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第23話「はじめまして」




 ヒュウウゥゥゥゥ…………。



「………………あ、あはは」



 掠れた笑い声を溢す私がいた。

 割と途方に暮れながら。


「……どうしよう」


 その原因ははじまりの丘陵のボスエリア、つまり頂上を抜け辿り着いた場所だった。


 とっぷりと暮れつつある夜空、吹き付ける風、緑が少なくまるで荒野ような大地が、暗闇の中にかすかに見えた。

 昼間ならばはじまりの森を越えた先とはまた別の、でも遜色の無い雄大な景色が広がっていたんだろう。


 …………眼下、崖の先に。


 正確には崖と言ってもいいくらいに急勾配の岩肌。てっぺんからの眺めは大概の人が脚を震わすに違いない。



 私みたいにね!



 ぶるぶる、がたがた。


(ううう……いい眺めなのに、いい眺めなのに! 目を開けていたくない……)


 しゃがんで、手で顔を覆ってしまう。

 ボスエリアから続いていた地面はある場所でぷっつりと途切れている。さすがにウォールクライミングするような垂直な崖ではないし、細めながら下りの道もちゃんとあるのだけど……。

 ちらりと見ると遠くにはライフタウンだろう小さな集落の明かりが見えていた。くらり……あ、気が遠く。


(そりゃ丘の頂上だったけどさあ、こんなんでなくても……とは言えいつまでもここにいる訳にもいかないし、降りなきゃ……)


 少なくとも一度でもあのライフタウンに行けば次からはあそこから再開出来るんだから。

 でも……どうにも決心がつかず後ろを振り向くとボスエリアへと続く道がある。〈リターン〉で引き返す誘惑に駆られるけど、それじゃせっかくボスを倒した意味が無い。

 そこで思い浮かぶのはついさっき会話を交わしたクラリスだった。


(……ダメ、ダメダメ! こんな弱気じゃダメ。それじゃいつまで経ってもクラリスに届かない。この道の先にクラリスがいると思いなさい! そうよ、いつかはあの稜線の彼方までだって行ってみせるんだから!)


 ぺしぺしと脚を叩いて気合いを入れた私は立ち上がり、下山(下丘?)を開始したのだった。

 …………へっぴり腰だけど。



◇◇◇◇◇



 ざり、ざり、と荒く音を立てる道を一歩一歩慎重に下る。

 人2人がなんとか並べる幅はあるけど、鷹型モンスター『ホーク』やネズミ型モンスター『ラット』、蛇型モンスター『スネーク』と戦闘するのは……正直怖い。

 滑落しないように壁にべったりと張り付いて戦闘している程だったりする。


「〈プロテクション〉」

「チチュッ?!」


 光の壁に阻まれ、接近していたラットが勢いを殺しきれずにごいん、と正面衝突する。

 ラットは膝までありそうな巨大ネズミで、尖った歯で噛み付かれたり体当たりされたりするんだけど……。


(なんて言うか、動きが一々コミカルだなあ)


 今もぶつかったおでこを小さな手で押さえてプルプルと震えている。まるで泣くのをガマンしているかのよう。

 和むー。


「心苦しいんだけど……ごめんね、〈コール・ファイア〉〈ファイアマグナム〉〈ダークショット〉」

「ヂュヂュ〜〜ッ!?」


 2発の法術によってラットはあっさりと倒せた。ラットはこの崖では一番戦いやすい、と言うより弱い。素早いし時折何匹かで現れるけど、道を塞ぐ形で〈プロテクション〉を使えばこの通り。


 反面一番戦いにくいのがスネークだった。だって蛇なんだもの。

 なんだか毒とか持っていそうで近付かれないようにこっちでも〈プロテクション〉で行く手を塞いで攻撃してる。


 最後に、ホークはまあクロウの強化版みたいな感じ。でも攻撃力が一番高い上に飛べるから攻撃の制限が少なく、逆に私は避けたりが難しいので〈プロテクション〉を毎回展開する羽目になってるけど、唯一単体でしか出現しないのが救い。


「〈プロテクション〉大活躍。でも、こんな道じゃなければもっと簡単に倒せそうなのに、っとと」


 道はたまに石や岩によって狭められている。

 モンスターが隠れられるようなサイズではないけど、足を取られれば転んだりするだろうし、最悪転落するかもしれないと戦々恐々細心の注意を払って進む。

 この際多少の遅れは仕方無いと割り切って。


「ふぅ、大体半分……は過ぎたかな。道がジグザグだから思ったより時間掛かっちゃったな」


 崖を見上げると頂上からはずいぶんと距離が開いていた。正確な位置は下を見たくないので判然とはしないまでも30分以上は歩いたのだから、そろそろ何かしら……ん?


「あれは……噂をすれば影、かな」


 道の途中、壁にはあまり深くない洞窟がぽっかりと口を開けていた。


(この洞窟……休憩所みたい。セーフティーエリア?)


 一歩踏み込むと中では石が円形に並び、その内側には炭化した枝がある。周囲には藁(だと思う)が敷かれていた。


(これって、焚き火とか出来るの?)


 ちらっと杖を見る。〈ファイアバレット〉なら……と思いながらも首を振る。


(いけないいけない。ただでさえオーバー気味のスローペースなのに、これ以上遅れたら晩ごはんに間に合わなくなっちゃう)


 興味をそそられつつ、私は下山を再開した。

 頭の中ではアウトドアよろしく焚き火での料理ってどんなのだろう、なんて考えをよぎらせながら。



◇◇◇◇◇



 ざりっ!


 土埃が舞い上がった。

 上を見る。壁のような斜面が高く高くそびえている。

 下を見る。地面がある、大地に足がついている。


「お、降り切った……ようやく」


 ほおぉぉ〜、と深く深く安堵の息を吐く。

 なんだってボス戦で疲弊した矢先にこんなにも追加で疲れなければならないんだか。


(時間は……あ、ヤバ)


 時計は既に午後18時半に達しようとしていた。

 顔を上げればライフタウンは目と鼻の先。私は警戒を解かずに出来る限り急いで向かう。

 段々と近付くにつれ、村の様子が分かってくる。この村はアラスタやメルタとも違う石造りの家々が建ち並んでいた。どの家も新しい感じはしない、むしろくたびれてるけどそれがこの村が出来てからの年月を感じさせて自然に映る。


「あの、すみません。ポータル、じゃなくて地上の星ってどこでしょう?」

「ああ、それならこの道を真っ直ぐ行った先にある岩を積み上げた祭壇がそれさ、目立つからすぐ分かるだろうよ。それとも案内するかい?」

「いえ大丈夫です、ありがとうございました」


 村の人からポータルの場所を聞いた私は村の中を歩き出す。

 そこは焚かれた篝火が明々と照らし、通りには帰路を急ぐ人や酒場で騒ぐ大人たち、そしてお父さんに背負われたり、お母さんに手を引かれた子供が目に入る。


(なんか……子供の頃を思い出すなあ)


 まこと光子、それにいつの間にかすっかりなついて離れたがらない花菜の手を引いて、陽が暮れるまで遊び回ってたんだっけ……。

 その頃には花菜が遊び疲れておんぶしたりして。寂しげな街をゆっくりと歩いて、その時の帰り道もこんな空気だったと思う。


「クロウが鳴くからかーえろ、だったりするのかな……あれ、カエルだっけ?」


 不思議と郷愁を覚えながら、私はポータルへと辿り着く。

 聞いていた通り、荒く削られた岩が重ねられていて、中心にはやはり金属製の球体があった。



『新たな星の廻廊[ラナ]が開かれました』



 祭壇に触れて表示されたウィンドウからするとどうやらここは『ラナ村』と言うらしい。

 せっかく来たのだから見て回りたいものだけど、残念ながら時間も厳しくなってきたので私はアラスタへととんぼ返りする事に……。


(メルタ村の時もろくに観光出来なかったのに……いや、別に観光目的で来た訳でもないけど、これだけ苦労したのになんだか忙しない。ああ、でもお金稼ぐ時間だってそんなに残ってないし……)


 ぐだぐだと思案しながら、私はラナ村を後にした。

 余裕が出来たらきっと見に来よう、と思いながら。




◆◆◆◆◆




 あれからすぐにマーサさん宅に戻ってログアウトした私はお母さんと一緒に晩ごはんを作り、花菜を起こしに行く羽目になり、晩ごはんを食べ、そしてまた部屋へと戻ってきていた。

 けど、未だログインはしていない。じゃあ何をしているかと言えば――。




『で、ぐだぐだと長くなりそうな気がしたからフったわ』

「それはまた……かわいそうに」

『悪女め。こりゃあの世で閻魔さまがてぐすね引いて待ってるな』


 現在私・まこ・光子の3人で多人数同時通話中だった。耳に当てた情報端末からは代わる代わる2人の声が運ばれてくる。


 ちなみに今の話題は本日まこに告白したA組の東山くんついて。

 まこは大人びた魅力があって結構言い寄られてる。けど気まぐれで飽きっぽいので例えOKしてからの平均交際期間が2週間(しかも後半は殆んど会わない)と言う、幼馴染みとは言えまったくお勧め出来ない問題物件である。

 ちなみに光子は片恋中。


『ぶえっくしょいっ! っとおっ』


 いきなりの耳元でのくしゃみに思わず情報端末を耳から離す。唾が飛んでくる訳でもないんだけど、ついね。


「光子、大丈夫?」

『相変わらずおっさんくさいクシャミするのね、光子は』

『うっせぇ、誰かが噂してんだよ』

『……夏目くんだと良いわね、ククッ』

『バッ!? ん、んな訳……』


 ごめん、それ多分私。


「ま、まあまあ落ち着いて光子」

『ふしゅる〜、ふしゅる〜』

『ったく、そんなんでいざ付き合ったらどうなる事や、ら……(にやり)……面白そうだから早くコクりなさい』

「これ以上煽らないでよ、もう! 話題変えよ、光子がパンクしない内に」

『ふしゅるる〜』

『ハイハイ。話題、話題ね……ああ、そうだ。結花の噂、ずいぶん面白可笑しくなっていたわねおめでとう』

「そっち?!」


 忘れたかったのに!


『あたしのクラスでもちらほらあったぞ。『野々原さんの本命って〜、佐原さんと市田さんと春日野先輩の内の誰だと思う〜?(笑)』ってな感じだったな』


 また増えてるとか……ううう、大事になってしまった。


「……私は明日から一体どんな顔して過ごせばいいの……」

『大丈夫よ、結花。わたしたちに任せておけば何も心配はいらないわ』

「まこ……」


 じ〜ん。

 胸が温かくなる、持つべきものは頼りになる幼馴染みだ。


『ちゃんと本命は花菜ちゃんだって全力で太鼓判押しておいたから』

「何でよ! 感動した私がバカだった!」

『ああ、あたしもー』

「状況が悪化の一途を辿ってるんですけど?!」


 ああっ、昨日の話題が出ずにほっとしていたのに、私自ら話題を増やしてしまった!?


『ふふふ、外堀は埋める為にあるのよ?』


 そんな他愛無い……無い? 会話が続き、ふと時計を見るとしゃべり始めてからもう小一時間が過ぎていた。まあこの2人と話していればままある事なので慌てはしないけど、そろそろお開きしようかと言う空気にはなる。


『結花はこの後ゲームするの?』

「その予定」


 プレイ時間減っちゃったけど、まあ仕方無い。いつでもゲームしてばかりはいられないし、こう言う事もあるでしょう。


『ううむ。昨日聞いてから何となく気になってたんだよなー、あたしもやってみるか?』


 と、光子がMSOに興味を示した。

 私たち3人ともに普段あまりがっつりとゲームをする事が無いので、私がMSOに時間を割いているのが気になったのかもしれない。

 でも、うーん。


『光子、結花のゲーム機13万くらいするの忘れてない?』

『それだよなー、まこ奢れ』

『消し飛べ脛かじり』

「こらこら。でもMSO自体も完売してる筈だから難しいかも。また再販はするだろうけど、いつになるか分からないから」


 最初の発売から私たちの分が再販されるまでに3ヶ月掛かってる、花菜なら何かしら知ってるかもだけど、少なくとも今すぐどうこうとはならない筈。


『そっかー。ゲームの中の結花がどんな風か見てみたかったんだけどなー』

「えー、それはちょっと恥ずかしいよ」


 なんだろう、アリッサでいる所を2人に見られると想像しただけで照れてしまう。

 あれかな、授業参観でお父さんやお母さんに見られるみたいなこそばゆい感じ。


『何、恥ずかしいですって? 何故かしら急に興味が出たわ。……ねぇ、わざわざ手に入れなくてもゲーム内でフォトとか撮影出来るんじゃない?』

『よっしゃそれだ! どうなんだ結花』

「へ、あ、えっと……どうだったかな『『分からないなら調べる!』』、う……ちょっと待ってて」


 2人の勢いに押される形で、私はMSOのソフトケースから異様に分厚い取扱説明書を取り出す。確かそんな記述があった筈と索引から探してパラパラとページを捲る……あ。


「お待たせ」

『どう?』

「一応出来るみたいだけど……」


 フォト機能はメニューから使用可能で特にアイテムなどは必要としない、と書かれていた。


「あの、やっぱり撮らないと、だめ?」

『『ダメ!』』

「じゃ、じゃあせめてすぐじゃなくてもいいよね。今ちょっと服とか汚れちゃってるから」

『許可します。せいぜいおめかししなさいな』

『楽しみにしてるぞー』



 そうして、おしゃべりは厄介な宿題を残して終了した。


「フォト、かあ…………あれ? もしかしてこれで――――」



「アリッサの容姿が分かる?」




◆◆◆◆◆




 パチリと目を開けたのはマーサさん宅の私の部屋。窓の外は果実が光る夜になっていた。


「ふぅ」


 ベッドから起き上がる。

 服装は急いでいた事もあり初期装備のまま。あの短い時間でどうやったのか綺麗になったパジャマも籠の中に用意されていたけど、この後もまだ出掛ける予定なのでまだ使ってはいない。


(汚れた服のままベッドを使うのも申し訳無いなあ)


 靴を履きながら思う。今回のボス戦でも盛大に汚したこの初期装備以外にも何かしら着替えを買った方がいいのかな。

 いやいや買うとしても当分先の話だけど、外に着ていけそうな服を見繕うくらいはしておいてもいいかな。

 クラリスも会いたいと言ってるし、ウィンドウショッピングでもしてみようか。色々とお勧めのお店なんかを教えてもらえるかもしれないし。


(ま、見るだけならタダだしね。あの子に言うと一も二も無く即行動に繋がりかねないから、しばらくは保留だけど……頭の隅に置いておこう)


 休憩はここまで、と杖を手に私はドアに向かった。



◇◇◇◇◇



 マーサさんは私室か、それとももう床についたのか、1階に降りても明かりは無かった。

 窓の外からわずかに射し込む木の実の光を頼りに、私は台所に向かってポーチから途中でいただいたお弁当の空箱を取り出すと流しで洗う。水気を切って布巾で拭いて、テーブルの上に置いておく。

 『ごちそうさまでした』くらいは言うか書くかしたかったけど、もしマーサさんが寝てるかもしれない。さりとてこちらの文字は読めても書けないし、そもそも筆記用具も無いので無理だった。

 洗い物を済ませると私は夜の街へ、その先の次なるはじまりのフィールドへと駆け出した。


(今度挑戦するのは……はじまりの湿地、かな)


 はじまりの湿地。

 その名の通り、アラスタの東に広がる湿地帯。

 思い出されるのは今朝の彩夏ちゃんとのやり取り。

 はじまりの森の虫たちはカートゥーンっぽくデフォルメされたデザインだったけど、ネットで見掛けたカエル・『フロッグ』はあくまでフォトだったけど、リアル寄りで独特のヌメリ加減は的確に写されていた。

 花菜程のパニックになるには至らずとも、好みもしないし近付きたいとも思わない類いの外見だった。


(それでも行かなくちゃいけないのが辛い所なんだけど、初見じゃないだけマシかなあ)


 光る木の実により現実の夜中の繁華街のようにライトアップされたアラスタを〈ウィンドステップ〉で走破しながらこれからの事を考える。


(プレイ出来るのは後2時間くらいかな。せめてフロアボスの手前くらいまでは行きたいんだけど……)


 はじまりの丘陵では頂上を目指せば良かったから短時間で踏破出来たけど、はじまりの森みたいに入り組んでるとそうもいかない。はじまりの湿地も平面的なマップをネットで見たけど、そんな感じだった。

 平面的なマップと実際に歩くのは違う。それが良い方向で当たるといいなと思わずにいられなかった。



 中央広場を通過し、東大通りへ入る。道の先にはユニオンがある、丁度いいから依頼達成の報告と新しい依頼を請けて行こう。


 扉をくぐり窓口へ、また前回とも前々回とも違う受付嬢さんにアイテムポーチから取り出した依頼書とメダリオンを差し出した。


「お預かりいたします、少々お待ちください」

「はい」


 前回と違って、依頼の数が5つと多いので時間もそれなりに掛かるのだろう……と思いきや、受付嬢さんはテキパキテキパキと目を見張るスピードで作業をこなしていく。

 やがて全ての作業を終えた受付嬢さんは私の前にメダリオンとトレイを置いた。


「お待たせいたしました。依頼内容の達成が確認されましたので報酬として820Gをお支払いいたします」

「は、はい……わ、これが100G硬貨」


 トレイにはいくつかの硬貨が乗せられていた。大きさは1G硬貨とそう違わないけど、色は赤っぽい茶の10G硬貨とそれよりは銀が入ってる茶色の100G硬貨。1G硬貨が黒っぽかったのを思うと、メダリオン同様に桁毎に金属を変えてるのかもしれない。


 ちなみに私換算では全部で820円くらい、とは言え。


(……これ、私が働いて稼いだお金なんだよね。私バイトとかした事無いから比較出来ないけど、なんか嬉しいかも)


 いや、昨日も2Gもらったけど、あれはおこずかいに近かったし(今も近いけど)、まとまった額を支払われるとゲーム内通貨でしかなくてもやっぱり感じ入るものがある。


(ウィンドウ上でのやり取りとじゃやっぱり違うなあ。他のお金とは分けたいけど、ポーチに入れたらいっしょくたになっちゃうから仕方無い、か)


 名残惜しくもアイテムポーチにしまって、改めて受付嬢さんに向き合う。


「メダリオンには依頼達成により19ポイントが加算されました。ランク・ブロンズへの昇格まで残り4979ポイントです。がんばって下さいね(にこっ)」

「え。19?」

「はい、19ポイントです」


 あ、あれー?! 前回2Gと2ポイントだったからてっきり900ポイントくらい貰えるかと思ったのに?!


「あの、つかぬ事をお聞きしますが……その、ポイントの多寡はどう言う基準で決まるのでしょう?」

「はい、これはあくまでランク・アイアンの場合ですが、依頼達成で1ポイント、依頼内容の難易度別に1〜50ポイントとなります。今回は達成された依頼は計5件ですので5ポイント、討伐依頼中4件が1ポイントずつ、最後にジャイアントドッグの定期討伐に10ポイントが加算されています」


 つ、つまり前回の依頼は最低分だったと? しかも今回だって4つは同じく最低分……。


(ああいや、それはそうか。だって私の行動範囲って初心者向けの場所ばかりだもの。そこでの依頼でそんなポンポンポイントを貰える訳が無いよね……)


 当たり前の事実ではあった。とは言え、どの道まだしばらくの間ははじまりのフィールド近辺で活動する予定だからと、はじまりの湿地での討伐依頼4つと念の為にフロアボスの定期討伐を請ける事にして、私はユニオンを後にしたのだった。



◇◇◇◇◇



 東大通りを奥へと進んで行くと徐々にギルドホームらしい建物が減り、更に進めば巨大な東門へと至る。

 しかし……周りを見て、首を傾げる。気の所為かな、他の3ヶ所に比べて人の出入りが少ないような……嫌な予感。

 門の向こう、アラスタの周囲をぐるりと取り囲む原っぱの先。そこは光る木が少ないらしく、ぼんやりと浮き上がる程度の地面、あの辺りからはじまりの湿地らしい。微妙に光って見えるのは湿地が果実の光を反射したからなのか。


(夜に来るんじゃなかった……)


 今更ながらにちょっと後悔しつつも私は歩き出す。

 門をくぐってすぐはまだ街に自生する大量の光る果実によって明るかったけど、一歩進む毎に届く光は減っていく。

 代わりに前方に広がるはじまりの湿地の木々の光があるけど、はじまりの森に比べれば明らかに少ない。

 不安を覚えながら、それでも私ははじまりの湿地に踏み込んだ……。



 パチャッ。



「………………」


 足下に視線を落とす。

 ある一定のラインからこちらは、まるで雨が降った後ででもあるかのように濡れていた。


(……靴、大丈夫かな。染み込んだりして……)


 この靴はあからさまな安物だ。防水なんて気の利いた仕様ではあるまい。

 嫌な想像をした所でどうにかなる訳でも無いのだけど。眉根を寄せながら覚悟を決めて先に進む。


 パチャッ。


 今度は左足で更に前進、この音がモンスターに伝わらないか心配だけど、逆にモンスターの位置をこの暗めな中でも判断出来るかもと頭を切り替える。

 試しに目を閉じ動かずに耳を澄ませる。


 ――パチャッ。


 ――――パチャッパチャッ。


 ――パチャチャッ。


 ――――――ズズズッ。


 近く遠く、速く遅く、大きく小さく、様々な水音が前方の至る所から響いてくる。


(……じっとしてれば結構分かるけど、歩きながらだと紛れてしまいそう…………あ。なら、アレを使ってみようかな)


 そう判断して、私は小さく「〈ファイアサーチ〉」と唱える。〈ウィンドステップ〉や〈リターン〉同様に属性法術10レベルで修得したこのスキルは視界内のマップに現在表示されている範囲内のモンスターの位置が分かるようになる、視界が悪い場合にはすごく有用なスキルなのだそうだ。

 見ればマップには赤だったり青だったりの光点が新しく増えた。ターゲットサイトと同様に赤はモンスター、青はプレイヤーを示している。


「どちらを向いているかは分からないから、注意は必要だけど……潜んでても分かるのは助かるなあ」


 そして〈ウィンドステップ〉を使って私は奥地へと攻略を開始する。



◇◇◇◇◇



「ゲローリ、ゲローリ、ゲローリ」


 今、私の目の前には巨大ガエルのモンスター・フロッグが沼に向かって喉を膨らませて鳴いていた。

 私はフロッグから少し離れた位置にある木に身を隠して観察している。

 まだ序盤なんだから接触さえしなければ問題は無いのだけど、ここで気を緩ませていたら近付けば攻撃される1層後半で同じように対応して痛い目を見そうなので、今もこうして出来る限り離れているのだ。


 濃い緑色のフロッグにはイボイボが沢山あった、せめて雨蛙みたいにツルリとしてれば気持ち悪さも少しは減るのだろうに……ギョロリと飛び出た大きな目、表面はヌラヌラと光を反射していて多分触ったら(触らないけど、絶対に)ヌメヌメなんだろうな。

 私、法術で良かったなー。もし近接武器だとあのヌメヌメに触らなきゃならなくなるもんねー……。


「ふう、1回で終わらせよう……〈コール・ファイア〉〈ファイアショット〉〈ウォーターショット〉」


 目を瞑り、スキルを詠唱する。その間聞こえてくる水音からは近くにモンスターがいない事が分かる。

 安堵しながら再びフロッグを視界に収めると、そこでは変わらずにゲローリ、ゲローリと飽きもせずに鳴いていた。そのまま動かないでと思いながらターゲットサイトで捉える。


「リリース」


 その無防備な横腹に向けて火と水の同時攻撃を放つ。


「ゲッ――――」


 動かなかったものだから外れる筈も無く、ドターンと横転したフロッグはそのまま起き上がれずにあっさりと消えていく。



 タタンターン♪


『【経験値獲得】

 《火属性法術》

  [Lv.10]

 《水属性法術》

  [Lv.10]

 《マナ強化》

  [Lv.11]

 《詠唱短縮》

  [Lv.8]

 《杖の心得》

  [Lv.10]


【アイテムドロップ】

 フロッグの舌[×1]』



 …………舌を手に入れてしまった。反応に困――――。


 バシャッ!


(え、水音?!)


 ビクッ、と反応する。その音は割と近く沼の方から……あ、そっか。


「『キャットフィッシュ』」


 はじまりの湿地に生息する3種の内の1つ、ナマズ型のモンスター。

 確かネットでは口から水鉄砲を放つとかなんとか。鉄砲魚でもないでしょうに……。


 ナマズ型だとさすがに沼からは出てこないのか、ぐるぐると泳いでいるだけ。後は深い所に潜ったりしてる。


(タイミング間違うと潜られて外れそう……念には念を、っと)


 スキルを待機状態にしてじっと待つ。

 厄介な事に縦横6〜7mくらいの沼は濁りが酷く潜行されると位置が分からない。潜行のタイミングも不規則で浮上してすぐを狙って攻撃する腹積もりだけど一体どの辺りから出てくるやら。


 沼の傍にある岩の上に立つ。ずっと水浸しの地面を歩いていたので微妙に靴が湿っていた。汗や汚れとか変な所で作り込んでるなあ、このゲーム……。


 チャプン。


「っ。やっと出、って遠っ!?」


 ようやく現れたキャットフィッシュの位置は私のいる場所とは丁度正反対の沼の端っこだった。


(よりにもよって一番遠くにしなくてもいいでしょ!)


 ともあれ次の浮上タイミングを待つ時間が惜しい、攻撃しておこう。



(遠いけど……当たるかなあ)


 法術は発射時のターゲットサイトの位置にそのまま飛ぶ、なので当たり前ながら目標が遠ければ遠い程、小さければ小さい程当たりにくくなる。

 普段は3m弱(しかも大概死角)、遠くても4mくらいから攻撃してるけど、今回は下手をすればその倍近くの距離。

 キャットフィッシュの動きはそう速くも無いけど、法術が当たるまでじっとしていてくれそうにもない。

 なので自信は無いけど進路を先読みして、キャットフィッシュと法術のスピードから大体の位置に当たりをつけて、何も無い沼にサイトで狙いを定める。


「当たりますように、リリース!」


 風と土の同時攻撃を放つ。狙いはおおよそ予想通り、キャットフィッシュは攻撃の進路上に向かって前進してくれている。


(そのままー、そのままー)


 ギュッと杖を握り締めて、キャットフィッシュを凝視する。当たれ当たれと強く念じたのが届いたのかどうか、若干横にずれはしたものの無事に命中しキャットフィッシュは力無く沼に浮かび色を失い消えていった。


「はあ……良かった、当たった」


 次からは高速型のアロー系か、広範囲型のサークル系にしておこうと心に決めて、私は前進を再開した。



◇◇◇◇◇



 あれからしばし、戦闘にも多少は慣れてクエストのノルマも順調に消化している。

 ……が。


「靴が……」


 水を吸って重い。


「足が……」


 湿った靴の感触が気持ち悪い。

 それは時を経る毎に酷くなっていたけど、さすがにピークに達したのか今の所悪化は止まっている。

 ……まあピークで留まってるものだから重いし気持ち悪いのも続いているのだけど。


(ここに人がいないのがよく分かる……こんな場所長いはしたく無いよねー)


 奥へ進むとジメジメと不快指数も上がっていき、これで夏場なら近寄る人は更に減ると思われる(この世界に夏場があるかは知らないけど)。

 こんなフィールドを考えるだけならまだしも作っちゃったスタッフさんに軽く恨み言でも言いたい心境だった。


(これでモンスターじゃない虫まで作り込んでたら攻略への意欲がゴリッと削れて…………ん?)


 ピタリと足を止める。足下には行く手を遮るように細長い沼がある。いくつか顔を覗かせてる石を足場にすれば向こうまでは問題無く行けそうだけど……。


(コレ、境界線……?)


 はじまりの森には柴垣、丘陵には岩が積み上げられていて明確なラインとなっていた。そこから先ではモンスターが自発的に攻撃を行うようになる。このはじまりの湿地がそうでない保証は無い。

 う〜ん。少し悩む。


(いつもならこのまま進んでフロアボスのゲートくらい見つけておきたい所だけど……今日はお風呂に入りたい)


 もちろん現実の事ではなく(毎日入ってます)、このアリッサの体での事。


 私が初めてこの世界に来たのが9月8日、再開したのが10月3日で今日が7日。合計で6日目なのだけど、その間お風呂に入ったのがなんと10月5日の一度きり。

 しかも毎日汗だく埃まみれの汚れっぱなし。はっきり言って由々しき事態だった。

 服だけはマーサさんが洗ってくれてるけど、清潔な服を汚れた体で着る事に罪悪感を覚えている私もいた。


(ただ、お風呂を借りるとそれはそれで申し訳無く……いやいや、だからこそマーサさんへのプレゼントを……でも、それで汚れちゃ……ああ、堂々巡り)


 ともかく、お風呂に入る以上は多少早めに切り上げたい。

 だから、そのタイミングとしてはこの境界線の沼は丁度良かったかもしれない。


(依頼のノルマもフロアボス以外は達成してるし、とりあえず今日はここまでにしておこうかな。思ったよりもこの靴のびしょ濡れ加減に辟易してるし、私)


 実際ただ歩くだけにしてもペースは落ち気味だった。この有り様だとゲートを見つけるまでにはいつも以上の時間と疲労を伴う気がする。

 私は一度伸びをすると〈ファイアサーチ〉によってモンスターの位置を確認。近くにいないのを確かめると〈リターン〉でアラスタへと帰還する。



◇◇◇◇◇



「ふう……到着っと」


 私はアラスタ大通りはもちろん脇道に入ってからも〈ウィンドステップ〉込みの早足でマーサさんの家まで帰ってきた。


「さすがにもう平気みたいだけど……」


 歩いてきた道を振り返る、そこには特に変わった様子は無いけど、今はそれが重要だった。

 だってはじまりの湿地で濡れそぼった靴は煉瓦敷きの大通りに点々と足跡を残してしまっていたから。

 もしそのままだったなら、そんな状態でマーサさんの家に上がる訳にはいかないので裸足にならないといけない。この世界、少なくともこのアラスタが土足OKの文化圏だと言っても限度はある(私的に)。


(……シミになったらどうしようコレ)


 初心者の靴はぐっしょりと濡れたまま。今まで水で汚れた事はなかったのでどうなるか分からない。

 ただ、改めて見ると薄茶色の布製のこの靴は履き心地はともかく毎日毎日歩きっぱなしでも傷んだようには見えない。

 アイテムにはそれぞれに耐久値と言う数値が設定されている。これが0になると壊れてしまったりするそうなのだけどそこは初心者装備、『耐久値:∞』とアイテム情報には書かれていたので壊れない。それがこの丈夫さに表れてるんだろうって思う。

 汚れなんかも初心者装備って事でどうにかなるといいけど……。


 考え事をしながら、居候する事になった日に渡された鍵でドアを静かに開ける。

 既にこちらの時刻は深夜帯に差し掛かっている。マーサさんも確実に就寝中の筈だ。起こしてしまわないようにしないと。

 抜き足差し足忍び足。

 そんな調子で一先ず自室に向かい、マーサさんの洗ってくれたパジャマを手に再び階下へ降りる。


(マーサさん、お風呂いただきます)


 マーサさんの私室の方に頭を下げる。やっぱり居候の身の上なので礼儀と感謝は失してはいけない。

 それを済ませると脱衣所へ入り精霊器による明かりを点けるといそいそと服を脱ぎ出す、別段濡れてはいないもののジャイアントドッグ戦で埃にまみれてる。埃を立てないように畳んで洗濯篭へ入れ、靴も一緒に置いておく。

 ペタリ、ひやりとした床に湿った足音が響く。やはり外側はどうであれ内側はまだ乾いていなかった。ペタリ、ペタリと床を曇らせながら浴室へと向かった。



「♪〜」


 湯船にはお湯は張られていなかったけど仕方無い。程よい湯加減のシャワーで汚れを洗い落としていればそれだけでもいつしか疲れもトロトロと蕩けて、だらしのない顔にもなる。

 正直もっとゆっくりしたいな……とは思うけど、体はもう十分に温まったし、疲れもずいぶん和らいだ。そろそろ自発的に行動しないとお湯の無駄遣いになってしまう。

 それを思えば、湯船が空だったのも良かったかもしれない。そうでなければ何時間でも浸かっていてしまいそうな気がしてる。


「そろそろ上がらなきゃ……っと」


 キュッ、と蛇口を閉める。立ち上がり、タオルを取ろうと脱衣所への扉を開けると空気が流れ込む。湯だった体にはそんな空気がひんやりと涼しく、頭をシャッキリとさせてくれる。

 パンパンと両頬を軽く叩く。


「もうひとがんばり。寝るなら現実のベッドの中!」


 気合いを入れた私はバスタオルで濡れた体を丁寧に拭き、脱衣所へと戻る。

 そこにはマーサさんが洗ってくれた私のパジャマとスリッパと……もにょもにょ、が置かれている。



「さて、どうしようかな」


 パジャマを着たタイミングで私はまこと光子に出された宿題の事を考える。

 アリッサのフォトを撮影すると言う宿題。


 汚れた姿を見られるのは嫌だったのでお風呂に入るまではと引き延ばしてきたけどそれも済んだ、一応最低限の準備は整っている。一応は。


「ん〜、初期装備は汚れたままだし、この格好で納得してくれるかなあ」


 パジャマだとなんだか普通だけど、耳の形は十分ファンタジーしてる筈だから文句は言われない、といいな。


「えっと、確かメニューの……」


 メニューを開いてスクロール、スクロール。下の方にぽつんと[カメラ]と言う項目があった。

 タップすると[フォト][ムービー][アルバム]などと表示された。


「[フォト]、っと……えと」


 選択を続けると全てのウィンドウが閉じ、代わりに今までの物とはまったく別の四角い小型ウィンドウが私の前に現れた。

 それにはウィンドウの向こうの風景が映っていて、いくつかのアイコンが左右にある。


「情報端末のカメラ機能みたいな物かな……と」


 そのウィンドウの端に触れて少し力を込めると傾いた。今度は両端をそっと持って動かしてみる。上下、左右、前後でも自在に動かせ、画像のピントもちゃんと合ってる。

 右側を押して左側を引けばくるりと回転して、レンズとして機能するんだろう黒丸とこちら側にもアイコンがあった。


「撮影は問題無さそうかな、後は」


 髪とパジャマを再度整える。ウィンドウを私の正面に正確に向ける。

 あー、レンズ向けられたら緊張してきたかも。


「これで撮ったら証明写真みたくなっちゃったりして」


 むにむに。

 頬を揉んで笑顔を作ってみる……上手く笑えてるといいな。


「タイマーは10秒で……」


 スタートアイコンをタップすると黒い丸の横に数字が浮き上がるカウントダウンが始まった。


『8』


 背筋を伸ばし、前髪を撫で付ける。


『5』


 目線をまっすぐレンズに向ける。


『1』


 カシャリ。

 澄んだシャッター音が鳴り響いた。


「…………撮れた?」


 ピンボケやフレームアウトしていないか、ドキドキと期待と不安に胸を踊らせ、ゆっくりとウィンドウを回転させる。



 すると、そこには――――。


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