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September.21 『サバンナで生き残りたい草食獣と、黒おこし』

 本日は予報外れの雨が降った。昨日、オーナーとグラバー園に行ったばかりなのに、二日連続で会えるなんて、とても嬉しい。

 連絡をすれば、大学の近くまで迎えに来てくれると言う。

 本日最後となる五コマ講義が終わり、待ち合わせ時間まで十分ほど余裕があるので、鞄の中の整理をする。


「あ、日高さん、居た」

「はい?」


 振り返れば、着物サークルの一員である駒田さんが私の元へとやって来る。

 一緒の講義を取っていたけれど、サークル以外で話しかけられたのは初めて。

 何かと聞けば、驚きの情報がもたらされる。


「今、友達からメールがきて、大学の外で黒縁眼鏡をかけたイケメンが居たって言うんだけど、これって日高さんの知り合いだよね?」

「あ、多分……」


 オーナー、もう来ているんだ! 

 早すぎる到着に、若干焦る。急いで筆箱やノートを鞄に詰め込んだ。


「もしかして、彼氏?」

「え!?」


 駒田さんの言葉にぎょっとする。即座に違うと首を横に振った。

 なんでも、何度かオーナーと一緒に歩いているところを見かけたらしい。周囲の目なんてまったく気にしていなかった。


「そうなんだ。なんだか親密そうに見えたから」

「えっと、バイト関係の方で……」

「どこでバイトしているの? そこってまだスタッフって募集してる? 出来れば、お店と男の人を紹介して欲しいんだけど」

「あ、うん」


 おお、駒田さんってば、肉食系女子……。

 最近サークルで、彼氏と別れていた話をしていたことを思い出した。

 彼女は高校時代から彼氏が途切れたことがない、モテ系な女子なのである。

 髪は綺麗なチョコレート色に染めていて、着ている服はいつも可愛い。

 そんな人にオーナーを紹介してくれと言われて、私は額に汗を浮かべていた。

 駒田さんは大きな瞳で催促をするように、私をじっと見つめてくる。蛇に睨まれた蛙の気分を味わってしまった。


「名前はなんていう人?」

「え~っと」

「いくつくらい?」


 はっきり「教えたくない」と言わなきゃいけないんだけど、サークルとかで気まずくなったら嫌だなあとも思ったり。駒田さん、サークルをいくつか掛け持ちしていて、顔を出すのは着物の試着会とか鑑賞会にしか来ないけれど、それでもこの先の活動のことを考えれば、円滑な関係のままで居たいなとも思う。

 でも、オーナーは紹介したくないし、お店も教えたくないなと思ってしまった。


 そういうことを思う自分が嫌になる。


「――ねえ!」


 駒田さんは苛ついたように大きな声で話しかけてられ、ハッと我に返る。

 どうやら、無意識のうちにぼんやりとしてしまったらしい。


「あ、ごめんなさい……」

「いいけど」


 八方美人は一番してはいけないこと。

 私は二つのことを天秤にかける。

 ぐらりと傾いたのは、サークル活動ではなくてオーナーと小夜時雨の方だった。

 腹を括り、駒田さんの顔をまっすぐに見る。

 そして、思いを言葉にした。


「質問についてだけど――」

「あ、乙ちゃん居た!」


 突然私と駒田さんの間に割って入って来たのは諒子ちゃん。

 私の手を握り、講師が探していたと言う。


「駒田、ごめんね、乙ちゃん講師に呼ばれてて。用事、急ぎ?」

「いや、そうじゃないけど」

「じゃ、連れてくね」


 諒子ちゃんは私の手を引き、ぐいぐいと廊下まで連れ出してくれた。

 玄関口まで行けば、手を離して振り返った。


「乙ちゃん、駒田なんの用事だったの?」

「オーナーと店を紹介してくれって」

「げっ、何それ!」


 諒子ちゃんも大学の外でオーナーを発見して、私に知らせに来てくれたらしい。

 講義室まで行けば、私が駒田さんに意地悪をされているように見えたので、間に入ってくれたと話す。


「駒田、草食獣インパラを前にした、雌ライオンの顔をしてたから、助けなきゃって思ってね。正解だったわ」

「うん、がっつり首筋噛まれてたから、大出血だよ」


 草食獣インパラな私は駒田ライオンさんに追い詰められ、飛びかかってきたところを回避出来ずにガブリと噛みつかれている状況だった。

 諒子ちゃんが助けてくれて、本当に良かったと思う。


「あれでしょ、サークルが一緒だから、強く拒否出来なかった」

「うん。私、嫌になるくらい八方美人で」

「いや、私でも言いたくないよ。駒田が小夜時雨を知ったら、絶対取り巻き連れて店で大騒ぎしそうだし」

「まあ、それは、うん」


 サークル以外で駒田さんと話さない理由はそこにある。彼女は友達がたくさん居て、輪のの中心にいるから近づけないのだ。


「私が駒田に言っておくから」

「何を?」

「乙ちゃんとオーナーさんは付き合っているって」

「いやいやいや!!」

「付き合ってるでしょ」

「付き合っていません!」

「だって、何も想っていない人と夜のグラバー邸には行かないよ」

「行くかもしれないじゃん」

「行かないって」


 でも、嘘でもいいからそういう牽制は必要だと諒子ちゃんは言う。


「他の子も、オーナーの話をしていたから。最近門の近くにカッコイイお兄さんが誰かを待っているって」

「そ、そうなんだ」

「多分ナンパとかされていると思う」


 ここは女子大。皆、素敵な彼氏が欲しいお年頃で、オーナーは最高の物件なのだと諒子ちゃんは言い切った。


「虎に豹、ジャッカルにハイエナ、チーター。多くの肉食獣が存在する女子大学サバンナの中で草食獣が生き残るには、賢く生きなきゃいけないの」

「はい」

「勝てる作戦は一つしかない。それは――全力疾走で逃げきること」

「ですね」


 しっかりと生き残るようにと、肩を強く叩かれた。

 その後、諒子ちゃんとは別れることになる。


 ◇◇◇


 外に出れば雨は止んでいた。

 今日はお仕事ないパターンか。

 腕時計を見れば、集合時間三分前となっていた。

 オーナーの元へと急ぐことになる。


 時間ギリギリの到着となってしまった。

 胸を押さえ、肩で息をしていれば、呆れた顔で私の乱れた前髪を整えてくれる。

 優しいオーナーは、今日も来たばかりだから気にするなと言ってくれた。


「……雨、止んでしまいましたね」

「ただの夕立だったか」

「ですか~」


 ちょっとがっかり。

 久々に小夜時雨に行きたいなと思っていたのに。


 そんな様子を見たからか、オーナーはある提案をしてくれた。


「また降るかもしれないから、店で待機をしておくか?」

「!」


 すぐに、勿論ですと返事をする。


 小夜時雨に到着をすれば、本日のお菓子が紹介された。


「これは、諫早銘菓の黒おこし」

「ほうほう」


 黒おこしとは日本三大おこしの一つと言われる有名なもので、黒砂糖と唐あくを使って作られる伝統菓子。

「身を輿し、名を輿し、家輿し」のことわざから名づけられた縁起のいいお菓子で(※諸説あり!)、唐あくに浸けた白米を乾燥させ、黒糖と水飴で固めたもの黒おこしと呼んでいるとか。


 試食をされてもらう。

 ザクっというしっかりとした触感と、上品な黒糖の甘さがある。唐あくの独特な風味はほとんど感じない。お茶によく合うお菓子だった。


「黒おこしは二百年の歴史がある伝統菓子で――」


 かつての諫早市は、シュガーロードの宿場町だったらしく、黒おこしもあっという間に地域に広がり、根付いていった。今でも愛されている、伝統菓子だと言う。


「ポルトガルや中国から伝わったお菓子以外にも、長崎独自で生まれたお菓子もあるんですね」


 シュガーロードに伝わるお菓子は一体いくつあるのだろうかと、好奇心が刺激されてしまった。

 まだまだ研究を進めていきたいと思っている。


 ◇◇◇


 結局、雨は降らなかった。

 オーナーは明日から一週間東京に行くので、その間小夜時雨は店休日となる。


「何か東京で買って来て欲しいものはあるか?」

「いえ、オーナーが無事に帰ってくれたら、何も……」


 言い終えてから、一体何を言っているのかと赤面してしまった。

 こんなの、ちょっと親しい知り合いレベルの人にかける言葉ではない。


 ちらりとオーナーの顔をみれば、目が合ってしまった。

 けれど、すぐにふいと逸らされてしまう。


 ……慣れ慣れしくて、ごめんなさい。


 心の中で謝罪をすることになった。


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