第93話「古き都は泣き濡れて」
直径が十数キロにも及ぶと言うのにブラネット高地にはまともな移動手段は存在しない。
ライフタウンも無いので〈トゥギャザー〉で馬さんなどを連れてくる事も出来ない(騎乗出来るサイズのサーバントを連れてくるなら話は別だけど、残念ながら私たちには魔物使いはいない)。
だから私たちは夜も更けて足元も覚束無い中、徒歩で目的地を目指していた。
――ギャアギャア。
――グォオオォォン。
――キィキィッ。
聞いた事も無いようなお腹に響く鳴き声は、BGMにはキツくないでしょうか?
「あ、天丼くん、そこ石があるよ」
「おっと。……まったく、歩きにくいったらないな」
ブラネット高地には道らしい道は存在しない。獣道の類いすら無く、苔むした滑りやすい岩やらがぽつぽつと転がっていてタチが悪い。暗さもあり歩くペースは一向に上がっていなかった。
「……来たぞ、前方11時の方角からモンスター。数は2。全員戦闘準備」
先頭を歩く天丼くんの声に、私たちは武器を構え臨戦態勢に移行する。視界内マップにモンスターの位置を表示する〈ファイアサーチ〉はきちんと効果を発揮してくれているらしい。
――ガサリ。
その言の通り、正面やや左から草を掻き分ける音がした。ランタンの灯りがその姿を浮かび上がらせる。
ぬらり、そんな文字が似合いそうな体だった。光をわずかに反射し、鱗を輝かせているのは……蛇。先が二股に分かれている舌をシュルリと出している。
「う」
半歩下がる。『ブラネットスネーク』と言うまんまなネーミングの蛇は、以前戦った事のあるスネークなどとはまったくの別物だ。
具体的には、あの蛇は強力な毒を持つ。ひと咬みでもされればランク4の状態異常・毒となる。
毒は3秒毎に最大HPの(ランク数)%が減少していく。HPが多ければ多いだけ減少分も多くなる厄介な状態異常だ。
天丼くんなどは過去の経験からあからさまに嫌っていて、抗毒(毒になる確率を減らす)装備や耐毒(毒ダメージを減らす)装備を揃えている。
ブラネットスネーク2匹はこちらを獲物と認識したのか素早い挙動で草むらを這ってくる。
「〈ウォークライ〉! 『なるべく来んなちくしょう』!」
壁役の天丼くんがモンスターを引き寄せるのは当然ながら、ほんとに嫌っているのでジレンマに顔を渋めている。
「キシャアッ!!」
「来んなっつってんだろうが!」
片方のブラネットスネークが高らかに跳ねた! 天丼くんは冷静に〈シールドバッシュ〉で迎撃する。
バカンと真新しい盾に弾かれるも、その細長い体は草むらへと軟着陸して再び這い回り居場所を眩ます。
「ちょっと! 弾く方向考えなさいよ!」
「うるせぇよ! 毒状態が厄介なのは知ってるだろうが! なるべく関わり合いになりたくねぇの!」
もう1匹のブラネットスネークが足下に忍び寄ろうとしているのを剣でシッシッと追い払っている。あんまりかっこよくない。
「こっちだって嫌に決まってんでしょ?! 壁役なんだから押し付けないでよね!」
地面を這い、細長い蛇の相手には大鎌は向いていない。地団駄を踏むように何度も地面を踏みしだく〈苛烈脚〉によって草むらのブラネットスネークを踏みつけまくるセレナが文句を言う。
そんな2人を助けようと範囲の広いサークル系法術で攻撃を行う。ランクの高い状態異常は浄化に労力を必要とするので早めに倒す必要があるのだ。
「……他はいないわよね?」
数分と掛からずにブラネットスネークを倒した私たちだけど警戒は緩めない。視界内マップに表示されるモンスターの位置次第では連続で戦闘になる可能性もある。
「ふむ……近くにはおらぬようですな」
みんなもそれを確認し、ほっと息を吐く。
レベル上げが目的な為に〈ムーンパフューム〉も使わずにここまで来たけど、この周囲に出現するモンスターは今まで通ってきた場所のモンスターよりも強く、中々気持ちを緩められないのだ。
「結構進んだと思うけど……今はどの辺りなんですか?」
ログインしてから1時間程度、セバスチャンさんの道案内で歩き続ける私たち。
上述したようにブラネット高地は直径で十数キロにも及ぶ広大なテーブルマウンテンだ。
起伏は少ないものの慎重な移動ではそう距離を踏破してはいないような気もする、辺りは真っ暗なので尚の事そう思う。
でも目的地のブラノーラまでは後どのくらいなのか分かればそれだけで足の重さは変わるものだ。
セバスチャンさんはそれを受けてシステムメニューを開く、多分マップを確認しているんだと思う。
「ふむ、おおよそ半分と言った所でしょうか。順調に進んでおりますよ。元よりなるべく近い位置から登りましたからな。このペースで進めるならば予定通りログアウトまでには到着するでしょう」
「そうである事を願うぜ。こう暗いってのは色々キツいしな」
「それは申し訳無い。ですが今は周囲の警戒に努める他無いのです。千里の道も一歩から、頑張りましょう」
そう言われては反論は無い。私たちは視界内のマップに意識を注ぎながら前へと歩を進めるのだった。
◇◇◇◇◇
――ズシン、ズシン。
振動が足元を揺らす。それから逃れようとするように私たちは岩影に隠れていた。足音だけでそんなになる辺りで察せられると思うけど……。
「スッゲ、マジでティラノサウルス・レックスじゃねぇか」
どこか喜色をはらんだ小声で天丼くんがそう言う。岩影から顔を出して向こう側を闊歩しているらしい恐竜を覗き見ているのだ。
「やめなよ、見つかっちゃうよ」
「いや、だってよ。ティラノだぜティラノ」
「ガキね」
忠告も意に介さず、岩の向こうの恐竜に興味津々な様子。
私は恐くてあまり見れなかったけど、ボスモンスターかと見紛うようなでっかいトカゲをどうしてあんなにワクワクと楽しそうに見ているんだか……。
「ふむ……不味いやもしれませんな」
「え?」
「あのモンスター『ブラネットティラノ』は嗅覚が優れているのです。この距離では気付かれてしまうやも……」
「あ」
私たちが会話していると、それに合わせたように天丼くんの声が漏れた。
「どうしたのよ」
「匂い嗅いでる所で目が合った」
若干頬をひきつらせながら天丼くんが頭を引っ込めながらそう告げる。
……心無しか、ズシンズシンと言う足音が段々大きくなっているような気がする、おかしい気の所為の筈なのに。
私とセレナが非難の視線を向けるとぶるんぶるんと首を左右に振って「オレワルクナイ」と責任を逃れた。
「……皆さんは時速40キロ程度で走れますかな?」
「なんの冗談ですか」
「ティラノサウルスってそんくらいで走るんだってな。逃げるのは無理だろうなぁ……」
「詳しいね」
非難の色は消さず、そのまま七星杖を構える。
モンスターを近付けない〈ムーンパフューム〉の効果範囲はそう広くない。
あの長大な尻尾を用いた攻撃があれば例え〈ムーンパフューム〉があろうと戦闘が成立してしまう。
そうして戦闘態勢となったモンスターには〈ムーンパフューム〉は効果を発揮しない。
気付かれてしまったのならもう戦闘に突入すると覚悟する他無いのだ。
レベルアップには戦闘は不可欠とは言え、ああまで大きいと戦闘が長期化するかもしれず、ブラノーラ到着を優先したかったので避けられるなら避けたかったんだけど……天丼くんめ。
「セバスチャンさん、ブラネットティラノの属性は何ですか?」
「土属性ですな。風か氷か雷か、いずれかの属性での攻撃と支援をお願い致します」
「イメージ的にはやっぱ氷じゃねぇか? いや、ティラノってか恐竜全般なんだが」
「……了解」
天丼くんのロマンとかはともかく基本的な威力の高い遷移属性法術を使うのはアリかもしれない。
「セレナさん、ブラネットティラノは強靭なアゴによる噛み付き攻撃が非常に強力です。また、尻尾による範囲攻撃も繰り出してきます」
「でも、アイツ腹辺りががら空きじゃない?」
「確かに前足が極端に短く、近付けば反撃方法を制限出来ます。しかし、巨大な後ろ足にはお気を付け下さい。踏まれる、蹴られる、いずれでも大ダメージは必至です。また、時折繰り出すプレス攻撃も厄介ですが、動きが鈍りますので攻勢のチャンスでもあります」
「OK、覚えとく!」
セレナは大鎌を構え、いつでも出られるように前傾姿勢を取る。
「さて、天くん」
「おうよ」
「お2人を守る為に頑張って囮になって噛まれてきて下さい」
「おーい?! なんだよその表現は!?」
はっはっは、文句を言うなんて大した度胸だなあ。セレナなんて牙を剥き出して唸っている。
「では皆さん、アリッサさんが〈ウィンドフォース〉を掛けたタイミングでこちらから戦端を開きましょう。最初は天くんが噛まれに行ってください。アリッサさんが攻撃を加える隙にセレナさんが距離を詰めると言う事で」
私とセレナが頷き、天丼くんが黄昏る中、スペルカットで即座に発動した〈ウィンドフォース〉がセレナの大鎌と天丼くんの剣に緑色の光を宿した。
「『……あー……』」
「『さっさと行け!』」
「『ぶっ?! おま――』」
岩から出るのを躊躇っていた天丼くんのお尻をセレナが蹴飛ばし、天丼くんはブラネットティラノとご対面した。
目前にまで迫っていたブラネットティラノと天丼くんのひきつった顔が相対し、1拍の間を置いて――。
『グルォォォアァァァァァァッッ!!!』
轟く、と言う表現がよく似合う咆哮が巨大な口から迸った!
真っ正面でそれを受けた天丼くんはさすがにひっくり返ったりはしなかったものの完全にへっぴり腰になっており、〈ウォークライ〉などでヘイト値を稼ぐと言う自身の役目も失念している模様。
私たちはその隙に横から迂回して後方に回り込む。
そうしている間にもブラネットティラノは天丼くんを噛み砕こうと迫っていた。
「天丼くん! しっかりして!」
「『かっこ悪ー』」
『お、お前らなぁ! 一度こいつと真っ正面からコンニチワしてみろってんだよバカ野郎!』
それでも鼓舞の効果は(一応)効果があったのか、鋭い牙が自らの傍に来た瞬間に〈プロヴォックブロウ〉を絡めた〈シールドバッシュ〉によって鼻面をしたたかに攻撃した。
『グルゥッ!!?』
HPの減少はそう多くはなかったけど勢いを削ぐ事には成功した。頭を振って体勢を立て直そうとしているけど、それを黙って見過ごす私たちじゃない。
「“凍てつけ、氷の一撃”!」
『ふっ! 〈アッパーライン〉っ!!』
私の放った〈アイスマグナム〉がヒットし、動きが一瞬鈍る。それを隙だと判断したセレナは一気に距離を詰め、スキルによりお腹を斬りつけた。
ヘイト値はまだ天丼くんが上なのだろう、うざったそうにしながらも巨大なアゴを開いて再び噛み付こうとしている。
『ガアッ!!』
「ちょーっ! ウォ、〈ウォークライ〉ッ、『だあっ、もうっ! 勘弁しろよ』?!」
ブラネットティラノは頭を横向きにして、天丼くんの両側から牙が迫る! 閉まるアゴを食い止めるのはさすがに無理なのだろう、天丼くんはバックステップで辛くも後方に退避する。
天丼くんを追い掛けるか、そうした私の予想を裏切ってぐぐぐ……と体を沈み込ませる。
「『尻尾による範囲攻撃です!』」
セバスチャンさんの声と殆んど同時、長大な尻尾がぐるんと弧を描いた!
――ブ、オンッッ!!
『〈アイアンボディ〉ッ!!』
旋風すら巻き起こす勢いで何度も振るわれた尻尾をセレナは懐に潜り込む事で回避し、天丼くんは〈アイアンボディ〉により防御力を上げ、かつ移動不可の制限を動かない為のアンカー代わりにしてその場に踏み留まる。
しかし、それでもその巨重から繰り出されるダメージは非常に大きい。天丼くんのHPがぐいんと一気に6割近くまで減少してしまう。
「回復します!」
『頼む――やべっ、攻撃受けてヘイト下がったか?!』
見ればブラネットティラノは天丼くんから懐で暴れ回るセレナに狙いを移し、その足をジタバタと動かしている。
『当たってたまるかこのデカトカゲ!』
挑発するように自在に動き回るセレナを追い切れていない。これなら天丼くんを立て直すまでの時間を稼げる。
パラメータの向上した今なら〈ヒールプラス〉1回で全快させられる。
『げっ?!』
それが完了すると間も無く、セレナの切羽詰まった声がチャット越しに響く。
痺れを切らしたブラネットティラノがその巨体で以てセレナを押し潰そうとしている、あれがプレス攻撃?!
――ドッ、ズンッ!!
『あだっ!?』
巨重が地面を揺らす中から苦悶の声、セレナはギリギリで脱出が間に合わず片足が挟まり身動きがとれなくなってしまっている。
「セレナ!」
『くっ、重いってのよ!』
ゲシゲシと逃れられた左足でを蹴り付けるも一向に動く気配は無く、体勢が取れずにろくにダメージも入らない。しかもその重量でジリジリとHPが削られている。
天丼くんが退かそうとスキルを使うも、さすがに重すぎて退く気配が無い。
「『プレス攻撃は獲物を下敷きにすると一定時間は動きません、アリッサさん!』」
「退かせます! “汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ土の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、立ち上がりし唸り、その轟烈なる腕以て、邪なる彼の者を母なる大地より退けよ”。“轟け、土の尖塔”!」
ダン! 七星杖で地面を突く。するとターゲティングしていたブラネットティラノの直下からドドドと振動が走り、次の瞬間――。
――グォアッ!
その巨体を持ち上げる程の土の塊が地面から隆起してきた!
「セレナ、今の内に!」
『ゴメン! 助かった!』
《土属性法術》のエキスパートスキル〈ソイルタワー〉。土の巨塊を生み出すこのスキルによりブラネットティラノは宙に持ち上げる。
残念ながら串刺し一歩手前で転がり落ちてしまって、こちらに怒りの視線を向けてい――。
『グルォォォアァァァァァァッッ!!』
「ひ、ひぃっ!?」
「『お怒りのようですな。当然と言えばそれまでですが』」
「……わ、私しばらく役立たずなんだけどなあ……」
涙目でも逃げる事に余念が無い私。ヘイト値を挽回しようと奮戦したセレナと天丼くんがいなければガブガブされていたと思う。
ただ、物理攻撃が強力とは言えトリッキーな戦い方をするでもない為に時間を掛ければ対処も出来る。
私たちは基本に従い、壁役の天丼くんに攻撃を集中させつつ多方から攻撃を行い、徐々にHPを削っていく。
「チェインで動きを封じるからその内にHPを削り切って!」
『了解だ!』
『いい加減に倒れなさいよねデカブツ!』
結果として、やはりHPの量が多く20分も掛かってしまい、私たちはブラノーラへの道程を急がなくてはいけなくなった。
「いやー、大変だったなー」
「次余計な事したら捨ててくわよ!」
「はっはっは」と目を逸らし気味な天丼くんに面と向かうのは肩を荒らげるセレナ、その怒声がそれが本気であると語っていた。
◇◇◇◇◇
ザアザアと私たちの横で勢いよく流れているのはブラエマ川。
これがブラネット高地の端まで流れてブラフザ瀑布となって下まで落ち、流れ流れてフィエスラ湖まで続いているのだ。
水量は多く、溺れればまず助からないと思う。
そう思うとあまり近付きたくないのだけど、川原には草が少なく見通しが良い。それはモンスターとの戦いではとても助かる。
その上食虫植物(の割には巨大な何か)も生えていないので道の無いブラネット高地で急ぎたければここを通るのは当然と言えた。
川も大分上流だからかゴツゴツとした石が敷き詰められていて多少歩きにくさを感じているけど、贅沢は言えない。
やがて、そんな歩きにくさに輪を掛けるように周囲に霧が漂い始めた。
「モンスター、近くにいないわよね……」
「〈ファイアサーチ〉が確かなら……」
それはすぐに濃くなり、一寸先すら判別が出来なくなる。もしも戦闘にでもなれば相手をターゲットサイトに捉える事すら難しい。幸い敵影はマップには無い、早く抜けないかな……。
そう思っていると、セバスチャンさんが見た事の無いアイテムを実体化させた。
「それってこの前色々回ってクエストこなした時のクリア報酬でゲットした鈴?」
「ええ、その通り。『結晶の鈴』ですよ」
どうやら私の試験期間中に入手したアイテムらしい。
それは鈴、と言うには歪な形だった。
ゴツゴツザラザラとしていてどうにか球形に見える程度、そこに一筋切れ目が走っている。
結晶の名に恥じず半透明ではあったけど、お世辞にも綺麗な見た目ではない。
――リィン、リィン。
でも、その音色だけは別だった。どこまでも澄み渡る高い音、それにずっと耳を傾けていたくなるくらいに綺麗な音を、結晶の鈴は響かせている。
セバスチャンさんはそんな結晶の鈴を持って……特に何かをする事もなかった。
(あれ?)
やがて自分の手ですら霞むまでになっていた霧が薄れ始めた。ランタンで照らせる距離が徐々に長くなり、その灯りが足下に広がる景色を照らし出した。
――パチャリ。
リリウム・ブーツの爪先が水を踏む。
川に入ってしまったかと言えば微妙な所。川として流れる水が、多分湖のように眼前に広がっているのだ。
多分なのは夜闇の中ではそれがどれだけの広さなのかは見通せないから、けどこの先に何かが浮かんでいるのはかすかに見えていた。
「廃墟……」
壊れ、崩れた街並みがそこにある。何か、強い力によって破壊された街並みが湖には点在していた。
「ここが……ブラノーラ……?」
私の細い声が驚く程遠く遠く、川の唸りにも負けずに響いた。
「……水没せし、って割には浅瀬ね」
パシャパシャ。セレナが湖へと足を踏み入れる。言うように浅いのか、水深は足首程度までしかない。
「オイ、突然深くなってるかもしれないだろ。溺れても知らないぞ」
周囲を気にしていた天丼くんにセバスチャンさんが話し掛ける。
「あまり遠くでなければ問題はありませんよ。それよりも、この湖畔は総じてセーフティーエリアです、明日に備えて今回はテントを設営しますのでご協力お願い致します」
「……え、俺だけ?!」
ポンと軽く天丼くんの肩が叩かれた。
「力仕事は男の見せ場、ではありませんかな?」
「……男女平等どこ行った」
「えっと、私は……?」
「歩きづめでお疲れでしょう。すぐに終わりますので休憩なさっていて下さい」
「は、はあ……」
湖から少し離れた場所に向かう2人を見るのもそこそこに、私は湖畔に座り込んだ。
ランタンをセバスチャンさんたちが持っていった為に、現在の光源は私の〈ライトアップ〉とひーちゃんだ。湖を歩いていたセレナもそう遠くへは行けずに水を蹴飛ばしながら戻ってきた。
「何でセバスチャンはこんなトコに私たちを連れてきたのかしらね」
隣に腰掛けながらセレナは私に話し掛けてきた。
こんなトコ、と言うのはブラネット高地自体の事として、セレナたちはここ数日セバスチャンさんと一緒だった筈だけど、聞いてないのかな?
「それは……やっぱり私の所為じゃないの? 〈古式法術〉をあまり騒がれたくないし……」
クラリスをびっくりさせたい。その為にはあらゆる法術を使える〈古式法術〉を誰かに知られるのは避けたい。
私のゲームの本格参加が遅めだった事もあり、序盤は人も少なく目に触れる機会も相応だろうけど、レベルを上げようと先へ進もうとすれば、自然人の目に触れる機会は増えていく事と思う。
本来私たちがフィエスラ湖方面を目指したのも人目を避けて、だ。未だ更に先のエリアが開放されていないので結果PCの数が少ないからと。
「それにしたってここじゃ……ライフタウンが無い以上1回だって死ねないしさ」
「まあ……最早秘境だしね、ちょっと極端かも、とは思うよ」
だが問いに対する答えはセバスチャンさんには何か考えがあるんじゃないか、としか言えない。
「結局1日移動で使っちゃったし……私たちの中間試験までに間に合うのかしら」
「11月の2週目だよね」
「そ。今から憂鬱だけどねー」
ごろんと寝転がるセレナ。
今日が25日の金曜日、セレナたちの中間試験が3日月曜日からだから残り9日、でも出来れば早く終われればそれに越した事はないんだけど……ん? 試験……終わり……あ。
「そう言えば」
「どうしたのよ?」
「今日、えっと……フィンリーって覚えてる? クラリスのパーティーメンバーの……」
「ああ、あの頭1つデカイ子」
その物言いは傷付くと思うから本人には言わないであげてください。
「ま、まあその認識で合ってるけど…………それでね、そのフィンリーと現実でちょっと話したんだけど……」
「え、ちょっと、あの子もリアルで知り合いなの?」
あの子も、と言うのはセバスチャンさんのお孫さんのミリィローズことみなもちゃんの事と思われる。
「うん、そうだよ。って言ってもあくまで妹のお友達だけど」
「は〜、MSOプレイヤー率の高い地域だ事」
「だって、プレイヤーって7万人もいるんだから、そんな事もあるよ。もしかしたらセレナが知らないだけで隣の席の人がそうかもしれないじゃない」
「そりゃそうだけどね……で、さっきの続きの、そのフィンリーの中身がどうしたってのよ」
「うん、それが……週末からオフィシャルイベントが催されるって聞いてね」
その言葉にピクリとセレナが反応し、勢いよく跳ね起きた。
「そっか、それがあった!」
すかさずシステムメニューを操作する、オフィシャルイベントに関するメールか、公式サイトでも閲覧しているのかな?
「ハロウィンイベント……開催期間は26日から31日!」
ログイン前に私もチェックしている。公式サイトは顔を彫り込まれたカボチャなどのハロウィンらしいものに変更されていた。
「そうそう。フィンリーからもオフィシャルイベントは楽しいって聞いててね、間に合うなら参加してみたいなあ、なんて……」
私の話を聞いているのかどうか、セレナは熱心にシステムメニューを見つめている。
返事を待っていると、突然セレナの口許が弛む。不気味に「ふっふっふ」と笑いながらこちらを向く。ちょっと引いた。
「見えて来たわね、セバスチャンの考え」
「え?」
「私たちの試験日程もあって、明日からはオフィシャルイベントが始まる、なのにわざわざこんな秘境にまで足を伸ばす理由よ」
「それは……?」
「あのジジイ、ギャンブルする気だわ」
不敵に笑うセレナは私には何も語らず、ただ眼前に広がる湖と廃墟の群れだけを見つめていた。
「ギャンブル……?」
私は、セバスチャンさんとは微妙に解離したようなその単語を頭の中で転がすのだった。
やがてセバスチャンさんと天丼くんが設営していたテントが完成したみたい。
その後、私たちは買っておいた食料を食べて空腹度を回復させた後にログアウトした。
(……明日が来るのがちょっと怖いなあ……)
などと戦々恐々としながら。




