塩サバ定食か、です」

「鶏天は大分名物。ここで食べる必要はない」

「そうなんですね。でしたら、焼きサバ定食で!」


 鶏天――鶏肉を天ぷらにした物はファミレスとかに普通にあるので、全国的な物だとばかり。大分の名物だったなんて知らなかった。


「ちなみに、チキン南蛮は宮崎名物」

「チキン南蛮まで!?」


 どちらも、本場の物は他の場所で食べる物とは比べものにならないくらい美味しいとオーナーは語る。


「鶏天、チキン南蛮……!」


 片や、サクサクに揚がった鶏の天ぷらに、出汁の効いたつゆを浸して食べる物で、片や、カリカリに揚げた鶏のから揚げに南蛮酢をくぐらせ、上からタルタルソースかけて食べる物。

 ああ、素晴らしき、九州の鶏名物。

 頭の中は鶏でいっぱいになってしまった。

 ぶんぶんと首を横に振り、魚モードに切り替えた。

 挙手をすれば、店員さんが来てくれる。

 オーナーはアジフライ定食を頼んでいたようだった。

 ああ、アジフライ! その手があったかと気付く。

 メニューには、タルタルソース付きとあった。鶏じゃないけれど、私の中にあったサクサクタルタル欲求を満たしてくれそうな料理があったのだ。

 まあいい。アジフライ定食は大学の食堂にもある。今度食べなければと心に決めていた。

 ほどなくして、頼んでいた料理が運ばれてくる。

 オーナーは何も言わずにアジフライを一枚私のご飯の上に置いてくれた。小鉢に盛られたタルタルソースも譲ってくれる。


「オーナー、いいのですか? タルタルソースまで!」

「醬油派だから」

「ありがとうございます!」


 二切れしかないアジフライを分けてくれるなんて!

 本日二回目の「好きです!」を叫びたくなった。店内なので我慢をしたけれど。

 私もお返しとして、香ばしく焼かれた塩サバを半分、オーナーに渡す。


 早速、アジフライにタルタルソースをかけて一口。

 サクッとした衣の中に、ふっくらとした白身が包まれていた。タルタルソースと絡まって、その美味しさは言葉では表現出来ない。

 アジは今の時期旬ではないけれど、脂が乗っていてとっても美味しい。


「ああ、幸せです!」


 朝から油ものなんてと若干頭を過ったけれど、食欲には勝てなかった。

 サバは旬とあって、間違いない美味しさだ。

 身に箸を入れたら脂がじゅわっと溢れ出る。


「サバはしゃぶしゃぶが一番美味い」

「サバのしゃぶしゃぶですと!」


 なんでも、サバを湯にくぐらせ、柚子を絞ったポン酢で食べるらしい。


「美味しそうですね」

「食べるのならサバの一番美味い、来月の下旬頃がいいだろう」

「秋ナスと秋サバは嫁に食わすなって言うくらいですからね~~」


 来月、暇を見つけて食べに連れて行ってくれるとオーナーは言う。

 次の約束が決まり、嬉しくなった。

 喫茶店デートのようなオシャレな雰囲気は皆無だけどね。


 結局、市場へのお出かけは食べ物の話で始まり、そのまま終わってしまった。


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