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第3話「姉と、妹の歩む道」

 長いわぁ。

 そして直してたら余計に長くなってたと言うね……。




 白い景色は続く。



 ただ違うのは仮想マネキンの体すら無い事。

 意識だけの中で現れたのは1本のゲージ、それはもう9割が青く染まっている。これは多分キャラクターを作っている最中って言う事なんだと思う。

 やがて、ゲージ全てが青くなると『チリーン』という軽やかな音と共に、白かった景色に次第に色が――。



◇◇◇◇◇



 ――ザワザワ、ザワザワ。


 ――ガヤガヤ、ガヤガヤ。



 無音の後に聞く人のざわめきは耳に痛い程に喧しく、知らず私は片手で耳を押さえていた。


(人? まさか新規の5万人が全員ここに居る訳じゃないでしょうけど……)


 少しは騒音レベルの喧騒にも慣れ、手を離して周りを見回す。

 そこには辺り一面全て人、人、人でごった返していた、それこそ芋の子を洗うように。

 でも、それはただの人混みではなかった。


(っ!)


 思わず息を、呑む。



 そこには“ファンタジー”があった。



 大半の人の服装は簡素な物で、だけどだからこそそれ以外の部位が余計にクローズアップされる。

 まず目に付くのは黒白青赤黄緑茶灰金銀、明暗濃淡様々なのは髪の色。この場にいるみんながみんなカラフルな髪で私の視界を埋め尽くす。

 その髪からにょっきりと角が生えている人がいた、ふさふさと耳が生えている人がいた。

 ほっそりとした体型の人がいれば、がっしりとした体型の人もいる。

 剣を佩いている、杖を持っている、槍を、斧を、弓を、盾を、鎧を、誰もが何かしら武器を、防具を身に付けている。


 こんなの現実ではあり得ない。それでも、姿を見ても声を聞いてもその存在を感じても、ただの作り物だとも思えない。

 だって、見渡す誰の顔にも興奮と歓喜が生き生きと浮かんでいる。何よりその気持ちこそが、作り物ではあり得ない。


(ほんとに“異世界”に来たみたいな……)


 “もう1つの現実”。そう表現するのがきっと正しい。それを私は周りの人たちから教えられる。


 続いて見るのはその先。


 街の風景が目に飛び込んで来た時、私はさっきとは別の驚きに襲われた。


 私のいる場所を中心に、一帯は広場みたいになってるのか周囲のそれなりに離れた位置からはテレビの中でしか見た事の無いような異国風の建築物が建ち並ぶ。

 四方には多分大通り、そしてその奥にはここからでも見える程の巨大な石造りの門がそびえる。

 後ろを向けば3つの金属柱に支えられた丸い水晶が天辺に置かれたオブジェ。

 その先には、吸い込まれそうな青い青い大空がどこまでも広がっていた。


(すごい……何これ)


 どこまでも作り込まれたそれらは建てられてからの年月すら表現しているよう。

 煉瓦敷きの地面に立ち、両足で感じる感触は現実のそれとなんら変わらない。ゲームの、それこそ作り物の筈なのに、そんな気がしない。圧倒的な存在感を伴って、私の心に飛び込んでくる。



 そして、何よりの驚きが向かう先。

 それは――――樹。



 建物の周りを囲む木々。

 建物に絡むように巻き付き、屋根より高い位置には枝葉が緑を繁らせている。

 私の近くにも等間隔に大小の木が並び、大通りなんか左右から伸びた木々がアーチのようになっていた。

 まるで街全体が緑で覆われているんじゃないかってくらいに。


(わ、綺麗……)


 さわさわと揺れる木々が陽光にきらめいている。そして、木々を揺らした風が私の髪を舞い上げていった。と、そこでようやく気付く。


(金色の……髪、ティファみたい)


 感じた少しの寂しさと嬉しさに緩みそうになる頬を押し込め、散らないように長い髪を押さえる。

 しばらくそのままでいると風が止む。そして改めて自分の手を見るとやけに白い。色白、よりは白人っぽい白さ、みたいな。

 その指先にはシンプルな鈍く光る銀色の指輪があった。そういえばと自分の格好が気になったのでその先に視線を送る。


 着ている服はローブ、という物か。ごわごわした野暮ったい浅葱色の長袖ワンピースを腰で縛っただけ、正直あまり見栄えはよくない。

 その上からは同色のケープを羽織っている。上半身を覆う程度の丈で、胸の前で簡素な紐で結ばれていた。

 頭に帽子を被っているようなので一度脱いで形を確かめてみる。魔法使いや魔女が被るみたいな三角錐型の先が折れ曲がった帽子だった。サイズは小さく、色はローブ、ケープとお揃い。

 あと靴は……履き心地は言わずもがな。外見もボロって程ではないけど安物と一目で判る。

 そして最後にいつの間にか右手に持っていた杖、太い木の枝をざっと削りましたって感じの特に荒い出来の杖。


(初心者用のなんだろうし見栄えが悪いのは当たり前か。きっと性能も低いんだろうなあ)


 そんな事を考えていたが、そういえば花菜と待ち合わせていたのだと思い出す。


(西門で待ってる、って言ってたっけ……でも、どれだろ?)


 4つの門を見回す。

 違いは特に無い、それなりに距離があるので近付けば何かしら差違があるかもしれないけど、ここからでは分からなかった。

 代わりに大通りはそれぞれ特徴があるように思うのだけど……来たばかりなので違いに意味が無い。どうしよう。

 きょろきょろと辺りを見回していると視界の右下にうっすらと円がある事に気付く、そちらに目線を向けると円が濃くなった。


(これ、もしかして地図?)


 そうだろうと思うけど、動いていない為か殆どが黒く、恐らくは私の位置を示す光点を中心にその周辺の場所だけがほんの少し明らかになっている状態だった。

 ただ気になる事がある。

 円の上を見ると。


 『4』


 こんな形の印がある、数字の4にしては縦線が長い。ならこれは方角を示す為の記号だったりする?


(上を向いてるなら、北……かな)


 私はそれを確かめようと少し前に進む。

 すると真ん中で重なっていたのか青と白の光点に分かれ、白い光点を残して青い光点を中心に地図が下へとずれていった。

 くるりと反転してオブジェに向かって歩くと今度は地図が上へ動く。


(前が南なら西は右側、でいいのかな……いいや、とりあえず行ってみよう。あの子ならきっともう待ってる筈)


 最悪全部順に回ればいいや。そうと決まればと、私は時間と共にわずかずつ密度を減らす人垣の隙間を縫って歩き出した。

 出した、のだけど……なんだか時折視線を感じる気がする、なにこれ。

 同じような金髪や肌の色は結構居るし、装備は大半の人が似たり寄ったりだし(たまに高そうな装備の人もいる)、……後は顔とか? ……変な顔だったらやだなあ。


(変えようも無いから、考えてもしょうがないけど)


 ため息一つ。さっきよりも少しだけ足早に、西門|(仮)に向かって急ぐのだった。



◇◇◇◇◇



「おっそーーーいぃっ!!」


 目の前で両腕をぶんぶん振り回し、天を突く大音響の雄叫びを上げるのは私よりも少しばかり背の低い少女だった。

 声は普段とは全く違った幼いものだったけど、不思議と不自然な感じは無く今の姿に合っていた。

 私の声も変わっていてどうにも違和感があるんだけど……あっちはどうなんだろうか。


 見た目は可愛い系でくりくりした目やすっと通った鼻、藍色の肩辺りまでの髪が小動物的な愛らしさを醸している。撫でたい。

 装備は動きやすそうな灰色の半袖上着にミニスカートにブーツ。防具は皮製だろう胸当てと腕に小さめだけど金属製の盾が。そして腰には片手で扱えるくらいの剣が見てとれる。


「剣士?」

「あ、うん……って! そうじゃないでしょ! なんで種族と加護と名前決めるだけで30分近くかかるかな! 思いっきり出遅れたーっ!」


 頭を抱え身を捩って「うをーん」と唸り出した。焦らされていたらしい。


 ちなみに西門に着いた私を花菜が先に見つけた。後でどうやって判別したのか聞いたら本人曰く「妹の勘」らしく、


「お姉ちゃんを見分ける方法? あたしの心を射止めるのはいつもお姉ちゃんだもん。見つけた時にドキッとときめいたから超簡単だったよ!」


 とか頬を染めて言われた。姉には勘とか無いらしい、心からホッとしました。


 ぼんやりと現実逃避していた私だけど遅れたのは厳然とした事実。ここまで来ると流石に悪いと思えてくる。


「ごめんね、つい話し込んじゃって」

「えー……誰かに誘われたりしたの?」


 若干不機嫌さを増しながらじとっとした目で問い詰めてくる、がどうにも顔が可愛らしいからか迫力が足りないような。

 撫でたら機嫌は直ったりしないかな、こうなでなでと。撫でたいだけなんだけどね。


「ううん、ティファと」

「いや、どこの誰さん?」

「あれ? キャラクター作る時に会わなかった? ほら、妖精の女の子」

「……NPCの妖精と長々と話し込んでた、と? 種族とか加護の相談でもしたの?」

「少しね、でも種族も加護も割とすぐに決めたよ」

「じゃあなんでこんなに時間がかかるの?!」

「え。…………雑談、かな?」


 流石にNPCとはいえティファのプライベートな話を妹にであってもぺらぺら話すのは躊躇われたので曖昧に濁しておく。

 しかし、目の前の花菜はといえば――。


「〜〜〜〜(ぷるぷる)」

「? どうしたの?」


 妹は震えながら俯き、ぶつぶつ「耐えろアタシ……お姉ちゃん素人だし、割と天然入ってるし我慢我慢我慢……」などと呟いている。怖いんだけど。


「……はぁぁぁ。分かった、怒ってもしょうがないよね、そうだよね。時間は戻って来ないもんねっ」

「え、と……?」

「よし! とりあえず、お姉ちゃんまずはあたしとフレンド登録しよう」


 花菜は疲れた顔をしながら右手の指を揃えて上から下へ降り下ろす、するとシュッと縦長のウィンドウが開き操作をし始めた。


「お姉ちゃんの名前はいつも通りでいいの?」


 実の妹に面と向かって名前を聞かれる、というのも妙な感じ。

 まあ顔も声も別人だけど。

 と思いつつご機嫌をこれ以上傾けるのもマズイ。さっさと名乗っておこう。


「そう、アリッサにした」

「了解、っと」


 話しながら妹は片手で現れたキーボードを操作して私の名前を入力していく。



 ポーン。



 軽やかな音と共に薄青い半透明のウィンドウが出てきた。



『【フレンド申請】

 [クラリス]からのフレンド申請です。

 受諾してフレンドに登録しますか?

 [Yes][No]』



 私がいつもネットやゲームなどで用いる名前、それが“アリッサ”で、同様に花菜も“クラリス”と言う名前を使ってる。まあ、実際に呼んだ事も呼ばれた事も無いんだけどね。

 文章を確認の上、フレンド申請のYesを選択する。



 ポーン。


『【フレンド申請】

 [クラリス]からのフレンド申請を受諾しました。

 [クラリス]がフレンドリストに登録されました』



 つつがなくフレンドとなった私たち。クラリスはそれが余程嬉しいのかニコニコ顔だ。けど、私は首を傾げる。


「ねえ、フレンドって何が出来るの?」

「えっとー、システムメニューの[フレンド]から判るのはログイン状況でしょ、あとリアルタイムチャットとメールが送れるの。実際にやってみよっか」


 花菜、改めクラリスはウィンドウを開き説明を挟みつつ操作を開始した。



 ポーン。


『【メール受信】

 [クラリス]からのメールが届きました。

 開封しますか?

 [Yes][No]』



 あ、届いた。

 私は現れたウインドウをタップしてメールを開封した。



『愛しのお姉ちゃんへ。


 (妄言の列挙により以下略)


 これから南門の先のフィールドでモンスター狩りに行かない?』



 ちら、とクラリスを見る。

 そわそわと落ち着かな気に私を見ている、下を見れば足がウズウズと今にも走り出したがっていた。

 今度は私が見よう見まねで右手を振りウィンドウ|(正式にはシステムメニューウィンドウと言うらしい)を開く。

 その横に備わっていたスクロールバーを使って[フレンド]に移動してタップ、続いて表示された[フレンドリスト]から[クラリス]、最後に[メール]を選択する。

 目の前にキーボードが現れたので危なげなく文面を作成してクラリスへと送信した。

 目をやるとクラリスに届いたのか、私側からは灰色にしか見えないウィンドウに指と視線を走らせている。

 文面には『上手く出来るか分からないけど、それでもいい?』と書いてある。

 それを見たクラリスは嬉しそうに顔を綻ばせると私の手を取り、まずは中央の広場を目指して走り出す。


「よっしゃー! 行こう、アリッサお姉ちゃん!」

「ちょっ、速い速い! もっとゆっくり走ってよっ、ク、クラリスー?!」


 こうして私、アリッサとクラリスは初めての冒険へと飛び出した。








 が。

 よく考えたら私は回復アイテムの調達がまだで|(クラリスは先に済ませていた)お互いのステータス確認を全くしておらず、パーティーすら組んでいないのに気づいたのは、クラリスがモンスターにノリノリで一撃入れた後だったりした。


 勢い任せは危ないのだった。



◇◇◇◇◇



「お姉ちゃん、あたしはお姉ちゃんが何を考えているか分かりません」


 南門の先の草原から回れ右して出戻った私とクラリスはまず武器・防具店やアイテムショップなどが並ぶ西大通りに向かった。

 そもそも西大通りに待ち合わせたのもアイテムを買い求める為だったのに、私に会ってテンションが暴走した挙げ句に草原に突撃してしまったそうで「お姉ちゃんの魅力に当てられちゃった☆」とか言われた時はさすがに杖で小突きたくなった。

 ともかく、そこで初心者用の回復アイテムを買い求め、ステータスを確認し合った|(私の場合クラリスのステータスを見てもちんぷんかんぷんだった)所で先程のセリフが呟かれた。


「何よ、藪から棒に」


 そこで私のステータスを見ていたクラリスは光の失せた虚ろな瞳でこちらを見る。


「何これ、なんで属性法術コンプとかしてんの!? 初期取得加護が3分の2以上埋まってるんですけど?!」

「どれがいいか迷ったから全部にしてみました」

「何という行き当たりばったり?! 始める前に加護の事色々と教えたじゃん!」

「……馬耳東風、って知ってる?」

「ダメだこの人ーーーー!!」


 絶叫だった。それはもう辺りに轟く程の。

 ほら周りの人がびっくりしてる、一応驚かせてしまったので頭を下げておこう。


「ぜぇぜぇ……」

「落ち着いた?」

「どっちかと言えば落ち着かざるをえない……ねぇ、まさかMSO適当にすまそうとか考えてる?」

「そんな事ないよ、やるからにはがんばるつもりだもの。加護は、何て言うかフィーリングで選んだだけ」

「えぇー……こ、効率とかガン無視して縛りプレイモドキ、予想の遥か斜め上をかっ飛ぶ大惨事だよ……」


 クラリスは「オーノー、なんてこったい」と嘆き悲しんでいる、そこまで言わなくてもよくない?


「いつまでもぐちぐち言ってないで早く行こ。時間が勿体無いよ」

「ぐっ、誰のせいだと……」

「それより戦い方とかってどうすればいい? 法術ってどうすれば使えるの?」


 そう、このゲームにはチュートリアルっぽいのが無かった、なのでさっきの戦闘では役立たずに徹していた。ほんと立つ瀬が無いったら。


「あ、そっか。お姉ちゃん下調べとかしてないのか。大抵の人は始める前にネットで色々調べて来てるんだよ、あたしもそうだし」

「……なんでゲームだとそんなに予習に余念が無いの?」

「リアルは二の次」

「…………」


 まさか自分の妹からこんなセリフを聞かされる日が来ようとは……これから先姉としてどう接すればいいだろうかと真剣に悩んでしまった。


「基本的な事は北大通りにある道場とか訓練所とかで教えてくれるけど、時間がもったいないから簡単に教えておくよ」

「お願いします」

「まずはメニューの[ギフト]から[ギフトリスト]を選択して」


 私は言われるままにシステムメニューを操作する。[ギフトリスト]を選ぶと取得した加護が10個、ずらりと表示された。



[ギフトリスト]

『☆|《火属性法術》

 ☆|《水属性法術》

 ☆|《風属性法術》

 ☆|《土属性法術》

 ☆|《光属性法術》

 ☆|《闇属性法術》

 ☆|《聖属性法術》

 ☆|《マナ強化》

 ☆|《詠唱短縮》

 ☆|《杖の才能》』



「加護が出たよ」

「じゃあその中のどれかをタップするとサブウィンドウが表示されるの、その中から[スキル]を選んでみて、それで使えるスキルが判るから」

「ええっと」


 スキルってティファが言ってた法術とかだよね。どんなのなんだろ?

 一番上にあった|《火属性法術》を選んで操作。すると新たに横にウィンドウが現れ、言われた通りにスキルが表示された。



『☆|《火属性法術》』

 『・〈ファイアショット〉』



「えっ、と……あれ、これだけ?」


 ウィンドウにはぽつんと1つ、それに触れると、更にテキストが追加で表示された。



『☆|《火属性法術》』

 『・〈ファイアショット〉』

 『単体攻撃用火属性法術。

 小さな火の玉を作り出して対象を攻撃出来る』



「最初はどの加護もスキルは1つだけなんだよ、レベル上げれば増えるから……まー、だから効率良く鍛えられる加護構成とか考えるんだけどねー……」


 あははー、と空虚な表情で笑うクラリス。


「お姉ちゃんは聖属性も持ってたよね、そっち見て」

「?」


 そう言われて次に|《聖属性法術》を選ぶ、さっきと同じようにスキルが1つだけ表示される。



『☆|《聖属性法術》』

 『・〈ヒール〉』

 『単体回復用聖属性法術。

 癒しを与える聖なる力で対象のHPを回復出来る』



「あ、やっぱりスキルも違うんだね……これって回復用なんだ」

「そ、聖属性は支援系なんだって。せっかくだからお姉ちゃんには攻撃法術と回復法術任せていい? ポーション使わなくて済むし、レベルも上げられるよ」

「それはいいけど、使い方は?」


 ちゃんと聞いておかないと、これを知らないとさっきの二の舞になる。


「うんとね、手か武器を構えて」

「構える……こう?」


 私は試しに杖を持ち上げ、クラリスの前に持ってくる。


「次に法術を使いたい対象を見つめて」


 クラリスをじっと見る、すると視界に小さな青い円が現れた。


「何か丸いのが出たよ。視線に合わせて動くみた……あ、消えた」

「それが『ターゲットサイト』だよ。スキルを使う時は使いたい対象に合わせる必要があるの、今回はあたしに合わせてみて」

「り、了解」


 言われてみたものの、ターゲットサイトは不慣れな為か、あっちにふらふらこっちにゆらゆらと動いて安定しない。その上油断するとすぐに消えてしまう。

 何とかクラリスに合わせてその状態を維持するも、目に思いっきり力を込めているのでかなりキツい。



「でスキル名の詠唱だよ、今回は〈ヒール〉って読み上げてみて。滑舌悪いと失敗(ファンブル)しちゃうらしいから気を付けてね」

「ぅ、ん……ひ、〈ヒール〉!」


 と、私が声に出した途端杖の先に藍色の光が集束する、それはすぐさま光の球となってクラリスに向かって飛んでいき体全体が同じ藍色の光に包まれた。


「ふぃ〜……HP満タンだったから回復したかは確認出来ないけど、感覚としては体がちょっとホワッと温かくなったー」

「せ、成功したの?」

「うん、って大丈夫?」


 ふぅ、と息を吐き目頭を押さえる。


「これ思ったより疲れる。ねぇ、スキルって全部こうなの?」

「基本的にはそうみたい。そこは慣れるしかないよー、がんばれお姉ちゃん」

「うーわー……」


 無理、とは言わないけど、普通に使うにはきちんと練習しないといけないみたい。

 あ、そういえばこれってしっかり狙わないと攻撃を味方に誤射しそう、てかするでしょ私……気を付けよ。敵を回復とかしちゃったら目も当てられないし。


「とりあえず外に出よ、お姉ちゃん。構成的に防御力紙だし、私が盾役するから後ろから法術じゃんじゃん撃ちまくっちゃって!」

「……まあ、やってみるけどね」

「じゃあ外に出る前にっと」



 ポーン。


『【パーティー申請】

 [クラリス]からのパーティー申請です。

 受諾してパーティーを結成しますか?

 [Yes][No]』



 パーティー……チームを組むみたいな事かな。組んで何の役に立つかは知らないけど、クラリスがする事にしたならメリットがあるんだろうな。

 Yesにタップして顔を上げる。



『【パーティー申請】

 [クラリス]からのパーティー申請を受諾しました。

 [クラリス]をリーダーとしたパーティーを結成しました』



「わーい。じゃあ後は実践あるのみ! 改めて、モンスター退治に行ってみよー! おー!」

「了解。でもあんまり無茶させないでよ」


 私たちは再度、中央広場|(多少人が捌けたので分かったけど公園みたいになってた)を経由してそびえ立つ南門へと向かい合いその先、モンスターがうろうろ徘徊する草原へと踏み出す事になったのだった。



◇◇◇◇◇



「ふぁ、〈ファイアショッ、しょ!?」


 ぽすん。

 杖の先に集まる筈の赤い光は間の抜けた音を残して霧散する、発音を外したので法術が失敗(ファンブル)扱いとなってしまった。その回数は10回をとうに超えた気がする。


『ぶおおっ!』

「ひっ」


 本日何回目かも忘れた戦闘中、相手は大きな猪『ボア』。

 硬そうな毛皮と鋭い牙が特徴で、突進と牙による払い攻撃しかしてこないので割と楽な相手|(クラリス談)、らしい。

 私としては大きさが胸辺りまであって、吠えながら突進してくるものだから結構怖いんだけど。


「落ち着いてお姉ちゃん! そんな簡単にあたしは落ちないから、っと!」


 私が当て易いように頭を盾で押さえつけていたクラリスがスムーズな動きで横にステップする。するとボアはさっきまでクラリスがいた場所を突っ切るような突進を繰り出す。

 が、当のクラリスは突進を予期したかのようにそこにおらず、しかも回避のみならず右手の剣で脇腹を斬りつける。


『ぶっ、ぶっほっっ?!』


 それを受けたボアは断末魔の叫びを上げる。頭の上に表示されていたHPゲージが0になり、そのままどうっと横に倒れる。

 やがて体から色が抜け落ち真っ白に、そして透明になって消えていった。



 タタンターン♪


『【経験値獲得】

 《火属性法術》

  [Lv.4]

 《マナ強化》

  [Lv.5]

 《詠唱短縮》

  [Lv.2]

 《杖の才能》

  [Lv.2]


 【アイテムドロップ】

 ボアの肉[×1]

 ボアの牙[×1]』



 軽快な効果音と共に開いたウィンドウに、今回の戦闘で得た経験値とアイテムが表示されてる。


「ごめん、また失敗しちゃった……」

「いいよ、その分攻撃回数増えたし……よしっ!」


 ウィンドウを見ながらガッツポーズをするクラリス、その様子だとまたレベルアップしたのだろうか。まぁ、活躍の度合いからすれば当たり前でもある。

 ちなみにまだ私の加護は大半が低いままだったり。


「お姉ちゃんどう? レベル上がった?」

「まだみたい、クラリスはやっぱり上がったんだ」

「《腕力上昇》がね。《剣の心得》は上がったばかりだからまだだけど《盾の心得》はもうちょっとっぽい」

「もうちょっと、ってなんで判るの?」

「ギフトリストの加護の名前の下に青いゲージがあってそれが埋まるとレベルが上がるの」


 そう言われてメニューからギフトリストを開いてみる。

 すると確かに、今まで使ってきた|《火属性法術》[Lv.4]の下にゲージがあり、2分の1程度には届いていた。

 ちなみに法術に限らずスキルの発動に失敗すると獲得経験値がガクンと落ちる、らしい……それでか。

 後は|《マナ強化》|《聖属性法術》|《詠唱短縮》|《杖の才能》の順に経験値が入っている、けど|《火属性法術》に比べるとかなり低く、レベルアップにはまだまだ掛かりそうだった。

 他の属性魔術も時々使ってなんとか半分くらいは2レベルになってる。


「半分が増えてないね」

「そういう構成だからどうしようもないよ。でも、このままだと成長遅くて取り残されるなー……」

「別にそこまでやり込むつもりは無いんだけど……なんにしても足手まといかな」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……そ、それにキャラメイクの初期スキルって大体王都で取れるらしいし、効率的なスキル構成なんて後からでも出来るし!」


 私の言葉に焦ったクラリスは手をブンブン振って励ましの言葉をかけてきた。

 どうにかならないかな、くらいの気持ちで言っただけでそこまでネガティブな意味でも無かったんだけど……私をMSOにハマらせたいクラリスとしては重要なのかもしれない。

 とはいえ、この加護構成は使い勝手は悪くても気には入っていた。

 まるで小説やまんがを全冊揃えた本棚を眺めたような感覚、いや達成感かな? そんな満ち足りた気分になってしまう。すでに満足してると言うのも問題と思うんだけどね。趣味で嗜む程度ならそれでもいいかもしれない。


「ねえ、王都ってあそこ?」

「ん? 違う違う。あそこははじまりの街アラスタ、王都はこの草原のずっと先にあるの。ボスモンスターがいるから倒せるくらいになるか強い人に連れていってもらうかしないと行けないけど」

「へえ、どんな所なんだろ。行ってみたいね」

「序盤でもボスだから、安全優先ならメンバー揃えて挑みたいよね」

「パーティーリストの灰色の所が空き枠なの?」


 さっきシステムメニューを開いた時に新しく出た[パーティー]を見てみた所、私たちの名前の後ろに空欄があったので聞いてみる。


「そうそう、1パーティーは6人までだから後4人。みんなとならその内行けると思うし、お姉ちゃんくらい連れて行ってみせるよ!」


 おー! とクラリスは気合いを入れている。

 みんな、とは多分MSOを始める前からの友達とかゲーム仲間だと思う。

 時折家に遊びに来ている子たちもMSOをプレイしてるのかな?


「友達もこのゲーム始めてるの?」

「あ、うん。お姉ちゃんも何度か会った子もいるよ」

「そっか」


 その答えを聞いて、私は空を見上げる。

 お日様は未だ頂点にすら昇っていない、けどそれは本来おかしい。だってプレイを始めたのがお昼、それからずいぶん時間が経ってる筈なんだから。

 その異変に気付いたのは割と早い。プレイを始めて1時間と経たない頃、お日様の位置がやけに低かったからだ。

 クラリスが言うにはこの世界は1日が36時間周期みたいなので昼夜での時間の判断がきかない。私はシステムメニューを開いて時刻表示を確認する。


「……ねえ」

「……何?」


 怪訝な顔をして、クラリスは私を見つめてきた。そこには一抹の不安が浮かんでいるように思えた。

 不穏な予感が“妹の勘”に引っ掛かりでもしたのかな。


「この後、晩ごはん食べるからゲーム終わるでしょ?」

「あー、うん、そだね。そっかそろそろ時間なんだ……」


 我が家の晩ごはんは7時前後。ただ、お母さんのお手伝い諸々があるので5時半までにはゲームを終えようと思ってる。

 そして、現在時刻はそろそろ5時に近い。


「クラリスは晩ごはん食べたらまた始めるつもり?」

「そりゃそうだよ」


 当然でしょ? とでも言いたげに首を傾げる。


「私、それには付き合えないから」



「………………ふえ?」


 クラリスは呆けた。



「…………一緒に遊ばないの?」

「うん」


 ごわーん! なんて擬音が実体化しそうになる程、クラリスの顔には驚愕がありありと浮かび上がった。


「いや、なんでそこまで驚くの」

「お、驚くよ!? だって今日初日だよ! お姉ちゃんとこのまま徹夜する気満々だったのに?!」

「明日は学校があるでしょう。徹夜はダメです、許可出来ません。例え明日が休みでも許可なんてしないけど」


 するとクラリスは絶望色に顔を染め上げた。ああ、徹夜って本気だったの……。


「そ、そんな釣れない事言わないでよお姉ちゃ〜ん、ふえーん」

「なんて顔してるのよ。はあ……だから、この後まだ続けるつもりなら友達に連絡して合流した方が――」

「う、」

「友達とは連絡つかないの?」

「……多分みんな一度はログアウトするだろうし……その前に私のIDとか特徴とかをメールしとけば向こうから接触してくれる筈だから大丈夫、だけど……」


 草原に風が吹く。語尾は風に紛れて消えてしまった。まだどこか不満げに顔を曇らすクラリスだけを残して。そんな顔をされたら困ってしまう。


「そんなに不満?」

「……だって、お姉ちゃんこの先ずっと忙しくなるんでしょ? ならせめて今日くらいは思いっ切り遊べるって思ってたんだもん……」

「私としては5時間近く遊んで思い切り、にならない事がびっくりなんだけど……」


 ここに来て私たちの認識の差が立ち塞がった。

 ゲームは1日1時間、とは流石に言わないけども、お昼から夕方までずっと続ければ十二分に遊んだ、と感じる私。

 が、クラリス的には明日の朝まで遊び続けて思い切り、になるらしい。無茶だって。


「ねぇ、いいじゃん今日くらいはさ。徹夜は無理でも、もっと遊ぼーよー」

「ダメ。予習も済ませたいし、明日からまた忙しいから早めに寝ておきたいもの」


 現実とゲームならどちらが重要か、クラリスが|(冗談とは思うけど)「リアルは二の次」と言ったように、私は「現実には代えられない」と思ってる。

 私はその線引きはきっちりとしておきたい。それは最初から言って聞かせてきた事でもある。


「う……」


 クラリス……花菜は表情に影を落とす。それを言われたら、って感じで困り果てている。

 この子も理解してない訳じゃない、と思う。

 だからこそせめて今日だけは遊び倒そうって必要以上に張り切ってて、だからこそ退くのを躊躇ってる。


「………………わかった」


 全然分かってなさそうな顔でか細い声をようやく出したクラリスはシステムメニューから現実の時間を確かめると、唇をきゅっと結び顔を上げる。


「……晩ごはんだから落ちなきゃだし、この後の為にも寝かさなきゃいけないし……しょうがないよね……うん。じゃあ、アラスタに戻ろ……」


 クラリスはそう言ってくるりと遠くに見えるアラスタの西門へと向き直る。


「……うん」


 と、クラリスの先の言葉がふと気になったので聞いてみる事にした。せめて残りの、ゲームの中にいる間だけはゲームの話題をしようとも思いながら。


「ねえ、さっき言ってた事なんだけど……寝かさなきゃ、って何? なんか変な言い回しだから気になっちゃって」

「お姉ちゃん……ホントになんも知らないみたいだね、説明書に書いてある基本的な事なんだよ?」


 説明書……序文だけしか読んでなかったなー。もっとちゃんと目を通しておけばもう少しは……後の祭りか。


「読んだと思う?」

「愚問でした! ……はぁ、アラスタに着いたらログアウトついでに教えるよ」


 その会話でクラリスはようやく肩の力を抜いた。諦めたのか、折り合いをつけたのか、ただ納得はしていなさそうだった。

 私もクラリスの後を追う。先に進んだのか時間帯によるものか、近く遠く雄叫びや鳴き声が絶え間無く飛び交っていた周りもさっきよりも多少人が減ったように感じる。


「どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ。行こう」


 私は半ば戦場と化している草原に改めて背を向けて、アラスタの南門へと帰還の為に引き返した。



◇◇◇◇◇



「お姉ちゃん、視界の左上に何が見える?」


 南門を抜けた所で、クラリスはこちらにくるりと振り返りそんな事を聞いてきた。


「何って……HPとMPのゲージでしょ?」


 視界の左上に視線を向ければ、薄かったゲージが色濃くなってしっかりと表示される。

 上側のHPゲージはクラリスのお陰で満タンだけど下側のMPゲージは3割程度しか残っていない。

 ちなみにゲージは通常青で、残り6割で黄になり3割からは赤くなり、1割を切ると点滅を始める(らしい)。

 法術を無駄に使ってたら点滅が始まり慌てて取り乱しちゃって、クラリスに呆れられてしまったのは苦い教訓だった。


「そうそう、で、それぞれの下にも別のゲージがあるでしょ?」

「え? ……あ、ほんとだ。細くて気づかなかった」


 上にHPゲージ、そのすぐ下に黄色の細いゲージがある。

 同じようにMPゲージの下にも黄色いゲージが、上下共に6割程度に減っている。


「何これ」

「HPの下が『空腹度』ゲージでMPの下のが『睡眠度』ゲージ。時間と行動で減少してそれぞれ0になるとHPとMPが回復しなくなるの」

「え、回復って……」

「回復系はいくら使っても全部無効になっちゃうんだよ」

「え……ええ?」


 草原に行った時にHPとMPには色々な回復方法があると教えてもらった。

 まずは休憩による自然回復、ぼーっとしてるとじりじり回復する。

 次にアイテムによる活性回復、回復アイテムであるポーションを飲めばHPやMPが回復する。

 後は法術による変換回復、〈ヒール〉を使えば回復する。

 クラリスは「自分のHP・MP管理は戦闘の基本だよ」と言っていたけど、その全てが作用しなくなるとならったら管理どころの話じゃない。


「え、何それ……キツ過ぎない?」


 MPは直接攻撃する手段があるならまだしも、私みたいに法術を使う以外に取り柄が無いのには致命的。

 逆にHPは接近して戦う程減りやすい、私を守ってくれたクラリスを見てれば分かる。

 それが回復出来なくなるなんて、どっちにしろそうなったら大変じゃない。


「だよねー、もちろんフルから0にまでなるのはよっぽど派手に動き回った挙げ句に飲み食い休憩を全然取らなかった場合だけど」

「……ねえ、空腹度は食べ物食べるとして睡眠度って、寝るの?」

「寝るね」


 神妙にクラリスが頷く。


「……寝るだけ?」

「だけだよ。でも寝ないとゲージ回復しない上に寝ると動けなくなるから、ログアウトしてる間にPCを寝かせておくの」


 空はまだまだ明るい、クラリスの「後の為に寝る」発言が今一噛み合わずに頭を傾げてたけど、これの事だったんだ。

 だとするとずっとプレイするのは無理なんだ。ちゃんと休憩を取らないといけないから。


「んー、でもどうしてこんな面倒な仕組みに……あ、そっか。つまり『ゲームばっかりするな』ってメッセージなのね」


 ポンと手を叩く。

 なんだ思ったよりまともな理由じゃない。区切りとしてはむしろ妥当かも。ただ、納得した私とは対照的な反応を示す者が約1名いた。


「くっ、睡眠度さえなければ丸一日でもぶっ続けでプレイ出来るのにっ!!」

「クラリスみたいなのがいるから導入されたんでしょうね……すっごく納得した」


 あ、ちょっと! そこの人たち、頷かないで、拍手もしないでください! ウチの妹が調子にのるじゃないですかっ!

 頭痛を覚えながらも、私は拳を掲げるクラリスに話の続きを促す。こんな人の目につく所で漫才をしたいとは思えないので。


「はぁ……で、どこで寝るの?」


 まさか路上で、などとは言うまい。言ったら流石にプレイを控えかねないんだけど。


「そりゃ宿屋で、この南大通りは殆ど宿屋だよ」


 そう言ってクラリスが歩き出したので私も追っていく。

 南門前から宿屋が軒を連ねるという南大通りを歩く、と言うか落ち着いて周囲を見れば確かにそれらしい雰囲気の建物がある。


(どうして気付かなかっ……って、そうだクラリスに引っ張り回されて周りを見てる余裕が無かったんだ……)


 力無く笑みが零れた。

 けど、商店が軒を連ねる西大通りの喧騒とは違った落ち着いた雰囲気にホッとどこか安心する。

 流石に来たばかりの頃よりずっと人は少なくなってる、賑やかなのは変わらないけど、騒がしいとは思わない。和気あいあいと楽しげにさざめく様はなんだか学園祭を練り歩く生徒にも似ていた。


「これが全部宿屋なの? 睡眠度の所為で大増殖してるんじゃ……でも全員収まるのかな、空き部屋探すだけで一苦労になるんじゃないの?」


 少なくとも今日は凄い数の新規プレイヤーが押し寄せている事になるのだけど、5万室はどうみても無さそうだった。


「宿屋では寝るか宿泊かを選べるんだよ。寝るだけだとログアウトした時点で部屋が空いて、次のログインが街の中心のポータルになるの」

「その言い方だと宿泊は泊まった部屋になるのかな。違いはそれだけ?」

「確か宿屋によるけど施設を利用出来たり、食事が出たりだね。もちろん値段が高くなるけど」

「なるほど。節約したい人を考えれば、これでもなんとかなるって事ね」

「うん、多分……」


 そう言いながらキョロキョロと頭を振る、どうも左右に続く宿屋を品定めしているらしい。


「むー、値段は入らないと分かんないし、店名も読めないし……」

「そんなに違いがあるの? どうせ今回は寝るだけでしょ?」


 腕を組んで唸り出すクラリス、今までこれでもかと役立ってきた下調べもここに来て暗礁に乗り上げた。

 見上げれば看板があり店名らしき文字も書かれているのだが、このゲーム独自の文字なのかさっぱりと読めない。

 アイテムショップは私が来るまでに口頭で調べたり店頭に並べられている商品である程度は分かったらしいんだけど……待ち合わせ場所から遠く、かつほぼ宿屋で似たような建物の多い南大通りだと探すのが大変なのだった。

 見える範囲全てが宿屋だらけの現状では手当たり次第にアタックしてもお目当てを見つける前に夕食や徹夜などの為に他のプレイヤーが押し寄せるかもしれない。


(文字を読めるようになる加護とかあるのかな、あるなら取りたいかも)

「仕方ない、当たって砕けろだ!」

「所持金と要相談だけどね」

「くっ、ショップで換金してしまおうか……」

「南大通りまで行く?」

「うーん、街の周りで手に入るドロップアイテムなんて今ごろ大暴落中っぽいんだよねぇ。NPCショップの固定価格は低めに設定されてて買い叩かれるって言うし……なるだけ高めに売って色々買いたいのになー……」


 ああ、5万人の乱獲者が猛威を振るってるから、二束三文になっちゃったのかな?


「ぐうっ……元々大したお金にはならないだろうけど、改めて考えると売るのを躊躇いそうに……」

「だとすると相場が落ち着いた頃には干物ね、私たち」


 安かろうが悪かろうが、お金をドロップしてくれないモンスターを恨む他は無い。日銭を求めて買い叩かれるのも已む無し、世知辛い世の中にはゲームの世界も含まれているみたい。


「だよねー……はぁ。早く稼いでカッコイイ装備手に入れたいなー」

「クラリスならやれるよ、がんば」


 頭を撫でながら励ましてみる、その合間に「程々にね」と、一応挟んでおくが果たして耳に入ったのだろうか。

 クラリスは気持ち良さそうに目を細め撫でられるままになっていた……この辺りはいつもと変わらない、クラリスの姿だとなんだか新鮮だなあ。


「さて、そろそろ時間も時間だし。宿屋に行こ、戻ってくるプレイヤーで混み合う前に」


 頭から手を離すと若干不満げな顔をされたが気にしない、今更だしね。


「さて、ど・れ・に・し・よ・う・か・な……」

「お姉ちゃんたまにソレやるよね」


 古典的かつ慣れ親しんだ選別方法を実践していた所、クラリスから微妙に呆れ混じりの声が届く。

 今私がしていたのは南門から街の中心までの大通りにある宿屋を左右交互に数えていくやり方なのだけど、呆れられる程かな?


「判断材料が無いんだし、こんなものでいいんじゃない?」

「そりゃそーだけど……ま、今更言ってもしょうがないか。ここはお姉ちゃんに任せた」


 その言葉に手を振って答え、続きを再開する。えーっと……。


「か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・りっ」

「お姉ちゃん、決まった?」


 私の指の先にあったのは、一見すると西部劇にある酒場|(マンガやコントで見た程度の知識だけど)のように見えた。


「これはあれかな、1階が酒場で上階が宿屋、的な。お姉ちゃん渋いチョイスだね」

「神様がそうしろって言っただけです。さ、行こ」


 顎に指を当ててニヤリとドヤ顔をしているクラリスの手を引っ張っていく。

 お店のドアは古式ゆかしいスイングドア、自動ドアに慣れきった身としては新鮮に映る。


 キィ……。


 使い込まれたドアは小さくもない音を立てながら開き、お店に一歩二歩と踏み込み中を見回してみる。クラリスも私の後ろからコソコソと様子を伺っている。


 それなりに広い店内は丸テーブルが5つそれぞれに椅子が4脚ずつ、ただお客さんの姿は見当たらない。ならず者がトランプにでも興じているかと思ってたのに。

 続いてカウンター、こちらにはずらりと足の長い椅子が10脚。やっぱりと言うのは失礼だけどお客さんはいない。ハードボイルドな人が「マスター、いつもの」とかもしてない。

 そしてその奥、酒瓶が所狭しと置いてある棚を背にして、キュッキュッ、とリズミカルに音を鳴らしながらグラスを磨く人物に視線を向けた。


 50手前くらいのバーテンダー……じゃないか、マスターがいた。

 撫で付けた髪と顎に髭を蓄え、顔には皺が所々に見てとれる、パリッと糊の効いたシャツを着こなしたその姿は実に様になってた。

 いや、むしろ様になり過ぎてる。

 ガッシリとした体つきは迫力があり、強面とも言えるその風貌と、酒場と言う場所柄が相まって一種『一見さんお断りだよ(ギロリ)』的な雰囲気を、これでもかと放ってた。


「あ、あの……」

「何かな、お嬢さん」


 低く渋い声で答えるマスターは笑みに細めた目で私を見つめている。あれ、思ったより人当たりがいいのかな?

 私は少し安心して話を続ける。


「ここの上って宿泊施設ですか?」

「ああ、そうとも。見ての通りの寂れた店だが、使ってくれるのかな?」


 マスターは苦笑混じりにそう言ってきた。寂れた、は流石に言い過ぎじゃないかと思うけど。


「あ、はい」

「休憩なら150(ゴル)、宿泊なら200Gだがどちらに?」

(高いの?)

(平均のちょい下、くらい。いいんじゃないかな……)

「……えっと休憩を、2人でお願いします」

「生憎とうちは1人部屋しか無いが構わないかい?」


 うちは、ね。なら他の宿屋なら二人部屋や団体用の部屋なんかもあるのかな。とはいえ今考えて判るものでもないので私はマスターに返事をした。


「はい、大丈夫です」



 ポーン。


『【契約】

 [夜の梟亭での休憩]

 [150G]を支払いますか?

 [Yes][No]』



 私とクラリスそれぞれの前にウィンドウが表示された。

 横を見るとクラリスがこちらを見ていたが、視線が合った所で急いでウィンドウに顔を向けてしまった。……ここに入ってから段々こんな調子になってる。

 少し気にはなるけど私は先に済ませようとYesをタップする。チャリーンと効果音が鳴り、お金が引き落とされた事を知らせる。


「毎度あり。これが『201号室の鍵』と『202号室の鍵』だ、返却は不要だが外への持ち出しは禁止だ、もし出たいなら鍵は俺に預けてくれ」

「あ、どうも」


 私たちは木札付きの鍵を受け取る。私の鍵は『201』、クラリスの鍵には『202』なのだろう文字が彫り込まれていた。

 やっぱり数字も別の文字。凝っている、というか徹底してる。


「……お姉ちゃん?」


 木札をずっと見つめていた私にクラリスが不審げに問いかけてきた。


「ううん、なんでも。201と202なら部屋は2階かな、行こうか」

「あ、うん……そだね……」


 私たちは店の奥にある階段へと向かう。マスターは既に何事も無かったように、入った時と同じく黙々とグラスを磨いている。

 それを視界の端に見ながら、手すりに手をかけて階段を上がって行く、キシッキシッと耳を澄ませば木の音が聞こえてくる。

 窓から見える景色はまだ明るくても、通りがさっきよりも賑やかになったと感じるのは気の所為じゃない。きっと少なくない人が私たち同様に帰路についているのだろう。



「――ねぇ、お姉ちゃん……」

「ん?」


 階段を上り、2階へと着いた私に後ろからクラリスが話し掛けてきた。

 その声はどこか沈んでいる。


「…………ホントにこの後続けないの? もちょっとくらい……なんとか」


 やっぱり、とは思う。宿との契約からこっち、クラリスは徐々に寂しげに顔を歪めていった。

 納得してないんだろう。当然といえば当然ではある、私が一方的にそう決めただけなんだから。

 私は、分かってもらえるようゆっくりと説明を繰り返す。


「明日も早いしね、生活のリズム変えたら後が辛いから」

「〜〜っ、でもっ! せっかくMSO始められてお姉ちゃんと遊べるのに……お姉ちゃんは楽しくなかったの?」


 参ったなと苦笑を浮かべながら、クラリスの頭に手を乗せる。


「楽しかったよ、久しぶりに一緒に遊べたしね」

「じゃあ! もっと遊ぼーよ、ちょっとくらい遅くなったっていいじゃん!」

「こーら」

「……っ」


 ぽかりと軽く叩く。

 クラリスは目をギュッと瞑った。私は一度息を吐き改めて話しかける。


「言ったでしょ、しばらくは私忙しいんだってば。他の人の迷惑になるような事は出来ないし、したくないの。ひと月もすれば落ち着くから、それまで我慢して、ね?」


 屈んで目線を合わせる。諭すように語りかけても、クラリスは顔を俯けたままだった。


「……っ……」

「クラリス?」


 私は黙りこむクラリスへ手を伸ばす。と。


 パシンッ。


 触れるか触れないかの刹那。

 私の手はクラリスに払われた。


「あっ」


 思わず口から溢れた。

 知らず目を見開いた。

 そして、手が震えた。

 どちらが?

 きっと、どちらもが。


「花……クラ……」


 私は、咄嗟に反応出来ず、手を引っ込めていた。


「ぁ……う、お、お姉ちゃんのばかぁっ!」


 次に動いたのはクラリスだった。そう叫ぶと顔を伏せてそのまま私の横を駆け抜けて奥から2番目の部屋へと飛び込んでしまった。

 バタンと大きな音と共にドアが閉められ、ガチャリと鍵をかける音が響いた。


「……クラ、リス」


 呆気に取られてた私だけど、ハッとして閉じられた部屋の前へと歩いてく。


 コンコン。


「クラリス?」


 ……コンコン。


「クラリス……!」


 木製のドアを2度ノックしてみる、けど当然のように返事は無かった。


「はあ……ああ、まずったなあ……」


 ドアを背に、私は足を折ってずるずるとしゃがみこむ。

 どっと押し寄せる後悔。後1時間でも一緒に遊べば展開は変わったのだろうか? 分からない。分からない。分からなかった。


 その後少しの間部屋の前に居たもののドアが開く事は無く、システムメニューの脇に表示される時計を見て、再び息を吐いて自分の部屋へと向かう。


 ガチャッ。


 ノブを回し、ドアを開けて中に入るとそこには小さな部屋があった。

 広さはせいぜい四畳程度、ただベッドのみが置かれ本当に寝る事しか出来そうもない。


(まあ、そういう部屋なんだろうけど)


 とりあえず私はベッドに腰掛ける、すると。



 ポーン。


『【就寝】

 [夜の梟亭での休憩]

 就寝しますか?

 [Yes][No]』



 と表示された。しばらくクラリスの部屋側の壁を眺め、そして頭を振る。今ここで考えてもしょうがない、一度戻ってみよう。

 私は横になってからウィンドウのYesを選択する。



『【就寝】

 [夜の梟亭での休憩]

 ログアウトしますか?

 [Yes][No]』



 ……あ。

 そういえば、クラリスはフレンド登録してればシステムメニューからログイン状況が分かるって……。

 そう思い、つい咄嗟にNoを選択してしまう。しかし――。

 体は、私の意思とは関係無くベッドに横たわり瞼が強制的に閉じていき、視界が全て真っ暗になってしまう。


 やがて真っ暗な視界の中央にウィンドウが表示された。



『【睡眠度回復】

 全快まで[01:20:45]

 起床しますか?

 [Yes][No]

 ※再開は地上の星からとなります。

 ログアウトしますか?

 [Yes][No]』



 このウィンドウの他には何も無い。しかも一度就寝してしまうと次に目を覚ましたら別の場所に移動してしまうと注意書きされていた。


(ちょっ……もうお金無いのに、これじゃ出るしか……それに、これどうすればいいの?)


 腕を上げようとしても一向に動かない、というより体全体が全く動いてくれない……。


(おかしいな、YesとNoが表示されている以上は選択する方法が無い訳無いのに……あと動かせるものといえばせいぜい……あ)


 もしかして、と思い視線をウィンドウに集中してみるとやっぱり白い円、ターゲットサイトが現れた。

 ターゲットサイトを選択肢に合わせるとYesの文字が僅かに濃くなる。私は少し悩んだがYesにサイトを合わせ続けた、すると。


 ポーン。


 効果音が鳴る。シュッ、とウィンドウが閉じ、視界が真っ暗になった。

 次いで横たわっていた体の感覚がぼやけていき、完全に無くなっていった……。




◆◆◆◆◆




 そして、体の感覚が唐突に復帰した。さっきとは違う体感、ベッドの感触、頭に被さる重さに緩く緩く呼吸をしてから、私は目を開いた。

 そこには見慣れた私の部屋の天井があった、陽が暮れているのか部屋はオレンジに染まっている。


「……やっぱり、時間の経ち方が違うんだよね」


 起き上がろうとして、リンクスの存在に気付く。

 首を痛めるのは嫌なので、寝転んだままバンドを外し両手でリンクスを抑え、体を下にずらして頭から外す。


「ふう……」


 起き上がってから頭を振ると髪がなびき黒い色が目に入った。改めて帰ってきたんだと実感が湧いてくる。

 それから部屋の明かりをつけ、少しの間体の柔軟をする。

 時計を見るが晩ごはんまではまだ少し時間があった。そして壁を見る、この部屋の隣は花菜の部屋だ。もし戻ってるのなら話をしたいけど……。



 私は部屋を出た。

 そっとドアを閉め、隣のドアまで歩いていく。

 ネームプレートには丸文字で『KA*NA』『ノック必須!』の文字と昔花菜が好きだったゲームのキャラクターが書かれている。

 深呼吸をして手を上げる。


 コンコン。


「……私だけど、起きてる?」



 …………。


 ………………。


 ……………………。


「はあ……」


 少し待っても、返事は無かった。もしかしてまだ戻ってきてないのかな……。

 ドアノブに手をかけてみるけど、止めた。花菜は部屋のドアには鍵を掛けない、それはいつでも入ってきていいと言う意思表示だ。だからもし、今鍵が掛かっていたらそれは……そんな考えがよぎり、私は一歩ドアから離れた。


 私は体を階段に向けて1階へ歩き出す、晩ごはんは流石に食べるだろうから先に下に行って待っていよう。


「…………」


 後ろ髪を引かれたけれど。



◇◇◇◇◇



 結果から言えば、私と花菜は仲直りする事が出来なかった。


 あの後居間で待っても、花菜は降りてこなかった。お母さんが声をかけるまで、部屋に閉じ籠りっきり。

 晩ごはんも大急ぎでかっ込み食べ、お母さんに注意までされていた。お父さんが早く帰ってきていたら怒られていたと思う。

 そして食べ終わると食器を片付けて、さっさと上へと駆け上がって行ってしまった。

 私は声をかけたけど、取り合う事無く終始避けられ続けた……時折辛そうな顔をしたのは多分見間違いじゃなかった、と思いたい。


 結局お風呂から上がった後に部屋を訪れても返事は無い。

 予習を済ませいつも楽しみにしていたドラマを見たが内容は頭に入ったかは怪しい。

 その後は今日中の決着を諦めて床につく事にした。


 部屋の電灯を消し、ベッドに体を横たえる。

 月明かりにぼんやりと照らされる部屋の隅に目を向けるとそこには箱に仕舞ったリンクスが置いてある。


(結局、ケンカの原因になっちゃった……)


 溜め息を吐き、しばらくは使ってやれそうもないリンクスを複雑な思いで見つめ、私は瞼を閉じて明日からの事を考えながら眠る事にする。



 少しは花菜の機嫌が良くなっているように願って。



 ………………。


 …………。


 ……。




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