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2.四人の王子

 マリアベルがトゥライア国の王城を訪れてから丸一日。昼の三時に彼女は色とりどりの花が咲く広い庭を前にお茶を楽しんでいた。同じテーブルを囲んでいるのは四人の男性。この国の王子達である。

 彼女の出身地であるシィシィーレは神が降り立つ地としてあまりにも有名な島で、このトゥライアから馬車を使っても半月は掛かる。その旅の疲れを癒す為にと昨日はすぐに用意された部屋で休んだマリアベルだったが、一日経った今日是非お互いのことを知る機会をとマクシミリアン王子からお茶の誘いがあったのだ。

 香ばしい焼き菓子の香りに惹かれて、マクシミリアン自ら取り分けてくれたそれにマリアベルは手を伸ばした。


「まぁ、美味しい」

「お口に合ったようで良かった」


 マクシミリアンの笑みには余裕が感じられる。長兄である彼は妙な雰囲気のお茶会の空気を変えるべく、口を開いた。


「一息ついた所で、改めて我々に自己紹介の機会を頂いても?」

「はい。勿論です。ですが、客人として迎えられたと言えど私はいち巫女に過ぎません。殿下達に先に名乗っていただいては不敬というものです」


 そう言って彼女は手にした菓子を置く。軽く頭を下げてにこりと微笑んだ。


「改めまして。シィシィーレ島フェルノーイ様の神殿で巫女を勤めておりましたマリアベルと申します。この度は突然の訪問を許してくださり、陛下と殿下方には感謝しております」


 耳朶を撫でる柔らかな声、向けられた美しい巫女の笑みに王子達は惹きつけられれていく。そんな中、ダリオンだけが彼女の魅力に抗うように目を逸らした。

 マクシミリアンは数回瞬きした後、こほんと咳払いした。


「感謝すべきは私達の方です。この国へ救いの手を伸ばしてくださったのはフェルノーイ神とマリアベル殿ですから。ですがこれから私達がしなくてはならないのはお互いを良く知ること。今から敬語は無しにしませんか?」

「よろしいのですか?」

「勿論。私も、そして弟達もその方があなたとの距離が近くなる。改めて、私は第一王子マクシミリアン。マックと呼んで欲しい、マリアベル」


 ぐっと態度を軟化させたマックが彼女の名を呼び捨てれば、そこには男性独特の色気が混じる。短く刈った国王と同じ赤みのある金髪に飴色の目。今年二十六歳の彼には余裕が感じられる。けれどその誘惑をあっさりと受け流し、マリアベルは花のような笑顔を向けた。


「えぇ。よろしくね、マック」

「俺は……」


 次に口を開いたのはその横に座る第二王子。長めの明るい金髪と同じ金の瞳。彼はそわそわと落ち着かない様子で口を開いた。


「ディストラード。ディンって呼んでくれ」

「よろしく。ディン」

「っ……」


 コバルトブルーの目に見つめられ、ディンの顔が赤く染まる。今年二十三歳だが、彼にはまだ兄のような余裕はないらしい。そもそもトゥライア国でずっと育ってきた彼らは今までの人生の中で女性と触れ合う機会がどうしても少なくなる。王位を継ぐ為に他国への外交へ赴くマック程慣れていないのは仕方のないことだった。

 次にマリアベルが目を向けたのは硬い表情をしたままの第三王子。彼は見られている事に気付くと、そっけなく名乗った。


「……ダリオン。ダンで良い」

「これからよろしく。ダン」


 彼は他の王子達と違い濃いブラウンの髪に同色の瞳を持っている。これは数年前に亡くなった王妃と同じであった。

 彼はちらりとマリアベルに目を向けただけですぐに目を逸らしてしまう。それでも嫌な顔一つ見せずに彼女は微笑んだ。


「僕はヘリオスティン。兄様達はヘリオって呼ぶよ」

「分かった。私もそう呼ばせてもらうわね」

「うん! 僕はなんて呼べばいい?」

「マリアベルで良いわ。ヘリオ」


 マックと同じ飴色の目に赤みがある金髪を顎先で切り揃えている。今年十一歳の彼と微笑み合う姿はまるで本物の姉弟のようで微笑ましい。

 一口お茶を飲み、マックは弟達とマリアベルを見比べた。


「マリアベルと一番年が近いのはダンかな?」

「私は十七なの。ダンはおいくつ?」

「……十九」

「ならラズと一緒だわ!」


 ラズの名を口にした途端、マリアベルはパッと嬉しそうに微笑む。それを見たディンはぴくりと眉を動かした。


「ラズってあの護衛?」

「えぇ」

「その……、マリアベルとは前から親しいのか?」

「勿論。彼は幼い頃からシィシィーレで共に育ったの。血の繋がった兄妹のように大切な存在だわ」


 すると何かを思案するようにマックは顎に手を当てた。


「…なら、彼もフェルノーイ神の神殿に?」

「神殿で働いてはいたけれど神官という訳ではないの。主には神官長様のお手伝いかしら」

「彼が父上の前で言っていた呪いの原因を調べたいというのはセリオス神官長のご意思で?」

「えぇ。恐らくは。でも、……私もその辺りは詳しく知らされていないの」

「そう」


 ほんの少し寂しそうな顔を見せるマリアベルを見て、苛立ちを覚えたディンがムッと口を尖らせる。


「でもマリアベルが子を産めば呪いは解かれるんだろ? この国の医師や学者達が分からなかったことを今更調べたって無駄じゃないか」

「いいや、それは違う」


 ここで初めて真剣な表情を見せるマックに皆が目線を集める。それは為政者としての顔だ。


「もしも子が生まれてこの国に女児が増えても、それが永遠に続くとは限らない。それにこの国だけでなく他国だって同じことが起こるのを忌避している。原因の追究は各国の未来の為にも必要なんだ」

「私が慣れるまでしばらくは、と言っていたけれど、ラズも長い間こちらに留まることになるのかしら」

「あぁ。そうだろうね。そう簡単に答えが見つかる問題ではないから」


 マックの言葉にマリアベルはほっと息をつく。彼女にとってラズという男の存在がどれだけ大きいのか、王子達が知った瞬間でもあった。





 ***


「ラズ!!」


 忙しなく廊下を進んでいたラズを見つけ、マリアベルはまるで少女のようにその背に飛びついた。ぎゅっと細い腕を彼の腰に回して拘束する。その衝撃で危うく抱えていた本を落としそうになり、ラズは慌ててバランスを取った。


「……マリアベル様。廊下を走るのはお止めくださいといつも言っているでしょう」

「だって、ラズったらちっとも顔を見せてくれないんだもの」


 二人が会ったのは午後のお茶の帰り道。四人の王子達と共に渡り廊下を進んでいたマリアベルは文官の棟へ向かうラズを見つけて走り出したのだ。口を尖らせて文句を言う子供じみた姿は王子達の前では見せないものだった。


「例の調査の件、正式に許可が下りてから部屋を一室与えていただきまして。それからは必要な資料や今後の予定を詰めるのに忙しくしていたのですよ」

「ラズの部屋ってどこなの?」

「教えません」

「何で!!」

「教えたら来るでしょう」

「どうしてそれがダメなの?」

「マリアベル様」


 語彙を強めて窘められ、彼女は腰に回していた腕を解いた。


「もう子供ではないのです。無闇に男性の部屋へ入ってはいけないません」

「だって……」

「もし必要なら俺がマリアベル様のお部屋に伺います」

「ケチ」


 そんなやり取りを王子達は唖然と見つめていた。マリアベルの幼馴染の男。護衛というには細身で小柄、後ろで束ねた栗色の髪はこの国ならどこでも見ることが出来るありふれた色。けれど人目を惹く深い森林のような碧の目に整った顔立ち。隣に立つディンが見る見る内に不機嫌になるのをマックは見逃さなかった。


(どうやらディンは本気らしいな)


 マリアベルと親しいと言っても彼はあくまで神殿の人間。彼女の夫候補からは外れるのだが、ディンには嫉妬の対象らしい。まぁ、分からないでもない。あれ程無防備な笑顔やスキンシップはまだ知り合って日の浅い自分達には向けられないからだ。

 一方、何を考えているのか分からないのがダンだった。彼はまともにマリアベルを見ようとしない。態度もぶっきらぼうだし、本気で彼女の夫に名乗りを上げるつもりはないようだ。現状は、だが。もう一人の弟ヘリオは姉のようにマリアベルを慕っている。そろそろ思春期を迎える頃だが、妻を娶るにはまだ早いだろう。

 自分のライバルとなるのはディン一人。ならば早い所手を打たなければ。いつまでも自分たちがぐずぐずしていたら父王の言った通り、他の男達も名乗りを上げるだろう。


「ねぇ、ラズが忙しいのっていつまで?」

「いつまでも何も、まだ始まったばかりですよ」

「でも、ちょっとくらいお話する時間をくれても良いでしょう?」


 マリアベルと会話を続ける自分に向かって刺さる視線にラズはとっくに気づいていた。


(早速嫉妬か)


 視線は主にディン。上手く隠しているがマックもこちらを気にしているのが分かる。ヘリオが邪気のない好奇心を向けてくるのに対し、ダンはまた別の意味で苛立っているようだ。


(成る程ね)


 出会って一日だというのに、既にマリアベルに振り回されている王子達を見るのは中々楽しい。そこでちょっとした悪戯心が湧き起こる。ラズは本の山を器用に片手で持ち、そっとマリアベルの頭を撫でた。


「いつまでも甘えん坊で、君には困ったものだね、マリィ」

「なら今日来てくれる?」

「あぁ。夕食後に時間を作るよ」

「良かった」


 巫女と言ってもまだ十七歳。一人で知らない場所に押し込められたら不安な気持ちにもなるだろう。もとより、話し相手になると王の前で言ったのは自分なのだ。

 ちらりと王子達を見る。すると更に嫉妬の炎を燃やした男の顔が見えて、ラズは心の中だけでほくそえんだ。





 ***


「護衛、ですか?」

「あぁ。陛下からのご命令だ。ラズ殿に護衛を一人つけよ、とな」


 護衛の護衛とは恐れ入る。渡り廊下でマリアベル達と別れた後、与えられた部屋を整理していたラズの下を訪れたのは近衛騎士団長シークだった。共に現れたのは黒髪黒目の若い騎士。シークが護衛だと紹介した男だ。自分よりも二・三歳上だろうと辺りを付ける。どちらも謁見の間で見た顔だった。


「そんなに俺、頼りなく見えますかね」


 腕を組んで溜息をつけば、ちらりと腰元の剣を見たシークが苦笑した。


「陛下のご意思だ。まぁ君は客人だし、腕に覚えがあっても調査で外出する際は案内出来る者が必要だろう」

「成る程、護衛兼案内役ですか」

「ついでにこの城のことも彼に聞いてくれ」


 それだけ言って彼はさっさと踵を返して行ってしまった。団長ともなれば忙しいのは分かるが、なんだかやっつけな気がしてならない。護衛を断るわけにも行かず、ラズは残った騎士に向き直る。


「えーと、この度こちらでしばらくお世話になりましたラズと言います。あなたは謁見の間にもいらっしゃった近衛騎士の方ですよね?」


 すると男は小さく頷いた。


「近衛騎士ネザイン=ヴィフィア。ネイで構いません。ラズ殿」

「なら互いに敬語は止めよう、ネイ。あなたは俺より年上のようだし」

「……分かった」


 固い男だ。そう思いながらラズは笑顔一つないネイの様子を窺う。親しみやすいよう敬語はなくしたが、ラズは内心ネイを警戒していた。彼はあの謁見の間でマリアベルに興味を抱かなかった男の一人だから。


(敵か味方か。まずはそこから見極めなくては)


「何か手伝うことはあるか?」

「いや、今日は一日資料整理の予定なんだ。あぁ、夕食後にマリアベル様の部屋へ行く約束をしているから、案内してくれると助かる」

「分かった」

「あ、あともう一つ」

「なんだ?」

「時々俺の剣の相手をしてくれると嬉しい。ずっとここで資料とにらめっこじゃ、腕がなまるから」

「……あぁ。分かった」


 無愛想な黒髪の騎士が部屋からいなくなると、ラズはほっと息をついた。一度ドア外の気配を探り、誰も傍にいないことを確認してドアの鍵を閉め、ついでに窓のカーテンを引く。先ほどバタバタと資料集めに奔走していたのですっかり汗をかいていて、一度着替えたいと思っていたのだ。

 皮のベストを脱いで下に着ていた綿のシャツを脱ぐ。胸に巻いていたサラシを解いた時、無意識のうちに息を吐いていた。

 服の下から現れたのは女の体。そう。ラズもまたマリアベルと同じ稀少な女性。けれどそれを隠して彼女の護衛としてこの城を訪れていた。

 本名はリジィターナ。マリアベルのように神の僕になる為家を出た巫女や神官は家名を捨てる。けれどリジィはそれとは別の理由で家名を持っていなかった。親に捨てられた天涯孤独の子供。セリオス神官長に拾われ、神殿で育てられた少女。

 リジィが男装しているのにはマリアベルの護衛になる以外にも理由がある。それは子供を産めない体である事。親が自分を捨てたのもそのせいだろう。そうリジィ思っている。この国で女に求められるのは多くの子を産むこと。それが出来ない女児など家の恥以外の何物でもない。ならば初めから女でなければいい。そこで島を出る時栗色の髪を短く切り、姉妹当然に育ったマリアベルを守るために護衛となった。

 今この城でリジィが女だと知っているのはマリアベルと国王のみ。だから陛下は自分に護衛をつけたのだろう。女性を大切にするこの国の主は腐っても女の自分に対して何もしないのは気が咎めたに違いない。いくらセリオス神官長でも一国の王に嘘をつくことは出来ない。だからマリアベルの神託と訪問を知らせる手紙にリジィのことも書いていたのだ。まぁ、国のトップが自分の正体を知っているというのはそれだけで安心ではある。


 素早く新しいサラシを巻き直しシャツを着替えると、窓を開けてラズは作業を再開した。一刻も早く呪いの解明をしなくてはならない。自分が持つ先天性異常は呪いの産物なのか、それとも別の要因があるのか。そして自分のような女性がこの先生まれない為にも。

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