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第6話「今の私に出来る事」




 ………………。


 …………。


 ……。



 目を、開ける。


 そこは一瞬前と変わらずアラスタの夜景と、数多くの人で溢れていた。無論私を見る人も。


 ある人はちらと見たきり気にも留めず、


 ある人はきょとんと、


 ある人は訝しげに、


 ある人は仲間とひそひそと笑みを浮かべながら。


 多少の不快感に襲われるものの、今はそんな事に執心している暇は無い。

 意を決し、目線で視界内の地図をアクティブ表示させ、自分の位置を確認してからオブジェを中心としたポータルポイントから駆け出した。


 タッ!


 まず目指すのは宿屋の連なる南大通り。数えきれない宿屋の内の1つ、あの日訪れた夜の梟亭へ。



◇◇◇◇◇



 不躾な視線の中を気にしないようにずんずんと進みながら酒場を探す。

 南大通りの宿屋はバラエティーに富んでいた。豪華できらびやかな所もあれば、民家かと疑いたくなるような所まである。値段もそれこそ天地の差と想像に難くない。

 そんな中、目的地である夜の梟亭は酒場兼業の宿屋だった。

 以前来た時は強面のマスターと関係があるのかないのか客の入りは芳しくなかったようだけど、あれから改善したのかどうか……。


 場所は選び方が選び方だったものだから殆どうろ覚え、左右をきょろきょろと見ながら探すと、やがて見覚えのある古風な、それこそ西部劇に出てきても違和感が無さそうな外観の建物を見つける事が出来た。看板の文字は読めないけど、木に止まった梟の絵には見覚えがあった。


 キィィッ。


 古ぼけた木製のスイングドアを開けると蝶番が少し耳障りな音を鳴らす。

 中に踏み込むと相変わらず(と言うのはさすがに失礼かな)。お客さんのいない店内ではマスターが1人、グラスを黙々と磨いている。私はカウンター越しに声を掛けた。


「あの、部屋を借りたいのですが」

「おや、これは懐かしい顔だな。今日も休憩かい?」

「え、私の事憶えているんですか?」

「はっはっは。何、この通りの客の入りなものでね、一度でも来てくれた客は有り難いんで忘れないようにしているのさ」


 その風貌で随分と損をしていそうなマスターは無骨ながらも朗らかに笑っている。近寄りがたい雰囲気も、それこそ一度でも接すればむしろ愛着が湧きそうなものなのに。そこに辿り着くのが大変なのかな。


「はあ、そういうものですか……あ、休憩でお願いします」


 その言葉に反応してか、効果音と共に休憩するかを問うウィンドウが出たのでYesを選び、続いて表示された要求金額から宿代金として[150G]と入力して支払いを済ませる。ああ、本格的に金欠になってきた……。

 チャリーン、と効果音が鳴ってマスターが笑みを深める。


「毎度、201号室の鍵だ。前に言った事は憶えているかい?」

「鍵の返却は不要、持ち出しは禁止、でしたよね?」

「その通り、気を付けてくれ。じゃあ、ごゆっくり」


 そう言うと再びグラス磨きに専念する、置いてあるグラスはどれも曇りの1つも無いように見えるのに。

 いつまでも見てては失礼かと思ったので奥の階段へと向き直る。


(こういうのも当たり、なのかな)


 手を開く。

 こうなる事も含めて私はこの宿を選んだ。

 偶然、というよりきっと番号順に空いている部屋をあてがっているんだろう。だから結果として、


(前と同じ部屋、か)


 鍵はあの時と寸分違わない。部屋番号が刻まれた木札の傷み方含めて。ゲームのアイテムなんだから当然と言えば当然、でもだからこそ余計に思い出す。


 ――ギュッ。


 鍵を握り締める。


(今度は……)


 強がりと分かってはいても、それでも階段へと歩き出す。

 キィ、キィ、と板が軋む階段を上っていくと程無く2階へ上りきり……廊下の先にある202号室が目に飛び込む。


「…………」


 その時、幻のようにフラッシュバックするのはクラリスが飛び込んだ202号室の前で立ち竦む私自身。足を止め、そっとドアに手を触れて……立ち竦んでしまう。


 でも、私はもう間違えない。


 ガチャリ。


 右手に握った鍵でドアを開けるとそこはベッドのみが置かれ、寝るだけしか出来そうにない簡素な狭い部屋。

 小さな窓はあるが建物の壁と絡み付く樹木が見えるばかり、圧迫感を和らげる程度の効果しかない。休むだけなら十分なスペース。

 早速、私はベッドへと腰掛ける。



 ポーン。


『【就寝】

 [夜の梟亭での休憩]

 就寝しますか?

 [Yes][No]』



 ウィンドウが出るけどNoを選択する。今回ここを利用したのは休憩の為じゃなく1人になれる空間をここしか知らないからだった。

 右手を下に振りシステムメニューを呼び出してスクロール、[フレンド]からリストを表示する。

 そこに登録されている名前はたった1つ……『クラリス』だけ。

 選択すると横に[ログチェック][メール][チャット]などと表示される。

 まずは[ログチェック]を選ぶ。表示されたのは『ログイン』の文字。


「やっぱり、ログインしてる」


 玄関には靴もあったから帰ってるならあの録音の通りにログインしてるだろうとは思っていたのでそれについては安堵する。ただ、クラリスの現在地は聞いた事も無い場所だった。


「……1ヶ月経ってるもんね」


 ログインの確認を終了し、次に[チャット]へと指を伸ば……そうとして、止まってしまう。


「……こういう時に心臓が高鳴るなんて、どれだけ作り込まれてるんだか」


 胸に手を当てる。かすかにとくんとくんと鼓動を感じる。握った拳には汗まで滲む。呼吸は浅く息苦しくすらある。

 緊張を分かりやすく表現されて、ますます気持ちだけが強張っていく。


「すう……はあ……」


 一度上を仰ぎ、深く息を吸い込み、吐き出す。

 ……そっと背中に手を回してみても、先輩がくれた熱はこちらには持ち込めていない。


 でも。


「貰った勢いはまだ、残ってる」


 ふーっ、と肺から息を追い出し、今度こそ[チャット]を選択する。


 ピン。


 小さく効果音が鳴り、『♪コール中♪』の文字が明滅しながら表示され、『ルルル……』と呼び出し音が鳴り響く。今頃向こうでは私からの通信を報せるウィンドウが表示されている筈だ。

 ただ戦闘中だと繋がらないらしいので、今はタイミングが合う事を祈るしかない。

 なのに……。

 10秒が経った、20秒が過ぎた、じりじりと長びいていく呼び出し音が、どうしようもなく胸が不安に高鳴ってしまう。息苦しい、知らず胸元を掴む。


(花菜……クラリス……)


 ぐらぐらと視界はまるで揺れるように定まらない。

 こういう時間は嫌になるくらい長く感じるもので、知らず目線がウィンドウの右下にある[中止]へと向いていた。


「っ!」


 それに気付いてゴンゴンと頭を叩いて、浮かんだ不安を追い払う。


(余計な事は考えない! 考えたってしょうがないでしょ!)


 ぎゅっと目を瞑り唇を噛む。

 その瞬間、呼び出し音が……止んだ。



 ――そろそろと瞼を開く。


 ――そこには表示が『通話中』に変わったウィンドウがあった。



 瞬間、息が詰まる。

 体が総毛立つ。

 喉が、震えた。


「――――っ」


 それでも、第一声は私からじゃなきゃダメだ。



「……もしもし、クラリス?」


『ぁ…………うん、そうだよ』


「……なんだか、こうして話すのも久しぶりね」


『……そう、だね』


「……えっと……」


『…………あ、その』


「なに?」


『また……来たんだね』


「うん。ひと月経って時間、出来たから」


『そっ、か』


「うん……約束したものね」


『そっか……そっか』


「…………」


『…………』


「……今日、ね。ちょっと色々あったの。色んな人たちに背中を押されてそれで、ようやく私……思い出してたの」


『え?』


「……花菜が、初めて私をお姉ちゃん、って呼んでくれた日の事」


『あ、』


「ごめんね、花菜。あの時みたいに追い掛けてあげなくて、手を掴んであげられなくて……ごめんなさい」


『お……お姉ちゃん』


「ひと月も掛かっちゃった」


『……あた、し…………うえっ』


「……私ね」


『うん、ぐすっ』


「このゲーム、ちゃんとやってみようと思うの。花菜が連れてきてくれた世界だから、ちゃんと楽しもうって」


『!』


「今は、ひと月もほっぽってたからきっと誰より弱くて……なんの役にも立たないくらい弱いくて」


『……ぅん』


「一緒に居たら、きっとクラリスの足を引っ張るから」


『そんなっ……こと』


「だから、ね。だから……今は、一緒には戦えないけど」


『……っ』


「でも……私、がんばるから……すぐは無理でもいつか、足手まといにならないくらい強くなるから、だから……」


『ぐずっ……』


「その時はまた、一緒に遊ぼう……遊んで、くれる?」


『っ! うぇ……ぅん、う゛ん!』


「ぐす、良かったあ」


『おね、おねえちゃ、ん』


「ん?」


『ごめん、なざぃ、えぐ、ずっとかっでに、すね、ひっぐ、てっ』


「……ぐすっ、私も、ごめんね。もっと、ちゃんと、話せ、ば良かったのに、ね。私、ばかだねえ。意固地に、なってごめ、んね」


『ぐす、ゆるし、てくれる……?』


「うん……うんっ。私の、方も許して、ひっ、くれるかな……?」


『っ〜〜う゛ぇ、あぁぁん』


「もう、泣かないでよ……ぐすっ、私そっち行けないんだから」



 それからは、もう言葉にならないような会話の押収だった。

 流した涙と鼻声で聞き取りづらいのだけど、何故か何を言いたいかは分かるような気がしてる。

 花菜とこうしていられるのがどうしようもなく嬉しくて、だから現実でも会いたいって思ったのは当然の既決だった。



「じゃあ、またね」

『……うん!』



 お互いに名残を惜しみながら、チャットを終了する。

 そして花菜に会う為に、私はベッド本来の使い方をする事にした。


(ああ、良かった……良かったよ)


 終わってしまえばなんて事もない話、ただの姉妹ケンカ……いえ、仲違いはこうしてあっさりと終結した。

 以前とは違う穏やかな眠りに、私は落ちていったのでした。




◆◆◆◆◆




 夕陽も沈み暗い自室の天井がやけに懐かしく思える。ヘルメットをずりずりと外し仰向けの姿勢のままに、腕で目を覆う。

 こちらでは涙の跡は無い、でも滲みそうになる涙を抑える自信も無かった。

 代わりに溢れる笑みは隠さない。



 ドタドタドタッ!

 バッターーンッ!


「お゛ー姉゛ぇ゛ーぢゃーーん゛!!!」



 そんな風にしていると突然勢いよくドアが開き、そこから半べそになっている花菜がベッドの私へとボアも真っ青なスピードで突撃してきたのだ。

 むろん逃げ場などは無く、腹部に猛烈な衝撃を受けた私は半ば悶絶しながら花菜を受け止める羽目になった。


「えぐっ?!」


 肺の中の空気は立ち退きを余儀無くされた。痛い。

 で、当の花菜はといえば……。


「ぶえええええん、ごめんなざいぃぃ!!」


 さっきの続きとばかりに泣きじゃくり、こりゃ鼻水も垂れ流してるわね、などと考えつつ、頭を撫でる。


「けほっ……ん、私もごめんね。仲直り、してくれる?」


 こくこくと頭を埋めながら頷く花菜の顔を上げさせ、私からぎゅっと抱き締めた。



「――ありがとう。大好きだよ、花菜」

「うぅえぇぇ〜〜……」



 ああ、私はやっぱり……この子のお姉ちゃんでいたい。



 その後私たちはお母さんが晩ごはんよと呼びに来るまで抱き合っていた。「今回は長引いたわねー、肩が凝っちゃったわよ」なんて冷や水を浴びせるように私たちの一悶着を何事も無いように言っていたのは果たして年の功の成せる業だろうか……。

 なんだか顔が熱くなってしまった。


 追記すると花菜が私から離れようとせず、腕を絡ませる事でなんとか妥協した。

 大丈夫大丈夫、まだ余韻のお陰で許せる……許せる? 頭の冷え始めた私は果たしていつまで堪えられるのか……。



◇◇◇◇◇



 晩ごはんを食べ終え、私と花菜は再び2階へと戻ってきていた。

 最初は居間で、と考えていたのだけど、想像以上に艶々としたお母さんの視線が精神衛生上大変よろしくなかったものだからどちらかの部屋に、となった次第。

 結局は物が少ない私の部屋に決まった……。


「♪〜」

「あのね……」


 さっき部屋を出てからこっち、まるでタコにでもなったように花菜はべたべたと私の右腕に絡み付いてきて離れようとしないのが継続していた。

 食事の時など右腕を捕らえているのをいい事に、「お姉ちゃん、はいあ〜ん♪」とかしてきた。さすがに叱ったら「あん、いじわる♪」と言い出した。酷く疲れた。どうもしばらくぶりなものだからリミッターが壊れちゃっているらしい。


「いい加減暑っ苦しいから離れなさい……(ぐいぐい)」

「やー♪」


 幼児退行でも起こしたの、この子は。


「お姉ちゃん分が足りないから補給中〜♪(ぐりぐり)」

「訳が判らないっ?!」


 左手で頭を抱える、この変わり身は何?

 今日までの気まずい雰囲気はどこに行ったというの?! もう影も形もなくなっているじゃない!

 ……出来ればポジティブな心持ちでこの感想を述べたかった……。


 このままでは今夜私のベッドに潜り込みかねないのではなかろうか。

 ……有り得る。

 小学生の頃はまだ「怖い夢を見た」とか「怪談を思い出して」とかの理由で(割と頻繁に)許可していたけど、いい加減中学生なのだから勘弁してほしい。

 私のベッドはそこまで広くないし、布団を持ち込まれても困る。

 鍵を掛けよう。そうしましょう。


「ね、ね、お姉ちゃん♪(すりすり)」

「……分かった。この際贅沢は言わないからせめてそのむやみやたらと体を擦り付けるのは止めて」

「むー、しょうがないなー♪」


 体を離す花菜、しかし右腕はがっちりと両腕で抱き締められたままだった。どうやら花菜的にこれが譲歩出来る最低ラインみたい。


「はあ……で、何?」

「今夜はこれからMSOやるんでしょ?(キラキラ)」


 そう聞かれ時計を見上げると7時を少し回った所だった。今までとは違い、時間にも多少の余裕はあるので12時辺りまで遊ぶ事は出来る。あ、お風呂入りたいからもう少し早めか。

 がんばると言った以上は否やは無いけど……。


「♪♪(ワクワク)」

「……そだね」


 そもそも選択肢が無かった!


 ・はい

 ・うん

 ・Yes


 みたいな感じ。


「じゃ、じゃあ一緒にっ♪(ウキウキ)」

「あ、とりあえず私1人でやってみるから」

「なんでーーーー!??」


 今度は体を抱き締められた。腕に思いっきり力を込めているのか、若干痛い。

 花菜は目に涙を滲ませながら詰め寄ってくる。


「なんでなんでー?! (オロオロ)ふえーん」

「さっきも言ったでしょ、私じゃ花菜の足引っ張る事にしかならない、一緒には戦えないって!」

「そんなの気にしないよぅ!!」

「わ・た・し・がっ! 気にするんですっ!」


 近付いてきたおでこにデコピンを一発お見舞いする。「あたっ」と仰け反って距離が開く。


「私自身納得出来るようになりたいの。そりゃ花菜とやった方が効率的だと私も思うよ」


 花菜はゲーム好きだし、もはやMSOの先輩だ。教えを請うても恥ではないし、それを花菜自身望んでくれてもいるのかもしれない。


「けど、ひと月も放置したのは私自身が決めた事だもの、その遅れを誰かにおんぶに抱っこで取り戻そうとは思ってないの」

「で、でも1人じゃ……一緒の方が……」

「もちろん分からない事があれば聞くし向こうじゃ会わない、なんて話じゃないの。あくまで自分で出来る所までは自力でやってみるつもりなの」


 右手を握り締める。

 それを見たのか、花菜は盛大にため息を吐いた。


「うぅ、お姉ちゃんの堅物〜〜」

「何を今更」


 花菜は唸りを上げながら俯き、そのまましばらく逡巡した後にぽつぽつと問い掛け始めた。


「……戦闘に関係無い事は?」

「ものによります」

「ごはん食べたりはいいよね」

「私が支払える範囲なら」

「お喋りとか」

「時間があればいくらでも」

「あたしの友達と一緒に遊んだり」

「友達がよければね」

「ショッピングとか」

「もちろんいいよ」


 その後、10分近く問答に費やし、花菜はようやく少しは納得したのか体を離す。


「……分かった。我慢する」


 なんて言いつつ未だに顔には未練たらたらです、と書かれてるのが丸判りだった。


「ごめんね、悪いとは思ってる。なるだけ早くそうなれるようにがんばるから」

「うぅ……あたしは一日千秋の思いで待ってるよお姉ちゃん、よよよ」


 こうして私は今一度MSOを始める事になり、花菜と遊ぶ為に強くなると決意したのでした。




◆◆◆◆◆




「別にわざわざ会いにこなくてもよかったのに」

「会いたかったんだもん。いいじゃん、減るもんじゃなしー」


 今日2度目のログイン、まだ空は暗いものの遥か遠くがうっすらと光ってみえるから早朝(ゲーム内時間)くらいのアラスタへとやって来ていて、目の前には久しぶりに再会したクラリスがいる。

 ただクラリスは既に他の街に拠点を移しているらしく、ログインしてスタートするのもその街からの筈なのだけど「しばらくぶりだし会いたい、超会いたい、会わないと死ぬ」と、アラスタまでポータルの転移機能を使ってやって来たのだった。


「それにしても……はー、随分変わったのねー。最初のクラリスとは見違えちゃったよ」

「いやいや違うでしょ?! お姉ちゃんが変わらなさすぎなんだよ!」


 当たり前なのだろうけどクラリスは前に会った時とは装備が全然違っていた。

 具体的には以下の通り。


 最大の変化は剣は2本に増えていた事。

 1本目は左腰に差し、大きさや長さ自体は前とあまり変わらない。

 2本目は右腰に、見た目は1本目と同じだけど長さが少し短い。

 ただその重厚感は以前に比べて増している気がする。装飾の少なさは実戦向きだからなのか、鞘から抜いていなくてもその切れ味の鋭さが感じられるよう。


 ボアの攻撃を何度となく受け止めてくれた盾はより小さく細くなり、腕より少し幅がある程度になっている。流石に前のように使う訳ではないのかもしれない。

 その表面には何かしら紋様が描かれている。


 皮製だった鎧も淡く青く輝く金属製へと変わっている。

 胸当てと肘までの手甲、脚部の鎧は膝まである。関節の自由度が高そうで防御力より軽さや動き易さを主眼に置いているみたいだった。

 鎧の下の服は体にフィットした物で若干スカート丈が短いけど、その下にスパッツらしいものを履いているので飛び跳ねようと大丈夫、なのかな?


 頭には白く輝く髪飾り。翼のように組み合わさり、中央には赤い宝石がはめ込まれている。



「かっこよくなったね、強そう」

「えへへへへっ。そ、そうかな? 結構高かったんだよね、コレ」


 くすぐったそうにはにかみ、胸の鎧に触れる。

 きっと仲間とたくさん戦ったり冒険したりして手に入れたんだろう。

 そんな嬉しそうな顔を見ていると私もつい頬が弛んでしまう。


「がんばったんだ?」

「……うん。すっごくがんばったよ!」

「そっか……私もその内、かっこいい服着られるかな?」

「うん! お姉ちゃんなら大丈夫、私が保証するよ!」


 拳を作って親指をぐっと立てサムズアップする。

 それを受けて私は拳に手を添える、するとクラリスは拳をほどき私の手を両手でぎゅっと握る。

 まるで何かを渡そうと、伝えようとするように。

 クラリスの手は温かくて、熱かった。


「……ん、やる気出た。行ってくるよ」

「ポーション足りてる?」

「この前のがそれなりに残ってるから大丈夫。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい! 気を付けてね、無理だと思ったら呼んでよー、手伝うからねー!」


 手を振りながらポータルを後にする。クラリスは人ごみの中に私が埋もれてもまだ両腕をぶんぶんと振り回している。目立つってば。

 でも……うん、なんか嬉しくなった。


(よしっ! 行こう!)


 クラリスの応援を背に、私は力強く、新たな第一歩を踏み出す。



 10月3日。

 この日から、私のゲームライフが始まった。


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