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第22話「なぜかあなたに会いたくて」




 無事にはじまりの丘陵のフロアボスエリアを越え第2層へと到達した私は、さっそく一番近くにいたモンスターとの交戦に突入していた。


「リリース!」

「ギャイン?!」


 〈コール・ファイア〉によって強化された火矢と水矢をもろにその身に直撃され大きく仰け反るのは薄汚い毛皮に標的をギラリとねめる黒い瞳、よだれまみれの牙、鋭い爪を持つ野犬型モンスター・ドッグ。

 ウルフよりも一回り程度小さな体躯ながら、害意を剥き出し唸る姿はペットとしての犬としか接した事の無い私には異様に映る。

 現実で遭遇したら間違いなく腰を抜かすか逃げ出すかしているかもしれないけど、目指す先にはより凶悪であろう上位種ジャイアントドッグが待ち構えているのだから、ただのドッグ1匹に引き下がってなんていられますか。


(……まあ、相手に気取られない位置からの不意打ちだったけどね)


 ドッグは倒れたまま力尽き、短い戦闘は終了する。


「は……」


 消えるドッグを見下ろしながら詰めていた息を吐き出す。


(にしても、こんなモンスターと平然と戦えるようになるとか……ゲームをプレイする分にはいいのかもしれないけど実際の所はどうなのかなあ……っと、いけないいけない)


 以前慣れを感じた直後にあんまり思い出したくない出来事に遭遇した事が頭をよぎり、気を引き締め直す。



 タタンターン♪


『【経験値獲得】

 《火属性法術》

  [Lv.10]

 《水属性法術》

  [Lv.10]

 《マナ強化》

  [Lv.11]

 《詠唱短縮》

  [Lv.7]

 《杖の心得》』

  [Lv.10]


『【アイテムドロップ】

 ドッグの牙[×2]

 ドッグの尾[×1]』



(むー……何だかレベルが上がらないなあ)


 そりゃ必要な経験値はレベルが上がれば増えていくんだろうけど、10レベルを越えた辺りからは富みにそうレベルアップが遠い気がする。


(と、すると……逆に10レベルまではまだ上がりやすいんだろうか。なら……)


 私の視線の先にあるのはウィンドウ。その一角には、《短縮詠唱》とある。

 この加護は法術に分類されるスキルを選んで登録すると、そのスキルの再申請時間を10で割った分減少する、と言う効果を持つ(ショットなら30秒なので3秒マイナスで27秒になる)。

 今は〈ファイアアロー〉にしているけど、各属性法術を育てないといけない手前連続して使えずに、結果レベルが上がってない。


(でもこのままじゃどんどん離されるし、仕方無い。ボス戦までは《火属性法術》を集中して使おう)


 そうして緩やかに続く斜面と獰猛なモンスターへ私は挑んでいくのだった。



◇◇◇◇◇



「こんにちはー」


 丘を下ってきたグループにすれ違いざまに挨拶する。場所が場所、手に持つのが杖だけに普通の山登りででもあるかのよう。


「「「「こっ、こんにちはー!」」」」


 でも、帰ってきたのは驚きと何故か緊張を含んだ声だった。

 ……あれー?


「おっかしいなあ、新緑の外套のお陰で服は大体隠せてるのに……どうしてあんなに驚かれるの?」


 男子ばかりのグループとは言え、まさか女子に声を掛けられて緊張した、なんて訳でもあるまいに。

 どこか変なのかなと体を様々見てみても、特別違和感は感じない。


「???」


 疑問は深まるばかりだった。



◇◇◇◇◇



 討伐のノルマを順調に消化しつつ、ひたすらに丘を登り続ける。所々に採集出来そうな物も落ちていたりするんだけど、晩ごはんまでの時間の都合から見逃す事になった。


(ログアウトで強制的にアラスタに戻されちゃうんだから仕方無いけど)


 街からすぐのはじまりのフィールドでこれなのだから、この先時間が足りなくなるのは間違い無い。


(その内財布に余裕が出来たらキャンプ系のアイテムを買わないと……)


 キャンプ系アイテムはセーフティエリア内で使用するアイテムで、安い物は大概使い捨てながらログアウトをしても次にログインした際にはそのセーフティエリアからスタート出来ると言うとてもとても便利なアイテム、らしい。



 ただし高い。



 使い捨てなのに5000G以上する、何度も使える物となれば便利である反面、値段もまた跳ね上がる。

 出番があるとすれば少なくともはじまりのフィールドを突破して遠征する段からだと思う。

 出来ればそれまでに何かしらの――――。


 バサバサッ!


「キィ!」

「わっ?!」


 お金儲けについてへと意識が向かったその瞬間、背後から襲われてしまう!

 とっさにしゃがみこんで危うく攻撃を回避して距離をとる。体当たりを仕掛けて来たのは私の上半身程もあるコウモリ、バットだった。

 ビッグバットやバッドバットに比べれば弱いけど、緩んでいた頭に油断は大敵と自分を叱咤する。


「キィィィ……、ーーーッ!」

「〈ライトシールド〉!」


 バットが胸を膨らませるのを見て、超音波攻撃の事前行動と当たりをつけた私は防御スキルを展開する。

 この攻撃は不快な音とバットの口から連続して放たれるわっかにより表現される。超音波とは言っても基本的にダメージはそのわっかの中だけなので真正面に防御スキルを使えば防げる。


 キュイーーーッ!!

 ガッ、ガッ、ガッ!


 超音波が〈ライトシールド〉に当たった為か、光の盾はビリビリと震えている。


「でもチャンス! リリース!」


 攻撃の為に滞空しなければならないバットの横へ素早く回り込み、《詠唱短縮》を育てる為にあらかじめ待機させておいた〈ファイアアロー〉を放つ(レベルが上がり同じ加護のスキルを2つまで待機出来るようになってる)。


 ボボウッ!


「キ、キキィ!?」


 本当ならばそのままバットを倒せるように更に1発〈ファイアアロー〉を追加したい所だったけど、バットもそれまでじっとしていてはくれない。

 崩れた体勢を立て直そうと激しく羽ばたき、周囲を旋回している。

 それが落ち着いた瞬間を見計らい、再び攻撃する。


「〈ファイアアロー〉!」


 ボウッ!


 狂い無く命中した法術、飛行するモンスターの定めかふらつくバットは、そのまま地面へと落下した。


「キー……」


 トスンッ!


 バットは地に墜ち、ウィンドウが開く。さっきの今なのでさっさと閉じて、周囲を警戒する。

 ギリギリで避けられたのは運が良かっただけなんだと思う。次にそうなったら十中八九当たって追撃の憂き目を見るに違いない。注意注意。



 前進を再開するも、頂上へ近付くに連れて岩が目に見えて増え始め、自然死角も増していく。注意注意としていれば歩みは遅くならざるをえない。だから時間が無いんだってばー……。

 内心の焦りが警戒に影響を及ぼし始めた矢先、そこにはフロアボスのエリア前と同様の石柱の他、その前方では大岩がトンネル状に重なり合って口を開いていた。


(こう言う所ははじまりの森と同じか……)


 ここまでその量を減らしながらも自生していた草や芝は、ゲート近くではやはり枯れるか、あるいは一定範囲からはぷっつりと途切れていた。はじまりの森ではジャイアントモスの毒燐粉の所為かと思ったけど、どうやら違ったみたい。


(じゃあ瘴気?)


 ボスモンスターを生み出すどす黒い靄。フロアボスとは濃さや量でも違うのか。

 ともかく、あんなおぞましいモンスターの元になるようなのはろくな物じゃないのだろう。そんなただ中に飛び込まなければならないと言うのは鳥肌を立たせる理由としては十分だった。

 一度ならず二度も、あれに相対せばこそ尚更に。


(HPは〈ヒール〉1回……MPはポーションで……ポーションの残りは……)


 ただ唯一の利点と言えば、植物も生えない一定範囲にはどうしてだか当のモンスターすらも近寄らない事。

 少なくとも準備中に襲われる心配は無い。


(後は……)


 メニューを開く。耐毒の指輪を装備する為に。


(毒攻撃をするかは分からないけど、例え少しだけでも防御力が上がるなら……)


 デザインで選り好みをしてはいられない。この先にいるのは生半な相手じゃないだろうから、何が生死を分かつか分からない。

 指に実体化した指輪を見つめ、ぎゅっと拳を握り締めた。


「はあ……うん。行こう!」


 ザッ。


 心臓の高鳴りを感じながら、光の差さないトンネルの中へと歩き出した。



◇◇◇◇◇



 フロアボスエリア同様、そこは円形に岩が並べられていた。ただその面積はずいぶんと広く感じる。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。


 杖を前に掲げて歩く。

 やがて杖の先がコツン、と何も無い筈の空中で何かにぶつかった。

 恒例の透明な壁だろうその前で立ち止まると中央付近に黒い靄、瘴気が集まり出す。


「すう、はー……すう、はー」


 呼吸を整え、改めて杖を構える。ボスの準備が整うまでスキルは一切作用しないし、〈ウィンドステップ〉などの持続型のスキルはここに入った時点で解除されているので戦闘開始と同時に使用しないといけない。


 ズズズ……。


 視線を転じてみれば、瘴気が四肢を形成し首が伸びている。

 大まかに形を成すと今度は次第に集束を始めて、私の身の丈を大幅に超える巨大な犬がその姿を現した。


「グルルルル…………」


 それは確かに、ドッグのサイズを大きくした物だろう。


 それは穢れた焦げ茶色の毛皮だったり、私をねめる血走った瞳だったり、よだれまみれの牙もだったり、刃のように鋭い爪だったり、とドッグとの共通項が散見される、のに。


 ざりっ。


 思わず一歩後退る。

 ビッグスパイダーとも、ジャイアントモスとも、ビッグバットとも違う……犬と言う近しい動物だからこそ感じる生々しい迫力に圧されて。


「グワォォォォォォォン!!!」


 ビリビリ、ビリビリッ!


 それが開始の合図となったのか、壁は消えジャイアントドッグはその身を深く沈み込ませた!


(すくんでる場合じゃ、ない!)


 サイトで狙いを定め、連続で詠唱を開始する。


「〈ウィンドステップ〉! 〈ダークシールド〉〈ファイアシールド〉〈ウォーターシールド〉〈ウィンドシールド〉〈ソイルシールド〉〈ライトシールド〉!!」


 ここまで詠唱を噛まなかったのは反復して使用し続けた成果か。

 すべての法術が発動し、私とジャイアントドッグの間に六重の盾が形成され、その直後――――。


 ドッ、ゴゴゴゴォォォンッ!!!!!!


 轟音が盾の破片を撒き散らしながら炸裂した、ジャイアントドッグが突進してきたのだ!

 ジャイアントドッグの2段あるHPゲージに目を移せば、ミリ単位ながら減っていた。硬い盾に正面衝突なんてすれば当然か、自分の攻撃がダメージになった結果だった。


(予想出来たけどまるで嬉しくないーっ)


 後退り距離を取り、このエリアの端にまで走り出す。土と光の盾はまだ残ってる、直線上に並んでいる以上盾から先に破壊してくる……筈。その間に出来る限りの法術を待機状態にしなきゃ。


「〈ダークマグナム〉〈ファイアマグナム〉〈ウォーターマグナム〉〈ウィンドマグナム〉〈ソイルマグナム〉〈――」


 バゴォンッ!


 瞳を閉じた私に、土盾を砕く音が届く。まだ、まだ大丈夫、後1つ盾は残ってる!


「――〈ウォーターショット〉〈ウィンドショット〉〈ソイルショット〉ッ」


 ブウォン!

 パァンッ!


 何かが振るわれ、何かが弾ける音がした。ドクン。心臓が飛び出しそう。猶予は、もう……。


「グアアァァッ!!」

「〈ライトショット〉! リリース!!」


 ドッ、ゴォォォンッ!!


 カッ、と瞳を見開くと視界に飛び込んで来たのはジャイアントドッグが口を大きく開いて私に噛みつこうと迫る、まさにその瞬間だった。その口の中へギリギリ詠唱が間に合った計12にも及ぶ光が殺到し、爆音となって轟いた。


「あ、ぐっ?!」


 間近で発生した爆風によって、私は後方に吹き飛ばされる。HPゲージが爆風か転んだからか若干減ったけど、転んだ勢いそのままに走り出す。

 ジャイアントドッグは口内へ直撃した為か、呻きながらのた打ちまだ立ち直っていない。今が距離を開くチャンスだった。


「〈コール・――――」


 走りながら〈コール・ファイア〉+マグナムの詠唱を開始した。これが最も高い攻撃力を誇る組み合わせながら、すべてに組み合わせる余裕が無いのがもどかしい。


(セレナや天丼くんみたいに守ってくれる人がいれば気兼ねせずに使えるのに……ううん、高望みかな、これは)


 少なくとも、ジャイアントドッグが苦しんでいてスキルを唱える時間が稼げるだけでありがたいのだから。


「――ウィンドショット〉」


 もはや早口言葉レベルの詠唱を重ね、準備も大詰めとなった――――その時。



「グガォォォォォォォンッ!!!」



 ゾワッ!!


 最初の咆哮が、まるでそよ風ででもあったかのようなおぞましいくらいに怒りを帯びた衝撃波が私の身をしたたかに打ち付ける……!

 走りを止めず、後ろを見た。


 そこには宙に飛び上がり、右の前足を振り上げ、爪を剥き出すジャイアントドッグの姿、が――――ッ?!


 次の瞬間、私は考えるよりも先に襲い来る爪から少しでも遠くへと逃れようと左側へその身を投げ出していた。


 ザンッッ!!


(ッ――)


 しかし、完全に躱すには至らず脚、ふくらはぎの辺りを鋭い爪によって切り裂かれる。


「あうっ、づっ……!」



 鈍痛がふくらはぎに刻まれた赤いダメージ光から私を蝕もうと流れ込む。

 痛覚が完璧に再現されていれば、恐らくそれだけで動く事も立ち上がる事も出来なくなる激痛に襲われたのではあるまいか。


(泣き、たい……っ!)


 しかし、いかに痛みが少なかろうと鈍かろうと、恐怖が痛みを増してしまう。

 飛び込んだ勢いでわずかながら互いの距離は開いても、未だ唸りが響く中では挫けるなと言うのは少々以上に酷だった。


 ――――ガッ!


「ク、〈クレイショット〉……」


 それでも、杖に灯るいくつもいくつも輝く光を頼りに立ち上がれた自分を、多分褒めていい。

 ただし、傷によるものか脚は痺れに震え、HPゲージは一撃で6割以上奪われ、もし次下手を打てば死にそうな状態だった。


「〈ライト、ショット〉ッ」


 灯る12の球は力強く光を放ちながら、杖の周囲を滞空している。


「グアアァァッ!!」


 そして、ジャイアントドッグが再び突進攻撃を使い、もの凄い速度で迫り来る!

 今のコンディションであれを無傷で避けるのも、防御スキルで完璧に防ぐのも無理過ぎる……なら、真っ正面から迎え撃ってみる!


(今の私の全力がどこまで通じるか分からない、けど……諦めてたまるもんですか!!)

「ガアァァァッ!!」

「リリィーースッ!!」



 ――――――!!!!!!



 耳がおかしくなったのかと思った。ガガガガ、とノイズじみた音が頭を揺らしていた。

 体は突進してきたジャイアントドッグと私の最大火力の正面衝突で巻き起こった爆風によって後方へと吹き飛ばされ、何度となく身体中を打ち付けた。

 目を瞑っても変わらずに表示されるHPゲージは既に1割と少しにまで減少してしまっていた。無茶をした、所の話じゃない。


「か、は……っ」


 忘れていた呼吸を再開する。仰向けに倒れている体は全身から鈍痛を感じている。

 ぐぐっ、と地面に横たわりたがる体に力を込めて上半身だけでも起こして周囲を確認すると、爆煙がもうもうとジャイアントドッグの巨体から上がり、ぐったりとしたまま動かない。

 よくよく見れば、その頭上にはいくつかの『☆』マークがくるくると回っていた。


(あれって、気絶……してるの?)


 説明書のバッドステータス例に挙げられていた数種に気絶も含まれていたけど、まさか自分が相手にそれを与える事になるなんて……逆はいくらでも想像出来たんだけどね。

 まあ、それは後回し。ともかく今は追撃よりも……。


「〈ヒールプラス〉〈ヒール〉……!」


 強い光が体を包み、HPが回復を始めた。さすがにすぐには全快しないけど、それまでじっとしている訳にもいかない……。


「う、うううっ」


 痛む体を酷使し立ち上がる。ふらふらと上手く動かず、歯を食い縛って脚をなんとか回転させる。


「ビ、ビギ、けほっ、ビギナーズMPポーション」


 腰のアイテムポーチから、音声入力でポーションを取り出して一気に飲み干す。今ばかりは空き瓶をポーチに戻す余裕は欠片も無く投げ捨てる。

 ああ、悪い事をしてしまった……。


「ごめんなさい……〈コール・ファイア〉――――」


 私は三度連続詠唱に入った。再申請時間もHP・MPも問題無い。あるとすればそれは……。


(体力っ、無いなあ、私っ)


 まったくもって有り難くない事に、ジャイアントモス戦で感じた倦怠感が早くも足を引っ張り始めてくれていた。


(早くレベル、上がって……!)


 思い出すのは花菜との会話。一昨日、この症状の相談をした時の事――――。




◆◆◆◆◆




「それは『スタミナ値』だね」


 相も変わらずMSOに熱中し、アラーム代わりに私を利用する妹と1階に移動する間、私はその日自らの(正確にはアリッサの)体に起こった変調について、花菜へ質問をしていた。


「スタミナ……そんなパラメータ有ったの? 見た事無いんだけど」


 頭の中でMSO内でのステータス画面をぼんやりと思い浮かべる。

 キャラクターの能力を表すパラメータには2種類ある。


 まずキャラクターメイキング時にティファに説明された4つのパラメータ。

 Phy値()

 Hea値()

 Tec値()

 For値(天運)

 これらはベーシックパラメータと呼ばれている。


 そして装備やアビリティ、加護などの補正数値を上記パラメータに合算した7つのパラメータ。

 筋力値(Pow)

 頑健値(Str)

 知力値(Int)

 精神値(Min)

 器用値(Dex)

 敏捷値(Agi)

 幸運値(Luc)

 こちらはトータルパラメータと呼ぶ。


 それ以外のパラメータはどうにも記憶に無かった。見落としていたのかな?


「そりゃ“隠しパラメータ”だからね、ステータス画面には表示されないよ。ちょっと違うけど、他にもNPCの好感度とかは分からないでしょ、スタミナ値も“存在するけど確認出来ない”パラメータなんだよ」

「ええー、何だか面倒」


 トントントン。


 階段を降りながら思う。

 まあ、好感度とかは別に知りたくもない。そんな事を気にしてマーサさんと接したくは無いもの。


「うん、そうだよね! あたしもお姉ちゃんの好感度知りたいのに!」

「……話の逸れ方が尋常じゃない。そんな事はどうでもいいから戻しなさい」


 ガチャリと居間へのドアを開けると晩ごはんの良い匂いが鼻孔をくすぐる。今日は中華だ。


「ちぇっ、いけず。こほん……スタミナ値は簡単に言うと持久力だね。体値から算出されてて、激しい運動を休憩を挟まずに続けると疲労感を感じるようになるの」

「あ、それそれ。走ってたら息切れしちゃって」


 大変でした……。

 脳内でリプレイされる苦しみに顔をしかめる。


「お姉ちゃんの加護は必要なパラメータが軒並み対象外だからそこら辺は仕方無いね。まぁレベルが上がっていけば今よりは楽になるよ」

「そっかー……」


 とは言え多少レベルが上がってもそう簡単に楽にはならないと思うから、しばらくはあれとお付き合いしないといけないみたい……。


「でも反対に心値から算出されてるのもあるよ、『レジスト値』って言うの」

「レジストって言うと……抵抗?」

「正解。レジスト値は高いとバッドステータスになる確率が減ったり、一定確率で自動解除する抵抗力だよ。お姉ちゃんはこっちが高そうだね」


 そう言われて思い出すのは毒燐粉を撒き散らすジャイアントモス。確かにセレナや天丼くんと比べれば状態異常になった回数は少ないけど、至近距離から燐粉を浴びている2人とは比べられない。

 1人の時は……う〜ん、そこまで明確に少ないとは言えないかな。


「そう? あんまり実感無いけど」

「やっぱりこっちもレベル次第だからね、レベル上げて同じモンスターと戦えば分かるよ」

「あれとまた……あ、体と心の隠しパラメータがあるなら技もあるの?」

「ある……でいいのかな、アレは。えっとね、技値が影響するのはターゲットサイトなの。技値が高くなるとターゲットサイトが小さくなるんだよ」

「小さく……? そうなると……遠くのモンスターも狙いやすい?」


 スキルはターゲットサイトで狙った目標に向かって発射される。ただし、ターゲットサイトの円のどこかにランダムで、なんだよね。中心に当たる事もあれば端っこに向かっちゃって外れる事もある。

 もしターゲットサイトが小さくなれば命中する確率も上がるかもしれない。


「そだよ。特に大型のモンスターなんかにはウィークポイントなんてのも設定されてたりするし、ピンポイントで狙おうとすると必須だよ」

「なるほど……」


 色々あるんだなあ。


「いつかはお姉ちゃんも実感するよ、がんばれお姉ちゃん!」




◆◆◆◆◆




(――――残念な事に、レベルが上がる前にまたエリアボス戦だよ、花菜)


 スタミナ値が減ってきてるのか、体はまだわずかに重く感じる程度だけど、これが段々と無視出来ないレベルになる。以前の脇腹の痛みも嫌と言う程よく覚えてる。


「――――ウォーターショット〉」


 でも朗報もある。最初の突撃の自爆ダメージと2度の12連続法術によって、ジャイアントドッグのHPは1本目を残り4割を切るくらいにまで減らしていた。

 ジャイアントモスと比べて明らかに与えたダメージ量が多いのは加護が成長した事や当たり所の問題か、あるいは法術に弱かったりするのか。

 噛み付かれそうになって口の中にとか、突進してきてたから正面衝突させるとか、攻撃される時ってピンチであるのと同時に大ダメージを与えるチャンスなのかもしれない。


(狙ってやるとか、死んでも嫌だけど)


 だってタイミングを間違えて直撃したらもれなく死んじゃうんだから。


「グルル……」

「! 〈クレイショット〉」


 気絶状態が解けたのか、背後からジャイアントドッグの唸り声が耳に届く。

 振り向いてみると気をしっかりとする為か首をぶんぶんと左右に振るっていた。

 やがて私に気が付いたのか、こちらを向くと親の仇でも見つけたかの如く憎しみに満ち満ちた(主観)眼光で射抜かれた(気がした)。


「ひっ?!」



「グルゥァァァァァァァッ!!!」



 ブワオゥッ!!


「う、わわっ!?」


 放たれた咆哮は、とうとう物理的な突風となり私にダメージすら与え、っ!?


 グラッ!


 突風に押される形で私は空足を踏み、転びそうになってしまう。でも、今ここで転べば間違い無く攻撃が遅れ、代わりにジャイアントドッグの攻撃に晒される。


「こ、の!」


 ガンッ!


 前方に倒れ込みかけた体を杖を突き出して無理矢理にバランスを保つ。

 しかしスピードは緩み、後ろからはダダッダダッ! っとジャイアントドッグが急速接近するのが耳を叩く音と足から響く振動で伝わってくる。

 追い付かれるのが先かそれとも――。


「〈ライトショット〉!」

「グルルァァァッ!!」


 ようやく準備が整った瞬間を待ち兼ねてでもいたのか、巨体が私に影を落とす。


 ――――右前足を振り上げたのか、影が伸びた。


 今から振り向いていては防御スキルは間に合わない。〈プロテクション〉も然り、展開するまでの時間が足らない。


 ――――影が頂点に達する、次の瞬間影が霞んだ。


 ザゥンッ!!!


「あ、ぎっ!」


 最後に力を振り絞りわずかばかり加速しても躱し切るには至らず、背中に鋭い衝撃が走る。

 杖を突く暇も無く、私は前方へと大きく弾き飛ばされた……上も下も判然とせず、視界がぐるぐると回転する中、杖だけは離すまいと意識を右手に集中する。


 ゴロゴロッ、ガンッ、ダァンッ!


「ッ――――!」


 当然受け身など取れる筈も無く、私は地面に激突した。

 きっと第三者から見れば、投げ捨てられた人形のような有り様だと思う。

 だと言うのに、視界に映るHPゲージが0になっていないのは……きっと奇跡に違い無い。


(なんて、ね……耐毒の指輪、ありがとう)


 ぐぐぐっと腕を立てても上手く力が入らない。これも何かしらのパラメータの影響だったりするのかな?

 でも、そんな事はお構い無しに背筋を凍らす足音はどっしどっしと私へと近付いていた。



「ガァァァァッ!」


 俯せる私を食べようとでも言うのか、ジャイアントドッグは牙を剥き出してゆっくりと近付いてくる。


「学習、能力って……大事、だよ?」


 大口を開けてくれたので照準を定め、決して離さなかった杖を拳1つ分浮かせ、枯れたような声で呟く。



「リリース」


 ダッ!


 と同時、ボロボロの体に鞭打ってずいぶんと低姿勢のクラウチングスタートで走り出した。今爆発の余波でも浴びれば無事で済むHP残量ではないのだから。


 ドッ、ゴゴゴゴゴッ!!


「〈ヒールプラス〉、〈ヒール〉、ビギナ、ーズM、Pポーション」


 盛大な爆発音を聞きながら時間的余裕は無いとポーチからポーションを取り出す。行儀が悪いと承知の上でコルク栓を歯で抜く……ああ、ほんっと行儀悪い。

 自己嫌悪の中、急速に回復するHPとMPに息吐く間も無く、再び轟く咆哮。


(残、念……また気絶、してくれてれば、良かったのに)


 本心からの高望み。突進の体勢は実に心臓に悪かった。


「グルウァァァッ!!」

「〈ダークシールド〉〈ファイアシールド〉〈ウォーターシールド〉〈ウィンドシールド〉……!」


 さっきジャイアントドッグの突進は盾4枚で防げた、だからもう一度。試してみたい事もあるし……スタミナ値も一時でも休憩を取らないと回復しないらしいから。


(成功、して……!)

「ガァァァァァァァァァッ!!」


 バシュンッ! バオッ! バシャッ! ブォッ!


「グ、ガァッ?!」


 4種それぞれの音を立てながら破砕され、〈ウィンドシールド〉を突破してようやくジャイアントドッグの勢いが止まる。

 思い通りになった事で、杖を持つ手に力が入る!


「〈ソイルチェイン〉〈ライトチェイン〉〈ダークチェイン〉〈ファイアチェイン〉〈ウォーターチェイン〉〈ウィンドチェイン〉!! ゼッ、ハッ」


 ジャララララララララッ!!


 一息で詠唱すると止まったジャイアントドッグへ大地から6色の光の鎖が襲い掛かり、ジャイアントモス同様にその動きを封じ込める!


(良かった、計算通り……止まって(、、、、)くれた)


 鎖は発動時の位置に準拠して出現するものだからジャイアントドッグのように素早く動き回る敵には拘束出来るか自信が無かった。だからシールドで勢いを削いでみたんだ。


「ガ、グルルッ!?」


 もがくジャイアントドッグ。


(今のうちに距離を離さなきゃ)


 さすがに1つならすぐにでも破壊されて終わりだったろうけど、やはり6つも同時に受ければボスでも手こずってくれるらしい。この時ばかりは私から意識を外し、唸りながら体中に力を込めて鎖の破壊に専念している。


 ギシッ、ギシッ、バキンッ!


 ギシッ、ギシッ、バキンッ!


 1つまた1つと砕かれる鎖の音の中、私は喘ぎながらも詠唱を行っていた。ただ、発動中のチェインや待機状態のスキルに消費したMP分は効果が終了するまではポーションでも回復しないのでかなりギリギリ。攻撃したらすぐに回復しないと。


(ジャイアントドッグのHPはまだ1本目で1割強も残ってる。12連続攻撃……後4回はしないと……)


 今の所分かってるジャイアントドッグの攻撃パターンは突進、引っ掻き、噛み付き|(未遂)、遠吠え。

 距離が開くと遠吠えで牽制したり、突進して一気に距離を詰めようとする。

 引っ掻きは移動しながらでも使って、噛み付きは……接近した時くらい?


(遠吠えはあまり気にしなくていいかな……突進が来たらシールドで止めてチェインで動きを封じる。噛み付きが来たら……スキルを放てたら口の中に、無理なら……どうにかして逃げる。問題は引っ掻きなんだよね……対策はやっぱりシールド? それともチェイン? 基本追われてるからスキルを使いづらいのがネックで――)


 バキンッ!


 とうとう4つ目の鎖が壊された。しかし詠唱は順調に唱えてる、体の不調を除けばここまでは予想通り。


(ここからスキルを放って逃げる、後はあちらの出方次第ではあるけど……対応を間違わなければこのまま勝てる、よね?)


 ジャイアントドッグに対して半身に構え、ぐっと杖を突き出す。


 バキンッ!


(ともかく……やってみる!)



◇◇◇◇◇



「いやああぁぁぁぁぁっ?!」

「グルルァァァァァァァッ!!」


 忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた!


「イーヴィ、ライズの事……忘れてたーーっ!!」


 あれから3度に及ぶ12連続攻撃を成功させ、その3度目の攻撃で2本目のHPゲージを2割以下にまで追い込む事が出来た……と思ったのも束の間。

 ジャイアントドッグは黒い靄をまとい凶暴化。突進から拘束の流れである程度離していた距離は瞬く間に縮められ、私は全力疾走で逃げ出していた。


(学習能力無いの私だった……っ!)


 ズバンッ!!

 ズバズバンッ!!


「ひうっ?!」


 しかもイーヴィライズしたジャイアントドッグはまとった靄の分まで攻撃と見なされるのか、明らかに攻撃範囲が拡がってた。引っ掻きなんて50cm近く伸びてる、ずるっこ!


「〈ウォーターシールド〉〈ウィンドマグナム〉!」


 まともに動きを止められず、シールドで時間稼ぎ+マグナムで攻撃で少しずつダメージを与えるしかなく、合間合間には回復も入れているのでHPは遅々として減っていない(ちなみに攻撃力も上がったのか4重のシールドでは突進を防げなくなり、スピードも上がったからチェインでの拘束も難しい)。


「ガウッ!」

「あぅっ?!」


 が、イーヴィライズしたジャイアントドッグは例え攻撃が当たってもお構い無しに私を追い掛けてくる、だから距離はぐんぐん縮まり――――。


「〈プロテクション〉!」

「グルッ!」


 パキンッ。


「っ……?!」


 振り向かずともよい広域防御スキルを展開するもわずか一撃の元に光の壁は砕かれる。


「グルァァッ!!」

「ソ、〈ソイルマグナム〉!」


 ドガンッ。


(早く!)


 ならばともう防御は諦め、攻撃にのみ専心する。なのにHPが減っても、その勢いに陰りは訪れてくれない。


「〈ライトマグナム〉!」


 パウッ。


(早く早く!)


 足がもつれそうになる度にもうダメと心が叫ぶ。


「ガルァッ!」

「ダ、〈ダークマグナム〉!!」


 バシュウッ!


(早く終わって!!)



 漆黒の闇球が炸裂し……ジャイアントドッグのHPがゆっくりと0になる中、まるでスポーツの試合でホイッスルが鳴ったと同時のラスト1プレイのように、止まらない爪が私の体を切り裂こうと迫っていた。


「〈―――――――〉」


 そのわずかな間、とっさに唱えたのは光の壁。その砕かれる音を聞きながら、痛みに顔が歪んだ。


 そして。



 HPはまたも、mm単位で残ってくれていた。



◇◇◇◇◇



 ウィンドウを閉じて、ぱたり、腕から力を抜いて地面に投げ出す。

 戦闘終了からこっち、私は地面に俯せのままだら〜っとしていた。なんだかジャイアントモス戦でもこんな風だったなあとぼんやり思う。


「……だるい」


 前回に比べればまだマシではあるのだけど、またしても体は重い。勝利の喜びを押し潰す程度には重い。


(やっぱりこう言うのって、一緒に喜んでくれる人がいた方が盛り上がるのかなー)


 そうであれば、多少の疲労も笑いの種になってくれたかもしれない。


 ごろん。


 寝返りを打って仰向けになる、すると視界に飛び込んでくるのは突き抜けるような空だった。


(綺麗……)


 ほう。ため息が零れた。

 小高い丘の頂上、開かれたそこには視界を遮る物の一切が無く、私の瞳には千切れた雲と深く濃く澄んだ黄昏時の橙と群青に染まった空だけが広がっている。


「…………クラリス、どうしてるかな……」


 そこで不意に脳裏をよぎったのは青色の髪の、妹のもう1つの姿だった。


「……でもここじゃ……………………………………連絡してみようかな」


 人恋しさに突き動かされ、ついシステムメニューを開く。

 [フレンド][リスト]と選択し、一番上に表示されている[クラリス]から[チャット]を……む。

 体を起こして服をはたき、髪を整える。別に姿が映る訳でもないけど、まあ何となく。


「こほん、あー、うん」


 戦闘中はずいぶん酷い声だった気もするので一応発声確認。平気、かな?

 よし、と何故だか気合いを込めてYesをタップするとウィンドウがコール中の文字に変わった。


 ………………そわそわ、そわそわ。


 落ち着き無く体を揺らしながら待つ事しばし、続いていた明滅が唐突に通話中に切り替わった。

 私は若干緊張気味に第一声をウィンドウに向かって発した。


「もしもし、アリッサだけど……」

『はろーはろー!』


 私の問い掛けに間髪入れずに応えたその声はやっぱり花菜とは別人の声色、けど確かに同じ中身だと分かる“花菜らしさ”がこれでもかと溢れている。


『こちらお姉ちゃんが連絡してきてくれた事が嬉しくて仕方無くて小躍りしかけたクラリスだよー! ひゃっほい!』


 ほんとに溢れっぱなしだった……きっと向こうでは子犬のようにはしゃいでいるんじゃと、思わずそんな光景が浮かぶはつらつさで元気よく捲し立ててくる。


「……っ」


 そんな風に想像したら、思わず吹き出しそうになってしまって慌てて口を手で塞いでいた。


『あれ、あれれ? お姉ちゃ〜ん? もしも〜し』



 クラリスが心配してしまいそうなので、装えるだけの平静さを装いながら応答した。


「……ごめんごめん。久しぶりにクラリスの声を聞いて和んじゃった」

『にゃ〜〜』


 ……にゃ?


『アリッサお姉ちゃんの声だ〜、萌へ〜』


 えっと……向こうも私と同じに何かしら感じ入るものがあった……と言う解釈でいいの?


「う〜ん、どう反応したらいいのか……とりあえず4日ぶり、元気みたいね」

『お姉ちゃんと話す時は例え瀕死でバッドステータス山盛りで敵に囲まれてても元気になるのがあたしだよ?』


 な、なんだろう、ほんとにそんな事態でもケロッとしてそうなイメージが……まさか。


「……今は違うよね?」

『今はギルドホームで休憩中だから大丈夫だよ〜』


 ああ、ギル……ギルド?!


「クラリスってギルドに入ってたの?!」

『あれ? 言ってなかったっけ、前紹介したみんなと一緒に『ヴァルキリーズ・エール』ってギルドのメンバーだよ』

「初耳なんだけど」


 ……あ、でも確か復帰初日のトラブルでヴァルエって単語を聞いたような……ヴァルエ、ヴァルキリーズ・エールの略だとすると、クラリスの盾のマークがそのギルドのシンボルだった?


『結構有名所なんだよ。初心者支援とかもするし、お姉ちゃんも入ってみたら?』

「私?」


 勧誘されちゃった。まあ確かに独力でどこまで出来るか今日のボス戦で不安はあるけど。


『そしたらあたしが手取り足取り……でゅふふふふふ♪』

「私のような者をお誘い下さり本当にありがとうございます。ですがまずは自分の力で出来る所まで進んでみようと考えておりますので、大変心苦しくはありますがこの度のお話は慎んで辞退させていただきたいと思います(ぺこり)」

『お姉ちゃんが他人行儀になっちゃった?!』


 いやだって、身の危険をひしひしと感じるんだもの。引く引く。

 クラリスは好感度が〜、とか喚いていた。周りに人がいたらどうしよう。


「お話を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」

『ごべんなざい〜、元の優しいお姉ちゃんに戻って〜』

「じゃあクラリスもあまり変な子にならないでね、対処出来ないから。約束」

「………………や、約束」


 なんで黙る上にどもるの?!

 私が戦々恐々としていると、クラリスが話の続きを促してきた。


『そ、それで今日はどうかした? 聞きたい事でも出来たのかな?』

「あー、うん。えと……」


 そう言われ、途端に歯切れが悪くなる私。改めて考えるとチャットをしようと思った理由がなんだか恥ずかしい。


『?』



「……あの、なんだかクラリスに会いたくなって、でもむりで……だからせめて声が聞きたいなって……その、だから……ぁ……ご、ごめんね急に、迷惑じゃなかった?」



『――――ぐは』

「えっ、ク、クラリス?」


 突如クラリスからの応答が途絶えた。え、あれ?


「ちょっ、クラリス。クラリス? どうしたの、何かあったの!?」

『――――――はっ! あれ? あ、そっかあたし……』


 クラリスは気でも失っていたようなリアクションをしている、本当に一体何が?


『ふぅ、お姉ちゃんのあまりの可愛らしさについ意識が飛んじゃった。恐るべし、あたしの妄想回路。てへっ』

「かっ、かわっ(もにょもにょ)とか、何言ってんの!」

『素直な感想だよ〜。もうっ、相変わらず反応まで可愛いなぁ。あたしのハートをときめかせるのが上手なんだから〜、困ったお姉ちゃんめ♪』

「ぐぐ、ご、が……」


 そ、そっちこそ相変わらず背中が痒くなるような事を〜〜……!!


『あ、あたしと話したいんでしょ? なら話そ、いくらでも話そ♪それともいっそ直接会おっか? あたし、お姉ちゃんの下宿先とか知らないし大家さんにも会ってみたい!』

「すぅはぁすぅはぁ……ああうん、それは別に構わないんだけど……今いる場所から街に戻るのにはちょっと時間が掛かるから」


 〈リターン〉は使えるけど、次のライフタウンまで行ってしまわないといけない。


『そう言えばお姉ちゃんどこにいるの? どっかのセーフティーエリアとかだったりする?』


 まあ確かに安全地帯と言えばボス戦後のボスエリアはセーフティーエリアみたいなものかもね。ここ私以外入って来ないからさっきみたいにだら〜っと出来てた訳だし。


「う〜ん、当たらずとも遠からずと言うか……今はいるのはジャイアントドッグのボスエリアなの。晩ごはん前にはライフタウンに着くつもりだけど、いつになるか分からなくて」

『ほあ! ボスエリアでチャットしてるって事ははじまりの丘陵を攻略したんだね! やったねお姉ちゃん、おめでとう!』

「! ぇ、ぁ、ぅ……えと……う、うん…………あ、りがとう」


 な、なんだろ。実際こう屈託無く喜ばれると……照れる。面と向かってなくてよかった。


『ジャイアントドッグは精神低めだけど素早くて力も強いからソロの法術士じゃ相性悪い方なのにすごいよ! 倒したエリアボスも2体目だし、お姉ちゃんももう一人前のプレイヤーだね〜』

「そう? だったら嬉しいけど……まだまだよ。今回勝てたのも運が良かったからだし、むしろこれから大丈夫か不安になっちゃった」


 苦々しく思い出す、最後の方の詳細なんてとても話せる内容じゃないもの。


 ――でも、クラリスはそんな風には思わないらしかった。


『ノンノン、運も実力の内だよ。それに逆を言えば運があれば勝てる相手だったって事でしょ? 次は運が悪くても勝てるように鍛えればいいだけじゃん、もっと自信持ってガンガン進めなきゃ!』


 ぽかん。一瞬、口を半開きにしてしまう。

 でも……運が悪かったらなんて考えてもしょうがない、考えるよりも行動すればいい、か。


「そっか……そう言う考え方もあるんだ。うん、覚えておく」


 この子のこう言うポジティブさにはいつも感心する。


『それで早く一緒に遊ぼうね♪』

「ふふ、結局そこ? でも、鋭意努力します」



 それから少しの間、私はクラリスとの雑談に興じた。

 時間にすれば15分かそこら、益になるような話なんて無かったけど、ボスエリアを後にしようとする私にはさっきまでの疲れなんて殆んど感じられなかった。


(クラリスの元気、分けてもらったかな?)


 そんな風に思いながら、私は丘の向こう、下りの道へと飛び込んだ。


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