第54話「逆鱗」
「『あやしい』」
セレナはそんな事を言う。言い続ける。
パンジーのような形の、キラキラと極細の光の粒を振り撒く花を1房握り締めて戻ってきてからず〜っと。
「『……アンタまさか、アリッサに妙な事したんじゃないでしょうね』」
「『寝言は寝て言えドアホウ』」
「無いから! 何にも無かったから! ね、ね!」
2人の間に剣呑な空気がっ?! おかしいおかしい、さっきまで天丼くんは私に『仲良くしてやってくれ』とか伝えたくせに自分はこれですか!?
「『皆さん。ネイサンさんの病状も気になりますので、申し訳ありませんがそろそろ帰路につきませんかな?』」
「そうですねっ! セレナ、天丼くん、急いで帰ろう!」
セバスチャンさんナイス横槍!
「『ふんっ。ほら、ヤミヨミの花。1パーティーに1つしか持てないみたいだからアリッサ持ってて』」
「あ、ありがとう、セレナ」
受け取った花は青白く光り、闇の中で咲き誇る姿はさぞかし綺麗だったろうなと思う。見れなかったのは、ちょっと残念。
「『アリッサさん。ヤミヨミの花は陽の光に当たると数分と持たずに枯れてしまうそうです、十分に注意して下さい』」
「! は、はい。分かりました」
花をアイテムポーチに大事にしまう。
「じゃあ後は急いで戻れば――」
『キュイキューッ!!』
道を見張っていたひーちゃんが突如叫び声を上げた!
「『皆さん!!』」
セバスチャンさんの号令一下、私たちは元来た道へと視線を向ける。でも。
「『……ちょっと、モンスターなんて見えないわよ?』」
「えっ?」
〈ファイアアイ〉を掛けているセレナがモンスターの姿を捉えられていない……? この暗闇洞穴のモンスターなら捉えられる筈、天丼くんにしても耳を澄ませているけど反応は無い。
でも、ひーちゃんは……あれ? 私に向かって叫んで……?
「『っ、アリッサさん下です!!』」
「え?」
セバスチャンさんが何事かに気付いて叫んだその瞬間――足下から真っ黒な何かがせり上がった?!
「きゃあっ?!」
「『アリッサ?!』」
『キュイッ!?』
私はその何かに弾き飛ばされ、手から離れたランタンがガランガランと地面を転がった。
「『な、何だコイツは!?』」
ランタンが照らしたそれは“影”としか言い表せない真っ黒な何か。地面に落ちる影は表面がわずかに波打ち蠢いていたけどすぐに他の闇と同化し見えなくなってしまう。
何故ならランタンの灯りがまるで影が吸い込んだかのように消えてしまったから。
「『皆さん、ひーさんの傍へ!』」
ランタンが消えた事で辺りは闇に包まれる。唯一の光源は淡い光を放つひーちゃんのみ。
「『ちょっ、どうなってんのよ! 〈ファイアアイ〉でも見えないモンスターがいるなんて聞いてないわよ?!』」
「『……以前に来た時にもあのようなモンスターとは遭遇しておりません、情報にも、だと言うのに今このタイミングで現れた……ならば』」
みんなの視線が私へ、正確には私のアイテムポーチへ向く。
「『クエスト限定モンスターか!』」
「クエスト……じゃあ目的はヤミヨミの花……?!」
「『恐らくは。先程彼奴はランタンの明かりを吸い込みました、同じく光を放つヤミヨミの花を狙っているのやもしれません。であるならばもし我らが敗れた場合にはヤミヨミの花はロストしてしまう可能性が濃厚かと』」
「そんな……?!」
そんな事になったらまたケララ村からやり直しなのに……時間的にもう再チャレンジする余裕は……。
「『負けられねぇなオイ……セバさん! アリッサはガードする、ランタン拾ってきてくれ! こう真っ暗じゃ対応出来ねぇ!』」
「『承知!』」
ダッ、とセバスチャンさんがランタンが転がっていた方へと駆けていき、数秒の後に明かりが灯り洞窟の中が照らされる。
「?! セバスチャンさん後ろに影が!」
「『くっ!』」
セバスチャンさんの背後に現れたすかさず光を吸い込み再び暗闇が訪れてしまう!
「『伏せて!!』」
その刹那、大鎌を構えたセレナが疾駆し、風と共に影のいた空間を切り裂いた!
視界に表示されていたHPゲージがほんのわずかに減少する。
「『チィッ、手応えあんま無い!』」
「『セレナさん、ともかく皆さんと合流を!』」
「『分か――ぐっ?!』」
「『セレナ?!』」
何かがぶつかったような音と呻き声が響きセレナのHPゲージがガクリと減少してしまう、けどひーちゃんの光では届かず何が起こったかは分からない。
「『攻撃でヘイトが上がったのか?! クソッ、〈ウォークライ〉『セバさん明かりを』!』」
天丼くんの絶叫、ランタンの明かりが三度灯されるけどまたも影に吸われてしまう。一瞬見えたセレナは片膝立ちで一応は無事に見えたけど……それよりも私たちの目を釘付けにした光景があった。
「『HPが……回復しただと?!』」
そう、光を吸い込んだと同時にセレナの攻撃で減った分のHPが回復してしまったのだ。
これは、天丼くんが初めて会った時に教えてくれたモンスターそれぞれの回復行動……あの影にとっては光は餌だって言うの?
「これじゃ、明かりを灯せない……?!」
対処するには明かりで誘き出して、回復する以上のダメージを与えるくらいだけど、私たちの中で最大の攻撃力を誇るセレナですらまともなダメージを与えられなかった……。
「に、逃げるのは……」
「『……難しいな、追ってこられたらあの狭い道だ先回りされて身動きが取れなくなるかもしれない。そうなればじり貧だ。どうにかしてここで倒さねぇと』」
「〈リターン〉が使えれば……」
《古式法術》は当たり前なのか未修得のビギナーズスキルは使用出来なかった。〈リターン〉が使えればすぐにでもケララ村へ帰還出来るのに……。
「『言ってもしょうがな、いっ?!』」
「て、天丼くん?!」
鈍い激突音と鎧の硬質な音が続く。ひーちゃんが近寄り様子は分かるけど周囲を睨む天丼くんに余裕は無い。
「『めでたく……狙いが移った、か……っ!』」
ガンガンと続けざまに天丼くんへと攻撃が繰り出される。HPの高い天丼くんも多少ならば構わないと反撃に転じるけど、影は次々と一瞬で場所を移動し剣は掠りもせず、ある程度攻撃をするとヘイトが下がったのか攻撃は私にも及び、唯一相手に反応出来るひーちゃんによりギリギリ躱せたものの地面へとしたたかに倒れ込んでしまう。
「『ぐっ、こんのっ!』」
こちらに駆け寄ってきたセレナだけど明かりが無いから当てられないんだ……どうにかしなきゃ。
「っ。セレナと天丼くんに〈ダークアイ〉を使います、サポートを!」
「『おお! セレナ、セバさん、それまでアリッサ守るぞ!』」
「『言われなくても!』」
「『この身に代えましても』」
あの影には体温が無い、だから〈ファイアアイ〉では捉えられない。でも暗視能力を付与する〈ダークアイ〉なら何とかなるかも……。
「――“沈め、闇の眼”。〈マルチロック〉、リリース!」
発動した〈ダークアイ〉により2人の目に淡い光が宿る。
「『奴は……なっ?!』」
「『ちょっ、速っ、あうっ?!』」
「セレナ?! どうしたの!?」
2人は周囲をキョロキョロと見回すばかり。攻撃をするには至っていない?
「『コイツ……移動スピードが速すぎる! 痛っ、だらぁっ!』」
攻撃されたのだろう天丼くんは何とか盾で防ぐものの、振るう剣は宙を切る。
「『ダメだ、俺のスピードじゃ見えてても間に合わねぇ……! セバさん、バフ頼む!』」
「『しばしお待ちを!』」
「『ウッザいわね! こんの……〈激震脚〉!』」
セレナは大鎌でなく右足を振り上げ、一気に落として地面に叩き付ける! ズズンと周囲に衝撃が走り、影のHPがわずかに減少した。
「『くっ……HPが高いのもあるけど、コイツやっぱり物理耐性が高いっ! 私らじゃ……!』」
「!」
与えたダメージ量は本当に微々たるもの。セレナの認識が正しいなら剣や大鎌、蹴りでの攻撃は効きにくいのか。
だとしたら私が攻撃すべきかもしれないけど、2人ですらまともに捉えられない相手に私の法術を当てるのは難しい。
いや、それ以前に相手を捉える為には〈ダークアイ〉を使わなきゃいけないけど、そうしたら私は封印状態になってスキルが使えない……!
(どっ、どうしよう……どうすれば……このままじゃ……このままじゃ……っ)
幾度となくみんなを襲う影。バクバクと心臓の鼓動がうるさい。
(このままじゃ、ネイサンくんが……キャミィちゃんが……)
頭によぎるのは今も私の持つ花を待つあの小さな2人。そして倒れ伏す体を、流れる涙を思い出す。……唇を噛む。
(……あんなのは、あんな悲しい思いを誰かがするのは絶対に嫌。約束したの……助けるって。助けられるの私たちなら……だったら考えて、考えて!)
そうだ、今の私は法術を使えない。だからこそ頭を、使える物を使いきらなきゃだめでしょう!
杖を強く握り締め、私は息を吸って再び気持ちを張り詰める。
(……待ってて、ネイサンくん、キャミィちゃん。必ず、花は持って帰るから……!)
深く深く絞り出すように息を吐き、顔を上げる。前を、前だけを見て、私は覚悟を決めた。
瞬間すぐ傍を影が通過する、でも……もう怯んでなんかいられない。
石突きを強く地面に当てるとコォ……ン、と広い洞窟に一際長く反響し、みんなの視線が一斉に私に向いた。
「『ア、アリッ……サ?』」
「……すう、は……みんな、私に考えがあります。力を貸してください」
「『え……?』」
「『……あの影に対抗出来る、と?』」
「その、つもりです。確証は無いですけど……任せてもらえますか」
「『打つ手も無いしな、乗るか。どうすればいい』」
「……ありがとう。まずはあちらの壁まで移動しましょう」
「『OK』」「『了解だ』」「『承知しました』」『キュー』
みんな私を信じてくれて速やかに移動を開始する。やがて私たちは壁際に到達し影からの攻撃を耐え忍ぶ。
「今から思い付いた事を説明します。まず――」
その間私はシステムメニューも開いて操作をする。時間が無い、出来る事は同時進行しないと……。そして、説明を粗方終える間際、視界から封印アイコンが消える。
「セバスチャンさん、壁際ギリギリでランタンを灯してください」
「『かしこまりました……!』」
セバスチャンさんが壁際まで移動しランタンを灯す。するとやはり回復行動の為に影が寄ってきた、誘蛾灯に誘われる蛾のように。影は近寄り光を吸い込み、辺りはまたも暗闇に落ちる。
その直前。
「〈ターゲットロック〉……!」
カチリと音が鳴る。
《照準》のスキルのお陰で暗闇になっても、どれだけ速く移動してもターゲットサイトは自動的に対象を追尾していく。効果の持続時間は短いけど……位置さえ分かればその間に手を打てる。
「“聖なる障壁”」
スペルカットに登録した《聖属性法術》のスキル〈プロテクション〉が発動する。
「『よしっ、影を閉じ込めた!』」
再び灯されたランタンの明かりの先では光の壁に閉じ込められた影が狭い範囲を右往左往している。
〈プロテクション〉は半径2メートルに半球状の光の壁を形成する、それはモンスターの攻撃をシャットアウトする障壁だけど、それをモンスターを対象として展開すれば動きを封じる檻と化す。
しかも通常半球状に展開されるそれは洞窟の壁によって更に半分となり動きを制限している。
強度は私のInt依存だからそう持ちはしないだろうけど時間は稼げる。
その間、みんながさっき話した通りに動き出してくれる。
セレナと天丼くんは〈プロテクション〉の前に、セバスチャンさんは2人の為のバフの演奏に入る。そして私は――。
「〈ダブルレイヤー〉。“汝、虹のミスタリアの名の下に我は乞う”“我が意のままに形を成し、魔を討つ風の一欠を、この手の許に導きたまえ”。“其は、宿り、導き、理の力与えしもの”。“吹け、風の衣”。〈マルチロック〉、リリース」
生成された2つの緑の光球は速やかに掲げられたセレナと天丼くんの武器へと宿る。
《風属性法術》のビギナーズスキル〈ウィンドフォース〉。その力は対象に属性の力を付与する事、これにより2人の武器による攻撃は物理ではなく法術などと同じ単風属性のダメージとなる。
これなら物理に耐性を持っていても関係は無い。
「『よっしゃあ!』」
「『行くわよ!』」
そして2人は〈プロテクション〉内部へと突入する。〈プロテクション〉はあくまで対モンスター用の防御スキル、PCなら自在に出入りが出来る。
加えて2人の動きは先程よりも軽い。フォース系の副次効果、特定のパラメータにプラスの補正が発揮されているんだ。セバスチャンさんのバフ程ではないけど、これでいくらか影を追いやすくなる筈。
そして私は次の作業に移る。しゅるりと髪を束ねていた願い紐をほどく。
(ごめんなさいマーサさん)
内心で心を込めて編んでくれたマーサさんに戦闘に用いる事を心の中で謝罪する。
「おいでひーちゃん」
『キュ!』
私はセバスチャンさんから預かったランタンを願い紐でひーちゃんに結び付ける。
精霊院で教えられた、精霊には力場が存在し触れられるのだと。そして実際にひーちゃんは私たちや私の部屋でも色々な物に触れていた、だからこうして互いを紐で結ぶ事だって出来る。
『キュ……』
「重い? ごめんね。でもお願い、がんばって」
『キュイッ!』
「……ありがとう。じゃあ……さっき話した通りに……」
ランタンをタップし設定を最大出力に変更すると目も眩むような煌々とした光が放たれる。それを確認するとひとまず胸を撫で下ろす。
ファミリアは呼び出したサモナーとMPを共用しスキル使用時など必要に応じてMPを消費していく、と言う事前知識はあった。
そして精霊器であるランタンのエネルギー源もまたMPである以上、ひーちゃんを介して私のMPを供給する事が出来るのではと考えた。
「ひーちゃん、私の事は気にせずにマナを送り続けて。出来るよね?」
『キュ!』
そうしてひーちゃんは高く高くに浮き上がる。目指すのはヤミヨミの花へと続く横穴、その縁。
今のランタンの設定ならあそこからでも光が届く、横穴と真逆の位置故にしっかりと。
(これで明かりは吸われない、筈)
ヒントはヤミヨミの花そのものだった。
そもそもこの暗闇洞穴にはどうしてあんな場所にしかヤミヨミの花が咲いていないのか。何故あそこにだけ咲いていられるのか。
暗闇の中でしか咲かないと言う条件ならこの洞窟内すべてが該当しそうなものなのに。
その理由がもしあの影の所為だとしたら。それを踏まえて考えた。
あの影はヤミヨミの花を狙っている。
でも花自体は群生していた。
その場所は高い位置の横穴の奥だけ。
だからもしかしたらあの影は壁を登れないんじゃないかって推測が立った。
それを裏付けるように先程から壁際の〈プロテクション〉内に閉じ込めても影は壁には一切近付かないのも確認した。
そして影は必ず近付いて光を吸う、だからもし〈プロテクション〉から脱出されても高い位置にランタンがあれば手出し出来ず、光源が確保出来れば〈ダークアイ〉も必要無くなる。
(ひーちゃんがんばって)
この役目は楽器の演奏で両手が塞がるセバスチャンさんでも、影から離れ過ぎてターゲットサイトで捉えられなくなる私でも、もちろん前衛の2人でもだめだから。
(後は……)
前方の〈プロテクション〉は影の攻撃の所為で全面にヒビが走っている。砕ける前に……。
「セレナ、天丼くん。〈プロテクション〉を追加します、逃さないように引き付けて」
「『分かってるわ、いつでもOKよ!』」
「『行くぞ! 〈ウォークライ〉、『うぉおおおおっ!!』』」
天丼くんがヘイト値を上昇させて影を釘付けにしてくれる、さっきのように影を捉えるのは距離が開いては難しい。だからターゲットサイトを向けるのは天丼くん。
複数の〈プロテクション〉でこれを繰り返せば、再申請時間内に破壊されない限りは影を閉じ込め続ける事が出来る。
(私の役目はサポート、2人が全力で戦えるようにする事。みんなが今まで私にしてくれていたように……今の私じゃ、エキスパートスキルはまともに使えやしないけど、でもビギナーズスキルだけでもやれる事はある。戦うだけが、戦いじゃない)
2人の攻撃は着実に影からHPを奪い、影からの攻撃を受けても〈ヒール〉を使い適宜回復、更にセバスチャンさんからの支援により2人にはバフが、影にはデバフが与えられ、状況は尚もこちらに傾いていく。
だけどHPも底が見えてきた瞬間、影から猛烈な勢いで黒い靄が噴出した……これは。
「……イーヴィライズ」
今まではじまりのフィールドのボスモンスター以外には見た事無かったけど予想していなかった訳じゃない、それだけの強敵だったから……でも、増す圧力に私の眉根は谷を作る。
HPが一定まで減少すると凶暴化し、ステータスが上昇する現象イーヴィライズ。対して現在までに展開出来た〈プロテクション〉は計3つ。
(だめ、これじゃ足りない)
事実、1番内側の物はもう持たない。
素早さと攻撃力が上がったのだろう、暴れに暴れる影の一撃によりカシャンと崩れ去る光の残滓を視界に捉えながら、見つめるのはRATヴィジョンのカウントダウン。
「次に〈プロテクション〉を使えるのは20秒後……間に合わな――」
その時、影の攻撃対象が偏っている事に気付く。
「っ…………なら、〈――――――〉」
「『チィッ! 大人しく死んどきなさいよアンタッ!!』」
セレナと天丼くんの攻撃が残りわずかなHPを奪うけど、イーヴィライズした影は範囲への攻撃を得たのか断続的に行われる黒い衝撃波が2人を弾き、光の壁を砕いていく。
そして――。
――カシャン。
最後の光の壁が消え、凶暴化した影が野に放たれる。その狙いは……やはり回復を担っていた私。
「『させん! 〈崩壊のディスコード〉!』」
セバスチャンさんの言葉と弦を掻き鳴らしたような異音が炸裂し、光の輪が私の後方から広がった。それはモンスターにダメージと一時的な硬直を与える《弦楽器の心得》のスキルであった筈。
……けど、ダメージはほんのわずかにHPを残してしまう。硬直が終わる前にみんなが辿り着くには遠い。
「『「『「『アリッサ!』」』」さん!』」
みんなの声が届き。
影は音も無く私の下へ。
だから。
「――”“導け、聖域”」
その身を剣のように伸ばした影に貫かれそうになった時、交差するようにあらかじめ発動させていた〈ワンドヒット〉により光を放つ杖の石突きを地面へと叩き付けた。
カァ…………ッン、そんな甲高い音が広い空間に木霊する。
「…………小さな子供たちが苦しんでるの……………………邪魔をしないで」
静かな激昂と共に振り下ろされた杖が、影のわずかに残っていたHPをすべて消し去り……私の足下から黒い炎が燃え盛った。
私たちは、勝てた。
◇◇◇◇◇
「『無茶をなさいましたな』」
背中に掛けられたのはそんな声。
「ごめんなさい」
謝罪はするりと喉から出た、ただ……顔は向けられなかった。
先程の最後の攻防、パラメータの低い私は下手をすればイーヴィライズし強化された影(ドロップアイテムから『影擬き』と判明)の一撃でHPをすべて奪われたっておかしくはなかったろう。現にHPゲージは赤く染まっていた。
今回の最重要アイテムであるヤミヨミの花を、アイテムポーチ内に持っているにも関わらずそんな真似をしたのだから叱責は当然。
「『……いえ、此度の戦闘、アリッサさんは十二分以上にご活躍なさいました。無茶をさせてしまったのはこちらの不甲斐無さ故ですな。申し訳無い』」
ぽん、と軽く肩に置かれた手が温かくて……ようやく私は強張っていた体から力を抜けて……だから、ようやく振り向けた。
「勝算は、あったんですよ。〈サンクチュアリ〉は〈ダブル・レイヤー〉で重ね掛けして、ダメージの75%までカットしましたし、影は殆どの攻撃を足下からしますから仕掛けてきたタイミングでこちらも反撃出来ますし……私でも一桁のダメージくらいなら入れられる、って」
「『そうでしたか』」
セバスチャンさんの声には気遣うような色があって、だから私は「でも」と続けた。
「でも…………やっぱりちょっと怒っちゃってました」
ネイサンくんとキャミィちゃんを思うと、助ける邪魔をするあの影に言い様の無い怒りが湧いた。
冷静だったつもりだけど、今思えばどうだろう。少なくともあの攻防の瞬間、私はその怒りに身を任せてしまった。
結果は一か八かの賭けに身を投じて……それしか打つ手が無かったならともかく今回は上手くいったのはたまたまで、二度試していい事じゃないと思う。
「だめですね、こんな事じゃ。もっと自分を律しなきゃ」
「『そうですかな? 今日のアリッサさんは腹が据わったと申しましょうか、ずいぶんと頼もしく見えたものですが』」
「……そんな事……だって……」
私は前方に目を向ける。
「見てくださいよあの2人! 『アリッサさんマジパネェ』とか恐がっちゃってまともに応対してくれないんですよっ?! あんなの見せられて問題無いとか思えませんよっ!!」
そちらには私の言にビクリと反応するへっぴり腰のセレナと天丼くんがいた。
「『お2人は“あの時”真正面からアリッサさんのご尊顔を拝しましたからなぁ……』」
「そんなにですかっ?! そんなに私恐かったですかっ?!」
「『「『イエス・マム』」』」
「からかってるでしょ2人ともっ!」
言葉の意味は分からないけども、なんだかそんな気がする。
「『いやいやともかく今はケララ村への帰還を急ぎましょう。ネイサンさんとキャミィさんが待っておるのですから』」
「そ……そうですよね、分かりました。すうはあすうはあ……」
そんな事で時間を浪費しては2人に会わせる顔が無い。
「セバスチャンさん、ひーちゃんを迎えに行っていただけますか?」
どうも紐がずれてしまったみたいでひーちゃんが動けずにいるみたいなのだ。私ではあそこには登れないのでセバスチャンさんにお願いする。
「『かしこまりました』」
セバスチャンさんは一言を残してすぐに天井近くの横穴へと駆けていく。
……さて。
「2人もいい加減その挙動不審な応対やめてね疲れるから」
「『……あんな凄絶な怒り顔みせられちゃ誰だってこうなるって……』」
「天・丼・くん?」
「『はいっ、スンマセンでしたっ!!』」
「『アンタ一言多いとは思ってるけど、私以外にも自爆るのね……』」
◇◇◇◇◇
走る、走る、走る。
セレナが走る、セバスチャンさんが走る、天丼くんが走る。私はやっぱりお姫様抱っこされている。ひーちゃんもまた私の腕の中。
洞窟を駆け抜け、林を駆け抜け、草原を駆け抜ける。
そして、最後尾を走る天丼くんは思いっきりしんどそうだった。
「『だーっ、くそっ! 脇腹痛ぇ!』」
「『口動かす体力があるなら脚を動かせっての! こっちはアンタに合わせてペース落としてんだから!』」
どうも洞窟の最奥からの帰りは走りっぱなしだったからスタミナ値が減少しているみたい……他の2人が平気なのは装備の重量の差? あれ、私の体重って天丼くんの装備以下?
「〈リターン〉が使えれば良かったのに……」
「『ダメだったモンはしょうがないでしょ、そこら辺は割り切りなさいよ。それに……ホラ、もうケララ村が見えてきたわよ! 後少し!』」
「『マ、マジか?! ぐ・う・お・お! ラストスパートォォ!!』」
天丼くんは両手大きく素早く振り上げて速度を上げる、最後の力を振り絞るかのように……って言うか振り絞ってるね。
「『鬼気迫りますなぁ』」
「セバスチャンさんはすっごい余裕ですね……」
「『いえいえ、何分老いぼれですからな、ただ走るだけで骨が折れますとも。ほっほ』」
あ、スキップ。
「『今更だけどセバスチャンって何者なのかしらね』」
「さ、さあ……」
近所のお爺さんであるのは確かなんだけどね。
と、そんなやり取りの合間に私たちはケララ村のエリア内へと入っていた。もうモンスターなどに襲われる心配が無くなり、天丼くんはばったりと倒れ込んでいる。お疲れ様でした。
「『到ちゃーくっ、と。お疲れ、アリッサ』」
「ありがとセレナ」
セレナに下ろされた私は天丼くんに駆け寄る。
「天丼くん、大丈夫?」
「『あー、だるいな……が、だるいだけだ。問題無い』」
「私、これから診療所に行かなきゃいけないんだけど、天丼くんはどうする?」
「『少し休めば回復する、後から追うさ。気にせず行け、で、こんだけ苦労したんだ、ちゃんと助けてこい』」
気だるげに腕を持ち上げて診療所の方を指して催促する天丼くん。そんな彼に私の肩からひょいっと顔を出したセレナが呆れたような口調で話し掛ける。
「『あーらら、なんて様よ。なっさけないわね』」
「『うるせーよ、マラソン向きじゃねーんだ俺は。やかましくてゆっくりできねぇからお前もさっさと行っちまえ』」
しっしっ、と面倒そうにセレナを追い払おうとするのだけど……セレナは難しい顔をしたかと思うとため息を漏らした。
「『はーあ……アリッサ、私もここに残って後から行くわ』」
「『はぁ?』」
セレナの発言にすっとんきょうな声を上げる天丼くん。
「『私も私で疲れてんの、だから回復したいの。それだけよ、それだけ』」
セレナは近くに置かれていた樽に腰掛け、休憩とばかりに体を伸ばした。
「『だからアリッサとセバスチャンはさっさと行きなさいよ。時間無いでしょ』」
そう言われ、私とセバスチャンさんは2人を交互に見て、見て……。
「『「行きましょう」』」
『キュ?』
見事にハモった。
「『では天くんごゆっくり』」
「『おい! なにがだ?!』」
「セレナ、がんば!」
「『ちょっ、何よその反応!?』」
『キュ〜?』
2人が何か言ってた気がするけど、私たちは無視して駆け出した。セレナがせっかく天丼くんを心配しているのだから、ごちゃごちゃ言うのは野暮なのです。チャットなんてさっさと解除して、邪魔者は診療所にGOGOGO!
◇◇◇◇◇
空を見上げれば太陽はまだまだ頂点を目指しているものの、早くなって悪い筈が無い。
私とセバスチャンさんは駆け足でネイサンくんとキャミィちゃん、後おじさんが待っている診療所へと急いでいた(私のペースに合わせてくれてるんだけどね)。
「ヤミヨミの花を渡した後はすぐに具合が良くなるといいんですけど……」
「さて、そればかりは分かりかねます。このゲームは余計な所で妙なリアリティを挟み込む時がありますからな」
「そうですか……」
そう話していると、私たちは久方ぶりの診療所へと戻ってきた。
勢いそのままに扉を開けると、中の患者さんの視線がこちらに集まる。更には額に青筋が浮かぶ看護師さんがのっしのっしとやって来る。
「あの、扉はもう少し静かにですね……」
「す、すみません。でも、急いでるんです! ヤミヨミの花を摘んできました、ネイサンくんにあげないと!」
「! わ、分かりました、こちらへ!」
それを聞いた看護師さんの動きは速かった。待合室の事を他の看護師さんに任せ、奥の病室へと私たちを案内する。その病室の扉の横にはおじさんが椅子に腰掛けていて、こちらに気付くと言葉も無く頭を下げた。
「先生! ヤミヨミの花を摘んできたと仰る方がお見えになられました!」
「何ぃ!? ホントか?!」
初老の先生が驚いたようにこちらに振り向く。ベッドには苦しげに喘ぐネイサンくん、その手を握り締めるキャミィちゃんが両目を見開いている。
「ヤミヨミの花を摘んできたのはあんたたちか?!」
「は、はい。今出しますっ」
「まっ、待て待て待て出すな! ちょっと待て! そのまま、そのままだ! いいか、待てよ! 待ってるんだぞ!」
そう捲し立てると先生は病室を飛び出し、どこかへと消えてしまった。
どうすればと思う間も無く、キャミィちゃんがよろよろとこちらに近寄ってきた。今にも転びそうな危うい歩みに、私は駆け寄りその小さな体を支えた。
「ヤッ、ヤミヨミ、の花……もって、きてく、れた、の?」
そのつぶらな瞳には涙がなみなみと溜まっていた。少し刺激すれば溢れそうなくらいに。
「……うん。持ってきたよ。もう大丈夫」
「うっ、うえっ、えっ」
なるだけゆっくりと落ち着かせるよう話すけど、しゃくりあげるキャミィちゃん。ポロポロと大粒の涙が次から次に頬を伝う。脚からは力が抜けて崩れ落ちる。
「っと」
私はそんなキャミィちゃんを抱き寄せ、そっと髪を撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ。怖かったよね、がんばったね、偉かったね」
「あああぁぁあん、うぁぁああん」
キャミィちゃんも私の服をぎゅううっと掴み、大声で泣き出す。ネイサンくんが死んじゃうかもって、きっとずっと不安だったんだろう。ほっとした事で我慢していた不安が吹き出ちゃったんだ。
「待ってたか?! ままま?!」
飛び出していった先生は、両手に何やら実験で使うようなビーカーやら試験管やらを持って来た。
「い、いいか。このビーカーにヤミヨミの花を入れるんだ」
ビーカーには緑色の液体が入ってる。どうするのか、なんて聞いても仕方無い。私は1つ頷いてアイテムポーチに手を伸ばす。
「ヤミヨミの花」
言葉を発すると、手の中にヤミヨミの花が実体化する。ぼんやりと淡く青白い光を放つ花をキャミィちゃんもすがるような目で見つめている。でもセバスチャンさん曰く、日光に当たれば数分で枯れてしまうと言う。
大切に、でも急いで、私はビーカーの中に淡く光る花を入れた。
――フッ。
するとどうした事か、突然ヤミヨミの花の光が消えてしまった……?!
「よーし、よしよし。後はこいつを……」
驚き慌てる私たちを余所に先生はビーカーの液体を少しだけ試験管の無色透明の液体に足らす、すると――。
「……光った」
キャミィちゃんが呟く。
「花をそのまま与えるには効果が強すぎる、こうして薄めなきゃいけないって寸法だ」
疑問に答えると先生はビーカーを看護師さんに預けてベッドに向かう、私たちもそれに続きベッドの横からネイサンくんの様子を見守る。
近付けば、ネイサンくんの顔色は土気色に、額の汗は玉となり、息は不規則に乱れているのが分かった。
具合が悪い、どころじゃない。日暮れまでと言うタイムリミットだったけど、果たしてそれまで持ったのかと思えるような病状だった。
キャミィちゃんはネイサンくんの手を再びぎゅっと握り、祈るように瞳を閉じている。彼女の手は小刻みに震えていて、私はその小さな手に自分の手を重ね、肩を抱く。
「頼むぞ……」
先生も恐々とネイサンくんを起こし、試験管を口に近付ける。光る液体がわずか口内に入り、ネイサンくんの喉が……鳴った。
すると液体が体を巡ってでもいるように、徐々に徐々にネイサンくんの肌に赤みが差していく。
冷えていた手には温かさが戻り、弱々しかった息も落ち着いていく……。
「ネイ、サン……ネイッ……サン」
涙混じりの呼び掛けにはまだ応えないけど、私にも分かる。ネイサンくんは大丈夫だって。
「良かった……良かったあ」
◇◇◇◇◇
「ありがとう、ほんっとうにありがとうなぁぁぁ。おーいおいおい」
咽び泣きながら私と、後から追い付いたセレナを抱き締めてお礼を言い続けるおじさんに、私たちはそろそろおいとましたい気分に駆られていた。
「ちょっと! なんでこのオッサン、私たちだけ抱き締めてんのよ!」
「深い意味は考えないでおこうよ……精神的に」
やがて解放された時には私たちはげっそりと疲れていて、おじさんはツヤツヤしていた。感動が台無しになったのは言うまでも無い。
「お二方共お疲れ様でした」
「なんでNPCにはGMコール出来ないのかしらね……セクハラよアレ」
セレナの不機嫌さもどこ吹く風とばかりに、おじさんとキャミィちゃんが改めてやって来た。
「お姉さん、ほんとにありがとうございました」
丁寧にぺこりとお辞儀するキャミィちゃん、目を赤く腫らしているのにおじさんとは大違いで立派なものだった。
「どういたしまして。ネイサンくんが無事で良かったね」
「……うんっ」
体調が快復したネイサンくんだけど、まだ無理は禁物と寝かせたまま。結局一言も交わす事は無かったけど、それが良い方の意味と言うだけで十分。
「そう言やぁ報酬だがな……」
おじさんはそんな事を言う。決めてなかったんだっけ?
「とびっきりの報酬だ、聞いて驚け。俺の家で晩飯を食わせてやろう! がっはっは!」
ふうん、そう言う報酬も有りなんだ……と思いきやセレナと天丼くんが肩を落としている。
「お母さんのお料理おいしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「うん!」
キャミィちゃんのその笑顔だけでみんなほっこりしている。
……セレナ、天丼くん、そこまで露骨に態度変えちゃ駄目ですよ。
「でも、ごめんなさい。私たちこれから……えっと、出掛けなきゃいけないの。お母さんのお料理をご馳走してもらうのはまた今度にしてもいいかな?」
「うん。わかった、いつでも来てね!」
そう言って2人は病室へと戻っていった。その顔には以前の悲しみは欠片も無い、その手助けが出来たのはとても嬉しい。
(ネイサンくんが早く退院出来るといいね)
パンパカパーン♪
『【クエストクリア】
《病の少年を救え!》
Congratulations!』
逆鱗。
竜の81枚の鱗の内、あごの下に1枚だけ逆さに生える鱗。
竜はこの鱗に触れられる事を大変嫌い、触れられると激昂して触れた者を即座に殺すと言う。
アリッサ「物騒な事言われてる……」
セレナ「だって」
天丼「なー」
アリッサ「……ぶう」




