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第20話「人と星守を繋ぐ場所」




 はじまりの丘陵。


 私にとって第2のはじまりのフィールドは大岩が突き出し、芝生と剥き出しの地肌がまだらに続く丘陵地帯だった。

 吹き付ける風は荒く、唸りを上げるモンスターに気後れしそうになる。

 そんな丘への入り口に私はやって来た、目的の比率が金銭寄りなのはどうかとも思うけど。


(見晴らしいいなあ)


 当然の事ながら、視界が悪かった森と比べれば見晴らしは段違い。大岩こそ点在してるけど丘の頂上まで見えている、これなら不意の遭遇は減る……といいけど、油断はしないようにしないと。何せ私の事だから微妙に不安なのだ。


(あ、そうだ)


 不安なら、とボーナスドロップがある事を思い出し周囲にモンスターがいないのを確認しつつ近くの小岩に腰掛けてシステムメニューを開く。選ぶのは[装備]項目、続いて[装備リスト]を選択するとメニューウィンドウの横に新しくウィンドウが2つ現れる。

 1つは加護のリストと似たタイプ、そしてもう1つには簡素な人型の画像が表示された。


(そう言えば、これを開いたの初めてだよね。初日の確認は全般的な加護とか装備を見るだけの[ステータス]画面だったし。えっと)


 リスト側に表示されているのは次の通り。



『[武具]

 両手:初心者の杖

[防具]

 頭部:初心者のトンガリ帽子

 胸部:初心者のケープ

 腰部:―

 腕部:―

 脚部:―

[服装]

 体:初心者のローブ

 足:初心者の靴

 腰:初心者のアイテムポーチ

 下着:初心者のランジェリー

[装飾]

 指:初心者の指輪

 ―:―

 ―:―

 ―:―

 ―:―

 ―:―

 ―:―

 ―:―

 ―:―

 ―:―


 [武具解除]

 [防具解除]

 [装飾解除]

 [服装解除]

 [全解除]

 [戻す][終了]』



(んー、どこに装備するのかな?)


 耐毒の指輪はまあその名前の通り指輪だから装飾品なんだろうけど、新緑の外套はどこだろ……外套ってアレだよね、マントみたいな。だとすると初心者のケープを装備してる胸部?

 試しにウィンドウの『胸部:初心者のケープ』をタップしてみるけど『外す』としか表示されない。


(装備する部位はここじゃないって事、かな?)


 となると、可能性としては[服装]の『体』と[装飾]かな。でも、前者は無いか。だって今着ている服は初心者のローブ、新緑の外套と取り換えたら下着姿にマントと言う露出狂じみた恐ろしい格好になってしまう。そんなの嫌だ。

 だから、新緑の外套は装飾品に分類されるのではと推測。試しに今度は『―:―』の部分をタップする、と。



[装備可能アイテム]

『体:新緑の外套

 指:耐毒の指輪』



 新しく小さな文字列が表示されたので『体:新緑の外套』をタップしてみると、『―:―』が『体:新緑の外套』に変化した。

 『指:耐毒の指輪』を選択しても同様になったので、最後に一番下にあった『終了』をタップする。


「わ、わわわっ?!」


 途端、私の体からフラッシュのような眩しい光が閃き、次に目を開いた時には見た事も無いマントが私の体を包んでいた。


「これが……新緑の、外套?」


 私は立ち上がってくるくると回ったり、背中側を見ようとしたり、めくってみたりする。

 それで分かったのは膝下までの長い丈の茶色の生地に、緑色の枝葉が絡み付くデザインのフード付きマントと言う事、フードはもう帽子を被っているから使い道は無いかもだけど。下側は茶色が、上側は緑色の割合が多くてなんだか木にでもなったみたい。


「ええっと、耐毒の指輪は……うえっ!」


 右手中指の簡素な初心者の指輪の隣、人差し指に新たにはめられていたのは紫の小さな小さな宝石が輝いてる、んだけど……ムカデか芋虫か、なんかそんなのがリング部分に意匠された明らかにはめていたくないデザインの指輪だった! 趣味悪い!


「外そう」


 そうしよう。即座に『装備変更』画面を開く。

 『指:耐毒の指輪』をタップすると『外す』に加え『位置変更』と出た。多分どの指にはめるのか変えられるんだろうけど残念、外す事に何の迷いも無い。『外す』『終了』とタップすると再びフラッシュが閃き、次の瞬間には耐毒の指輪は消えていた。


「せっかくの装備品だったのに……もっとまともなデザインにしてよう、もう」


 落胆を隠し切れないものの、いつまでもそうしてはいられない。初めて来る場所だし山登りなんて小学校の遠足以来だけど、竦んでなんていられない。前進あるのみ!

 私は新たにドロップアイテムを身にまとい、新たなフィールドに挑んだのだった。



◇◇◇◇◇



「ちょっ、やめっ、きゃっ?!」

「カァァッ!」


 ガッ! ガッ!


 あんな事を思ったのも今は昔。私は上空から旋回しての攻撃を繰り返す烏型のモンスター『クロウ』に翻弄されていた。

 前にも飛行するモンスター、ビーやジャイアントモスと戦った経験はあるけど、このクロウは素早い動きで接近して一撃入れては離脱していく。

 お陰でターゲットサイトの狙いが付けづらい事付けづらい事……。


「リリース!」


 こちらへ向かって来るタイミングを見極め、なんとか狙いを定めて法術を放つ。

 杖の先に待機していた黄色い光球は解放の言葉と共に、矢じりのように鋭く尖ってショット以上の速度でもってクロウへと疾走した。


 〈ライトアロー〉。

 基本のショット、低威力のバレット、高威力のマグナムに続く属性法術系の攻撃用スキル。威力自体はショットと同等だけど、MPの消費と再申請時間は多い。そんなアローの最大の特徴が速度だった。

 スキルを詠唱してからの生成速度と、対象への射出速度は攻撃法術の中でも断トツで、スピーディーなクロウに対して重宝している。


 ――パウッ!


「クッ?!」


 〈ライトアロー〉が命中し、グラリとクロウの体勢が崩れ、バサバサと翼を忙しなく羽撃かせている。

 クロウは素早いけど、一度崩したバランスを立て直すのに少しの時間を必要とする。いいように遊ばれた仕返しをするには絶好の機会!


「〈ダークアロー〉!!」


 紫色の闇の矢は瞬く間に杖の先から飛び立ち、クロウの体の中心を撃ち抜いた!


 バシュッ!


「カ、ア……」


 ぼとり。


 地面に落ちたクロウが消えていくのを半ばまで眺めてから周囲へと警戒を向ける。

 ある程度離れた所には大岩がいくつも連なり進路を塞いでいる。これははじまりの森1層の背の高い柴垣と同様に、モンスターの行動パターンが変化する明確なラインだった。なのでこの付近のモンスターは一定距離まで近付くと攻撃を仕掛けてくる。

 はじまりの森は遮蔽物こそ多かったけど基本地面を這うモンスターだけだったから足下に意識を向けていれば良かった。

 でも、クロウは時折急に降下して地面をつついたり、バットは上下に激しく飛ぶのでしっかり頭上にも注意を払わないと不意の戦闘も有り得る。

 ウィンドウが獲得経験値とドロップアイテムを表示するけどすぐに閉じて、メニューで現在時刻を確認する。


(あ、もう10時を回ってる……)


 はじまりの森に比べて少ない遮蔽物に助けられ、探索は思ったよりも順調に進んでいた。

 マップの埋まり具合こそ5割に満たないけど、わずか1時間そこそこと言う時間と、私自身の(情けない)経験則からすれば十分過ぎる結果ではある。

 それでも焦りが出てしまうのは、今目の前にフロアボスへのゲートらしき石柱がこれ見よがしに鎮座しているからで……この先へ進むかどうか、ログアウトまでの時間との兼ね合いをもれなく考えてしまう。


(うん、進める余裕がある内に行った方がいっか……)


 そもそもお金を稼ぐなら、はじまりの森でビッグスパイダーかジャイアントモスを繰り返し相手にする手もあったけど、攻略だって大事だから急いでここまで進めてきた。はじまりの森以外にもそれぞれいるボスと戦えばいいからと。


(明後日までに4500G必要なんだから進むしかな――――あ、しまった。ユニオンでクエストだか何だかを請ける事も出来たんじゃ……失念してた)



『ユニオン』

『ユニオンはこの世界の人と星守=PCの相互扶助や仕事の斡旋を目的とした組織です。

 色々なアイテムの採集、運搬や要人の護衛、特定のモンスターの撃破など様々な依頼を達成する事によって褒賞金や特殊なアイテムを貰えます。

 また、依頼を多く達成するとより難易度の高い依頼を請けられるようにもなったり、直接依頼される事もあります。

 頑張って依頼達成に励んでみましょう!』



 ――と、こんな感じだった筈。ここらのモンスターの討伐依頼やドロップアイテムの採集依頼があるかはともかく、何かしらお金を稼ぐ手段であるのは確か。


(一度確認しておいた方がよかったかなー、でも今から戻る訳にも……むう、不覚。いえ、どの道今考えても仕方の無い話だもの、気持ちを切り替えなきゃ)


 ブンブン頭を振る。私の目的は目の前の石柱の向こうに控えるフロアボスからドロップアイテムを手に入れて換金する事なんだから。


 消耗したHPとMPを〈ヒール〉とポーションで回復し、石柱の前に立つ。

 黒い苔に被われた石柱は5メートルくらいの大きさで、人の字のように互いに支え合っていた。崩れないだろう、って理解してるんだけど……なんだか不安になるような迫力がこの石柱からは滲んでる。


(はじまりの森だと出現する3匹のモンスターの内2匹に関係したボスだったから多分このはじまりの丘陵でも……)


 はじまりの丘陵に出てきたモンスターはクロウの他に薄汚れた狂暴な大型犬『ドッグ』、HPを吸い取る特殊攻撃を行う蝙蝠『バット』がいる。この中のどれかを強力にしたボスモンスターが出現するんじゃないか、と予想してみる。


(まあ、私の戦い方は変わらない。逃げ回って、スキルを待機させて、攻撃)


 実際はそれしか出来ない、が正解。

 ただ、心構えをしておくだけでも違うと思うから。


 そして、私は石柱をくぐった。



◇◇◇◇◇



「……予想と違うー」


 フロアボスエリアに突入した私は困惑していた。

 岩がまばらながら円形に配置されたエリア中央、黒い霧が集まるまではいつも通りだったのだけど……。


「何で何匹も出てくるのーっ!?」



 黒い霧は途中から複数に分裂し、それぞれがさっきまでのバットより大きなバットになってしまった。数は5匹、その中でも一回り大きく毒々しい印象のバットを中心に陣形を組んでいる。

 やがて取り巻きのバットたちは私を認識したのか、「キ、キィ!」と叫びながら飛んできた!


(わわわっ、そんな一遍に来ないでよ?! 1体1体相手にしてたら残りに距離を詰められちゃう、取り付かれたら捌ききれない……なら)


「〈コール・ウォーター〉〈ウォーターサークル〉!」


 こぷんっ。出来上がった水球が飛び立った瞬間。


 ダッ!


 ダッシュで逃げる!

 やがて水球がこちらを追ってきていたバットの集団の1匹に命中する。


 バシャッ!


「キッ?!」

「「「キキキッ!?」」」


 水球は膨張し弾けて他3匹をも巻き込んだ。これが9レベルで覚えた半径2mの球状に範囲攻撃するスキル・サークル。

 更に法術の効果範囲を単体(ショット系など)から範囲(球状の半径2m)へ、元々範囲(サークル系)でも更に拡大(球状の半径4m)する〈コール・ウォーター〉を組み合わせた広域攻撃。

 私を追っているとは言えバラけてもいるので一斉にダメージを与えるにはこの方法が一番だった。

 ただ2匹程度ならともかく、さすがに4匹同時となると初めてで不安だったけど、上手くいったようで一安心。

 でも。


「うっ……やっぱり普通のバットとは違う」


 タッ! 私は再び走り出した。

 水球が弾けた事による水煙の中、確認したダメージは良くて6分の1、悪ければ8分の1しか与えられてなかった。

 範囲攻撃は中心から外側になればなる程威力が減るけど、それにしたって基本ショット系と変わらない威力の筈なのにサイトで捉えてたバットすらその程度なのだから参る……。


「ううっ、でも持久走にはこの前散々慣らされたんだから!」


 リーダーらしいバットは中央に居座ったまま、4匹のバットが私を追い掛け回す。背中には絶え間無く耳障りな金切り声、普通のバットも使ってた超音波攻撃!?

 4匹は代わる代わる光のわっかを連続して放つ超音波を使っていて、ヒットしないように私はジグザグ走り続ける。

 でもHPは少しずつ少しずつ減ってる、微妙に避けきれずに当たってるみたい。

 そして失われたHPがとうとう3割に達した。いつまでもこのままじゃ……わずかな隙は所々にあるからそのタイミングで攻撃するしかない。


(こうなると5匹全部が来なかったのは幸いだけど……)


 次は風・土・光・闇・火・水のサークルを順次待機させる、〈コール・ウォーター〉は最後のに使ってある。この6連撃で倒せればいいけど、バットは上下の動きが激しいから全部に当たるかどうか……。


(撃ち漏らしたらその時はその時かあ……)


 連続で放たれる超音波のわずかな隙を逃さず、私はくるっと振り向きなるべく中央にいるバットに狙いを定める。


「リリース!」


 そして、やっぱりダッシュ。HPの減少具合を鑑みれば撃ち漏らす可能性が高い。その時の為になるべく距離を離さなきゃ。


 ブォンッ、ガンッ、パウッ、バシュッ、ゴオッ、バシャアッ!


「「「キ、キィィ……」」」


 6連続の範囲攻撃により3匹のバットをバタバタと撃ち落とす、けど残り1匹は本当にギリギリ後少しだけHPを削りきれなかった。

 でも気は緩めない。残りHPがわずかで1匹だとしても、油断したら私なんてあっと言う間に大ピ、ン……チ?


 バサッバサッ!


 バッ! 翼を強く羽撃かせる音に視線を中央に向けると、リーダー格のバットが凄いスピードでこちらに突っ込んでくる?!


(まさか、取り巻きを倒すと攻撃に加わるの?!)


「ギィィィィッ!!」


 爛々と怪しく光る瞳、血管が浮かぶ皮膜、黒ずむ鋭い牙を剥き出すその姿に私は怖じ気づく。しかもそのスピードは明らかに私が走るよりもなお速い!

 少しでも距離がある内になんとかしないと……っ!


「〈ウィンドアロー〉!」


 バシュッ!


 残りのバットに置き土産とばかりにとどめを刺し、全力疾走に戻る。


(悠長にコール系は使ってられない、攻撃を何度も当てて怯ませないと追い付かれちゃう……速度重視で行くしかないっ)


 焦りながらも、今までとは別のやり方を試す。走る事は止めず、横目で後ろのリーダーバットを視認して詠唱を開始する。


「〈ソイルアロー〉!」


 発射された〈ソイルアロー〉は、翼の端に何とか命中しリーダーバットの動きが若干鈍くなる。


(やっぱり、しっかり狙えないから当たりはずれは運次第になっちゃう……でも、足を止めたら攻撃するより先に追い付かれる、これでやるしか……)


 続いて光・闇・火・水・風・土とローテーションで攻撃を繰り返す。何度か攻撃を外してしまって、その度に距離が縮んで超音波や風起こし、体当たりに吸血等々に私のHPは一時黄色の半ばにまで足を踏み込みかけてしまったのだった。

 その上回復に回れば相手からの攻撃が入って、全快した途端に減少する始末。もし新緑の外套の防御力が無ければダメージは更に蓄積して洒落にならない事態に陥っていたかもしれない。


(痛い! 怖い! 辛い!)


 ジャイアントモスとは別種の恐怖。威圧感、圧迫感はまだ幾分かマシだけどスピードが速い分攻撃回数は比べ物にならない、威力自体は低くてもジリジリと追い詰められる感覚がほんと心臓に宜しくない。

 〈コール・ファイア〉で威力を上げてないのがここまで地味に響くのかと痛感しながら、リーダーバットのHPもやっと1割を切ってる。終わりも近い。


「希望が見えたのに吸血されたあーーっ! うええーん、〈ソイルマグナム〉ーっ!」


 2割弱のHPを奪われ(元が大した量無いのでリーダーバットの回復量も微々たるものだけど精神的に堪える)、仕返しにと高威力の〈ソイルマグナム〉をお見舞いした。


 ガンッ!


「ギ、ギギィィ!?」

「あいたっ!?」


 丁度向こうも攻撃を繰り出そうとしていたようで、〈ソイルマグナム〉によって途中で挫かれたものの、わずかに私にかする。それだけで結構なHPが減る辺りに私の脆弱さが露呈している。


「〈ヒール〉!!」


 猶予なんて無い、即座に回復。リーダーバットは強力な攻撃を受けた為か、アローの時よりも仰け反りがわずかに大きい。

 こうなれば一気呵成にやってやると開き直り、なけなしの勇気を振り絞って足を止める。


「〈コール・ファイア〉〈ライトマグナム〉!」


 パウッ!!


「ギイ、ィィィィッ!!」


 攻撃は命中、しかしリーダーバットはHPが少なくなったからか、怯む様子も無しに突っ込んできた!


「ひっ!? ワ、〈ワンドガード〉……っ!」


 咄嗟に杖を前に掲げ防御スキルを発動する。体当たりによる衝撃が腕から体へと伝わり、後ろへと軽く吹き飛ばされる。

 スキルのお陰でダメージは軽減されるも2割を超えるHPを奪われ、リーダーバットは更なる追撃の態勢に入ってる……や、やらせるもんですか!


「〈ダークマグナム〉ッ!!」


 バシュウッ!


「ギッ、ギッ、ギィィッ……」


 ドスン!


 翼を羽撃かせていたその瞬間に攻撃されたリーダーバットは力尽きて落下した。


「はあ……はあ……何とか、なった……」


 手を膝に突いて脱力する。

 振り返ればダメージ的にはHPが赤になる事も無かったのだけど……攻撃を受ける、それだけでずいぶん焦っちゃった。結果余計に攻撃を受ける羽目になるのに……。


(もっとメンタル鍛えないと……この先やってけないよね)


 黒い炎に包まれたリーダーバットを見ながら反省する。今回の敵の攻撃なら〈プロテクション〉でもある程度防げたろうし、必ずしも逃げるばかりになる必要は無かったかもしれない。


(でも他に、私に可能な戦い方なんて……うーんうーん……何かあるかなあ?)


 それと、走るスピードに違和感があった。ジャイアントモス戦よりもレベルアップした筈なのに、体が重く感じたのはやっぱり新緑の外套の重さ、かな。防御力かスピードか選ばないと……悩ましい。

 考えを巡らせていると、楽しげなファンファーレが鳴り響きウィンドウが獲得した経験値とドロップしたアイテムを教えてくれる。




 タタンターン♪


『【経験値獲得】

 《火属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《水属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《風属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《土属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《光属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《闇属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《聖属性法術》

  [Lv.9⇒10]

 《マナ強化》

  [Lv.11]

 《詠唱短縮》

  [Lv.7]

 《杖の才能》

  [Lv.10]』


【アイテムドロップ】

 ビッグバットの皮膜[×1]

 バッドバットの牙[×2]

 バッドバットの肉[×1]

 バッドバットの皮膜[×1]

 瘴気の欠片[×1]』



 リーダー格はビッグバット、取り巻きはバッドバット……あれ、瘴気の欠片はビッグバットの分だけ? 再戦の時バッドバットはどうなるんだろ……確かめる気力は無いけども。



 ジャンジャーン♪


『NEW!』

『【スキル修得】

 《火属性法術》:〈ファイアサーチ〉

 《水属性法術》:〈ウォーターフロート〉

 《風属性法術》:〈ウィンドステップ〉

 《土属性法術》:〈ソイルスロウ〉

 《光属性法術》:〈ライトアップ〉

 《闇属性法術》:〈ダークコンシール〉

 《聖属性法術》:〈リターン〉』



 わ。初めて全部の属性が違うスキルになった。一応知識として知ってはいたけどなんだか感慨深い。それぞれに効果も違うからちゃんと試さなきゃ。

 メニューで現在時刻を確認すると、まだ10時半と言った所。モンスターを避けて行くとしても今までのペースだとアラスタに着くのは11時近くになってしまう。


「…………試してみようかな?」


 そこで思い出すのは先程のウィンドウに表示された新たに修得したスキルの事だった。

 そのスキルとは《聖属性法術》の〈リターン〉。これはログアウトした際に強制的にライフタウンに戻されるのと同様の効果、つまりライフタウンまで転移出来るすごいスキル、だった筈。

 これがあればライフタウンへ戻る時間を気にせずにすむ。もちろんログアウトでも戻れるけど、それだとマーサさんの家まで帰れないし、睡眠度も回復出来ない。その為に再度ログインせねばならない手間を考えれば非常にありがたいスキルと言える。


「それじゃ……あ」


 振り向けば石柱の間からは遠くアラスタを望む事が出来た。

 思えばはじまりの森からは木々に遮られてたからアラスタの遠景なんてはじまりの草原で見た初日以来、更に見下ろすとなればその光景は格別だった。

 緑の屋根(木々)に白無垢の壁、大きな大きな一軒家とも見紛うアラスタ。そこに隣接する深い森と斑模様を描く沼地、緑の木々の向こうにかすかに見えるのは王都へと続く草原。


(気持ちのいい景色……今度ここにピクニックにでも来たいな。マーサさんのお弁当を食べるならこんな場所とかぴったりかも)


 ボスエリアであるが故に一度フロアボスを倒してしまえば後は安全なもので、ゆっくり出来ないのが本当に残念だった。

 後ろ髪を引かれながら、私は深呼吸を1つしてボスエリアから立ち去る事とした。


「すう……〈リターン〉」


 ターゲットサイトで自身を捉え、そう唱えると同時に光の円が足下に描かれていく。

 そこから光の粒が吹き上がり、私の視界を白く染めていく、それは昨日経験したポータルでの転移と同じ――。



◇◇◇◇◇



 次に瞼を開ければそこは既にアラスタのポータルポイントだった。明日は平日だと言うのに、そのさざめきには些かの衰えも無く思う。


「……ほんとに戻ってきちゃった。と、ぼさっとしてられない」


 このままマーサさんの家に帰る前に寄ってみたい場所がある。時間もあまり無いし急がなきゃ。


「じゃあもう1つ試してみよっと。〈ウィンドステップ〉」


 そのスキル名を唱えると、一陣の風が私を包み込む。それは本当に一瞬で、止むと視界のHPゲージの下に新たなアイコンが追加されている。

 〈リターン〉同様に先程修得した《風属性法術》の〈ウィンドステップ〉は、使用すると移動速度が上昇すると言う。


(もしかしたらボス戦では常に使う事になるかもしれない……逃げるの楽になるかなあ)


 周囲の人にぶつからないように注意しながら、私は一路東大通りに向かう。


 その中で周囲を見る。北大通りは公共施設が集中しているからなのか大規模な建物が多く、建物同士の密度もそこまで高くない。小規模店舗が並ぶ西大通りや宿泊施設のみの南大通りとは趣が大きく異なり、それぞれの通りがよく特徴付けられている。

 そして今いる東大通りにはギルドのホームやユニオンが立ち並ぶ。プレイヤーがメインの通りだからなのか大通りの中でも特異な印象を受ける。木々が絡む建物は大体半数程度、大きさも形もバラバラ、建つ位置も規則性は無く、建物は多くてカラフルな色彩の物も目立つ。

 そんな中をしばらく進むと通りの真ん中にはで〜んと建物がそびえていた。通りは円柱型のその建物を避けるように左右に分かれている。


「あ、あの……少しよろしいですか?」

「うん? なんだいお嬢ちゃん」


 近くを通りすがったNPCらしきかっぷくのいい女性を呼び止める。


「付かぬ事をお聞きしますが、あの建物は何なのでしょう?」

「あれかい? あれはユニオンの支部だよ」


 あ、やっぱりそうですか。いや、そんな気はしてましたが。


「なんでまたあんな場所に……?」

「どの星守に対しても中立だって示す為、だったかねぇ。詳しく知りたいならユニオンの職員に直接お聞きよ」

「そう、ですね。お時間を取らせてすみません。ありがとうございました」


 お礼を言うと「気にしなさんな」って朗らかに笑って去って行った。この街の人はいい人ばかりだなあ、思わず和む。


「って、何和んでるかな。急ぐんだってば!」


 慌てて一際大きな木が生えるユニオンの支部へと入る。その中では大勢のPCがさざめき合い、忙しなく出入りを繰り返している。

 入り口の両脇の壁には人の背丈よりも高いコルクボードが備え付けられていて様々な紙が貼られていた。何かクエストに関する物なのかもしれないけど……読めない。《言語翻訳》で読めるかは怪しい、レベルはまだまだ低いから。


(窓口は……)


 仕切りでいくつも分けられたスペースではそれなりの数のPCに受付嬢さんが応対しているようだった。

 私は空いている窓口へと向かう、するとそこに控えている受付嬢さんがにこりと微笑んでくれる。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用でしょうか?」

「えと、今日初めて来たんですけど……」

「では、ユニオンの説明を致しましょうか?」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「かしこまりました」


 女性はこほんと一度咳払いすると、平淡な口調で語り出す。


「ユニオンは我々アスタリア人と星守の方々との相互扶助を目的に設立された組織です。金銭や物品などを対価として星守の方々へ依頼を出したり、モンスターから入手した品や各地で採取した品の引き取りを行っています」

「引き取り? 買い取りでなく?」


 持ってきても……お金、貰えないの……?

 あ、思ったよりショックな自分にダブルでショックだ。


「はい、引き取りです。本施設をご利用される場合には会員登録をしていただく必要があるのですが、会員はランク制となっており依頼の達成や物品の納入によりポイントが貯まってランクが上がる仕組みとなっています」


 なるほど、それで依頼をを多く達成すると〜って説明書に書かれてたのね。仕組みはともかく会員にならないといけないのは図書館と同じ、と……。


(あれ、聞き逃したい用語が出たような……え〜っと、なんだっけ……?)


 ………………あう。


(会員登録?!)


 それは、つまり……。


「あの、ちなみに登録料金はいかほどでしょう……」


 と、所持金一桁の私が聞く。

 受付嬢さんは青くなっているかもしれない私に温和な笑顔を向けながら、こんな事を言った。


「登録は無料となって「します登録!」かしこまりました(にっっっこり)」


 ハッ!? なんて事、考えるより先に口が自動応答してしまった。タダより高いものは無いと言うのに……。


「ではこちらの『メダリオン』が会員証代わりとなります、お受け取り下さい」


 渡されたのは掌大くらいの鉄だろうか、黒っぽい銀色の六角形のメダル(?)だった。

 片面には握手した手と手が、もう片面には茨に囲われた女性の顔が刻印されている。


「これは貴女の現ランクである一番下のランク、アイアンを示す『アイアン・メダリオン』です。メダリオンはランク名に合わせた金属を用いており下から順にアイアン・カッパー・ブロンズ・シルバー・エレクトラム・ゴールド・プラチナムと変わります」

「エレ……? えと、じゃあランクが上がる度にメダリオンを取り替えるんですか?」

「そうなります。次にこの依頼書をご覧ください」


 依頼書?

 受付嬢さんは2枚の紙を取り出した。それには何やら書かれてるけど、加護が戦闘用のままなので文字は読めない。なので上半分を占める絵に注目する。


(1つはキャタピラー……の糸?)


 右半分に描かれているのは糸を吐き出すキャタピラー、左半分にはまとめられたその糸。どうもキャタピラーと言うよりキャタピラーの糸を示してるみたい。


(もう1つは……ドラゴン、かな)


 2枚目には獰猛そうな真っ赤な竜。翼は小さく、牙を剥き出しにして炎を吐いている。簡素だったキャタピラーの絵とはまるで別物の迫力だった。


「1枚目ははじまりの森に棲息するキャタピラーの糸を一定量集める採集依頼。2枚目は『ファヴスドール火山』に棲息するヴォルケイノドラゴンの討伐依頼です。ここにそれぞれシンボルマークが描かれていますね?」

「黒と、黄色の……ですか?」


 紙の左隅には六角形、キャタピラーのは黒でドラゴンは黄色。


「はい。このシンボルマークは各ランクに対応しており黒はアイアン、黄色はゴールドを示します。同様にカッパーは赤、ブロンズは青、シルバーは灰、エレクトラムは茶、プラチナムは白。描かれているシンボルマークより下位のランクではその依頼は請けられませんのでご注意下さい」

「はい、分かりました」


 大丈夫大丈夫、ドラゴンと戦うような依頼を請ける気とか毛頭無いし、採集とかでちまちまと稼ぐくらいのつもりだから。


「ではメダリオンを依頼書に置いてみて下さい」

「?」


 コトリ。言われた通り、キャタピラーの依頼書の上にメダリオンを置く。


 ――――キラッ。


「えっ?」


 するとどうした事だろう、メダリオンの輪郭がぼんやりと赤く光ってる。


「メダリオンは精霊器なのです。このように達成条件を満たしていない依頼書に置けば赤く、満たした依頼書に置くと青く光るように造られています。この他にポイントを貯める機能もメダリオン自体が有しており、紛失などで再発行した場合は上位ランクに達していたとしても再びランク・アイアンからのスタートとなってしまいますので十分にご注意下さい」

「そうなんですか……分かりました、気を付けます」


 マーサさんの家の水道やコンロと同じ、と言うのもアレだけど……これが精霊器なんだ。一体どう言う仕組みなんだろ、不思議ー。


「最後に、これはユニオンに限った事ではありませんが犯罪行為はしてはいけません。もし犯罪行為が発覚した場合、程度によりますがポイントの剥奪、それに伴うランクダウン、最悪メダリオンの没収も有り得ますのでお心に留めておいて下さいね」

「それはもちろん!」


 悪い事しちゃダメ、当たり前じゃない。特に私の場合花菜だってこのゲームで遊んでいるんだから、姉として恥ずかしい真似をするつもりは毛頭無い。


「ではこれでユニオンとメダリオンの基本的な説明は以上となります。より詳細な説明をしますか?」

「あ、いえ十分です。それより早速なんですがはじまりの丘陵で出来る簡単な依頼はありますか?」


 気付けば思ったよりも話し込んでいた。早く済ませて帰らないと。


「少々お待ち下さい。簡単な……ランク・アイアン、はじまりの丘陵ですと……この4つなどいかがでしょう?」


 受付嬢さんは紙束の中から4枚の紙を選んで取り出した。


「左手側から『最近野良ドッグが増えて困ってるの、お願い10匹退治して! 報酬80G』『はじまりの丘陵で取れる『硬い石』を15個集めやがれ、何に使うかは秘密だがな! 報酬55G』『装飾品用に『バットの牙』を20個手に入れてほしい。 報酬70G』『『クロウのにく』でおとうさんにからあげをつくりたいから5こさがしてきて。 2がるあげるよ』」


 う、最後の依頼で全部持っていかれた感が……でも今から出来るのも実際最後のだけなんだよね。

 ドッグは今から倒しには行けないし、硬い石は採取アイテムだと思うから探しにも行けない、バットの牙は持ってこそいるけど数が足りない、戦闘を避けた弊害が出ちゃった。

 唯一クロウの肉は必要量持ってるのでこの依頼に応えられる。報酬は……まあ初めてだし欲張ってもね、子供の依頼みたいだから丁度いいかもしれない。


「4つ目のクロウの肉の依頼を受けます、どうすればいいですか?」


 ポン。


『【クエスト発生】

 《ケントのおやこうこう》

 クエストを開始しますか?

 [Yes][No]』


 はい、Yesっと。

 効果音と共に視界内に『Q』と表示される、マーサさんのチェーンクエスト以来かなコレ見るの。色違うけど。


「では依頼書と地図をお渡しします、この印の付けられた家にお住まいのケントさんにクロウの肉5個をお届け下さい。その後依頼書にケントさんのサインを書いてもらい、受付にメダリオンと一緒に提出して下さい。条件を達成した事を確認次第、報酬とポイントの支払いを行います」


 地図を受け取りしげしげと見つめる。えっと、ここがあそこでこっちが……あ、マーサさん家の近くじゃない。これならなんとか迷わないで行けるかな……でも時間が無い、行くだけならともかく戻ってくるとなると厳しい。


「サインを貰ってからこっちに戻るのは日を跨いでも平気ですか?」

「構いません。この依頼書には日時指定がありませんので、届けるのも時間を掛けても問題はありませんよ」


 良かった。でも小さな子の依頼なら出来るだけ早く届けてあげたいな。

 受付嬢さんにお礼を言って、私はユニオンを後にした。


(うわ、もう45分回ってる?!)


 〈ウィンドステップ〉を唱えて街中を駆け抜ける。


 〈リターン〉でポータルまで戻ったら楽だったとは後に気付いた驚愕の事実であった。



◇◇◇◇◇



「この辺り、だよね」


 マーサさんの家よりも大通り寄りのケントさんのお宅を探す。順調に進んでいるんだけど、いかんせん時間的な余裕が無いので少々焦り気味だったりする。


「ん?」


 そんな風に急いでいると家の壁に背中を預けている小学校低学年くらいの男の子を見つける。地図を見ると……うん、あそこみたい。


「あの〜、あなたがケントさんですか?」


 そう尋ねると男の子は怪訝そうに首を傾げる。


「そうだよ。おねえちゃんだれ?」

「私はアリッサ、星守だよ。依頼を請けてクロウの肉を持ってきたの」


 ポーチからだと1つずつしか取り出せないのでメニューから依頼書とクロウの肉(多分むね肉)を5個、実体化させるとケントさん……ケントくんは目を輝かせた。

 もしかしたら生のままでは、と少し心配したけど、実体化した肉は紙に包まれていた。ありがたいけど、どこから来たのこの紙……。


「うわ、ほんとだ! ありがとうおねえちゃん!」

「えっとそれで、この依頼書にあなたのサインを書いてほしいの。字は書けるかな?」

「うん、かけるよ! ちょっとまっててね」


 言うやケントくんは家に飛び込む、何やらガタガタと音がしているけど……。

 やがて息を切らしてケントくんが帰還し、その手には粗く削られた鉛筆が握り締められていた。

 私が依頼書を差し出すと、ケントくんは家の壁に依頼書を押し付けてたどたどしく文字を書いていく。


「はい!」

「うん、ありがとう。偉いね、ちゃんと自分の名前が書けるんだ」


 私書けない。


「えへへ、ちゃんとべんきょうしてるもん」

「勉強……」


 そこでふと気になった私はケントくんに質問してみる。


「お勉強ってどこでしてるのかな?」

「きょうかいだよ。しんぷさまとシスターのおねえちゃんがおしえてくれるんだ!」

「教会、そうなんだ……あ、はいクロウの肉、持てる?」

「んしょ! へいき!」

「じゃあ気を付けてね」

「うん、ばいばいおねえちゃん!」

「ばいばーい」


 ケントくんが家に入るのを見届けた私はそそくさと依頼書と地図をアイテムポーチに仕舞い込んでマーサさんの家への帰路に着いた。今日はもうそこまででログアウトかな。


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