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September.20 『夜のおでかけ』

 朝の涼しい時間、ひぐらしの鳴き声を耳にすれば、ああ、夏も終わるんだなと、なんだか物悲しいような気分となる。

 大学も始まり、オランダ坂に挑む毎日が再開されていた。

 次の講義を待つ間、人がまばらな研究室でスマホのスケジュールアプリで予定の整理をする。

 夏休みの終了と共にアイス屋のバイトも辞めた。

 バーゲンとかにも行きたかったけれど、いろいろしていたらあっという間にお休み期間は終わってしまったのだ。

 これからは文化祭の準備で忙しくなる。

 雨は……降るかな?

 連日晴天で、小夜時雨でのお仕事はまったくなかった。

 オーナーも忙しそうだったので、連絡はしていない。向こうからも、特になかった。


 けれど、結構な日にちが経てば一通くらいはメールを送ってもいいのかな、なんて思ったり。

 ぼやぼやしていたら、オーナーと七瀬さんの恋も進展してしまうかもしれない。

 諒子ちゃんは若さと勢いを武器にしろと言っていた。

 けれど、あまりぐいぐいと迫って、嫌われたら元も子もない。

 どうすればいいのか。

 圧倒的に恋愛経験が足りなくて、詰んでしまう。

 脱力するかのように冷たい机に頬を付け、打ったメールをプチプチと消し、はあと溜息。

 メール画面にある向井オーナーの文字を眺めていたら、するりとスマホが手から消えて行った。


「――え!?」


 びっくりして顔を上げれば、諒子ちゃんが私のスマホを持って、メール画面を眺めていた。


「乙ちゃん、またオーナーさんにメール出来ていないの?」

「……え~っと、そうなんだけど」


 特に用事はないし……と悲しい事実を告げる。


「あのね、会いたいって思ったら、それは重要な用事なんだよ」

「そ、そうなんだ」


 どれくらい会っていないのかと聞かれ、指折り数える。

 ……一ヶ月くらい? 

 雨が降る日は何日かあったけれど、夜になったら止むという日があったような気がする。

 よって、café 小夜時雨は営業していなかった。


「そんなに会ってないのなら、絶対連絡した方がいいよ」

「でも、前に会った時、忙しそうで」

「一ヶ月も経ったから、もう片付いているかもじゃん」

「う~ん」


 臆病になっているのは自覚していた。多分、今までの気軽な関係が崩れるのが怖いと思っているのだ。


 夜、雨が降れば、会えるのになと、ぼんやりと窓の外を眺めていたら、すぐ傍でメールの送信終了を告げる猫の鳴き声が聞こえてきた。


「――これでよしっと」

「諒子さん?」

「何?」

「もしかして今、誰かにメール送りました?」

「送ったけれど」


 あっけらかんとしている諒子ちゃんの手から、スマホを返して頂く。

 抵抗されることはなく、あっさりと私の手に返ってきた。


 一体誰に何を送ったのか。

 震える指先で、メール送信画面を開く。

 開いた画面の一番上には、オーナーの名前があった。


「いや~~、諒子ちゃん、オーナーに何送ったの?」

「デートのお誘い」

「止めて~~」

「もう、送っちゃったし、残念ながら止まらないよ」


 メールの内容を見るのが怖かったけれど、確認をしなければならない。

 勇気を出して、画面をつついた。


 ――こんにちは~~! なんか、まだ、暑いですね(^^♪ 突然ですが、夜のグラバー邸に行きませんか♡


 内容を読んだ刹那、私は指先の力がすべてなくなり、スマホを机の上に落としてしまった。


「乙ちゃん気を付けないと、そのスマホの機種、長崎じゃ修理出来ないからね。福岡まで送ることになるらしいよ」

「り、諒子ちゃん!」


 修理を受け付けてくれる店舗がない事実にびっくりしたけれど、今はそれどころではない。


「ど、どうして、オーナーにメール送っちゃったの!?」

「だって、うじうじして、何もしないまま終わりそうだったから」

「それはそうだけど~~」


 メールの内容が軽いよと呟けば、ごめんねと言ってぺろりと舌を出す諒子ちゃん。


「ハ、ハートとか付けているし!」

「いいじゃん。減るもんじゃないし」

「減るって! 私のハート、たくさん消費された~~」


 頭を抱え、机に突っ伏す。

 次に、どんな顔をして会えばいいのか。


 でも、諒子ちゃんの言うとおり、うじうじしているだけだったら、嫌われるのを怖がったりしていたら、関係は進展しない。


「……本当、駄目だよね」

「それが乙ちゃんだから。らしいと言えば、らしいかな」

「うん」


 両手で頬を叩き、気分を入れ替える。

 それから、諒子ちゃんにお礼を言った。

 そして、さっきのは友達のいたずらだったことを謝罪の言葉と共に打っていく。

 それから、今持っている最大値の勇気を消費して、<オーナーさえよかったら、グラバー園に行きません>かと、誘ってみた。


 大きく息を吸い込んで、送信ボタンを指先で押す。

 画面には、<送信しました>という確認が出てきた。

 バクバクと激しい鼓動を打つ心臓を押さえ、ホッと息を吐き出す。


「これでよし」

「乙ちゃん、よく出来ました!」


 そう言って諒子ちゃんは私の頭をポンポンと叩き、ポケットに入れていた飴玉をくれた。


「良い子限定」

「あ、ありがとう」


 もらった飴を口に放り込み、コロコロと舌先で転がす。

 そこでふと、疑問が浮かんでくる。


「そういえば、なんで夜のグラバー園?」

「ん? 知らない?」

「知らない」

「今の時期に限定して、夜、グラバー邸がライトアップされるんだよ」

「そうなんだ!」


 そんな期間限定のイベントがあったなんて。

 十月の上旬まで夜の九時半まで中を散策出来るとか。


「ライトアップされた洋館が綺麗らしいよ」

「うわあ、行きたい!」


 もしもオーナーに断られたら、一緒に行かない? と諒子ちゃんを誘ってみたけれど、すぐにお断りをされてしまった。


「だって、あそこも坂ばっかだし」

「そっか……」


 オランダ坂と実家に繋がる坂でお腹がいっぱいだと、諒子ちゃんはうんざりしながら話をしていた。


 講義が始まりそうなので、席を立てば、低い猫の鳴き声の着信音が聞こえた。

 これは、オーナーからの返信音!


 急いでメール画面を確認した。

 返事は、一言だけだった。


 ――何時に迎えに行けばいい?


「うわ!」


 驚きの声をあげる私を見て、諒子ちゃんが「よかったね」と言ってくれる。

 どうやら、質問をするまでもなかったらしい。

 でも、自分でも分かる。

 きっと、今の私は頬が緩んでいる状態だろう。


 ◇◇◇


 サークルで文化祭の打ち合わせを終えたあと、キャンパスの廊下を早足で歩く。

 なんだか盛り上がってしまい、時間をオーバーしてしまった。

 約束の時間まであと五分!

 外に出たら、駆け足で門まで向かい、慎重な足取りで階段を下りて行く。


 大学より少し離れた場所に、オーナーは居た。

 息を整えたかったけれど、時間に間に合わなくなるので、そのまま近づいて行く。


 なんとか時間に間に合ったけれど、そこまで慌てて来る必要はないと呆れられてしまった。


「さ、誘った手前、遅れるわけには……」

「別に、待つくらいなんてことはない」

「これが、大人の余裕!」


 ちょっと違うか。

 心の中で、自らの発言にツッコミを入れてしまった。


 今日のオーナーはきちんと眼鏡をかけていた。

 裸眼だったら洋館が見られないので、勿体ないなと思っていたので、良かったと一安心。

 そのまま、徒歩でグラバー邸まで向かう。

 入口で各々入場料を払い、長い坂を通るエスカレーターを上って行った。


 グラバーさんの元住宅は、長崎の異国文化を象徴する国の重要文化財に指定されている建物。観光地としても大変有名だ。

 ここに来るのは二回目。一度、春に他県の友達と一緒に見て回った。

 夜の園内は雰囲気がぐっと変わっている。

 灯りに照らされた洋館はどれも美しい。

 坂はきついけれど、夜になってぐっと涼しくなったし、爽やかな風も漂っていた。


 幻想的な風景を眺めながら、先へと進んで行く。


「綺麗ですね」

「うちの店も照明を増やしたら、ちょっとは目立って客が増えるかもしれない」

「街灯、門の前と玄関先の二ヶ所しかないですもんね」


 小夜時雨もライトアップされたら綺麗だろうけれど、電気代が凄そうだなと、現実的なことを考えてしまった。

 オーナーも、賑わっている園内の喫茶店を横目で見て、やっぱり増えなくてもいいかと、経営者とは思えない発言を呟いていた。


「そういえば、お仕事はいいのですか?」

「ああ、大方片付いる。そのうち連絡も、しようと思っていた」

「だったら良かったです」


 迷惑じゃないと分かったので、ホッとする。

 それと同時に、明後日から一週間、オーナーが東京に行くことが発覚した。

 連絡はどうやら業務的なものだったらしい。若干がっかりしてしまった。


「でしたら、小夜時雨もお休みですね」

「そうなる」


 冬が近付けば、また雨が増えるらしい。

 でも、今はまだ九月。冬まで長いなと思った。


 話をするうちに、旧グラバー邸前に辿り着いた。

 結構人もたくさんいて、美しい夜景を眺めている。


 見えるのは、温かな灯りに包まれた長崎の街並みと、暗い海、それから、異国の地からやってきた真っ白な豪華客船。

 思わず見とれてしまった。


「うわあ、ここも綺麗ですね~」

「稲佐山の夜景はもっと凄いと聞いたことがある」

「ロープウェイを使って行くんですよね」

「詳しいな」

「勿論ですとも」


 一回、お友達を誘って断られていますから!

 デートスポットなので、景色よりもイチャイチャしているカップルが気になって気が散るらしい。

 それを言えば、オーナーに笑われてしまった。


「あそこよりも人が少なくて良い場所を知っているから、今度連れて行ってやる」

「本当ですか!」


 思いがけず、次の約束が出来てしまった。

 なけなしの勇気を振り絞って良かったなと思う。


 諒子ちゃんには感謝をしなければならない。


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