July.14 『着物デート』
着物に合わせる鞄は先輩に貸してもらった。日曜日にあるフリーマーケットに出すので、持って来ていたらしい。手毬柄の可愛らしいものに、スマホや財布、ハンカチなどの必要最低限の私物を詰め込んだ。
デートに行くとバレてしまったあと、サークルのみんなが化粧をしてくれた。普段はすっぴんか、薄く化粧をしているだけなので、鏡に映る私はいつもより大人っぽく見える。これで、オーナーと歩いていても違和感がないことを祈りたい。
正門に続く急な階段を慎重な足取りで進み、門を抜けた先の緩やかな坂を下る。
若干道が開けた先に、オーナーの車が止まっていた。
駆け寄って行きたかったけれど、草履を履いているので無理はしない方がいいと思い、ゆっくりと歩いて行く。
窓を覗き込み、オーナーと名前を呼べば、びっくりした顔でこちらを見ていた。
その反応を面白がっていたら、早く乗るようにと手で示されてしまった。
助手席に乗り込み、シートベルトを着用する。
準備が整えば、車はゆっくりと動き出した。
「なんで着物なんだ……?」
「今日、サークルで着付け講習があって、せっかく着たので」
「……」
オーナーは着物姿にはまったく関心を示さなかった。
誰だったかな。大人の男性は女性の着物姿に弱いだなんて言っていたのは。
まあ、こういう場合は着る人による、の一言なのかもしれない。
「変ですか?」とか言ってみて、感想を引き出したいような気もしたけれど、「まあな」の一言で終わりそうだったので、止めておいた。
それにしても、不思議に思う。オーナーと会う日は決まって雨の夜。
こうして、雨が降っていない日にドライブしているという状況は、なかなか稀少だった。
こんな大人の男の人が、小娘の誘いに応じてくれるなんてありがたいなあと思い、心の中で手と手を合わせ感謝してしまった。
「――で、今日はなんの用事だ」
「あ、はい。デートをしたいなと思いまして」
私の言葉を聞いたオーナーは、ピシっと固まってしまった。
信号、青ですよと教えれば、のろのろと車は発進する。
それからオーナーは黙り込んでしまった。
迷惑だったとか?
でも、正直な人なので、そうだったらメールで断っているはずだ。
今日のお誘いについては、デートをしたかったからとしか表しようがない。
単に、オーナーの顔を見たかったんですとでも言えばよかったのか。そっちの方が恥ずかしいような気がする。
オーナーの想い人、美人な出版社のお姉さん――陽子さんに勝てる要素なんか一つもない。なので、当たって砕けろという作戦に出るしかないのだ。
「お前は――」
「はい」
微妙に空気が重く、気まずい雰囲気のまま車は走る。
やっと喋りかけてくれたかと思えば、低い声で問い質された。いつも、こうやって男を誘っているのかと。
「都会の女は恐ろしい」
「まさか! 初めてですよ」
「その割に、慣れていないか? 随分と、余裕があるように、思える」
慣れねえ。
実を言えば、兄がオーナーと同じ齢くらいで、似たようなテンションでいたかもしれない。
「すみません、兄に頼むようなノリで来てしまって……」
「兄……?」
「はい。よく、バーベキューに行ったり、プールに行ったりして、遊んでもらったんです」
「プール?」
「海にも行きました」
「兄と?」
「はい、妹と、弟と四人で」
「ああ、兄妹でか」
再び沈黙。
でも、先ほどのような重たい雰囲気はなくなっていた。
私は、夜の長崎の街並みを眺め、静かなドライブを楽しんでいた。
◇◇◇
オーナーが連れて来てくれたのは、高台にある中華料理店。
ちゃんぽんと皿うどんの専門店らしい。
実は、長崎に来てから一度も食べていなかったので、嬉しく思う。
一回、友達に食べに行こうと誘ったら、全国にお店があるチェーン店に連れて行かれそうになったのだ。
長崎に来て、何故東京にもある店のちゃんぽんを食べなければならぬのか。いや、あそこのちゃんぽん、美味しいけれど。でもでも、せっかく長崎に居るのだから、ここでしか味わえない物を食べたかったのだ。
そう熱く主張すれば、面倒くさそうに「長崎人はあまり専門店には食べに行かないよ。多分、家で作る方が多いかも」と教えてくれた。スーパーに行けば、材料が売っているらしい。
とは言っても、いきなり手作りよりも、本場のちゃんぽんを味わってみたかったのだ。
「本格的なちゃんぽん、一度食べてみたかったんです」
「そうかい」
オーナーは極めて冷静な返事をしていた。
建物は古く、明治時代よりお店を始めた老舗とのこと。
隠れ家的なお店らしい。
夜とあって、店内は大変賑わっていた。二、三人、店先に行列が出来ている。
しばらく待てば、店員さんが席まで案内してくれる。
メニューを眺め、どれにしようかと迷ってしまった。
ここは王道のちゃんぽんでいくべきだろう。
だがしかし、皿うどんも捨てがたい。
皿うどんには細くパリパリとした細麺と、焼きそばの麵のような太麺の二種類があるらしい。どちらも美味しそうだ。
結局、私はちゃんぽんを頼んだ。オーナーは太麺の皿うどんを頼んだようである。
しばし、窓の外から見える夜景を堪能する。
見えるのは、港と海と山。それから、灯りが点った美しい街並み。
思わずほうと溜息が出てしまう。
「綺麗ですねえ」
「……ああ」
本当にそう思っているのか、オーナーは窓の外をまったく見ていなかった。
適当にもほどがあると思う。
「このお店にはよく来るんですか?」
「いや、初めて来た」
「あら、そうなんですね」
やっぱり、お友達が言っていた通り、長崎の人はあまり店でちゃんぽんを食べないのだろうか?
そんな話をしているうちに、ちゃんぽんが運ばれてくる。
麺の上に野菜と魚介がたっぷりと載った、ボリューム満点の一品だった。
いただきますと言って、まずはレンゲを握ってスープを啜る。
白濁のスープは、濃い見た目に反してややあっさりめ。出汁は豚と鶏かな? 魚介や野菜の風味も効いている。
具はキャベツにもやし、きくらげ、ちくわ、豚肉、エビにイカ、牡蠣、珍しいピンクと黄緑のはんぺんと呼ばれる蒲鉾。
唐あくを使って作られた麺はモチモチぷりぷりとした触感だった。美味し。
夢中になって食べていたら、ふと、オーナーが皿うどんにソースをかけているのを見て、びっくりしてしまった。
「ソース、かけるんですか?」
「ああ」
「へえ……」
「もしかして、変わった味覚だとか思っていないだろうな?」
「へへ」
笑って誤魔化す。
正直、皿うどんにソースなんて変だなと思っていました!
「長崎では、皿うどんにソースをかけて食べる」
「ソースで美味しくなるんですね~」
「その顔、疑っているだろう?」
「いや、そんなことないですよ」
いや、まあ、疑っているけれど。
だって、皿うどんにソースだなんて……。
オーナーは小皿に入れ、私に食べるように差し出してくる。
「食べ比べてみろ」
「わあ、ありがとうございます」
まさか、皿うどんを食べられるとは!
ありがたくいただくことにする。
まずは、何もかけていないものから。
「美味しいです」
でも、なんか想像していた味と違った。
餡がマイルドというか、塩っ気がないというか。見た目に反して、味が控えめだった。
太麺はちゃんぽん麺と同じ種類だろうか。表面はカリッと香ばしい焼き目が入っており、中は餡がよく絡む柔らかい麺だった。太麺は皿うどん界ではマイナー(?)なイメージだけど、個人的にはこちらが好みだと思った。
気を取り直して、次に、ソースをかけていただく。
「あ、これだ!」
味に足りないものと言ったら失礼な気がするけれど、ソースをかけた方が断然美味しくて、味が完成されているような気がした。
「皿うどんにソースがこんなにも合うとは……!」
「そうだろう」
意外な発見となった。
ちゃんぽんと皿うどんに大満足していたら、食後にマンゴープリンが運ばれてきた。どうやらお店のサービスらしい。
お腹いっぱいだったのに、甘いものは別腹で、あっという間に食べてしまった。
店は相変わらず混んでいるので、ゆっくりせずにすぐに出ることに。
会計前、またもやオーナーと揉める。
奮闘も空しく、今回もオーナーの奢りとなってしまった。
時刻は九時半。なんだかこのまま別れるのも味気ないなと思っていたら、その辺にあった喫茶店に寄ってくれた。コーヒーを一杯飲んで、家まで送ってもらう。
「オーナー、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「それはよかった」
着物でデートなんて大変だろうなと思っていたけれど、移動は車で、こうして家まで送ってくれた。食べ過ぎで帯がちょっと苦しいけれど、楽しいばかりだった。
オーナーと別れ、車を見送ろうとその場に佇んでいた。が、オーナーが車から降りて来る。
手には風呂敷の包みを握っていた。
「忘れ物だ」
「あ!」
それは、諒子ちゃんが買ってきてくれた、とっておきのお菓子。
後部座席に置いたまま、すっかり忘れていた。反省。
「それ、オーナーへの贈り物です」
「そうだったのか」
「はい、長崎の珍しいお菓子だそうです。お友達が買ってきてくれました。よろしかったら、どうぞ」
「分かった。ありがとう」
受け取ってくれてホッとした。
「じゃあ」
「はい」
今度こそ、本当のお別れ。
「ではまた、雨の夜に」
「きりきり働いてくれ」
「了解であります」
着物姿で敬礼をして、オーナーを見送った。




