第2話「彼女の名前は」
しばらくは書き溜めてたのをちょこちょこ直してUPUP。
視界には何も映らない。でも、瞼を瞑っているのとはまるで違うと暗闇の中、私は感じた。
パチリとスイッチを切るように体の感覚が消えてから数瞬、それに代わる仮想の感覚が別の体を形作る。
横たわっていた体は起き上がり、地面の上に立っているらしかった。昨日の二の舞は嫌なので崩れないようにぐっと注意してバランスを取る。
恐る恐る目を開けるとそこには真っ白な空間が広がり、目の前には簡素な1本足のテーブルが1つ、ぽつんとあるだけだった。
テーブルの上には1冊の古ぼけた本が置かれてる。
表紙は黒に近い紺。星なのか細かな点が散りばめられ、中央には一際大きな銀色の十字に輝く星が描かれていた。
そして、流麗な金文字で書かれたタイトル。
『MyStarsOnline』
(他には……何も無い、よね)
辺りを見回してみても、ただただ真っ白な空間があるだけ。小部屋程度なのか果てなんか無いのか、広さがどれくらいかは陰影すらも無いので判然としない。
目を戻して本に手を伸ばせば、そこには前と同じ爪も指紋も無く気味が悪い仮想マネキンの白い手があった。
まだキャラクターを作ってないのだから当たり前で仕方無いのだけど、やっぱり慣れない。むしろ慣れたくない。
私は改めて目の前の本の表紙をめくった、瞬間。
――キィンッ!
「きゃっ?!」
少し開いた所でページから突如眩い光が放たれ、風も無いのに勝手にバラバラと勢いよくめくれ始めた!
閉じようとしても弾かれ触れる事も出来ず、あまりの眩しさに目を開けている事も難しく、腕で遮りながらジリジリと後退る。けど、腕の隙間、瞼の隙間をすり抜ける光は止まらず、そうしている間にも光はますます勢いを増し、白い世界を更に白く白く満たしていく。
「な、何なのっ?!」
私はつい心のままにそんな不安げな声を上げるけど、自分から出たその無機質な声にも違和感が湧き上がり、余計に混乱を助長してしまう。
そんな時だった。
『――聞こえますか?』
「えっ、誰!?」
突然耳に届いた鈴を鳴らすような澄んだ声に対して、私はどこに居るかも分からないままに声を上げる。
『もう大丈夫、目を開けても平気ですよ』
「え?」
そう言われわずかに瞼を開くと、確かに眩い光は収まっているようだった。
しかしあまりの光量だったので目は眩み、視界はぼんやりと霞んでいた。慣らす為に二、三度まばたきをして声の主を探す。
「?」
視界の中心、何かが目に留まる。見間違いかと思った、だから目を擦る。
でも、それが消える事は無かった。
パタパタと薄青色の半透明な羽根を羽ばたかせるそれは、小さな小さな……。
(妖、精?)
そう、その容姿はまさしく物語の中の妖精と呼ばれる存在そのものだった。
陽の光を集めたような金色の綺麗なロングストレート、それよりも濃い色の優しげに細められた瞳。
髪飾りは桜色の小さな花びら、20センチに満たない体を包むのはドレスのような淡い緑の服。
顔立ちは少女のように幼く、薄紅の頬には優しげな笑みが浮かんでいる。
(か、かっわいい〜〜っ!!)
私は少しの間、その圧倒的な愛らしさに目を奪われていた。
「ほわ〜」
『初めまして、新たな星守。私は導きの妖精ティファと申します』
彼女はそう言って片足を後ろに下げ行儀よくスカートの裾を摘み物語の中でしか見ないような礼をする。
(確かカーテシー、だったっけ?)
神秘的な容姿にこの上もなくマッチした上品なその姿に私は一瞬、ほぅと見とれてしまう。ああ、かわいい。
「ほ、わ……はっ! ご、ご丁寧にどうもっ」
遅まきながら正気に戻った私は慌てて姿勢を正し、ぺこりと頭を下げる。
どうにも優雅さも可憐さも無い、まあ今はその身1つのマネキンボディだからどうした所で様にはならなかっただろうけど。
お互いに挨拶をすませ向かい合い、ふわふわと宙に浮かぶティファと名乗った小さな妖精が口を開く。
『では新たな星守、早速ですが私たちの世界へ赴く為の準備を致しましょう』
「準備……ああ、キャラクターの作成、だっけ? でも、このゲームって容姿とかは全部ランダムで決まるって聞いたんだけど?」
確か花菜はそう言っていた筈。必要な事は先にパソコンで入力してくれたんじゃなかったの?
『はい、姿自体は自動的に定められるのですがアナタに決めていただくべき事がいくつかあるのです』
そうすると存在をすっかり失念していたテーブルに降り立ち、本の上に手をかざすとページがゆっくりとめくれ始める。
さっきの事もあり、ぎくりと身構えるも今度はいきなり光り出す事も無かったので緩く息を吐く。
『始めに、アナタは自らの種族を選ぶ事が出来ます』
ぺらぺらとめくられるページにはある所から絵が描かれてた。
それは普通の人間に始まり、動物の耳や尻尾や角があったり、体格がよかったり身軽そうだったりと何ページも様々な絵があった。
やがてページが止まったので、今度は自分の手でめくってみる。
絵の他にも色々と文章も書いてあるけどとりあえずパラパラと流し見ていった。
「えっとティファ、さん?」
『呼び捨てで結構ですよ』
「じゃあ……ティファ。これ、種族にはそれぞれ違いってあるの?」
『はい。まずご覧の通り外見の差違。それぞれに得手不得手があり、そして種族毎に固有の『アビリティ』が存在します』
アビリティ……能力?
まあこれだけ種類があって見た目が違うだけ、って事もないか。でもそう聞かされるとどれにすれば良いのか……ううん。
『ただし、星の加護は別です。星々は誰でも皆平等に照らしてくれるのです』
「へえ、なるほど……あ」
悩む中で、ある絵が私の目を射止めた。
『これは森の民と呼ばれる種族、『エルフ族』ですね』
「エルフ……ああ、聞いた事ある……」
ファンタジー系のゲームや小説に出てきたような、ってくらいで詳しくは知らないけど。
そのページにはすらりとした印象の、顔がシルエットになってる細身の女性が描かれていた。
新緑のような色合いの簡素な上着にミニスカート、ブーツらしい靴を履いて長い耳が特徴的だった。
でも、何よりも私の目を惹き付けてやまないのはその髪。
(金色の、ストレートヘア……)
それは簡素な絵ではあったけど、焼き付くように印象を残す……そして、私はそっと目の前にいるティファを見た。
彼女の髪は今もまるで陽光のように暖かく煌めいていて、とても……とても綺麗だった。
そんな髪に私は強く心惹かれている。
容姿は自動的に決まるそうだけど、このエルフを選べば……もしかしたら彼女みたいな髪になれるかもしれない……。
そう思い至れば、する事は決まっていた。
「これに、エルフにしたいな」
『はい。エルフ族ですね。種族の説明は必要ですか?』
他に変えるつもりは無いし、使う以上少しは知っておいた方がいいかな。
「うん。一応聞かせて」
『はい。まずそれぞれの種族の能力を示す値は6つに大別されます』
ティファが指し示したのはエルフ族のページ、そこに描かれているのはどうもグラフらしい……けど、図形は何故か五角形だった。
「このグラフ(多分)は五角形だけど、能力は6つなの?」
『はい。6つの能力の内の1つ、その日の廻り合わせを示すFor値は1日毎に無作為に変化する為に書く意味が無いのです』
「なるほど……」
フォーチュン……運、か。朝にテレビ番組でやってる占いみたいなものかな。そりゃ毎日変わるよね。
『では続きですね、6つの内の1つはお教えしましたので残りの5つを』
『敵の攻撃などに対する耐久力を示すHP』
『スキルと呼ばれる術技を使う際に必要なMP』
『体の強さを示すPhy値』
『心の気高さを示すHea値』
『技の巧みさを示すTec値』
五角形の頂点を次々に指す。その中の歪な形が示すのはエルフの得手不得手なんだろう。
『この内エルフ族は平均的な『ヒューマン族』に比べHPやPhy値が劣っています』
示された五角形の内側はガクンとへこんでいる。
「あの、それって虚弱って事なんじゃ……」
耐久力や体の強さを示す数値が劣っている、なんて言われたから戦う中で息切れをするような、なんだか虚弱体質なイメージが生まれてしまう。
『肉体面ではそうですね。ただその分MPとHea値が優れ、Tec値がやや優れています』
「……えっと、その優劣ってどんな風に影響するものなの?」
『はい。例えばHea値は法術と分類されるスキルの威力に影響を及ぼします、逆に敵の魔法による攻撃を受けた場合の防御能力にも影響します。Phy値は物理的な攻防に。Tec値は素早さや器用さに影響しますよ』
んー、つまりHea値が高くてPhy値が低いエルフは物理攻撃の届かない距離から魔法を放つ、魔法使い向きの種族って事なのかな?
うん、私は斬り合うのとか怖いので丁度いいかも。
「じゃあ剣とかで戦うのには向かないのね」
『確かに多少は不利ですが不可能ではありません』
「え?」
『加護の選択、成長、装備、そして何よりアナタの意志と工夫次第で長所を伸ばす事も短所を補う事も出来るでしょう。全ては今後のアナタ次第なのです』
要は頑張ればどうとでもなるので好きなようにすればといいよと、そういう事?
まあこの先頑張るかどうかは分からないんだけど、どの種族でも構わないって言うなら気が楽かも。
『続いて『種族アビリティ』についての説明を行いますか?』
「あ、そんな事も言ってたね。その、アビリティ? って何なの?」
『分かりました。ではアビリティについて説明しましょう』
「うん、お願い」
『はい。アビリティとは、個人の持つ才能・積み重ねた経験・種族毎の特性・武器や防具や装飾品に備わる特殊効果などの総称です。アビリティは加護と異なりスキルの使用は出来ませんが、能力を増す物や冒険の一助となる物もあります。入手には色々な条件が必要ですが、得られれば頼もしい力となるでしょう』
「へえ、色々かあ……」
あまり理解はしてないけど、ともかく手に入れば役に立つ事だけは分かった。なら、エルフ限定っぽいアビリティの話もちゃんと聞いてみよう。
「じゃあさっきの……エルフの種族アビリティ? の説明もお願い出来るかな」
『はい。エルフ族の種族アビリティは〈森の民〉です、その名の通り草木がより多い場所では消耗したMPの回復が若干速くなります』
「……」
『……』
「え、それだけ?」
『はい。〈森の民〉の効果はそれだけです』
とすると草木の無い砂漠や洞窟なんかでは効果は発揮されないんじゃ……。
『エルフ族の能力に関する大まかな説明は以上です』
「そう、ありがとう」
『種族の詳細な説明をしますか?』
「……ううん、もう十分。エルフに決めるね」
あまり細かい事を聞かされても私では理解出来ないだろうしね。どんな事が得意か、が分かれば十分十分。
『一度決定された種族は変更する事は出来ませんが、よろしいですか?』
「うん、よろしくお願いします」
『はい、承りました』
ティファはエルフのページに手をかざす、すると描かれていた絵が徐々に消え始め、やがてただの白紙のページへと変わっていった。
『これであなたの種族はエルフ族となりました。次に星の加護を選んでください』
再びパラパラとページを捲る、今度はずらっと文字だけが並ぶページを開く。ずらっと……。
「……これが星の加護?」
『はい、この1つ1つがアナタに力を貸してくれる星の加護になります。この中から10個、お好きな加護を選ぶ事が出来ます』
いやそれは確かに、このゲームの売りまでランダムにする訳は無いでしょうから納得出来るんだけど……でも。
「あの、この数は何?!」
『総数は315となっています、少ないですが……』
「いやいや、多いよ。こんなにいっぱいじゃどれを選べばいいのかな分かんないなあ……もっと少なくていいのに」
『っ! 何を弱気な! アナタが今から赴く世界にはこの何十、何百倍もの星が目覚めを待っているのですよ!』
腰に手を当て、ぷんすかと擬音でも出しそうな怒り方でこちらを睨み付けてくるティファ。
ちょっ、星って全部で幾つあるの?! とも思うけど、このゲームの説明書に書いてあった事が頭を過り、一度落ち着いて考え直す。
(そういえば、そもそも空に星を取り戻す為にゲームの世界に行く、って設定なんだっけ。もっと少なくていい、なんて言ったらティファも怒るよね……)
こうして怒る彼女も彼女なりに必死なのかもしれない、むしろ無神経な事を言ったこっちが悪かったよね……なら、折れとしたらこっちからじゃなきゃダメだ。
「そう、だね……ごめんね、確かにティファの言う通りだよね。私が悪かったよ」
『へっ?! あ、し、失礼しましたっ! 私、星の事になるとつい熱く……本当に申し訳無いです……』
今度は顔を俯けシュンと羽根を縮こまらせてしまう。なんだか周りの空気までズーーンと重くなった気さえする。
そんな解り易い落ち込み方をするティファを見て私はあたふたと戸惑ってしまう。
「い、いいのいいの! ティファは間違ってないんだから、ね!」
手をぶんぶん振ってティファを慰める。もう! ここまで落ち込まれたら放って置けないじゃない!
「そ、それよりも、えっとえーとんーと……あ、ティファは星が好きだったりするの、かな?」
脱線は重々承知だけど強引に話題を変えてみた、あれだけ怒るのならそれだけ思い入れがあるんじゃないか、との希望的観測だったのだけど……。
果たして、ティファの羽根は僅かにピンと伸び、体がウズウズとし始めていたのだ。
ビンゴッ! 心の中ではガッツポーズ。
『え、と……はい』
……もじもじとしている。両手の人差し指を合わせてくにくにしている。かわいい。
「どうして好きになったか教えてもらってもいい?」
『その、はい……私が生まれたのは星が封印されてしまった後なんです』
「ふんふん」
ティファは思い出すように手を組み目を瞑り、訥々と語り始めた。
◇◇◇◇◇
――その頃、私は夜が嫌いでした。
暗くて危なくて心細くて、何よりも怖くて。
夜になると友達とすぐにベッドに潜り込んで寝ちゃってました、お喋りも無くて必死に目を瞑って、どうしてお日様は沈んでしまうんだろう、なんて思っていたんです。
でもある日……その、トイレに行きたくなって、でも皆寝ちゃってて私1人で部屋を出たんです。
廊下の先は真っ暗で、いつも走り回っている筈なのにそんな気が全然しなくて、曲がり角の先から何かが飛び出してくるんじゃないかってびくびくしながら歩いてました。
そこでふと縁側に人影を見つけて……おばけだーー?! って、息が止まるくらいびっくりしました。
でも人影をよく見ると私たちの村の長老だったんです。あ、長老はすっごい長生きで物知りで、とっても優しいお爺ちゃんなんですよ。
それでですね、私気になって尋ねたんです。長老は夜が怖くないの? って。
そしたら長老はふぉっふぉっふぉっ、お前たちには夜は怖いものなんじゃなって笑ってました。
私が、だって暗いし危ないし、寂しいよって言ったら。
今はそうじゃな、でも昔は違ったんじゃよ、そう言って私に隣に座るように促したんです。
私はおっかなびっくり周りを見ながら座りました、それを見て長老がまた笑いましたけど。
そして話してくれたんです、星の話を。
夜空には昔、月よりももっともっともーっと小さな、でも優しい輝きで皆を守ってくれていた星があったんじゃよ、って。
星は魔の者たちを退けてくれていた、暗くても遠くまで見える目を授けてくれたり危ないよって教えてくれる事もあった、いつも傍にいてくれて夜はちょっと怖くても恐ろしくはなかったって。
懐かしそうに、長老は言ってました。
まだその頃は星守は居なかったから私は想像するしかありませんでした、夜空の星を。
じゃあ何で星は無くなっちゃったの?
そう聞いたら寂しそうに、魔の軍勢の魔法で封印されてしまったんじゃよ、そう言いました。
その時の長老の横顔を見て、私は思いました。
星さん、帰ってきて、って。
長老が寂しがってるよ、って。
――それから少しした、ある夜でした。
長老の話を聞いて、昔よりは夜でも平気になっていた私がふと夜空を見上げた時でした。
瞬きする前には無かったものが、あったんです。
それが私たちの世界に初めて星守が来てくれた日だったんです。
それから私慌てちゃって、何度も転んで、長老の部屋に飛び込んだんです。
空に星があるよ、って叫びながら。
長老は最初半信半疑だったんですけど、夜空を見たら目を見開いて言ったんですよ。
また会えるとは、これは夢かって、泣きながら。
私も貰い泣きしちゃって、星って綺麗だねって長老に抱きついて。
長老は私の頭を撫でながら、凄いだろうって嬉しそうに笑ってたんです。
――星はその後も段々増えていきました、それで長老に聞いてみたんです。
星って全部で幾つあるの、って。
長老は笑いながら、星の無い所を探さないといけないくらいじゃよ、って。
その時からなんです、私も見てみたい。そう思うようになったのは。
いつか長老が見たような星空を見たいって思うようになったのは。
だから、私たち妖精に星守を導く役割が与えられた時、真っ先に手を上げたんです。
私にも星を目覚めさせるお手伝いが出来るかもしれないから。
◇◇◇◇◇
……目頭が熱くなるのを感じる。
この体で泣けるのかは分からないけど、ティファの思い出が私の胸に届いたのは紛れも無い事実だった。
『あ、その……すみません、長々と』
ティファはバツが悪そうに頭を掻いている。
私はごしごしと目を擦りティファに目線を合わせて、言う。
「……大丈夫、大丈夫だよティファ」
『え?』
「私ほら星守、なんでしょ? だから……」
『……』
「だから、誰も見つけてない星の1つくらい、見つけてみせるから。そのくらいしか、かもだけど」
照れくさくて苦笑してしまう。対してティファは赤らめた顔で私を見ていた。
『……はい、ありがとうございます』
「ううん、ティファこそ。素敵な話をありがとう」
あ、ティファが顔を耳まで真っ赤にした。かわいい。
『あ、あぅ……はっ! そ、そんな事はいいので、加護です加護、早く決めましょう!』
ペチペチと本を叩いて催促する。そういえばすっかり忘れていた、まだキャラクターを作る途中だったんだ。
「そうだったそうだった、でも……正直どれを選べばいいのか」
総数315の加護。
名前を読むだけで一苦労なんだけど……。
『では絞り込みましょう、何かご要望はありませんか? 戦い方や職業のイメージとか、やってみたい事とか……』
「イメージ? イメージかあ……あ、私はエルフになるのよね」
『はい』
「それで、エルフは魔法が得『法術です!』意?」
『間違えないでください! 魔法は魔の軍勢が使う、星を封印しちゃった悪い力です! 星の力で使う法術と一緒にしないでください!!』
え、魔法ってそう言う扱いなの?!
むー、と膨れっ面で力説し、ティファのご機嫌をまた損ねてしまったみたい。
「ご、ごめんねティファ。法術、法術ね」
……うう、魔法って下手に言えないなあ、気を付けないと。
どうどうとなだめながら様子を窺う。すると次第にティファは落ち着いたのか会話を再開する。
「それで、エルフは法術が得意なんでしょ?」
『……はい、向いてはいますね』
「ならまずはそういう加護を見せてもらえるかな?」
『法術に関する加護、でよろしいですね?』
「うん、お願い」
『承りました、では……』
すっとティファが立ち上がり、私に向かって手を伸ばす。
すると手の平に次第に光が集まり出す、私はギョッと少し仰け反る。
(まさかさっきの怒りが治まってなかった?!)
などと思っていると、シャランと音を立てて半透明の青色の板、前に見たのと似たウィンドウが展開された。
ほっと息を吐く。
『何を安心しているんですか?』
「い、いえ何でもないですよ、ええ!」
『まぁ、いいですが……とりあえず見てください』
「は、はーい……」
まず私は一番上にあった加護に指で触れてみる。
すると名称の下に新たなウィンドウが表示された、どうも加護の簡単な説明みたい。
『《火属性法術》
『火に関する法術を使えるようになる加護』』
見たままだった。
でも火かー、いかにも魔ほ……コホン、法術って感じ、他はどうなんだろ。
指を話して表示されている文字を上から読んでいく。
『《火属性法術》
《水属性法術》
《風属性法術》
《土属性法術》
《光属性法術》
《闇属性法術》
《聖属性法術》
・
・
・ 』
似たようなのが沢山あった。どんなものかは分かり易いけど、どれかを選ぶとなると迷っちゃうな……。
普段遊ぶゲームは簡単なのばっかりなのでいまいち要領が掴めない。
その時ふと思い出す、昨日ゲームをやると言ってから花菜に加護の特徴は、構成は云々と、延々と聞かされていたのを。
(右から左に通り抜けてた……こんな事ならちゃんと聞いておけばよかったよ)
こういう時の為に花菜は色々と教えてくれてたんだなー……。
ともあれ悔やんでばかりもいられない。聞ける相手がいるんだから聞いてみよう。
「この属性法術って1つしか取れないの?」
『いえ、複数取得は可能ですよ。有利不利はありますが』
「不利、って? 色々使えて便利そうだと思ったんだけど……」
『加護はそれぞれ特定の行動を行い成長します。剣なら剣を振るう事で、法術なら法術を放つ事で』
「ふむふむ」
対応する方法で経験値を得てレベルを上げる、と。それくらいなら分かるよ。
『ですが唱えられる法術は1つずつですので、どちらかを集中的に使えば他は成長せず、両方を使えば成長は遅くなります。例えば《剣の心得》《槍の心得》《斧の心得》と言う武器に関する加護がありますが取得したとしても手が2つしかないのですから3つ一緒には使えないでしょう?』
「あ、なるほど」
『反対に属性法術を複数所持すれば多種多様な法術を扱え、様々な場面に対応出来るようにもなりますから、使いこなせば大きな助けとなるでしょう』
ほんとに一長一短なんだ。でも後から新しい加護を見つける事もあるだろうしなー……。
「うーん……」
『どうします? 他の加「まあ、いいか」え?』
「さっきティファも『加護の選択、成長、装備、そして何よりアナタの意志と工夫次第で長所を伸ばす事も短所を補う事も出来るでしょう。全ては今後のアナタ次第なのです』って言ってたでしょ。なら、がんばればなんとかなるかなって」
『はうっ』
それにスッパリ忘れていたけど、一応花菜と向こうで待ち合わせをしてる。こんな調子で10個も選んでたら時間がいくら掛かるか分かんない。そう長々と待たせて拗ねられても困るからぱっぱと決めちゃおう。
私は表示されている属性法術、と付く加護7種類を片端から選択していった。
『えっ、全部?!』
「え、うん。なんとなくね」
『えー……』
後は3つは何にしようか……ん、《マナ強化》?
『わ、分かりました。では次はどの加護にしましょうか、もう後3つしか……』
「ねえティファ、《マナ強化》のマナってさっき言ってなかった?」
『あ、はい。MPのマナですね。マナはスキルと言う加護から与えられる術技を使う際に消費する力です』
そうそう、さっきエルフの説明でMPが高いって聞いたの。
『《マナ強化》はマナの総量を増やす加護です。総量が多くなればスキルを使える回数が増えます。法術もマナを消費しますから相性自体はいいですよ』
「あ、そうなんだ」
なら丁度いいやと《マナ強化》を選択する。
『こ、これならまだ……』
「さて、次はどれにしようか…………んー、《詠唱短縮》?」
ゆっくりとウィンドウをスクロールしていくとそんな加護が目に入った。
『……《詠唱短縮》はより速く法術を使えるようになる加護です。ただ消費されるMPが増加しますが』
「でもMPは《MP強化》で増えてるんでしょう? ならプラスマイナスは0かな」
『そう単純ではありませんが……まぁ確かに組み合わせとしてはありでしょう』
多少げんなりとしているもののティファからのお墨付きも得た事だし、《詠唱短縮》を選択する。後1つ、何がいいかな……。
「うーん……あ」
『こっ、今度は何でしょう?』
なんでビクビクしてるの?
「あのね、さっきティファが例えに出した加護、何とかの心得って言ってたの」
『あぁ、《剣の心得》《槍の心得》《斧の心得》ですか?』
「そうそう。それってどんな加護なのかな?」
『はい。これらはそれぞれの武器に対応したスキルを使え、該当する武器の使用時に威力が上がる、と言う加護です』
再びティファがウィンドウを操作し、心得と付く加護がずらりと並んだ。
『他にも弓・短剣や防具にも鎧・盾など、心得と付く加護があります。扱いたい装備があるのなら選択されるのが良いかと思います』
「じゃあこの《杖の心得》ってさっき法術関連の加護の中にあったけどどんなの?」
『はい。《杖の心得》は先程も説明したような効果・スキルに加え、法術を補助するスキルが使えるようになるので法術関連の加護として上げました』
「なるほど……他にめぼしいのも無さそうだったし、これにしよう」
10個の加護を全て法術関連で埋め(大半が属性法術だけど)、人心地つく。
「ふう、結構時間掛けちゃった」
……ん? 見ればティファが遠い目をしてる。何かまずかった?
「? どうしたの、ティファ?」
『……いえ、選択はアナタの自由ですから。まさか属性法術全部取るとは驚きましたが』
どこか諦めたような雰囲気だった。
『では確認します。選択した星の加護は、《火属性法術》《水属性法術》《風属性法術》《土属性法術》《光属性法術》《闇属性法術》《聖属性法術》《マナ強化》《詠唱短縮》《杖の心得》、です。これで決定しますか?』
「うん」
『承りました』
ティファは種族決定と同様に手を本にかざす。
すると本の中から私が選んだ10個の加護が浮かび上がり、すぅっと消えていく。
『これでアナタの星の加護が決定されました』
「他に何かある?」
『はい、最後に一番大切な事を決めてもらいます』
「一番大切?」
『はい』
なんだろ?
再び手をかざすティファ。
さっきと同様に光が集まりウィンドウが、更にその下にキーボードが出てくる。
『さぁ、アナタの名前を決めてください』
……あ。
(そっか、まだだったっけ。それでティファが『アナタ』としか言ってくれなかったんだ)
えーと、名前に読み仮名か……じゃあ。
「……っと、これでいい?」
『……はい、確認が終了しました。アナタの名前は『アリッサ(アリッサ)』でよろしいですか?』
「それでお願い」
『承りました』
なんだか顔が綻むかも、名前を呼んでもらうってなんか嬉しいな。
登録をしているのか、ティファは目を閉じている。やがてその目が開かれ、私に向けられた。
『お疲れ様でした、これで全ての選択が終了しました。このまま“はじまりの街”へ向かいますか?』
「ええ」
ティファはにこりと微笑んだ後に、息を一つ。
『ふぅ、アナタのような星守は初めてでした』
「そうかな? まあ確かにこういうのは慣れてないから面倒かけちゃったかも、ごめんねティファ」
『構いません、それは些細な事です。星守にとっては誰しもここからが始まり、慣れている筈も無いのですから』
そう言って、ティファが羽根を羽ばたかせて浮かび上がる。
その顔は最初の時のふんわりとした優しい笑顔に戻っている。
『長くなりましたが。これよりアナタを私たちの世界へと送ります、その間に星々がアナタのあるべき姿を定めてくれましょう』
そうか、まだ始まってもいなかった。
ティファも短い間でもなんだか情が湧いてしまったけど、多分これでもう会う事も無い……そう思うと酷く名残惜しい。
「……ん、分かった。お世話になりました」
『名と姿を得る新たな星守よ、アナタの未来に星の導きがありますように』
再びスカートを摘まみ、礼をするティファ。
すると机の上の本が眩い光を放ち始める、また目が眩み視界が真っ白く染まっていく、ティファの姿もその中へと……。
そんな時、私の耳に鈴のように綺麗な声が届く。
『行ってらっしゃい、変な星守のアリッサ』
「っ! ……うん、うんありがとう。行ってきます、かわいい妖精のティファ」
そうして、小さな妖精を見詰めたまま次第に私の視界は完全な白色に染まったのだった。
『【シークレットクエスト】
[小さな妖精のささやかな願い]が開始されました』
光の中、何かが視界に映った気がしたけど……気の所為かな?