第27話「恨みがましく、逞しく」
その日、私はNPCshopを訪れていた。
本日の予定では、まずアイテムを補給した後にはじまりの湿地のボスとの戦闘を済ませ、晩ごはんの後にそこで得られるドロップを売り、お店を探して鉛筆を買い求める。
……予定だったのだけど、NPCshopには店主であるノールさんは居らず、どう言う訳か代わりにカウンターの向こうに居たのは見た事の無い痩せぎすの男性だった。
私はそれに驚き立ち入れずにいる。お店の壁に張り付き、店内をチラ見して観察している私は夜中である事も含め、きっと不審者と思われている事だろう。私もそう思う。
男性の容姿はくすんだ灰褐色の髪、目を開けてるのかも分からない糸目、くたびれた服は初期装備ですらなさそう、言っては何だけどあまりPCらしくなかったノールさんに輪をかけてらしくない……もしかしてあの人はこの世界の人(確か……ラント人、だったかな)なのでは?
(でも、PCのお店で? あ……そうだ、ターゲットサイト)
通常白と黒のターゲットサイトは捉えた対象によって白い部分の色を変化させる。PCなら青、モンスターなら赤、その他の人や動物なら黄色になる。それを利用すれば判別も可能だろう。
実際に見てみると予想通り、サイトは黄色に変化した。あの人はラント人で間違い無さそう。
でも、そうすると今度はノールさんのお店に何故あの人が居るのか、と言う疑問に行き着く。そもそもノールさんはどこに行っちゃったのか。
「ハッ! まさか差し押さ「殴るぞ」……わーお」
私の後ろには青筋を立てていそうなノールさんが仁王立ちしていた。振り向かなければよかった……。
「ったく、何こんな所に突っ立ってんのかと思えば……人の店に向かって随分な事言ってくれるじゃねぇか、あぁ?」
「ア、アメリカン・ジョーク……あはは」
目からはわずかに涙が滲み、作り笑顔は盛大に引きつっているに違い無い。そんな私をどう思ったのか、ノールさんはため息を長く吐き出しお店へと促した。
「グラさん、お疲れ」
「おかえりなさい、ノール殿」
グラ、と呼ばれた男性は糸のような目をこちらに向けた。
「悪いな、毎度遅くまで」
「やあ構わないさ、これも仕事の内だからね。まあ星守殿たちはよく昼夜関係無く平気でいられるものだと常々羨ましく思ってはいるが……ふわぁ〜っ」
「はは、そろそろ上がってくれていいぜ」
「そうさせてもらうよ。流石に瞼が重くなってきた」
グラさんは私たちに軽く手を振ってそのままお店を去っていった。瞼って、殆ど閉じてません?
「あの人……」
「ああ、NPCだ。俺がログインしてる間しか店を開けないんじゃ儲けが少ないんでな、店番を頼んでる。他に3人、計4人でローテを組んでるからその間はそれこそNPCショップみたいなモンだ。さっきみたいにビビらなくていいぞ」
「……ビビってません」
ただ、買い取りはしてもらえないそうで注意しろと言われた。う〜ん、それは困った。私って常時おサイフが軽い傾向にあるから、ノールさんの買い取りは重要な供給源なのに……。
その後、買い物をしているとノールさんが何気無い様子で話し掛けてきた。
「知ってるか? ユニオンじゃPCも依頼を出せるんだぞ」
「え? 初耳ですよ。窓口でも言われませんでしたし」
「専用の窓口があるんだよ。ただし、PCの出した依頼はNPCへの依頼に限られるし依頼相当分のポイントも差っ引かれる。そこで俺は店員募集をしたんだ、給料安いがな」
もっとお金を出せれば美人だったり買い取りが出来る人も雇えたらしいけど儲けとの兼ね合いで仕方無かったそうだ。
「金回りのいい所だと雇いNPCに金かけて売り上げ伸ばすからな、うちみたいな零細との差がますます開きやがる」
後半は少々愚痴が混ざってたけど、知っておけば何かの役にも立つかもしれないからなと、サービス代わりに教えてくれた。
「今日もはじまりの湿地の攻略か?」
「はい。いい加減はじまりのフィールドを攻略し終えないと先に進めませんから」
「全部回るとか律儀だな、お前も。ま、せいぜい頑張ってドロップを売りに来てくれや。健闘を祈っといてやるよ」
「はい、行ってきます」
木々の灯りに照らされた街を私は駆け抜けて行った。
◇◇◇◇◇
パシャ、パシャ、パシャッ!
今日はユニオンからの依頼の最低分すらも無視してボスエリアを目指している。正直倒すのにどれだけ掛かるかまるきり分からないのがボス戦なのでいちいちただのザコモンスターを相手にして時間を浪費していたら晩ごはんまでに帰れるか分からないもの。
ある時はフロッグが舌を伸ばしてきたのに驚き、またある時はキャットフィッシュの水鉄砲に恐々とし、更にある時はリーチの存在自体に二の足を踏んだりしながらも、最低限の戦闘だけで未開のはじまりの湿地第2層のマップを右へ左へ前へ前へと突き進んだ。
はじまりの湿地は大半が水浸しで、ポツポツと点在する沼、街灯のように心細く周囲を照らす木々が疎らにあるフィールド。
沼からの不意打ちに加え、木々の灯りがある事で逆に目は暗闇に慣れず木々から離れれば一寸先はなんとやら。なので私は一手を打つ。
「〈ライトアップ〉」
《光属性法術》10レベルで得られたのは杖の先に5cmくらいの光の球を作って灯りにするスキルだった。そう強い光でもないけど、少し先にいるモンスターを確認するくらいは出来る。
その役目が特に顕著なのがここ、第2層(正確には第1層終盤から)。
第2層からはモンスターは私が近付けば襲ってくる。進路上にいる場合範囲外から避けて行ければいいんだけど、〈ファイアサーチ〉単体だと暗闇の先にモンスターがいるのは分かってもどちらを向いているか分からなくて遠回りしたり、大丈夫かと思ったら私から攻撃されに行く羽目になったりだったけどこのスキルとの併用でそれもかなり回避出来ていて先へ進む速度は衰えない。
(はじまりの丘陵だと飛行型モンスターの所為で空と地面の両方に注意を振り分けてたから楽に思えるのかも)
唯一の例外は時折木に張り付いているリーチを除けば、だけど(それも果実が光ってるので丸分かりだったりする)。……フロッグもアレだけどうぞうぞと蠢く蛭なんて経験値やお金目当てでもなければ近付きたくもない。
「ふう……ふう……ペース上げ過ぎたかな?」
ほぼ休み無しで走り続けると多少息が荒くなる。なんでも休憩を挟まない事でスタミナ値が一定値まで減少した為に、こうした症状が現れたんだとか。
ボス戦での全力疾走に比べればまだ全然平気だけど、スタミナ値が減少したままボス戦に突入する訳にもいかず、私はペースを小走りから競歩くらいに落とす。
『激しい運動で減少する』と花菜は言っていたし、歩き続けて息切れした記憶は無い。多分走ると自然回復のペースを消費が上回ってしまうじゃないかな、だからこうしていれば少なくとも急速な悪化は防げる……筈。
セーフティーエリアで動かずに体を休めれば回復も早いのかもしれないけど、隠しパラメータなのでそれがどれだけ休めば全快するか分からない。安全を期したら余分に時間を浪費してしまいかねない。
ならば後はもう感覚頼り。幸いにもゲート近くにはモンスターは近寄らないし、例え息を切らしても整えるくらいなら出来る(ここは人が少ないけど、ゲート前だと往来はそれなりにあるだろうから長居はしたくない)だろうから。
◇◇◇◇◇
「ここが……端?」
私の前には沼、それも横に長い沼が広がっていた。一跨ぎ出来る奥行きでもなく、向こう岸には柴垣や木々、おまけに地面は泥々。
右を向いても左を向いてもそんな感じで変わらない。これじゃまるで沼と言うより堀みたい。
〈ウォーターフロート〉を使えば越えられるのかもしれないけど、以前はじまりの森第2層から隣のフィールドへ移動出来そうだったので試してみたら、途中で酷い悪臭に見舞われた。それは次第に喉や目の痛みを誘発し、堪らず引き返した。
(今から思えば瘴気だったのかな、アレ。きっとフィールドを区切る為に使ってるのね)
何にせよあんなイレギュラーな事態はごめん被るし、濁った沼にキャットフィッシュが潜んでいない道理も無いので素直にゲート探索を再開した。
「ええっと、この後は……」
視界内マップでは把握し切れないのでメニューから[マップ]を表示する。
ここを含めはじまりのフィールドの構造は単純で、入った場所の反対側のどこかにゲートがあるみたいだった。
はじまりの丘陵は頂上だったから分かりやすく真っ正面、はじまりの森はやや左側にずれていた。私が今居るのはフロアボスのエリアからまっすぐの位置で見渡す限りはそれらしい物は見当たらない。
とは言え闇雲に探すつもりは無い。ネットでそれくらいは探して頭に入れていた。
それによればここを左に曲がってしばらく進めばいい筈だ。私は探索に移る。すると程無くゲートらしい捻れた黒い木々が私の目に飛び込んできた。
「時間は……後1時間半、これくらいなら上出来かな」
メニューから現在時刻を確認すると、急いだ甲斐はあったようでそれなりに早く到着した。ここのボス戦+次のライフタウンへの道中を考えれば妥当と言える。
「ボス戦も3度目なんだから落ち着いて落ち着いて……すう……はあ」
何度となく深く息を吸い込む……度に、2日ぶりのボス戦に緊張と前回、前々回の苦労が蘇る。始まってもいないのにどっと疲れを感じてしまう。
「ぐ。なんて弱いメンタル……深呼吸でリラックスしたいのに逆効果ってどう言う事」
頭を痛めつつもせめてスタミナ値だけでも回復した事を祈りながら、私は改めてゲートに向かった。
◇◇◇◇◇
「…………うえ」
はじまりの湿地のボスエリアは一面泥に覆われていた。足を降ろせばバチャッと焦げ茶色の泥が跳ねる。どちらかと言えば水っぽいようで動くのに不自由は感じないものの、不快なのには違いない。
ボス戦である以上汚れを気にしてはいられないけど、きっと勝敗に係わらず落ち込む羽目になるんだろうなあ。
バチャッ、バチャッ。
ゆっくりと中央へ歩み寄る。ユニオンで請けた依頼、そしてネットでの情報によれば、はじまりの湿地のボスは『ジャイアントフロッグ』。色々と評判が悪い相手である。
黒い靄が集まって泥まみれの地面にズズン! と荒々しく降り立った。巨体を証明するように大量の泥が飛沫となって強かに飛び散る。
実に気味の悪い紫色をした巨大カエル・ジャイアントフロッグは頬を風船のように膨らませて『グエェェ〜〜ロォ』と低く大きく間延びした鳴き声を響かせる。
毎度お馴染みの咆哮。今このタイミングから互いを分断していた不可視の壁は消え、私は自由にスキルを使用可能になった。
「〈ウィンドステップ〉!!」
いつも通りに移動速度を上げる為に〈ウィンドステップ〉を唱え、ジャイアントフロッグの正面を避けつつ距離を取る。サイドに回ると背中のイボイボが目に飛び込んで気持ち悪さがまた増した。
そんな私を光を映さない黒々としたギョロ目がヌラリとねめつけた。
ゾワリ。
下手に動かずに私を追う瞳の気味悪さに肌が粟立つような感覚に襲われ、唱え始めていた〈コール・ファイア〉を言い淀んでしまい、危うくファンブルしそうになってしまった。
(激しいのは嫌だけど、静かなのも不気味。攻撃が無いのは有り難くはあるんだけど……きっとそろそろ)
私の心の声に応じた訳でもないだろうけど、ジャイアントフロッグはぐるりとこちらに方向転換を始めた。
まず顔を、次に手を、足を、ベチャッベチャッとゆっくり動かす。でもその間にも私はその側面へと走り続けている、スピードはこちらが上だから差は開く一方だった。
『ゲェロッ!!』
ビシュッ!
するとジャイアントフロッグは何故か見当違いの方向に鋭い音を立てて勢い良く舌を伸ばした。さっきまで私がいたポイントにでも向けたのか、もちろんそれは私に当たる筈も無――。
ブゥンッ!!
次の瞬間、首が私を追った。それに若干遅れてエリアの端まで伸びきっていた長い長い舌が横に向けて振るわれた!
「っ!」
舌は私を薙ぎ払うべく、ヌメヌメと光りながら追い縋る!
舌は先に行く程下方向に垂れていて私の位置からは伏せるしか無い(走り高跳びを出来るような身体能力は断固として無い)。こうなっては汚れを気にしてられない、私は意を決して前方へ飛び込んだ!
バシャンッ!
泥だらけが決定した瞬間である。
そして倒れ込んだ私の頭上を長い舌が通過した。落ちるのが遅れたスカートと新緑の外套の裾にチッ、と当たったような気がして更に気分が落ち込むけど、そんな事には構っていられない。
ピッタリ半周分薙いだ舌を仕舞ったジャイアントフロッグはゆっくりと体を首に合わせるて動かす間、その瞳はまたも不気味に私の方を向いている。
(く、うっ……体勢が整う前に、急いで距離を離さなきゃ!)
唱え終わったスキルは6つ、まだ半分でしかない。
『ゲェコォッ!!』
今度は何?!
振り向けばジャイアントフロッグは頬を大きく大きく膨らませていた、その膨らみ方はさっきよりも尚大きい。
ブパッ!!
私へ向けて、1m程もある泥水の玉を吐き出した!
「あ、うっ!?」
その勢いは凄まじく、かわしきれずに左腕が巻き込まれる。視界のHPゲージがガクンと減少し、泥玉に引きずられるようにバランスが崩れて後方に倒れ込みそうになる。
「っ! ……きゃっ?!」
何とか踏ん張ろうと足に力を込めるもこのボスエリアは全面が泥まみれ、私は足を取られて尻餅をついてしまった。
バシャンとお尻が濡れた感触に苛まれつつも、私はバッと立ち上がって再度走り始めた。ここで動きを止めたらまた泥玉で追撃を受けかねない。
「……ビギナーズHPポーション!」
ヒールかポーションかのわずかな逡巡の後、MPを不用意に減らすのは得策じゃない、と腰のポーチに手を伸ばした。
相変わらずジャイアントフロッグ自体の動きは緩慢なものだけど、その攻撃の速度は私には対処の難しいレベルだ。油断無くジャイアントフロッグの動きを見つめながら栄養ドリンクサイズのポーションを一気に口に含む。
「〈コール・ファイア〉〈ファイアマグナム〉、えっ?」
ビョ〜ン、バッシャンッ!
ビョ〜ン、バッシャンッ!
今度はカエルの面目躍如とばかりにこちらへ向かってカエル飛びを繰り返して近付いてくる、巨体なので1回毎の跳躍が大きく、追い付かれるまでそう時間は掛からなそう。
(うわ、近くで見ると余計に気持ち悪い!)
顔が引きつるのを感じながら詠唱の続きに入る。
「――〈ウィンドマグナム〉!」
ビョ〜〜ン!!
詠唱の完了と同時、ジャイアントフロッグは一際高く飛び上がる。空中では手足を伸ばし切り白いお腹を晒していた。これが押し潰し攻撃……!
しかし、高く飛んだ代償として落ちるまでわずかに時間が掛かる。
「くっ、〈プロテクション〉!」
自身を対象に発動出来る〈プロテクション〉で防ぐ……とまでは至らなくても時間稼ぎにはなるかと展開する。
ジャイアントフロッグの巨体が光の壁にぶち当たる直前に私は壁の外側へと抜け出す……が。
ビョ〜〜ン!!
「んなっ?!」
〈プロテクション〉がその巨重によって縦横にヒビが走り崩れ去ろうとした。だけど崩れる直前にジャイアントフロッグが光の壁をすら足場として再び私に向かって跳躍したのだ!
(む、むちゃくちゃ過ぎっ!)
これじゃ防御スキルを使ったってさっきの二の舞になるばかり、かと言って走って避けられるかは微妙な位置。ならする事はこれくらいしかない!
「リリース!」
ヒュゥン――ドッ、ゴゴゴゴゴッ!
『ゲゴッ?!』
引いてだめなら押してみる、攻撃は最大の防御なり!
(あ、ダメっぽい)
12連続攻撃はお腹に命中したものの押し返すには至らずに、前方へのヘッドスライディングの甲斐も無く、巨大カエルに押し潰されてしまったのだった。
ズズーンッ!
「あ、ぐ!?」
HPゲージがグングンと右から左へ、色が緑から黄色へと変わり、止まった時にはなんと1割をわずかに割り込むくらいにまでなってしまった。
もしお腹がぶよぶよでなかったらきっともっと盛大に減じていたのだろう。
ジャイアントフロッグはのそのそとスローモーションで再生するようにゆっくりと体勢を戻そうとしている。
私はそこで生じた隙間から這いずるように抜け出した。体には鈍い痛みが断続的に続いていて、動かすだけで辛い。
「〈ヒ、ールプラス〉〈ヒール〉!」
今の状況で悠長にポーションを取り出せる訳も無く、つっかえながらも回復法術によってHPを回復した。
ただ、今の事からも分かる通り、成長したお陰で即死は免れたけど相変わらず私の防御は頼りない。普通の攻撃の2、3発であっさりと死んでしまうと改めて理解して全力で駆け出した。
どうもジャイアントフロッグは通常時の動作は緩慢だけど、攻撃時はかなり機敏になるらしく、走る私をまたもゆったりとした視線で追ってくる。
(一撃じゃ死なないって言っても、何度もそんな目に遭えば追い打ちを受ける事は十分に考えられる。12連続攻撃は大量にMPを消費する、待機中はその分のMPは回復しない……法術の数を減らしてでも防御用にMPを残しておくべきなのかな?)
その場合、12発を10発程度に減らすか、もしくは〈ショット〉系から〈バレット〉系に変更するか。威力的には下がってしまうのがネックではあるけど。
後者はスキルの数自体は同じなので手間は同じ。
前者だと、例えば火水風土光の次は闇火水風土、と毎回順番を意識しないといけないので面倒ではある。
「……よし。〈コール・ファイア〉〈ソイルマグナム〉」
私が選択したのは後者だった。主に威力を重視しての選択だけど、果たしてどうなるやら。
◇◇◇◇◇
「〈プロテクション〉!」
半球状に障壁を展開する防御スキル。そこにべちん、と薄紫色の舌が強かに打ち付けられる。壁の8割程度にヒビが走るけど舌の勢いは削がれ、障壁を舐めるように通り過ぎた。
〈プロテクション〉が消滅するより前に半透明の壁をすり抜け反対方向へと駆け出す。ただ、スタミナ値はもう大分失われたのか、倦怠感に苛まれて困ってる。
「ぜぃ、〈ファイアマグナム――――」
消費したMPにも構わずすぐに詠唱を再開する。目算ではまだ余裕がある、ポーションはリリース後にジャイアントフロッグがダメージで仰け反っている間。今は攻撃を早く済ませてしまう方がいい。
「――――〉〈ウィンドショット〉。ぜいっ、リリース!」
完了と共に間髪入れず、10発の光球を解き放つ。もう何度目かになろうと言う攻撃が命中し、派手な爆光が瞬いた。ジャイアントフロッグは仰け反り、のろのろ体勢を戻している。
ここまでの戦闘でジャイアントフロッグのHPゲージは2本目に突入し、それも4割を割り込んでる。
対して私は相手の鈍重さに幾度も助けられながら、とりあえずはHPはフルに保ってる(フル状態でも全く安心出来ないけども)。
今も詠唱を行いながら敵の攻撃を回避中。
(本番はここからね……。後2回の攻撃でジャイアントフロッグは間違い無くイーヴィライズしちゃう)
前回のジャイアントドッグ戦ではすっかりその存在を忘れていて肝を冷やしたので今回は尚の事、広いボスフィールドを走り回って激しく息を切らせていようとも意識せずにはいられなかった。
(今までのわずかな経験からすれば、動作は機敏に荒々しく変化して、攻撃の威力も頻度も高くなる。そこからはもうノンストップ、攻撃を防ぎつつどれだけ早くスキルの準備を整えられるか、ね……)
下手をしたら一撃で倒されてしまうので全力での対応は必須。頭の中で「大丈夫大丈夫、今までだって何とかなったもの」とおまじないのように念じながら、1回目の攻撃を敢行した。
「リリース……!」
その後、若干走るペースを落とす。この程度でスタミナ値が回復するとも思わないけど、消費ペースくらいは減速する、と思いたい。
びょ〜ん。
「ぅ……」
炸裂音と爆光の中から現れたジャイアントフロッグは、面倒な事に私を押し潰しにピョンピョン飛び跳ねて来る。
ダメージの累積によってわずかながら動きの精細さを欠いているようにも見えるけど、それはスタミナ値の影響下にあるこちらも同じ事。むしろ私の疲労の方が顕著に現れていると思う。
押し潰し攻撃の際はこちらの動きに合わせて、例え落下中であろうとも落下位置を微調整するらしく、他の人はどうだか知らないけど私の身体能力ではダッシュでも逃げ切れずに押し潰されるか、もしくは〈プロテクション〉で一瞬動きを止めた後にチェインで攻撃を失敗させるしかない。
(どうせなら〈マグナム〉系でギリギリまでHPを削ってしまいたかったのに、なんてタイミングの悪い!)
これが舌伸ばしやら泥玉やらならまだ避ける芽もあるのに、攻撃される上に距離が詰まる押し潰し攻撃だなんてついてない。〈プロテクション〉後の一連の動作は今の私には地獄とそう変わらない……何か悔しい。
(目測だとHPゲージは2割4分くらい……こうなったら単発で減らしてみようかな?)
ジャイアントフロッグが高くジャンプしたのを捉え〈プロテクション〉を展開する中、〈コール・ファイア〉〈ソイルマグナム〉を急いで唱える。その途中に上空から巨大な影が降ってきた!
ドッ、スンッ!
激しい衝撃の中、障壁の向こうにはジャイアントフロッグの巨体。障壁にはあっと言う間に重量に耐え切れずヒビが縦横に走っていた。いくつもある攻撃の中でこの押し潰し攻撃だけは〈プロテクション〉で防ぎ切れないのだ。
「〈コール・ソイル〉〈ライトチェイン〉!」
ジャラララララッ!
私は鎖がジャイアントフロッグを拘束したのを確認せずに一気に外へと逃げ出し、背後から薄氷が割れるような音が響いた直後、地面が揺れ波が脚を叩いた。
「リリース!」
待機状態を解いて放った1つきりの土を纏った光球がスローペースなジャイアントフロッグの頭へとぶつかった!
バガン!
ぐぐぐ……と少しだけ減ったHPゲージはほぼ理想の2割をちょっと上回る程度。巨体からは黒い靄が立ち上っていてもイーヴィライズには至らずにすんだ。
(後は〈マグナム〉系で一気に大ダメージを与えて、MPの許す限りスキルを単発で使い続ける……だから)
腰のポーチからポーションを取り出し、そのまま握り締める。ダメージを受けたらすぐさま飲んで回復する為に。
「すう……〈コール――――」
そして、私は詠唱を開始した。押し潰し攻撃ともう1つ、ジャイアントフロッグの厄介な特殊能力を使わないように祈りながら。
(お願いだから鳴くのはやめてよね、ただでさえ手一杯なんだから)
鳴き声。
ジャイアントフロッグのそれは通常モンスターのフロッグを1匹呼び寄せると言う迷惑極まりない能力だった。
実際一度MPに殆ど余裕が無い時に使われて、対応に四苦八苦した事もある。
ただし、使用頻度が低いのが唯一の救いで今までに3回しか使っていない。だからまあ、そこまで警戒しなくても――――。
『ゲロゲロゲロゲロ〜〜〜』
鳴いちゃったよう。
「そんな事だろうと思ってたけどね!!」
急いでる時に信号が赤になったようなやるせない気持ちを味わいながら、こうなったら仕方無いと諦めて予定を変更する事にした。
……はあ。
4回目の鳴き声を聞き付けて、どこからともなくフロッグがピョンピョン飛び跳ねてやって来た。
「ゲロゲロ」
威圧感たっぷりのジャイアントフロッグを相手にしてるからなんだか気勢が削がれるなあ……。
「〈コール・ファイア〉……えっと〈ダークマグナム〉」
現在唱え終わったのは土と光。攻撃に使ってる6つの加護の内、〈ファイアサーチ〉を使ってた火、〈ウィンドステップ〉の風、〈ライトアップ〉の光の3つの加護の経験値が他の3つよりも多くなるのでこう言う時にちょくちょく使ってる。
紫色の光球が、まだ私に気付かず明後日の方向を向いていたフロッグの後頭部に激突して前のめりに地面に倒れ込んだ。
倒し切れなかった事で私を認識したのか、起き上がりこちらへ向かって飛び跳ねて来る。
「〈ウォーターショット〉」
しかし悲しいかな、距離が遠くてフロッグでは私の2発目までにこちらを攻撃出来ないのでした。
(まあ、問題はここからなんだけど……)
そうして、残るはラストスパートくらいかと思っていたマラソンに、更に距離が追加されげんなりしながらも意地を張って脚の回転を維持するのだった。
◇◇◇◇◇
ドッ、ガガガガガァンッッ!!
10の光球がジャイアントフロッグへ命中した!
目を射る閃光と耳に響く轟音、肌を叩く爆風……そして、それらを霞ませる程に吹き上がるのはジャイアントフロッグがイーヴィライズ状態になった証、黒い靄。
『ゲェロロロロロォォォォッ!!』
多少間が抜けているような気がする叫びに風が吹き荒れ泥水も波立つ。距離はそれなりに離れていても、安心するには程遠い。
そんな相手を前に、私は脚を速めるよりも目を離さない事を選ぶ。
何故ならとかく泥玉の速度がマズい、ただでさえ下手をすれば避け切れないのにおそらくはより速くなっている筈、もし避けようと思えば発射タイミングを見逃さないようにするしかないのだから。
(ギリギリまで削ってたから残りHPは4分程度、ここまで減らせば単発での攻撃を繰り返した方がいいよね……っ!)
――ビシュッ!!
鋭い音を伴って、高速で飛来する舌。やはり今までよりも速く、私の走り抜けた場所へ突き込まれた!
次にあの舌が私に向かって振るわれる……でももう防御に悩むつもりは無いんだからね!
「〈プロテクション〉!」
障壁が私を守ってくれるけど、もちろんこれだけで防ぐのは無理なので時間稼ぎでしかない。なので汚れはもう諦めて泥水の中に俯せる。
はっきり言ってこれまでの戦いの中で全身はずぶ濡れ。今更変わらないとは思っても、こんなエリアに住み着くカエルや作ったメーカーにちょっとばかりの憤りが顔を出す。
(ふ、ふふふふふふ。もうすぐ終わらせてやるんだから……)
暗い気持ちを渦巻かせていると頭上ではパリンと軽い破砕音、その後ブォンと舌が通り過ぎる。やっぱり持たなかったと思いつつ、ジャイアントフロッグを睨み付けてターゲットサイトで捉える。
「〈ソイルマグナム〉! 〈ライトマグナム〉! 〈ダークマグナム〉! 〈ファイアマグナム〉! 行っけーっ!」
舌を振るえばその間は無防備、最後の最後に訪れた幸運に気を良くして連続でスキルを唱えた。
〈コール・ファイア〉も待機無しの速攻は光球の完成と同時に飛び立ち、泥玉や鳴き声の為にか頬を膨らませていたジャイアントフロッグをガンガンガンガンとしたたかに打ち付けた。
HPゲージは命中する度にわずかずつ減少し、3発目でとうとう0になった。
光球が全て命中するとシン……と静寂が訪れた後、ジャイアントフロッグはぐらりと盛大な水飛沫を上げながら倒れ、黒い炎に包まれて消えていった。
「はあぁぁぁぁぁ……」
ウィンドウが開く効果音がファンファーレ代わり。私ははじまりの湿地の攻略に成功したのだった。
どうも、047でございます。
今回はちょっと小話を。
自分は夏が苦手なのですが、多分執筆ペースが落ちるだろうと情けない自己分析を7月終わりにしまして、「なら8月分は先に全部終わらしちゃおう」と9話分をまとめて予約投稿(予め小説を投稿し、指定日時に公開する機能)する、と言う試みをしてみました。文字数と読了時間って予約投稿込みなんですね、お陰で8月は変動してませんでした。
それで結果なんですが……公開前日に一応チェックする時に「あ、ここ直そ」と思う事おびただしく、その際に投稿済み小説をコピー⇒手直し⇒投稿済み小説と置換、の手順が(ガラケー投稿なのでスクロールとか出来なくて)むっちゃめんどくさい。と言う事が分かりました。
結論。
もう9月からは普通に投稿しよう……。
以上、047の愚痴でした。




