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october.23 『わからんの味、ざぼん漬け』

 明後日を文化祭に控えたある日。

 準備はほぼ終わり、あとは当日を迎えるばかりであった。

 今からオーナーを文化祭に誘いに行くという口実で、諒子ちゃんと二人小夜時雨に向かう。


 夕日に照らされるオランダ坂を、二人でお喋りしながら下って行った。


 最近明らかになったのは、小夜時雨の二階部分が事務所兼仕事場になっているらしく、平日もオーナーは居るということ。

 メールによれば、今日もせっせとお仕事をしているらしい。

 相変わらず、オーナーは謎ばかりで、書道の先生をやっているような気配はなかった。


「乙ちゃん、向井オーナーってさ、絶対書道の先生じゃないよね?」

「どうだろう? 教室を開いて一般の人達に教えるだけが書道の先生じゃないから」

「まあ、そうだけど」


 企業とか個人の店から依頼を受けて文字を書いたりするお仕事とかをしているのかもしれない。


「そこそこ収入がなきゃお店も維持できないと思うし」

「そうだけどさ。なんか、怪しいなあって」

「それは否定できないけれど~」


 オーナーの言動や行動が怪しいのは今に始まった話ではない。なので、気にしないでおく。


「でも、服とか小物は良い物ばかりだし、お金を持っていることは確かだよ、乙ちゃん」

「そんなところまで見てたんだ」

「当たり前じゃん!」


 私に悪い虫が付かないよう、用心のためのチェックだと言ってくれた。


「諒子ちゃん……なんて言えばいいのか」

「乙ちゃんのことは、就職から結婚まできちんと見届けないといけない気がして」

「あ、ありがとう」


 ここまで私のことを思ってくれる諒子ちゃんとのお付き合いは、もう一年以上になる。

 出会いは大学のオープンキャンパスの時。

 東京から来ていた私を、偶然説明会で隣になったからという理由で面倒を見てくれたのが彼女だった。

 すぐに仲良くなった私達はメルアドを交換し、受験シーズンも互いに励ましながら頑張り、再会を果たして今に至る。


「諒子ちゃんはどうなの?」

「何が?」

「彼氏とか」

「いないって」

「そっか」


 飯田さんと良い雰囲気に見えていたので、親密な関係なのかと思っていた。

 気になるところだけれど、諒子ちゃんが何も言わないので、追及はしないでおいた。


 そんな話をしていれば、café 小夜時雨に到着をする。

 諒子ちゃんは閉ざされた戸を叩き、オーナーを呼んでいた。

 その間、私はぼんやりと洋館を見上げる。白い壁と青い屋根が夕日に照らされていて、夜見るよりも綺麗だと思った。

 そうこうしているうちに、オーナーが扉を開けて顔を出す。

 顔を見たのは十五日ぶり、だったかな? メールはちょこちょこ交わしていたけれど。

 寝不足なのか、目が充血していた。

 中に入るよう勧められたが、諒子ちゃんはさっさと文化祭のチケットを渡して帰ろうとしている。


「ごめん。私、今からバイトだから」

「そうなんだ」

「乙ちゃんはごゆっくり」

「あ、私も一緒に――」


 諒子ちゃんはスマホで時間を確認すると、「やば!」と言って一度オーナーに一礼してから走り出す。 

 私もあとに続こうとしていたら、オーナーに手首を掴まれてしまった。


「このあと用事は?」

「な、ないです」


 そう答えれば、店内に引き込まれてしまった。


 ◇◇◇


 オーナー、何やらお疲れのご様子で。

 それとな~く、軽い調子で聞いてみれば、お仕事が思うように進んでいない模様。

 私に構っている場合ではないのではと思ってしまう。


「お茶か何か、お淹れ致しましょうか?」

「いい、俺がする」

「分かりました」


 前に、コーヒーや紅茶を淹れるのは趣味のようなものだと言っていたので、そのままお任せすることにする。疲れているオーナーに準備をして頂くのは、申し訳なさで胸が一杯になるけれど。

 お手伝いも断られてしまったので、フロアにある席に座って待機をさせてもらった。


 しばらくして、盆を持ったオーナーが戻って来る。

 目の前に置かれたのは、温かいお茶と砂糖がまぶされている白い何か。


「これは――なんでしょう?」

「ざぼん漬け」

「ざぼん……初めて聞きます」


 ざぼんというのは、赤ちゃんの頭くらいの大きさの柑橘類で、長崎の島原などでも栽培されているものらしい。


「製法は、皮を剥いて実を取り出し」

「はい」


 ざぼんの皮は物凄く分厚いとのこと。五センチはあると言う。


「とりあえず、実は放置」

「ええ!?」

「表皮を剥いて白い部分、果皮のみを使って作る」

「なんですと!!」


 ザボンの皮は何度か湯を変えて丁寧にあく抜きをしたあと、シロップの中でじっくり煮込まれる。

 くたくたになったザボンにグラニュー糖をまぶし、完成となるらしい。


 それにしても、びっくりした。柑橘で作ったお菓子だと言うので、てっきり実を使っているとばかり。

 オレンジピールみたいな物なのかもしれない。

 皮を使ったお菓子とは一体どんな味がするものか、興味がある。

 どうぞと勧められたので、さっそくいただくことに。


「では、おひとつ……」


 ざぼん漬けを指先で摘まんで、口の中へと放り込む。


「甘い、ですね」

「しっかり砂糖で煮込んであるからな」


 でも、甘いだけじゃなくて、ほのかな酸味と僅かな苦味、それから爽やかな柑橘の香りを感じる。

 表面はお砂糖がまぶしてあるのでサクサクしているけれど、中はゼリー状になっていて、甘さがじわりと口の中に広がるのだ。


 ザボンはポルトガル語の石鹸の草ザンボアから名付けられた。当時、ザボンの葉や根を石鹸代わりに使っていたらしい。ざぼんは中国より伝わった物だけれど、長崎にはポルトガル人が多く滞在していたので、そう呼ばれるようになったという。(※諸説あり!)


 ざぼん漬けは長崎の他に、大分や鹿児島など九州の銘菓としても愛されている。

 最初に伝わったのは鹿児島であるという説もあるらしい。

 長崎の地に根付くきっかけとなったのは、やはり、砂糖が豊富にあったことと、中国より『蜜漬物』の技法が伝わっていたことが大きな理由だろう。

 ポルトガル語から取った名と、中国より伝わったザボンの実と作り方、そして、九州各地で広まった味、まさしく和華蘭わからん文化の集合体とも言える。


 甘いざぼん漬けを食べて、渋い緑茶を一口。うん、美味しい。

 ホッとできるような、優しい味わいがあった。


 ざぼん漬けについて話し終えたオーナーは、座らずにこちらをじっと見つめていた。

 私が椅子を勧めるのもおかしなことなので、そのまま話しかける。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 オーナーの生返事を聞いて、ひとまずここを去らなければと思う。

 代金を払おうと財布を取り出せば、残り物なので不要だと言われた。


「え~と、でしたら、何かお礼を」


 そんなことを口走ったが、私にできることと言ってもそんなに多くない。

 お掃除とか、ゴミ捨てとか、庭の雑草取りとか?


「だったら――」

「はい」

「付き合ってほしい」

「え?」

「場所がある」

「あ、で、ですよね~~!」

「?」


 怪訝な顔で私を見るオーナーに、なんでもないと答える。

 付き合ってほしいと言われて一瞬男女交際のことかと思い、激しく動揺したのは内緒だ。


「それで、どちらにお付き合いをすれば?」

「佐世保の朝市」

「おお、朝市!」


 佐世保市は長崎県の北部にある港街。長崎市からだと、車で二時間くらいだろうか。

 それにしても朝市に行きたいとは、なかなか良い趣味をお持ちでと言うべきか。


「分かりました。いつ行きます?」

「明日は?」

「大丈夫ですよ」


 明後日は文化祭。準備は整っており、日曜日はゆっくり休んでおくようにと言われていたのだ。なので、明日の予定に問題はなった。


「何時からやっているのでしょう?」

「三時」

「え!?」

「一時にここを出る」

「また、早いですね」

「辛いなら、来なくてもいい」

「いえいえ、ご同行させてください」


 今から帰って仮眠を取れば、まあ、大丈夫だろう。

 そう言えば、オーナーは家まで送ってくれると言う。


「まだ明るいので大丈夫ですよ。オーナーもお休みになってください」

「いや、まだ寝ない。仕事が、進みそうな予感がする」

「でしたら、お仕事の再開を」

「送迎はしたいから、するだけ」

「あっ、はい、それはまた、ご丁寧に……。ありがとうございます」


 こうして、オーナーは私を家まで送ってくれたのでした。


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