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April.2 『cafe 小夜時雨 営業中?』

 無銭飲食をしたことが妙に引っかかってしまって、私はその後、何度か『café 小夜時雨さよしぐれ』に行った、が、どうしてか連日閉まっていたのだ。

 学校帰り、いつ行っても閉店していて、洋館の門は固く閉ざされている。

 営業時間を示す看板もなく、サイトもヒットしない。

 いったいどうしてと、悔しい気分になる。

 毎日通えばいつか開いている日に出くわすだろうけれど、私とて、暇なわけではない。

 課題はあるし、サークルにだって顔を出さなければならない。お友達と福岡に買い物に行く予定もあるし、洗濯物も貯まっている。

 そんな中で、バイトの面接は目下三連敗中。

 学校が用意してくれた求人に応募をしている。ところが、私が目を付けるのは人気のものばかりらしく、不採用の印鑑を幾度となくもらうことになった。

 一回目は時給が高い事務系のバイト、二件目はお洒落なカフェ、三件目は花屋。

 次は何を受けようかと、考えながらcafé 小夜時雨に向かった。本日も達筆な字で書かれている閉店の木札が門に掛けられていた。


 ◇◇◇


 本日は雑貨屋のバイトに応募した。ここも希望者が集中していると、面接に応じてくれた担当が言っていた。嫌な予感しかしなかった。

 結果はその日の午後、すぐに電話でやってきた。申し訳なさそうな担当の声を聞いた途端に全てを察する。

 紛うことなき四連敗目だった。バイトでここまで躓くなんて。就活はどうなるのだろうと、今から不安に思ってしまう。

 ここで転んで起き上がれなくなる私ではないので、再び学校に向かってバイトの求人情報を閲覧することにした。

 事務所のバイト担当の教員にも相談をさせてもらう。

 連続不採用について、私に悪い所があるのではと聞いてみたら、春は大学生のバイト希望者が殺到するので気にすることはないと言っていた。

 それを聞いてとりあえずホッ。

 新しく届いた求人と、人気がない求人を貰って家路に就くことにする。


 時刻は十九時半。

 気が付けば、事務所に随分と長居をしていたようだ。

 外に出たら、パラパラと雨が降っていた。はあと盛大なため息を吐きながら、鞄より折りたたみ傘を取り出してさした。


 長崎は有名な歌にあるように、本当に雨が多い。

 昼間のしとしと雨とオランダ坂は異国情緒あふれる雰囲気になっていて嫌いじゃないけれど、夜の雨は勘弁して欲しい。濡れた坂を下るのは、なかなか恐ろしいことでもあった。一応、雨で道が滑らないように石畳が敷かれていると聞いたことがあるけど、怖いものは怖いのだ。

 雨の勢いはだんだんと強くなる。折りたたみ傘では受けきれない程のザアザア雨となっていった。どこかで雨宿りをしなくてはと思った時、ふとcafé 小夜時雨のことを思い出す。カフェまでここから歩いて五分も掛からない。

 私は賭けに出ることにした。


 傘を両手で持ち、雨の中を早足で進む。

 暗闇の中、地面にあった水たまりを踏んでしまったようで、新しく買ったばかりのスニーカーが濡れてしまった。

 それでも、私は足を止めずに坂を下る。


 細く長い小道を真っすぐに進めば、古い洋館が見えてくる。中の灯りが点いていたのに気付き、誰も居ない中で「ヤッター!」と声をあげそうになった。


 Café 小夜時雨の門は開き、営業中の木札も掛けられている。

 駆け足で門の中へと入り、玄関先で折りたたみ傘を畳む。

 ハンカチで雨に濡れた髪や服を拭いてから中へと入った。


「ごめんくださ~い」


 一応、玄関で一声掛ける。反応は無いが、部屋の奥から物音と話声が聞こえた。もしかしたら、お客さんが他にも居るのかもしれない。

 しばらく待ちぼうけとなっていたら、この前のお兄さんが顔を出してくれた。

 アイロンが綺麗に掛かったシャツと、ぱりっとしたズボン姿で、歓迎した様子は微塵もないという表情を見せてくれる。

 そんなお兄さんは私の顔を見て、くるりと踵を返した。


 ――いや、何か喋って。


 無言の接客になんとも言えない気分となる。

 ついて来いと言いたいのは分かっていたので、お邪魔しますと言ってあとに続いた。


 やはり、私以外にお客さんが居た。

 先客はスーツ姿のすごい美人だった。こう、ナイスバディで、色気が半端ないお姉さん。

 目が合えば、にっこりと微笑んでくれた。私も笑顔をお返しする。


「――では先生、そろそろお暇しますね」

「……」

「そんな、睨まないで下さいな」


 スーツ美女はお代を払い、一礼してから出て行った。

 もしかして、二人の逢瀬を邪魔してしまったのだろうか。申し訳なく思ってしまう。

 お兄さんの顔を見れば、私をじっと怖い顔で凝視していたようで、思わずヒッ! と悲鳴を上げそうになった。


「お、お邪魔でしたか?」

「何がだ?」

「いえ、お姉さんが帰ってしまったので」

「いや、あれは――ただの客だ」

「左様でございましたか」


 とりあえず、この前の代金について訊ねれば、驚きの金額が請求された。


「……ワンコイン」

「え?」

「五百円」


 や、安過ぎる。

 東京でこういうカフェでお茶の一杯でも飲もうとしたら、八百円は取られる。甘い物とのセットだったら、千円以上が普通だ。もっと高い所だってある  。

 なのに、美味しいお菓子とホットミルクが五百円!?

 売上原価率とかどうなっているのだろうかと気になってしまった。

 けれど、まあいいかと思って、財布から百円玉五枚を取り出して、お兄さんに手渡した。


「――あ」

「!」


 お金を手渡した瞬間にお兄さんが妙な動きを見せ、五枚の百円は地面に転がってしまう。

 私はそれを拾い上げていたら、今度は自分の鞄の中身をぶちまけてしまった。

 それを見て、お兄さんが一言。


「……注意散漫」


 百円玉を受け取れなかったお兄さんに言われたくなかったけれど、前に来た時も鞄の中身を床に散らしてしまったので、素直にお言葉を受け止め、反省をする。


「職を、探しているのか?」


 お兄さんの足元に、不採用の印鑑が押された履歴書が飛んで行ったようだ。

 拾ってくれたそれを受け取りながら、苦笑をする。


「ええ、でも、なかなか決まらなくって」

「みたいだな」


 この前も鞄の中身をぶちまけた際に、履歴書があったことを見ていたらしい。


「春のこの時期は、大学生がバイトをしようと殺到するみたいで、この辺り一帯は激戦区なんですよ」

「親から小遣いを貰っていないのか?」

「生活費だけですね」


 両親は私のためにマンションを用意してくれたけれど、遊ぶお金は自分で稼ぐように言われていた。

 欲しい洋服はたくさんあるし、せっかく長崎に来たので、観光もしたい。そのためには、お金が必要だった。

 楽しくも豊かな生活を送るには、汗水たらして働かなければならない。

 そんな事情を話す私に、お兄さんは驚きの提案をしてくれた。


「だったら、ここで働けばいい」

「――え?」

「ちょうど、人を探していた」


 まさかの巡り合わせに驚いてしまう。私が、このお洒落な洋館カフェで働くと?


 お兄さんは条件をいくつか提示する。


「勤務時間は夜の雨が降った時から、止むまで」

「え、なんですか、それ?」

「ここの店は、夜の雨の日にしか空けない」

「だから開いていなかったのですね」


 私は支払いをするために何度も通ったことを抗議した。

 せめて、営業時間は門に書いて欲しかったと言ってしまう。


「営業時間は店名を見れば分かるだろう?」

「店名?」


 Café 小夜時雨。

 意味が分からないので電子辞書で調べてみれば、小夜時雨は夜の雨のことだと書かれていた。


「そんなの分からないですよ~~」

「分かるだろう」

「分かりません!」


 小夜時雨という店名から営業時間に気付いて欲しいなんて、無理難題過ぎると思った。

 話を聞いているうちに、ある疑問点が浮かんでくる。


「もしも雨が一晩中降っていたら?」

「雨が降っていても、0時には閉店する」

「なるほど!」


 さすがに、一晩中店を開くのは辛いだろう。

 しかしながら、いったいどうしてそういうコンセプトの店を開こうと思ったのか。謎過ぎる。

 オーナーは誰かと聞けば、お兄さんだと言っていた。どうやら若くして経営者をしているらしい。


 それにしても、微妙な点があるなと思った。


「営業時間を雨が降った夜に限定するということは、事前にシフト組めないってことですよね?」

「そういうことになる」


 天気予報で雨の予定があったり、既に雨が降っていたりしたら出勤すればいいと、軽い調子で行ってくれる。


「なかなか厳しい条件ですね」


 雨が降らなければ仕事はないわけで、毎月の給料にも差が出てしまう。

 ちょっと無理かなと言おうとすれば、お兄さんは魅力的な条件を口にした。


「時給1500円」

「!?」


 長崎県の最低賃金は現在700円くらい。一時間900円くらい貰えるバイトは人気が殺到している。

 そんな中で、一時間1500円という時給は破格の待遇であった。

 今から梅雨の時期になるので、結構稼げそうな気がする。

 収入が少なければ、他のバイトと両立すればいいと思った。

 お兄さんは私に問いかける。


「どうする?」

「働きます!」


 私は迷わず即答で、働くと返事をした。


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