August.18 『大島に行こう!』
本日は朝八時に長崎駅に集合。
一番乗りは諒子ちゃんだった。キャンプ場なので長袖に長ズボン、スニーカーという重装備。私も迷ったけれど、やっぱり虫刺されとか怖いので、同じような恰好で着ている。
だいぶ、可愛いワンピースで行くか悩んだけどね。
「諒子ちゃん、おはよう」
「おはよう」
諒子ちゃんに被っていた、田舎っぽい麦わら帽子をどこで買ったのかと突っ込まれた。家から持ってきていた品だと言えば、普通の女子大生はなかなか持っていないと感心された。
「なんか乙ちゃんって着物をいくつか持っていたり、茶色い料理が得意だったり、謎の生き物だよね」
「着物は全部お祖母ちゃんにもらった物で、茶色い料理はまあ、何も言えないけれど」
大学の春のお花見でお弁当を作って行った時に、からあげ、煮物、生姜焼き、鯖の塩焼きの四点盛りを持って行ったら、笑われてしまったのだ。なんでも、お母さんの作るお弁当みたいだと。他の女の子の持ってきていたおかずは色とりどりだった。
「でもまあ、乙ちゃんの料理が一番美味しかったけどね」
「それはありがとう」
うちは両親が共働きで、料理は祖母が作っていた。それを手伝っているうちに、自然と覚えたのだ。
管理栄養士を目指している私の生活から、料理は切って離せない。
諒子ちゃんとお喋りをしていれば、飯田さんがやって来る。
時計を見れば八時ぴったり。
大荷物を抱えて走って来ていた。
営業スタイルではない飯田さんを初めて見る。
黒いキャップを被り、動きやすそうなパーカーとTシャツ、下はジーンズ。
普段は三十前後に見えるけれど、私服でいたらオーナーと同じくらいに見えるので不思議だ。
「すみません、遅くなって」
「いいえ~、時間ぴったりですよ」
「だったら良かったです」
好奇心旺盛な諒子ちゃんが、大荷物の詳細を質問する。
細長い物入れ物と四角い肩かけの容器は釣り道具だろう。
「クーラーボックスの中は肉とか、リュックは鍋、飯盒とかですね」
キャンプ場でバーベキューとカレーを食べるために、いろいろと用意してくれたらしい。
ちなみに、私がお米とカレールー係で、諒子ちゃんは野菜係。
そんな話をしていれば、オーナーから駅に到着したという連絡が入った。
三人で指定された場所へと移動する。
「あ~どうも、向井さん、おはようございます」
車の前で待ち構えていたオーナーに、飯田さんが声をかける。
オーナーもキャンプ場に相応しい、長袖に薄手のダウンベスト、チノパンという姿で来ていた。今日は珍しく、黒縁の眼鏡をかけている。
それを見た諒子ちゃんは、質問を投げかけていた。
「それ、オシャレ眼鏡ですか?」
「ガチ眼鏡だ」
「ふうん。そうなんですね」
長時間の運転となるので、かけてきたらしい。
お喋りはここまでにして、オーナーの車に荷物を積み込む。
そして、後部座席に座ろうとしたら、諒子ちゃんに阻まれてしまった。
「乙ちゃんは前!」
「え、でも」
「飯田さん、オーナーと並んで座りたいですか?」
「なんとも言えないですね」
「だって!」
ぐいぐいと背中を押され、助手席に座ることになった。
何をやっているんだという顔をしているオーナーに、よろしくお願いいたしますと挨拶をした。
青空の元、車は走り始める。
大島までは車で二時間ほど。
飯田さんが楽しい話題を振ってくれるので、車内はずっと賑やかだった。
オーナーは相変わらず仏頂面だったけれど。
大島に到着したのは十時過ぎ。
とりあえず、キャンプ場まで行って昼食の準備をすることにした。
キャンプ場は草原が広がる場所で、水道に調理スペース、かまどと屋根付きの飲食スペースがあるシンプルなところ。
飯田さんはご飯係で、オーナーはバーベキュー係、私と諒子ちゃんはカレー係となった。
「肉はこちらを使って下さい」
差し出されたお肉を見て、諒子ちゃんが「おお」と声をあげる。
パッケージに金の文字で書かれてあったのは『佐賀牛』。
お隣の県の、高級和牛を買って来てくれたらしい。
「うわ~、嬉しいけれど、緊張する」
「確かに。調理方法を間違えば、台無しだね」
私と諒子ちゃんは、受け取ったブロック肉を緊張の面持ちで見下ろした。
「乙ちゃん、頑張ろう」
「お、おお!」
時間がもったいないので、さっそく調理に取りかかる。
お肉は諒子ちゃんに任せた。なんでも、擦ったたまねぎに漬け込めば柔らかくなるらしい。
一生懸命涙目になりながら、たまねぎを擦ってくれている。
私は諒子ちゃんが持って来た野菜を切ることになった。
どうやら夏野菜カレーを作ろうと思っていたようで、彩りが綺麗な物が並んでいる。
ナスにズッキーニ、トマトにパプリカ、カボチャ、ニンジンなど、一口大に切っていく。
鍋にオリーブオイルを敷き、飯田さんが火を入れてくれた、キャンプ場のかまどの上に仕かける。
まずは硬い根菜類から炒め、若干火が通ったらそれ以外の野菜を投入する。下味を付け、しんなりしてきたら、水とコンソメを入れて煮込む。
途中で諒子ちゃんが頑張って下ごしらえをした佐賀牛も入れた。
コトコト煮込み、具材にしっかりと火が通れば、カレールーを入れてさらに煮込む。
鍋をかき混ぜればスパイシーな香りが漂い、お腹がきゅうと鳴った。
時計をみれば、十二時前になっていた。
ほどなくしてカレーは完成! 飯田さんのご飯も炊きあがったようだった。
広場には日除けのテントが張られ、バーベキューの準備も整っている。
机はないけれど、キャンプ用の椅子が人数分用意されていた。
串に刺さった野菜とお肉が、ジュウジュウと音を立てて焼かれているところであった。
カレーの入った鍋は、新聞紙を重ねて敷いたクーラーボックスの上に置く。
飯田さんが装ったご飯に、各々好きな量だけカレーをかけた。
もう一つ、オーナーが持って来ていたらしいクーラーボックスの中からは、ジュースが出て来た。飯田さんにビールを手渡していたけれど、自分ばかり飲むわけにはいかないと、遠慮をしている。
「別に、飲みたかったら飲めばいい」
「お昼から釣りもするので」
そう言って、飯田さんは炭酸のジュースを諒子ちゃんから受け取っていた。
そして、準備は整った。
膝にカレーの皿を置き、手と手を合わせていただきますをする。
皆が食べ始めたのを見て、私もカレーとご飯をスプーンで掬って食べた。
――美味しい!
ピリッした辛さとほどよい酸味、野菜の甘さなどが際立っている。
野菜は柔らかく、口の中でほろりと崩れた。お肉もトロトロで、幸せな気分となる。
ご飯もカレールーに合った硬さだった。おこげもパリパリしていて美味しい。
余りの美味しさに、皆無言で食べていた。移動と調理で若干疲れていたせいもあるかもしれない。
食べ終わったあと、飯田さんはカレーを褒めてくれた。
作り甲斐があったというものだ。
オーナーの反応は期待していないので、スルーとする。
次に、バーベキューの串を頂く。
オーナーが串から野菜や肉を取って、食べやすいようにお皿に盛り付けてくれた。タレを付けて頂く。
こちらも、素晴らしく美味しい。
表面がカリッとなるまで焼かれたお肉は、噛めば肉汁がジワリと滴る。
「いやあ、いいですね。美味しいです。奮発した甲斐がありました」
「飯田さん、ありがとうございます……!」
思わず、深くお辞儀をしながらお礼を言ってしまった。
お昼からは別行動となった。
飯田さんと諒子ちゃんはお魚釣りに。
私とオーナーは展望台に向かった。
オーナーはよほど崖を見たかったのか、熱心に眺め、写真を何枚も撮り始める。
まさか、カメラまで持参をしていたとは。
私は崖ではなく、海を眺めることにした。
今日は波がなくて、静かな海だった。
太陽の光を受けて、キラキラと輝いている。
ずっと見ていられる景色だった。
カシャリと、隣からシャッター音が聞こえてハッとした。
いつの間にかオーナーが隣に立っていて、私に向かってカメラを構えていたのだ。
「あ、今、変な顔していました!」
「だから撮った」
「いや~~」
消して下さいと言ったけれど、フィルムのカメラだから無理だと言われてしまった。
崖に夢中になっていると思っていたので、すっかり油断していた。
なんてこったと焦ったけれど、オーナーが珍しく楽しそうに笑っていたから、まあいいかと思ってしまった。
と、このようにして、夏の愉快な一日は過ぎていく。
次話以降、不定期更新となりますm(__)m




