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第44話「激突する気持ち」




 王都グランディオン。


 花を彷彿とさせる外観の巨大都市。その大きさは近付けば近付く程に圧倒される。

 私の知る中で一番大きな街だったアラスタも直径1キロを超える程はあったらしいけど、このグランディオンは花弁に相当する4ヶ所の都市部それぞれがアラスタ並の大きさを誇ると聞いてる(セバスチャンさん談)。一体内部の施設を把握するのにどれくらい掛かるんだろう。

 他にも王都の中心にあるお城、エタニティ・キャッスルにはそれはそれは綺麗なお姫様が住んでいるとか(セレナ談)、オススメの美味しいお店(天丼くん談)や宿屋など、聞く事は尽きない。歩く毎に期待は膨らんでいる。


 そして私、セレナ、天丼くん、セバスチャンさんの4人はようやく王都へと辿り着いた。



「はー……」


 目の前にはグランディオンをぐるりと囲む乳白色の壁がある。上の方は微妙に外側に反っているのでまるで何十メートルにも達する津波のようだった。


「アリッサー、行くよー」

「あ、うん待ってー」


 壁を見上げているとセレナに呼ばれたので、慌てて小走りでみんなに追い付く。

 私たちは花弁の1つ、『北区』への門を目指していた。

 両開きの門は外側へと開かれていて、そこからはPCのみならずこちらの世界の人たちもが絶え間無く行き交っていた。


「ほんとに人が多いねえ」


 アラスタでは門の外へ出るのは大半がPCで、こちらの世界の人たちをほとんど見掛けないから余計に人が多く見えるのかもしれない。


「そりゃ、王都の名前は伊達じゃないからな。ここの他にも大規模なライフタウンはあるが、NPCは元よりPCでもここをホームにしてる奴が一番多いんじゃねぇかな」

「各種施設が揃っていますからな。工房を構える職人やホームを据えるギルドも多いと聞き及びます。ただ、少々物価が高いのが玉に瑕ですがな」

「ぶ、物価が……そうなんですか」


 ポーションやドロップアイテムの売買はアラスタのNPCshopで行うつもりだったけど、宿や食事も時にはここで取らないといけないのかもしれない。物価の程度によるんだけど、もしそうなったらオススメを聞いていただけに残念。


「下向かないの!」

「あたっ?!」


 私がうんうん唸り始めると、いきなりセレナが背中をしたたかに叩く。


「ちゃんと前を見なさい、王都に入るわよ」

「え?」


 気付けば門をもうすぐくぐる所にまで来ていた。私の高校の4階建ての校舎よりも明らかに高い巨大な門。下を向けば外と内を隔てる境目がつま先にある。


(思えばずいぶん遅い到着になっちゃったな)


 聞けば速い人などはゲームを始めて初日で王都まで到着していたみたいなのに、私ときたら再開してからでも10日も掛かってて……いかに亀のようなスローペースだったかが窺える。


(でも、やっと来れた)


 自分でも、気持ちが高揚してるのが分かる。まだまだやらなければならない事は山積してるけど、だからこそ山を1つ越える事には強い感慨が胸を打つ。


「……すぅ……はぁ……えいっ」


 深呼吸して高鳴る心臓を和ませて……私は王都の中へ、一歩を踏み入れた。



 ――たん。



 それで何かが起こる訳も無い。私はここを通り過ぎるPC・NPCの中の1人に過ぎないんだから。

 それでも。



「ようこそ、王都へ」



 そう言ってくれる仲間がいるから、この一歩だけは……誰よりも特別。



◇◇◇◇◇



 王都に入った私は、整然と建ち並ぶ建物群を見上げる。


「う、わー……すごい」


 アラスタや他の村々の建物は一部を除いて2階建てが普通だった(マーサさんの家は2階建て、ホテル・アラスタでも5階建て)。でも、ここの建物は4階建てが目に見える範囲だけで8割、残りはそれより高い。


「こっちも……すごい」


 目線を下に降ろす。まっすぐ先に王城が見える目抜通りはアラスタの大通りよりも更に広く、その広さを利用する形でバザールのように多種多様な露店が道の中央をどこまでもどこまでも埋め尽くしていた。

 目に止まっただけでも武器・防具・装飾品・消費アイテム・衣服・雑貨・食糧品などなど数え切れないアイテムが、数え切れない人たちの間でやり取りされていた。

 何もかもが桁違い。入り口に立っただけで、私は王都の圧倒的な規模にただただ口をぽかんと開けて驚くばかり。


「こーらー。いつまで間抜け面晒してるつもりなワケ?」


 そんな私をセレナが注意する。そ、そんなに間抜けだったかな……。


「あ、はは。ごめんごめん、ちょっとびっくりしちゃって」

「気持ちは分かる」

「ですな」


 天丼くんとセバスチャンさんが頷いてる、2人も初めてここに来た時は驚いたのかな? でも、そうだよね。アラスタもアラスタでびっくりしたけど、ここは別の意味ですごいもん。


「ちょっと! そう言うのは王都のポータルまで行ってからにしなさいよ。ちんたらしてたらセバスチャンが時間切れになっちゃうじゃん」

「おお、そうでしたそうでした。ついうっかりしておりました」


 ポンと手を打つセバスチャンさん。まだ3、40分くらいはあると思うけど、早め早めの行動に否やは無いや。


「ったく、しっかりしてよね」

「いやいや全くですな。お気遣いありがとうございます、セレナさん」

「べっ、別に……後で慌てられても困るってだけだし……その、堅苦しいのはいらないっての」


 セレナの視線が揺れる、その右手は照れ臭そうに私の右の袖を摘んでいた。


「成る程。水臭い事を申しましたな」

「そ、そーよ。ホラ! 分かったならさっさと行く!」

「わわ、セレナ?!」


 セレナが歩き出す。袖を摘まれたままだったものだから私も慌てて後を追う。照れてるのは分かるけど落ち着いてー。

 その後ろで天丼くんがやれやれとばかりに吹き出していた。セバスチャンさんも笑顔でそれに続く。


「えと、セレナ。ポータルってどこにあるの? お城の辺り?」


 そう言えばポータルの位置を聞いていなかったと思い、セレナを落ち着かせる為にも質問してみた。まさかあの遠いお城まで行くのかと、ちょっと心配になったのもある。


「え、あ、ああ違う違う。ここってバカみたいにだだっ広いからポータルがいくつかあんの」


 私の袖を引いていた事に気付いたセレナはパッと手を離して説明してくれる。


「ポータルはそれぞれの区の中央に1つずつ、ここからでも結構歩くのよねー」

「じゃあここにはポータルが4つもあるの?」


 1つのライフタウンに複数のポータルなんて初めてなので驚く。でも……辺りを見回してみれば納得する。これだけ大きな王都の開始地点が毎回中心部からとしたら移動だけで大変な時間を使ってしまう筈だから必要かも。

 そう私たちが話していると、後ろから声が掛けられた。


「いえ、正確にはもう1つ。とあるクエストをクリアしますと王城のポータルにも登録出来ますので計5つですな」

「え、マジ?」

「大まじです」


 セレナの説明にセバスチャンさんが補足する。意外そうに聞き返すので知らなかったらしい。


「うーわ、リサーチ不足だったー」

「少々ややこしいクエストですからな、あまり一般的ではないのでしょう。登録せねばどうこう、などとなる物ではありませんから今はセレナさんの説明で十分ですよ」


 との事で、今私たちは北区中央のポータルに向かっているみたい。

 ただし、北区のポータルに触れても西区のポータルへは触れてないと転移出来ない面倒仕様(セレナ談)だそうで、とりあえず今日の所はポータル巡りや加護探しは明日に回して宿屋探しや食事に割く事となった。

 そんな訳で私たちは雑踏を掻き分けながらポータルへと向かっている。ちなみに、人波に押されてよろめいてからはセレナに手を引かれていた……子供みたい……。


「……?」

「どうかしましたかな、アリッサさん」

「あ、その、さっきから建物の上に人影が見えていて……なんですかアレ」


 見上げれば高い建物の屋上から屋上へと、人とおぼしい影がピョンピョンとジャンプして飛び越していた。


「あれはPCですな。それなりのレベルのPCがこの様な雑踏を避ける為にショートカットしておるのですよ」

「……それなりのレベルがあっても私は遠慮したいです」


 だって高い所怖い、落ちたら危ない。そんな所を何度も跳ぶなんて私にはとてもとても……。


「まぁわたくしもたまーにする程度ですし、全てのPCがそうである訳ではありませんからな。無理にする必要はありませんよ」

「俺なんかは鎧が重いしムリだな」

「私は結構……」


 跳んでるらしい。


「だってここ、走りにくいし? 時間勿体無いし? 慣れると気持ち良かったりすんのよ?」


 が、「大丈夫大丈夫、ライフタウンだもの。落ちても落下ダメージで死んだりしないわ。そこら辺に赤い染みとか無いでしょ?」の辺りでNOと決めたのは、決して私がひよった訳ではありません。普通の反応です。

 そんな話をしていると、唐突にバザールの列が途切れた。雑踏の密度も若干低くなる。まだ距離はあるけど、その先にはオブジェが見えた。北区のポータルに着いたみたい。


「……これ?」

「これ」


 到着した私は首を傾げる、何故なら北区のポータルは石像だった。いやまあオブジェだけど、こう言う形態のポータルは初めてだったもので疑問くらい湧きます。


 3メートルくらいはありそうな石像。豊かな髪や優しげな表情、羨ま……理想的なスタイル、まるで生きているかのような綺麗な女性の像は金属球を手にしている。



『新たな星の廻廊[グランディオン・ノース]が開かれました』



 石像に触れてポータルに登録してウィンドウが表示された。


「ふう」

「お疲れ」

「ご苦労さん」

「お疲れ様でした」

「うん、ありがとう」


 みんなから労われ、一段落するとやはり気になるのはこの石像についてだった。


「この人……この国の偉い人なの?」

「どうなのセバスチャン」


 どうもセレナは説明なら自分よりもセバスチャンさんの方が向いていると思ったらしく、私の質問をそのままセバスチャンさんにパスしちゃった。


「ふむ、では少々お時間を頂きましょう。おほん。この方は





 ――――ッッッッ!!!!!





 何が起こったの? そう考えられるようになったのは、多少時間が経ってからだった。

 激し過ぎる衝撃を感じたのは一瞬、視界がぶれ、暗転、次に気付いた時にはいつの間にか空を仰いでいた。遅れて呼吸が再開し、小さく咳き込んだ。

 そして、次第に他の感覚が復帰すると、私はすべてを理解した。それが理解したくないものであっても、理解せざるをえなかった。




「アリッサお姉ちゃんがいるぅ〜〜、うへへへへへへ」




 妹でした!


 なんてこったい!


「アリッサ?!」

「な、なんだぁっ!?」

「アリッサさん!」


 みんなの声が遠い。思うにこの頭のおかしい誰かさん(クラリス)が横からとんでもない勢いで飛び付き、私にぶつかった程度では止まらずに吹っ飛んで距離が開いてしまったみたい。

 もしここがライフタウンでなければ、もれなく死んでいてもおかしくないダメージが発生しただろう事は想像に難くない。


「ぐ、ぐぐ……」

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

「どきなさい離れなさい落ち着きなさい……っ」

「らぶーらぶー」


 クラリスは腰の辺りに抱き付き、顔を赤くとろけさせたままマーキングの如くに頬擦りを繰り返す。私は引き剥がそうともがくけど、ステータスに差が有りすぎてビクともしない。もはや目の前に表示されているGMコールウィンドウに頼る他無いの……?

 って言うか! こんな妹との醜態を公衆の面前で晒すとかどんな罰ゲームですか?! 周りのざわめきも耳に入り始めて、羞恥に頭がおかしくなりそう。


(やー)らかい、(あった)かい、良ー匂ーい♪」

「い・い・か・げ・ん・に・し・て!」


 私今かなり涙目。

 そしてみんなが追い付いてきた、やめてー、見ないでー。


「ちょっと! 誰よアンタ?! アリッサに何してんのっ?!」

「オイ、大丈夫なのか!?」


 見ーらーれーたー。見ーらーれーたー。

 私が黄昏ているとドガン! と至近からの打撃音。


「何してやがるんだテメェはッ!!」

「ぐぎゅ?!」


 怒号が迸る。その主はクラリスの頭を平手で叩くと襟首を掴んで私から引き離そうとしている。


「リ、リンゴ?」

「おう、久しぶりだぜ」


 燃えるような髪色とほんのりと赤みを帯びた重厚な鎧。久方ぶりに目にしたその人こそ、クラリスのパーティーメンバーであるワイルド系の女の子、リンゴだった。


「やー! お姉ちゃんといるぅー!」

「バッカ野郎! アリッサが思いっきり迷惑してるじゃんかっ! は・な・れ・や・が・れ!」


 ジタバタと嫌がり手に入れる力を強めるクラリスと、そのクラリスを無理矢理に引き剥がそうと更に力を強める。結果、私にしわ寄せが現れる。

 クラリスが手を緩めないものだから、私はずるずると後ろに引っ張られてしまう。地面に指を立てようとしても、そもそも仰向けな上に凹凸の少ない敷石なのでしっかり掴めずにいた。

 そんな中で焦りも上積みされ始めた時、2人目の助っ人が手を差し伸べてくれた。


「すみませんアリッサ、今助けます。もう少しだけがまんしてください」


 絡み付くクラリスの手を離そうと近付いてきたのは黒髪と対照的な白のローブを着込んだ背の高い女の子。やはりクラリスのパーティーメンバーであり、現実でも親交のあるフィンリーだった。


「なんだかよく分かんないけど……左手はこっちで引き受けるわ」


 逆側からそう言ったのはセレナ。フィンリーは虚を衝かれたようにきょとんと一瞬セレナを見つめた後、すぐに気を取り直して「お願いします」と作業を始めた。


「むいー、むいー!」

「おーじょーぎわが(わり)ーぞ、このっ!!」


 変顔になりながらも組んだ指に全力を注ぐクラリス。リンゴも襟首を掴む程度ではダメだと悟ったのか羽交い締めにシフトしている。


「な、んてバカ力……!」

「緩みましたっ、リン!」


 クラリスの指を1本1本外していた2人。苦しげな声が、どれだけの労力を必要としていたかを窺わせる。


「いい加減諦めやがれ! っ、せいやあっ!!」


 フィンリーの合図と同時、それを受けたリンゴが力の限りにクラリスの体を引っ張った!


 ドンッ!!


 クラリスが後方に引っ張られてリンゴごと倒れ込む。横の2人は咄嗟に手を離していたのか無事らしく、私を支えてくれている。


「おにゃー?!」

「暴れんじゃねーぜこのバカ!!」


 そうして、クラリスの呪縛から解放された私はようやく一息吐く事が出来た。


「はあ、はあ……あ、ありがとみんな」

「いえ、こちらこそすみません。アリッサの姿を見つけたらいきなり……止めようとはしたんですけど間に合わなくて……」

「ああ、まあ……あの子だものね」

「ええ……」


 私の妹は一度走り出したらなかなか止まらない欠陥ブレーキの保持者なのである。そこら辺は共通の認識なので互いに頷く。


「ねぇ、あれって……やっぱり“あの”?」


 セレナはリンゴに羽交い締めにされて、尚ジタバタと暴れているクラリスを見てそんな事を呟いた。


「えと、うん。妹……です。ごめんなさい……」

「うっへぇ、凄まじいわね」


 ううう、本当にお恥ずかしい限りです……穴があったら埋めたい。あの子を。

 ちなみに天丼くんとセバスチャンさんは、犬耳と黒装束のミリアローズことミリィと蜂蜜色の髪とファンシーな魔法使いのコスチュームに身を包むベルベットことベルと一緒に辺りに群がっていた野次馬を抑えてくれていた。


「……撮影禁止」

「あ、撮るなら私を撮るといいよー♪」


 カメラウィンドウを表示させてる人も結構いるらしく対応に苦慮しているみたい。


(いつの間にか大事に……後でみんなに2人でちゃんと謝らないと……)

「アリッサ」


 横にいるフィンリーに呼び掛けられたので思索を中断して振り向く。


「さすがに目立ち過ぎていますから場所を移しましょう。近くにわたしたちの行き付けのお店がありますからとりあえずはそちらに。貴女は……」

「彼女はセレナ、私とパーティーを組んでくれてるの。セレナごめん、少し長くなるかもしれないから……」


 暴れるクラリスに視線を向ける。最悪私が先にログアウトすればあの子も追ってくると思うんだけど、確実じゃないからみんなに厄介事を押し付ける結果にもなりかねない。どうにかして少しでも落ち着かせないと……。


「先に言っとくけど付き合うわよ、ってか初めからそのつもりだっつの。このまま落ちても気になって寝付きが悪そうだし、まだ時間はあるし……アイツらもそうでしょ」


 セレナは野次馬から私たちを守ってくれていた天丼くんとセバスチャンさんに移動する旨を伝えると頷きが返ってきた。

 そうと決まれば善は急げと、私たちは行動を開始した。


「こちらです」


 フィンリーは私たちのパーティーの道案内として先頭を歩いている。割と速足なので付いていくのが(私だけは)大変。


「お姉ちゃんーお姉ちゃんー」

「お前はしばらく黙ってろ! ったく面倒掛けやがって、苦労するぜまったくよー」

「……沈黙は金」


 クラリスはドッグフードを目の前にした犬のように私に反応して飛び付こうとするのでリンゴとミリィが両腕を抑えながら運搬している。……犬だったら『待て』くらい出来るか。

 一番後ろにいるベルは、後をつけようとした野次馬を牽制して……いるかと思いきや。


「目線お願いしまーす、ポーズはお任せでー」

「あ、はーい。こんな感じでいいですかー?」

「すいませーん、次こっちでー」

「はいはーい♪」


 時折周囲のカメラウィンドウを表示させているPCに対してポーズをとっていた……あの、その所為で野次馬が一向に減ってない気が……。


 そんなこんなでそれなりに騒がしい移動の果て、ポータルからそれ程離れてもいない建物に到着する。

 フィンリーに案内されたのは『新月の夜の一角獣(ユニコーン)亭☆』と言う、店名とは裏腹に周囲から明らかに浮いているポップな看板が掲げられたレストランだった。


 ――カランカラ〜ン☆


 入り口のドアを開けるとベルが音を立てて私たちの来訪を告げる。看板とは異なり店内はちょっとオシャレなファミリーレストランくらい感じの内装で、お客さんもそれなりに入っているようだった。


「あ、フィンリーちゃんだーのー、いらっしゃいーのー」


 出迎えたのは焦げ茶色のメイド服を着た小柄なウェイトレスさん。トレイを持ってちょこちょことこちらに駆け寄ってくる。

 ……のー?


「どうも。ちゃっぴー☆さん、個室は空いていますか?」

「空いてるーのー、でもー……割引はしてあげないーのー」


 ちゃっぴー☆と呼ばれたウェイトレスさんはこちらを見た後に頬を膨らませてそんな返事をした。


「割引?」

「ここは女の子だけだと割引してくれるんだよー、ちゃっぴー☆ちゃんは可愛い物好きだからねー」


 周りの席に座るお客さんを見れば、確かに男性客の姿が少ない。男女比は1:9くらい?

 私たちの場合天丼くんとセバスチャンさんがいるので対象にはならなかった、と。


「構わないので大部屋をお願いします」

「かしこまりましたーのー、9名様ご案内ーのー」


 ちゃっぴー☆さんは楽しそうにくるくると回転しながら奥の扉の1つへと私たちを案内する。そこは大きなテーブルと背もたれの無い椅子他にはめぼしい物の無いガランとした部屋だった。

 このお店の個室は主にパーティールームとして使っているとの事で、飾り付けは基本持ち込みらしいので余計な物は置いていないのだと言う。


「こほん。では落ち着いた所で……」

「落ち着きません」

「ごろごろ」


 全員が席に着いたのでフィンリーが代表して話そうとしたのだけど、それを遮るように私が口を挟む。

 その私の腕にはクラリスが腕を絡めていて周囲の視線が痛い(フィンリーとミリィは現実での私たちを知っているので割と平常運転)。


「仕方ありません、そうでもしないとクラリスが暴れそうなもので……いつもの事と思って諦めてください」


 いつもはこんな羞恥プレイじゃないです。

 が、そう言われればこれ以上何も言えず、初対面な人もいるので代表としてフィンリーと私が互いのパーティーを簡単に紹介した所でセレナが手を上げた。


「で、その噂の妹ちゃんの事も紹介してもらえるワケ?」


 私に質問を飛ばしたセレナは腕に絡んでいるクラリスを訝しげに見つめている。

 私はため息を吐いてからクラリスについての説明を始める。


「うん。この子、クラリスは私の妹で……何と言うか、極度のシスコンなの。普段は……いや普段も大概なんだけど、さっきみたいにたまに暴走しちゃう事があって……」

「だってアリッサお姉ちゃんと会うの10日ぶりだもーん、嬉しかったんだもーん、辛抱堪らなかったとでーす♪くんかくんか」

「だとしたってあそこまでする必要は無かったでしょう。少しは常識的に考えなさい」

「ぶー」


 あんな真似をされたら私は明日から王都をどう歩けばいいのか。


「はあ……もう」


 すり寄るクラリスを押さえ付け(たら手を舐められた。誰か助けて)頭を痛めつつも、私は立ち上がりみんなを視界に収める。

 左側にはクラリスのパーティー、近い順にフィンリー、ミリィ、リンゴ、ベル。右側には私のパーティー、同じくセレナ、天丼くん、セバスチャンさん。

 みんなに向かって腰を折って頭を下げる。


「うちの妹が大変なご迷惑をお掛けしました、本当にごめんなさい。それと、あのままだったらどれだけの騒ぎになっていたか分かりません、助けてくれてありがとうございました」


 みんなは口々に「気にしなくていい」とか「まぁ仕方無い」とか「アリッサは被害者だし」と言ってくれる。

 それを見てクラリスも少しは反省してくれたのか、腕を解いてから「ごめんなさいでした」と謝った。

 するとみんなから「ちゃんと反省しないと、いつかアリッサに嫌われてしまいますよ」「……自重」「貸し1だぜ」「シスコンシスコンシスコンコン♪」などと言われ、「うー…………」と押し黙り再び私の腕にしがみついた。それを見たリンゴが「こいつ懲りてねーぜ」と言い、みんなから笑いが漏れる。もう。


「……なーんか、変なカンジね」


 そんな時、ぽつりと呟かれた言葉に振り返るとそこには感心したような、呆れたような顔をしているセレナがいた。


「え? そう?」

「アリッサがお姉さんしてる」

「??」

「だってホラ、普段は大抵の人相手に腰が低いじゃん。頼りないっつーか。でも今は割と年長者してんのよね。だからいつもと違ってて変なカンジなのよ」

「お前が言うセリフじゃねぇなオイ」


 相変わらずちゃちゃを入れるのが好きな天丼くんはセレナに文句を言われている。気付けばそんな2人をクラリスがちらちらと窺っていた。その顔には隠しきれない興味の色が。


「クラリスも、一緒にお話しする?」

「ん!」

「じゃ、挨拶しようね」


 クラリスの肩を押してセレナの前に出す。それを見て取った天丼もセレナの背中を押してくる。能天気なクラリスはともかくセレナは若干以上に緊張しているようだけど……大丈夫かなあ?


「はじめまして! お姉ちゃんの妹のクラリスでっす!」

「……セッ、セレナよ」

「知ってる! お姉ちゃんがいっぱい話してくれたよ、いつも助けてもらってるって! ありがとーございまーすっ!」「……べ、べっつに。私が好きでやってただけだし、アンタに感謝される事でもないっての」


 視線どころか首ごと逸らしているセレナ。


「そもそもアリッサが、ここまで来れたのは……アリッサががんばったからよ。私はちょっと、手助けしただけだし……」

「そんな事ないよ。セレナがいてくれたからがんばれたんだよ、私」

「ばっ……お……アンタまたそんな事……っ」

「ほんとだよ」

「じゃあやっぱりありがとー! いっえーい!」

「ぐっ……アリッサ、パス!」


 顔を林檎みたいに赤らめたセレナは私の襟首を掴むとバリケード代わりにクラリスに相対させた。ちょっと、そんな事するからクラリスが抱き付いてきたじゃないのっ。

「ぜぃぜぃ……ったくもう、心臓に悪い!」


 そんな風に私たちが話しているのを近くで聞く人たちもいた。


「くっくっく、追い詰められてんなぁ」

「お二人の純真さはセレナさんには抜群の効果を発揮するようですからな」

「そもそも得意な相手なんざいないからなアイツ」

「そう? とりあえずアンタ相手なら無双出来そうな気がするわよ……」


 などと後方で男性陣が好き勝手に語らうのに青筋を立てるセレナを、クラリスは私越しにじっと見つめている……?


「ふぅん………………うにゅ………………良かった」


 小さく囁かれた言葉。顔は見えないけど、多分笑顔な気がした。


「ねー、セレナさーん」

「な、何よ。なんか文句でもあんの?!」


 最早クラリスの一挙手一投足にビクビクするようになってしまったセレナに、クラリスは意外な言葉を口にした。


「お姉ちゃんの事、これからもよろしくお願いします」

「……クラリス?」


 きょとんとしたセレナ。その視線の先のクラリスは尚も話を続ける。



「ほんとはあたしがずーっとずーっとずーーーっと守ったげたいんだけど……姉ちゃんとの約束があるから一緒にはいられないの。あ、それはそれで楽しみにしてるし、ずっとお姉ちゃんがあたしの為にがんばってくれてるのは嬉しいよ……けど、ちょこっと心配だったの。お姉ちゃんはがんばり屋さんだから、あたしの知らない所でがんばり過ぎないかなーって。でもお友達が出来たって聞いて、パーティー組むって聞いて、そんで今日会って、安心したの。1人じゃないなら大丈夫だよねって。セレナさん良い人っぽいから、だからお願い。これからもお姉ちゃんと仲良くしてあげてくださいな」



 私の口はぱくぱくと開閉するばかり。何の事もない、私の事なんかこの子はお見通しだったのだ。心配して……それでも私を案じさせまいといつも笑顔で接してくれていた。


「……」


 私は思わずクラリスを抱き締め返す。クラリスは「きゃー♪」と無邪気に喜んでいたけど、私は……私の妹はこんなに優しい良い子なのだと実感して胸が詰まるのだ。


「……フン。別に……アンタに言われなくたってそれくらいするってーの! ったく、姉妹揃って恥ずかしいセリフをまぁポンポンと言っちゃってさ。背中が痒くなってしょうがないわよ!」


 セレナもセレナで、どうにもこうにもにやけ笑いが止まらなくて、みんなに囃し立てられる事になった。


「あの、セレナさん」

「アンタらは確か……フィンリーと、ミリアローズだっけ? 何よ、アンタらも人の事囃しに来たワケ?」

「……違う。アリッサの事」

「はい。私たちもリアルではいつもお世話になっているので、アリッサの事よろしくお願いします」

「おー、責任重大だな」

「るさいっ! ったくどいつもこいつも過保護なんだから。分かってるっての。ちゃんと火の中だろうと水の中だろうと面倒見てやるわよ」


 そこまで言われると思いっきりだめな子にも聞こえてしまうんだけど……。


「ねぇねぇー、面倒見るならそのお洋服も何とかしてあげたらー? なんか色々勿体無い感じだよー」

「う」


 ベルの視線が向くのは私の身を包む服。やっぱり気になるかなあ、この初期装備……。


「勿論よ! その内飛びっきりのに服着せるつもりだから楽しみにしてなさい!」

「ああっ、またセレナがやる気に?!」



「あったり前でしょ! あんな白磁の美術品みたいに綺麗な体してるんだから、活かさないワケにいかないのよ!」



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。


 シン、音が途切れる。静まり返る室内。

 セレナが何気無く放ったセリフに、クラリスの顔が驚愕のまま固まった。道理である。私も固まった。

 周りの様子はと言えば、フィンリーは顔を赤らめ、リンゴは目を逸らし、ベルは瞳を煌めかせ、ミリィはチラチラと様子を窺うのに余念が無い。

 天丼くんはずっこけ、セバスチャンさんは物思いに耽っている。


 そして……クラリスの口が、重々しく開かれた。


「………………見たの? お姉ちゃんの裸」

「ん? 見たわよ、前にホテルに泊まった時に、一緒にお風呂に入っ「ぴぎゃあぁあぁあぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!?!」どわっ?!」

「ク、クラッ、?!」


 セレナの話を聞いたクラリスが錯乱した!!

 手近な物を手当たり次第にぽいぽいと投げ始める、椅子はともかくテーブルは無理があるでしょう?!


「ちょっ、落ち着きなさいクラリス! それはお店の備品です! 乱暴にしないの!」


 幸い投げた物はみんなが受け止めてくれてるけど……止めようとしても悲しいかなここはゲーム内、パラメータの絶対的な差は私にクラリスの暴走を食い止める事を許さない。しかも、私はそのままクラリスに抱きすくめられ、部屋の隅まで連れ去られてしまう。


「うううう……お姉ちゃんの体がキズモノに……お姉ちゃんあたしのなのに、ひどいひどい!! さっきのやっぱ無し!! お姉ちゃんに手出しするよーな人は却下! NG!! もうお姉ちゃんに近付くなエッチ! スケベ! 変態! ふしゃあぁぁぁっ!!」


 泣きべそ一歩手前のクラリスは私の前に立ち塞がりセレナを威嚇している。その様はさながら毛を逆立てた猫のよう。


「誰がエッチでスケベで変態よ! 私とアリッサはそんなんじゃないっつーの! つーか一緒にお風呂入ったくらいでなんでそんな話になってんのよ!!」

「ごめんなさいこの子の頭の中は割とピンク色だから……」


 きっと自分ならその場合そうするって思考に陥ったんだと思う……それがまるで手に取るように分かって……それで……。

 ううん、まずは落ち着かせなきゃ。


「クラリス。あのね、仲の良い人となら一緒に銭湯とか温泉に行ったりする事もあるでしょう? それだけの事だから、ね。落ち着いて」

「ふしゅるぅぅぅ、ふしゅるぅぅぅ。でもホッ、ホテルにととと泊まったって……うにゅうぅぇぇぇ」

「そりゃ泊まったけど、泊まっただけで、お泊まり会みたいなものだからクラリスが心配するような事は無いの」


 「えー、ほんとにそれだけなのー?」「黙っててくださいベル」と遠方から聞こえた気がしたけど、事態をややこしくするだけなのでスルーする。


「だから、ね。そんな事言っちゃだめでしょ」

「ひっく。じゃあ…………お姉ちゃんキズモノになってないの?」

「なってません! と言うかなる訳無いでしょう、まったくもう……」


 嘆息しながらクラリスを落ち着けようと背中をポンポンと叩く。


「うえぇぇぇ……良かったぁ……」


 絞り出された安堵の言葉を持って、ようやく騒動は終息した。クラリスは私の胸の中で今もめそめそと安堵の涙を流している。


「なんか、ホントすさまじい妹ね……よくもまぁ付き合えるもんだわ」


 どっと疲れた様子のセレナが小さな音量で話し掛けてきた。


「うん、この子が色々言ってごめんね。暴走しちゃったけど悪気は……多分無いと思うの、許してあげてもらえないかな?」

「なんでアリッサが謝んのよ」

「だって…………私はこの子のお姉ちゃんだもの。それくらいはしなきゃ」


 それに……それに少しだけ、この子が傷付いたのも分かるから。

 もしも立場が逆だったら。この子が想像したような、誰かといかがわしい目的でホテルに泊まると言う事態に……この子が関わっていたと想像してみた。

 何て事はない、程度の差は有れ私もきっと取り乱す。

 だから、叱るよりも安心させてあげたいと思ったんだ。


「ふん。シスコンね」


 否定は出来ないと苦笑した。

 何気に8話以来のクラリスパーティー再登場です。色々な意味でクラリスのアリッサへの愛がはっちゃけちゃいました。

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