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第75話「気付く事、気付く理由」




「……ならいっそ」


 とある宿屋さんの一室。

 悪い意味で耳目を集めてしまった私を助けてくれたエリザベートさんと鳴深さん、パーティーのみんなも合流し共に現状をどうすべきかを考えていると鳴深さんがそう言った。


「地図はあるかしら?」


 それに応じたセバスチャンさんは懐から折り畳まれた紙を取り出す(セバスチャンさんのアイテムポーチはなんと服と一体化してるらしい)とテーブルの上に広げてくれる。そこに描かれていたのは大陸の地図、らしい。

 大きなその地図は私の知るような正確な地図と、物語に出てくる抽象的な山や川、モンスターの絵なんかが描かれている地図を足して2で割ったような感じだった。

 単なる地図よりもなんだか見ていてワクワクするような楽しげな地図。

 私たちが重い話題も一時忘れて感心しているとセバスチャンさんが小さく咳払いして説明をしてくれる。


「現在我々がいるケララ村はここ、大陸中央の王都グランディオンとはじまりの街アラスタの中間ですな」


 セバスチャンさんが指し示したのは地図の真ん中からわずか数ミリ北上した辺り。このMSOの舞台となる世界は王都を中心に広がっているらしい。

 頷いた鳴深さんはそれを受けて話を再開する。


「このゲームではライフタウンはすべて最初から行ける訳ではないわ。自ら赴いてポータルに登録しなければいけないでしょう?」


 当然の知識なので割り込みは無い。エリザベートさんも自慢の声はどこへやら静かなものだ。


「その都合上、これ程広範囲にライフタウンが散っているとPCも各地に分散している格好になっているのだけど……分散と言っても放射状にではなく東西南北の内2つ、西と東は比較的PCが少ないわ」

「まだ開放されてない地方ですな」

「そうです」


 そこに関しては首を傾げるとセバスチャンさんが補足してくれる。


「ここより東側はこのアルフラブ火山が断続的に噴火している、と言う設定で開放されておりません。近くの村までは行けますが、そ先へは行けぬのです」


 中央には円形に近い一際大きな大陸があり、その四方には囲むようにバラバラの形の大陸がわずかな陸地によって中央の大陸と繋がっている。

 セバスチャンさんが指で指し示したのは王都と東側大陸に続く細い陸地との間、街道らしき線は途中で途切れていてそれを隔てているのがアルフラブ火山であるらしい。


「これ、横の海からは行けないんですか?」


 大陸の外は当然ながら海だと思う。活火山とは言ってもあくまで内陸だし海から迂回するなりすれば通れない道理は無い。そう思い聞いてみたけど、答えはNOだった。


「この世界では海はオープンフィールドと同様に定義されます。セーフティーエリアもあるのですが、それ以外は水棲モンスターの坩堝と化しており、船にも耐久値が設定されている為にダメージ累積により沈められてしまうのです。そこを進む為の船もあるにはあるらしいのですが強大なボスモンスター『レヴィアタン』に襲われるそうで使用を拒否されてしまう、との事です」

「なるほど……」


 私たちPCだけならともかく船はモンスターの攻撃で傷付くし壊れたりもするんだ。それに動かすにも人手が要るし、もし壊れたらと思えば、そんな危険な航海に手を貸してくれる人はいないか。


「同じく西側の暗黒樹海も強大なボスモンスターが空間を歪めており、先に進もうにもいつの間にかスタート地点まで戻されてしまう、と封鎖同然の状態ですな」


 次に示されたのは西側の途中から西側大陸に及ぶ恐ろしく深く広い樹海。地図上の王都と見比べればその差は何十、何百倍にもなりそうな樹海だ。こんなの普通に通り抜けるのだって無理じゃないかと思う。


「どちらも第2陣の参入以前から、なんらかのフラグで開放されるのではと大勢のPCが近隣・遠方問わずしらみ潰しに当たったものですが……」


 見つからなかったらしい。

 落ち込みようを見るに、もしかしたらセバスチャンさんもその中の1人だったのかもしれない。


「で、未だにって訳か。なるほど先が塞がってるってなら……大半の戦闘職のPCは先の事を考えて北か南に集中するワケだ」

「そう。そして人目が減ればそれだけ情報漏洩の可能性は減るわ。ライフタウンにしても同じく北や南に比べれば騒ぎにはなりにくいと思うの」

「途中で行き止まりになってる、ってのが気掛かりだな。レベルアップに必要な経験値を稼げるのか?」

「行き止まりとは言っても相応のモンスターはいるわ。最前線でトッププレイヤーを目指すならまだしも、加護を使いこなすだけなら選択肢に入るのではないかしら?」


 鳴深さんはそう言って私たちにバトンを渡す。提案はしても最後に決めるのは実際に赴く私たちと言っているんだろう。


(確かに、今の私の目標は《古式法術》のマスターなんだよね)


 ここでのマスターとはレベルを極限まで上げる事ではなく、(おそらくは)レベル30ですべて使用可能となるエキスパートスキルを完全に使いこなす事。

 だから着地点としてレベル30を目指すなら提示された選択肢は有力と思う。


「私は、みんなが構わなければ行きたいです」

「約1名構いそうな顔してるのがいるぞ」


 天丼くんが指し示していたのは少々唇を尖らせていたセレナだった。


「別にそう言うワケじゃないけどさ。やっぱ悔しいって思ってただけよ」

「悔しい?」

「悔しいでしょ。折角アリッサがドレスアップしたってのに自慢出来ずに……逃げ出さなきゃいけないんだから」

「お前それは――」

「分かってるわよ、私のわがままよ。だから喋らずにいたの。だからアンタは一言多いって……」


 肩を竦めて地図に視線を落とすセレナを、私は複雑な気持ちで見ていた。

 騒ぎの元の1つでるこの服は夜半さんとマルクスさんが丹精込めて作ってくれた物だ。それを日陰に隠すような真似は心苦しくもある。

 けど……さっきの事を思い出すと……どうにも二の足を踏んでしまう。


「ふむ。と、なりますと当面はその中程に位置する東方のメデュルカス大渓谷か、西方のフィエスラ湖を目指す事となりますかな」


 そんな苦い空気がじわりと滲んだその時、セバスチャンさんが明るい声で話を変える。

 セレナもそれに応えてか、先程までが嘘のようにいつも通りの声で地図を指差す。


「フィエスラ湖にしよ。あそこならアリッサも気に入るでしょ」


 セレナは南に描かれている大きな湖らしい場所を指差した。


「……そうなの?」

「行った事無いけど」

「へ?」

「でもサイトで見た事あるわよ、綺麗なトコだった。どうせ行くなら楽しまなきゃね」


 ピッと立てられたセレナの指を見ながら考えるけど、大して間を置く事も無く考え終わる。

 元よりどこに行きたいかの希望も無くみんなに任せているのだし、何よりセレナがそう言ってくれるのだから。


「うん、私は構わないよ。天丼くん、セバスチャンさん、それで良いですか?」

「ああ、そもそも元からどこだろうと行くつもりだ。問題無いぜ」

「わたくしも勿論賛成致しますぞ。セレナさんの仰る通り、見ておく価値のあるライフタウンですからな」


 ふうん、フィエスラ湖ってそんなに綺麗な所なんだ。

 そこまでのライフタウンならPCも多いんじゃ、とは気になるけど……そこもあくまで中間地点なのだし心配しても切りが無いか。


「OK! 今度の目的地はフィエスラ湖よ!」

「「おー」」


 高らかにそう宣言し拳を掲げたセレナに合わせる私と天丼くん、でも1人セバスチャンさんだけは地図を見下ろしていた。


「ですがそうなると……足が要りますな」

「足?」


 私たちもそれに倣う。

 大陸の中心の王都とおぼしき都市、そこから上にあるケララ村の更に上にある街がはじまりの街・アラスタの筈だ。

 そこまでの距離は縮尺の事もありほんのわずかに見える。

 そしてセバスチャンさんが示したフィエスラ湖は王都と中央大陸の端のおよそ間、そこまでは……8〜9倍近い距離があった。


「こ、こんなに……?」

「無論村レベルのライフタウンは点在しておりますが、野宿も考える必要がある上、何より徒歩では移動に掛かる時間が膨大になります」

「う」


 以前にアラスタから王都までは数時間掛かってる、それは1日にログインしてる内の大半の時間だ。それを単純に換算するなら10日は言い過ぎとしても1週間以上は余裕で掛かるかもしれない。

 しかもこのMSOではライフタウン圏外でログアウトすると次回は最後に立ち寄ったライフタウンに強制的に戻されてしまう。

 そうならない為にはテントなどの特殊なアイテムを点在するセーフティーエリアで使わないといけない……。


「………………」


 などなど様々懸念される問題もある、けど私の頭の中心にあるのはそれらとは根本的に異なる問題だった。

 考え込む私に気付いたのだろう、セレナが覗き込んできた。


「どうかしたの? 気に入らなかった?」

「え、あ、ううん、違うんだ。ちょっと、その……時間掛かるなあって、その……」


 ある意味ではスイーツバイキングでさあ食べようと言うタイミングでカロリーと体重の話題を出すようなものとも言える。

 言うべきかどうか逡巡しているとセバスチャンさんがポンと手を叩いた。


「おお、そう言う事ですか。失念しておりました」

「は、はい……そうなんですよね……」


 セバスチャンさんは気付いた、と言うか知っていた(、、、、、)んだろう。私は苦笑を返す。


「ちょ、ちょっと何よ、2人だけで分かり合っちゃってさ! ちゃんと私にも分かるように説明しなさいよ!」


 片頬をぷくりと膨らませるセレナ。セバスチャンさんと目配せして私から話す事にした。


「えっと……来週の火曜日から金曜日までなんだけど、ね……」

「?」



「中間試験があるの」



 ぶ、とセレナは頬に入れていた空気を吹き出す。天丼くんは「ああ、そりゃ時間割けないわ」とあっさりと納得している。

 中間試験、中間考査、中間テスト、呼び方は様々あれどする事は1つ、これまで学んだ事を理解しているか、身に付けているか試すのだ。

 特段必死に試験勉強などをしない私ではあるけど、それでも試験期間中にはゲームよりも優先しないといけないとは思ってる。

 ちなみに中等部も同じ日程で行われるので、お孫さんが通っているセバスチャンさんも知っていたのだろう。


「だから……そんなに遠いって事は時間が取られちゃうって事でしょ? ならどうしようかなあ、って。やっぱり試験前だから……あんまり極端には……」


 本当なら晩ごはんの後、今後について話す時にさらっと言ってしまうつもりだったのだ。「試験期間だからログインはちょっと短めになるかも」と。けど……諸々の事情が重なってこんな時に話す事となってしまった。


「う、ううう……?!」


 セレナはどんな言葉を返せばいいのか分からないと行った具合。


「時にお二人はその手の試験は?」


 膠着した状態をどうにかしようとセバスチャンさんが一石を投じた。それに答えたのは天丼くんだ。


「俺らの通ってる高校は11月の4日から8日までだから今は気にすんな」

「そうですか、ちなみにわたくしは中間試験などはございません」

「んな事は見りゃ分かる」


 セバスチャンさんは70を超えるお爺さんなのだ!


「しかし、学生の本分はやはり勉強ですからな。そう蔑ろにするのは頂けない」

「ですよね……」


 先程も言ったようにセバスチャンさんは立派な大人なのだ。ゲームが好きでも「試験などよりゲームしましょう」などとは言わないだろう。


(こうなると出発は延期かな)

「う、ううう……」


 けど、それでヤキモキしたのはセレナだった。


「でもさ……動くのは試験期間の間にするワケ? それとも私らの試験期間が終わってから?」


 ……う。

 私の試験期間は10月22日から25日まで、セレナと天丼くんの試験期間は11月4日から8日まで。その間は約9日。

 それより後なら自由に使えるんだろうけど……約束がまた延びちゃうのか……。


「移動にはどれくらい掛かるんですか?」

「ふむ……フィエスラ湖まではいくつもの広大なフィールドを越えねばなりません。1日4時間を移動に費やしたとして、徒歩ならば1週間、馬車ならば4日と言った所でしょうか」


 う。それだとレベルアップに費やせるのが5日くらいに……。


「いや、待て。明日明後日は土日だ。いつもよりログインしていられる時間が長い、馬車で2日ならなんとか行けるんじゃないか? いや、もちろんアリッサの都合が合えば、って話だけどさ」


 試験期間前にフィエスラ湖に向かって試験が終わってからを丸々レベルアップの為に使うと言う考えだ。


「う、それは……午前中は体が空くからその時間を勉強に回して後は、かあ……」


 それでも午後の殆どをゲームするのに費やしてはお母さんは間違い無く良い顔はしないだろうけど……。

 そう考えていると、今度はセレナが「ハイハイハーイッ!」と手を上げた。


「馬車よりも馬に直接乗ってった方が早い筈よ! そうでしょセバスチャン!」

「それはそうなのですが、しかしアリッサさんは……」

「え、えと、私乗馬経験無いんですけど……それともMSOってそう言うの簡単だったりするの?」


 そう尋ねると天丼くんとセバスチャンさんの顔が渋る。


「いや……簡単、じゃあねぇよなぁ」

「何せ《騎乗》と言う専用の加護までありますからな。しかも低レベルでは速度も出ませんし」

「そうなんだ」


 うんうんと頷く天丼くんとセバスチャンさん。


「つーか最初は馬があんま言う事聞いてくれない。高い馬だと違うらしいが、そんなとこに注ぎ込むなんて金が惜しかったから知らない」

「そう勿体無い!」


 良い事言ったと天丼くんをバシバシ叩くセレナ。ほんとにテンションが高い、どうしたの。


「そしてアリッサには今お金が無い!」

「あるよ!?  まだ100万G以上残ってるよ?! みんなよりか少ないだけだよ?!」


 この装備を買う時にいっぱい使っちゃったけど、以前とは比べ物にならないくらいに懐は豊かです!


「んな事言ったって装備のメンテ代だって捻出しなきゃいけないし、ここから先支出以上に稼げるようになるまではまだまだ掛かるわ! 要は節約しなきゃいけないのよ!」

「そ、それはそうだけど……」

「だから馬を借りるのだって勿体無い。つまり! 私がアリッサを乗せて馬を走らせれば良いって事よ!」

「ぶっ?!」

「そんなオチかよ!」


 お姫様抱っこに続きなんて事を考えるのか! 誰かに見られたら恥ずかしいじゃないの!


「んな事言ったってこれが一番早くて手軽で安価な方法でしょ。でも私以外にアリッサを乗せるなんてさせられないじゃん、消去法よ」


 確かに天丼くんやセバスチャンさんじゃあ……無理かも。


「成る程、それならば上手くすれば日曜の昼間には着けるやもしれませんな…………しかしふむ、アリッサさんを乗せる……ですか」


 まぁ、早く着けるなら仕方無いかなあ……誰にも見られませんように。そう諦観しているとセバスチャンさんはたと顔を上げる。


「いえ、やはり馬車に致しましょう」

「ちょ、今なるほどって言ったばっかりじゃないのよ!」


 そう言うとセバスチャンさんは指を立て、思い出す為かこめかみを叩いた。


「以前わたくしが長旅をした時の事です。知人と馬車を借りてのんびりと、おおよそ1週間程度を掛けた道程でした」

「ホントに長旅だな」

「ええ。馬車は馬単体よりも速度は出ませんからな。ですが、御者以外が好きに行動出来るのが強みです。その方々は生産者でしたので素材を現地調達しつつ、馬車に揺られて生産活動に勤しんでおられました」


 なるほど、そんな利点もあるんだ。逆に言うとそうしてないと暇だったりするのかな?

 私にはそう言う加護とかは無いけど本でも読んだり、と、か?

 ……まさか。


「如何でしょう。我々が馬車でアリッサさんをフィエスラ湖に連れていき、その間アリッサさんは馬車の中でお勉強、と言うのは」



◇◇◇◇◇



 私たちは借りていた部屋を早々に立ち去る事となった。

 急遽明日から旅立つ事になった為に長旅に必要となる食料や消費アイテムを買い足す事になったのだ。


「鳴深さん、エリザベートさん、本当にありがとうございました」


 そうして部屋を出、ロビーに来てから頭を下げた。

 私を案じて飛んで来てくれたのだから感謝せずにいられない。更に鳴深さんには旅路のアドバイスまで貰っている。


「気にしないで、自分たちは誰かの力になる為のギルドに所属しているのだし、このくらいはね」

「ええっ! ええっ! その通りですわっ! それこそがっ! ワタクシたちヴァルキリーーーズ・エーーールッ! なのですからっ!!」

「だからアンタうるっさいってのよ! 近所迷惑だっつの!」

「お前も大概うるせぇよ!」


 そんな騒がしくも楽しげな雰囲気に包まれる。私も、ここに来た時の気持ちは大分薄れ、今は前向きに明日からの事を考えられていた。

 買い物でまた王都に行く事にはなっていたから不安もあるけど。


「…………む?」


 そんな気分でいるとセバスチャンさんが急に外を見て眉を顰めている……?


「あ、あの……もしかしてまた誰かがいたんですか?」


 想像してしまったらまたさっきの気持ちがざわめく。不安げに見上げると、セバスチャンさんは恐縮した様子でかぶりを振った。


「いえいえ! そのような事は……ただ、どうにも外から聞き覚えのある声がしたように思いまして」

「声、ですか……?」


 耳を澄ませる。すると聞こえてくるのは……。


「こうして巡り会えたのも何かのご縁ですわっ!! 皆さまどうかワタクシとフレンドになっては頂けませんでしょうかっ!!」

「ちょっ! いきなり何よ?! ギルドには入らないって言ったでしょ!?」

「ですがせめてっ! セレナさんも天丼さんもセバスチャンさんもお友達想いの素敵なお方っ!! ワタクシもお友達になりたいと思ってしまうのは当然なのですわっ!!」


 と言う爆音が後方から垂れ流されているのでろくに聞こえやしませんよ。


「あの、すみませんボリュームが……」

「ああ、ごめんなさいね。ほらエリー、静かにしてちょうだい」

「もがっ?! 鳴深っ! 何、もがっ?!」


 ぐわしと右手でエリザベートさんの口を塞いで黙らせる鳴深さんに恐々としつつ、静かになったので改めて耳を澄ませ……ようとしたらウィンドウが開き誰かがチャットしてきた。


「クラリス?」


 なんだろう?

 ともあれセバスチャンさんに断ってから繋いでみる。第一声は――。



『「お〜にゃ〜にゃ〜ん!! ぶえ〜ん!!」』



 ………………二重に聞こえた。

 セバスチャンさんと顔を見合わせる。


「な、」


 んで、とは言葉にならなかった。唐突すぎて頭の処理が追い付かず、クラリスからの声も要領を得ない。


「クラリスさんがこちらに? ……あの声の悲壮さを鑑みるに……行かれた方が宜しいのでは?」

「…………はい」


 確かに、聞こえてくる声は泣いているかのように揺れていた。放ってもいられないのは姉の性分だった。


 みんなに伝えるとこの中に無関係な人はいないので全員で向かう。

 次第に大きくなる声、それはポータル辺りかららしく少なくない人がさざめいている。

 注目される所に飛び込まねばならないのが若干憂鬱な気分だけども、声が届く限りは足は前に進んでいく。


「ぶよえ〜ん!! おにゃ〜にゃ〜ん!!」


 人ごみをかき分けた先にまるで迷子の子供、と言うよりはさ迷うゾンビのようにポータルの周囲を徘徊するクラリスを発見してしまった。

 頭が痛い。


「こんな所で一体どうし「おにゃーにゃんにゃーっ!!!」ごうはっ?!」


 背後からそう語り掛けるや、突撃され数メートル程飛んだ。デジャ・ヴュ。


「……見た光景だわ」


 そうして倒れ伏した私に頬擦りするセレナの底冷えするような声が聞こえた。でも多分クラリスには馬耳東風だと思う。

 しかし、思い出したのだけども、セレナはクラリスに次にこう言った事をしたらぶっ飛ばすと言っていなかったっけ……?


「アンタねぇ……」


 サッと血の気が引く。セレナが手を伸ばすのを止めなければ……そう思うのにクラリスがガッチリホールドしちゃってる!?


「あわわわわわわ?!」

「すりすりすり〜、むちゅむちゅ〜」

「やめんかバカ妹!!」

「お前もだろうがっ!?」


 明らかに物騒な気配を察知してか、天丼くんがそれを制止……するかと思いきや、なんたる事かその自慢の腕力で以て私とクラリスを担ぎ上げたのだ。

 結果セレナの手は空を切る。が、周囲のざわめきは一気にどよめきへと代わり一躍天丼くんに非友好的な視線が集中する事となった。

 その手の視線に鈍い天丼くんでもさすがに今回は居心地がすこぶる悪いようで顔が歪む。


「天くん! ここは一旦撤退しますぞ!」

「え。このまま?!」


 悲鳴にも似た天丼くんの声を受け流しセバスチャンさんは来た道を引き返す。

 こうして私たちは今さっきチェックアウトした宿屋さんにとんぼ返りする羽目になったのでした。



◇◇◇◇◇



 MSOには特定の行為を行うと称号をアビリティとして与えられる事がある。例えばプロミスド王家から騎士に任ぜられれば『ナイト』の称号が頂けたり。

 だからきっとこれだけの面倒事を2度も引き起こした誰かさんには、トラブルメーカーの称号が送られるに違いない。

 有れば、だけど。


「何なのよアンタは! アリッサの迷惑になるような事をまた!」


 先程と同じ部屋に1人数を増やして戻り、天丼くんがベッドに下ろしてくれた所でその言葉が変わらず私にしがみついているクラリスに叩き付けられた。

 ログイン直後の件も尾を引いているのだろう。目尻のつり上がり方はとろけ切っていたクラリスをびくりと震わせるくらい怒ってる。

 クールダウンは出来たのか、クラリスは絡めていた腕を私の体から離し、借りてきた猫のようにしゅんとしている。

 セレナは尚も追撃を加えようとしたけど、それを私の手と声が止める。


「ごめんなさい」

「……なんでアリッサが」


 腕を掴まれたセレナが勢いを萎ませてそう言う。


「この子は……まあ大概アレだけど、理由も無しにあんな事をする子じゃないから。叱るならちゃんと話を聞いてからにしてあげてほしいの」

「…………もうっ!」


 ガシガシと髪を掻きむしりはしたけど、セレナは壁に下がってくれる。

 だから、私はベッドから立ち上がる。


「クラリス、一体どうしたの。秘密の特訓に出掛けたんじゃなかったの?」


 クラリスに向かい合い、目線を合わせて質問する。昼間に別れた時は確かにそう言って勢いよく飛び出して行った、それがどうしてああなったのか。


「………………それが……」


 もゆもゆと唇を動かして、ようやく言葉が出てきた。


「それっぽい場所には行ったんだよ。ばったばったとモンスターと戦ってて」

「うん」

「でも……突然チャットが開いたの。リンナ……ギルドの仲の良い子から」

「なんて?」

「『クラリスのお姉さんが大変みたい』って」


 私にはそのリンナさんと言う人と面識は無い、名前すら初耳だ。それでも向こうが知っていたのはこの子が私の事を(有る事無い事)話していたからだと言う。


「それで……心配で心配で、心配で……」


 そしてもたらされた情報に錯乱したクラリスは居ても立ってもいられずにリンナさんが教えたケララ村まで飛んできたのだと言う。


「クラリス……ばか」


 くしゃりと髪を撫でる。


「……ごめんなさい」


 壁際のセレナにクラリスはそう言うけど、当の本人はふいとそっぽを向いた。


「いいわよ、もう。……気持ちは、分かるし……」


 その言葉にほっとする。

 ……しかし、そのリンナさんがどうしてそんな話をするに至ったのかと思った時、部屋の一角から「あ」と声が上がった。

 申し訳無さそうに小さく手を上げたのはクラリスと同じギルドの鳴深さんだ。


「ごめんなさい……もしかしたらその情報はこちらが発信源かもしれないわ」

「なんとっ?! 鳴深、どう言う事なのですかっ?!」


 相変わらず大音量のエリザベートさんがずずいと詰め寄ると、頭を痛めた様子の鳴深さんがエリザベートさんを逆に睨んだ。


「どう言う事も何も……貴女が例のスレッドを見て大声で『これはクラリスさんの姉君、アリッサさんではありませんかっ! なんたる事、このような……危急っ! 危急ですわっ! 総力を上げすぐさま向かわねばっ! 馬をっ! 早馬を用意して下さいましっ!』とギルドホームを騒がせた挙げ句に飛び出したのでしょう」


 エリザベートさんがムンクの叫びのように顔を変形させる。

 部屋には微妙な空気が流れた。


「つまり……その時にギルドホームにいたリンナさんが聞いたか、又聞きしたかで最終的にクラリスまで伝わった、と?」

「その可能性が高いと思うわ。ごめんなさい」


 謝罪する鳴深さんの横で絶句するエリザベートさん、さすがにショックを受けているらしい。


「この件は騒ぎを大きくしてしまったこちらの責任ね」

「謝らないでください」


 ……そう言ったのは、私にはそうとは思えなかったからだ。

 みんなの視線が私に集中するのが分かる。


「クラリスが騒ぎを起こしたのも、ギルドを騒がせてしまったのも、原因は私です」


 私があの時、誰かも知れないPCを恐がってフォトを撮影させるのを許した事こそ今回の件を引き起こさせた元凶なのだ。


「いやそれはその盗み撮り野郎が……」

「うん。天丼くんは、許可を求めなかった向こうが悪いって言ってくれたけど……私も何か出来たんじゃないかなって。私が、立ち上がれたらこうはならなかったのかなって……」


 ……そうしたとしても結果が変わった保証は無い。でもあったのだ、声を上げる選択肢は確かに私の胸の内側にあった。

 選ばなかった、ではなく選ぼうとしなかった事を、可能性を放棄した私自身を、私は悔やんでいる。



 それが、この子を泣かせてしまった。

 私が、この子を泣かせてしまった。



 私は改めてみんなに向き直り頭を下げた。


「お騒がせしてごめんなさい」


 思う。

 今までレベルを上げて、装備を整えればいいと漠然と思ってきた。そうすればいつか、妹と遊べると、約束を果たせると。


(でも、それじゃ足りないのかもしれない)


 この世界で、この姿(アリッサ)で過ごすつもりなら、レベルでも装備でもなく、()自身が強くならないのかもしれない。


(この子の笑顔の為にがんばっているのなら、これだって)


 ようやく、私はそう思い至った。


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