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第19話「G線上のアリッサ」




 ――――チュンチュン、チチチュン。


 目を開く。


 窓からは柔らかい光が射し込み、小鳥たちが心地よい歌を奏でている。


「今は朝、か。ん〜〜」


 掛け布団からのそのそと起き上がり体を伸ばす。

 現実では夜中だし起き抜けな訳でもないのだけど、習慣と言うのはそうそう自力でオンオフを切り換えるなんて出来ないみたい。


「ん?」


 部屋を見回すと、机の上に見慣れた色彩の服が置かれている。あれはもしや……。

 ベッドの傍のうさぎスリッパを履いて近寄ると、やっぱり私の初期装備だった。マーサさんが洗濯して置いておいてくれたらしい。


「大屋さんだし部屋にくらい入れるとは思うんだけど……」


 果たしてログアウト中、このアリッサの体は一体どうなっているんだろうと、ちょっと不安になってしまった。


「う〜ん。自分じゃ確かめられないし、気にしても仕方無いか。着替えよ」


 いつまでもパジャマじゃ外に出られないしね。



◇◇◇◇◇



「マーサさん、居ますか?」


 着替え終わった私は、畳んだパジャマとうさぎスリッパを手に階下へと降りてきていた。


「あらら。おはようアリッサちゃん、よく眠れたかしら?」

「はい、お陰さまで。パジャマありがとうございました、すっごい着心地良かったです」


 そして今の服はすっごい悪いです。マーサさんの洗濯云々でなく、根本的な所でどうしようもなく初期装備でしかないのだった。


「あらら。そう? なら良かったわ〜。じゃあこのパジャマはアリッサちゃん用にしておきましょうね」

「はいっ?! いえ、あの、いいんですか?」


 確かにあのパジャマをまた着れるのはすごくすごく嬉しいのですけど……。


「あらら。どうせ私はもう着ませんからね、タンスの肥やしにするよりアリッサちゃんに着てほしいわ〜」

「そ、それは実にありがたいんですが……」

「あらら。どうしたの?」


 何から何までマーサさんのお世話になっていると言う良心の呵責に私の心が万力で締め上げられるようにギリギリと痛みを訴えているんです!

 でも、そう言ってもマーサさんの事だから多分「あらら。気にしなくていいのよ〜」とか言われてしまうんだろうなあ……。


「ううう、分かりました……ご厚意に甘えさせてもらいます。でも、このご恩は必ずお返ししますから!」

「あらら、うふふ。それは楽しみね〜」

「はいっ!」


 こうして新たな目的を胸に秘め、た所でまたもマーサさんからお弁当を貰い、私の心のハードルがその高さをいや増したのでした。



◇◇◇◇◇



 小通りを歩きながらこの先の予定を考える。


(んー、まずはドロップアイテムの売却かな。はじまりの森のモンスター、ボスにその先のフィールドのモンスターの物も入れてるから大分ポーチの容量が埋まっちゃっているし……何より残金75Gしかないものね……あ、あはは)


 じゃあ、と南大通りのNPCshopへと足を向ける。



 ぽてぽて、ぽてぽて。



 まるで散歩のように通りを歩く。

 朝が早いと言うだけで街の雰囲気はずいぶんと違うもので、そこここから生い茂る木々の朝露に射し込む昇ったばかりの太陽の光が反射してキラキラと輝いてる。

 こうしてその中を歩いているだけで、体も心も軽やかになりそうな程、煌めいてる。


 この街は夜も夜で幻想的だけど、朝だって十分過ぎるくらいに綺麗なのだ。



(……5人目、かな?)


 そんな中、この細い路地で擦れ違った人、多分PCを数える。

 いつもならこんな端の、そのまた端の脇道で擦れ違うのはその大半がこちらの人たちで、PCなんて今まで1人か2人程度しか見掛けなかった、それが道半ばで既に5人。

 いつもよりも多いPCは日曜の夜だからなのか、この分じゃ大通りは余計に混んでそう……。


(日曜……そう言えばプレイ初日も日曜日だったっけ)


 思えば遠くに来てもいない。


(もう少し焦った方がいいのかなあ、私)


 昨日の花菜とのやり取りもあり、迎えに行こうと言う気合いはより入ったのだけど、緊張とか焦燥とかは薄らいでいた。

 とは言え私のペースが遅いのを感じてもいる。

 そう言えば次にどのはじまりのフィールドに行くかも決めていない。


(クラリスと行った事もある草原は最後にしようかな。王都は最後の楽しみにして……なら北・東・南って時計回りがいいかな? じゃあ、次ははじまりの丘陵だね)


 そう決まれば私の足は少しだけ、回転を速めるのだ。



◇◇◇◇◇



 2日ぶりとなるお店では相変わらず、店主であるノールさんが気難しそうにノートとにらめっこしていた。私に気付くとカウンターに立ち、愛想は気にせず話し掛けてきた。


「おう、来たか。アラ、アリ……あー、アリッサ?」

「はい、どうも。お久しぶり、には少し早いですね。こんばんは、ノールさん」


 ギリギリ名前は覚えていてもらえたみたい。


「どうだ、調子は?」

「昨日ようやくはじまりの森を攻略しました。なのでアイテムの買い取りをお願いします」

「ほぉー、そうかいそうかいそいつはめでたい、色々売ってってくれや。ま、買い取りにゃ影響しねぇんだがな」

「それは残念です」


 攻略記念にサービスしてたら商売になんてならないでしょうしね。

 買い取りを願い出ると、ノールさんはメニューを操作して私の前に買い取り用のウィンドウが開かれた。アイテム一覧からポーション類やマーサさんのお弁当以外にチェックマークを付けるのを流れ作業で行う――――う?


「あれ?」

「どうかしたのか?」

「あ、いえそれが……妙なアイテムが一覧にあって」


 首を捻る。


「妙な? アイテム名はなんてんだ?」

「『新緑の外套』と『耐毒の指輪』です。装備品、ですよねコレ。こんなアイテムいつ入手したんだろ……」

「なんだ、ボスのドロップじゃねぇか」


 ボス?


「ボス、ってジャイアントモスのドロップアイテムなんですか?!」

「なんでそんなに驚いてんだよ」


 だってそんなの説明書に書いて無かっ……あ、ボスモンスターの項に『エリアボスは特殊なアイテムをドロップするかもしれません』みたいなのなら書かれてた、かな?


「そもそもボス戦後にウィンドウに表示されたろうが」

「あ……ジャイアントモス戦の時はよく確認もせずにウィンドウ閉じちゃいました」

「…………」


 ノールさんの目が細められる。そこに見えるのは「こいつアホじゃね?」的な雰囲気。


「つ、疲れちゃって……」

「はぁ……耐毒の指輪は“レアドロップ”っつってな、ドロップする確率の低いアイテムだ。パラメータの幸運値が高い時や何かのスキル、アイテム効果で出やすくなる場合もあるが……心当たりは無さそうだな」

「はい、まったく」


 もしかしたらたまたま昨日は運が良かったかもしれないけど、確認とかしてないから……。


「なら単純に運が良かったんだろ。リアルラックって奴だ、数値じゃなくプレイヤーがツイてたって話な」

「な、なるほど……よ、喜ぶ所でしょうか? (わなわな)」

「普通はな。まぁ、今じゃもっと良いアイテムなんざゴロゴロしてるが、タダでゲットしたなら儲けもんだろ」

「儲け物……」


 それは確かに嬉しい。初期装備ばかりでは締まらないし、装備すればパラメータの数値が上昇するとも聞く。これからの攻略に役立つかもしれない。


「次に新緑の外套だな。コイツは“ボーナスドロップ”って呼ばれてる類いだ。ボスモンスターとの戦闘で、特定の行動をした奴に贈られるアイテムだ」

「特定の行動、ですか?」


 何かしたかな私?


「はじまりのフィールドのボスの取得条件は全部同じだぜ。LA(ラストアタック)、要は相手のHPを0にした攻撃を放ったPCがぶんどるって寸法だ」

「あ、それで」


 私は1人で戦ったんだからHPを0にしたのも当然私だ。


「そうなんですか。でも色んなアイテムを落として、ボスってすごいんですね……どこに持ってたんでしょう?」

「ゲームのキャラクター相手に何を言ってんだお前」

「だ、だって普通のモンスターはその体の一部とかじゃないですか。装備品なんて着けてませんでしたし、気になったんですよ」

「どうだかな、一部かもしんねぇぞ? 昔食った奴の装備品だとかよ」

「はうっ?!」


 ビクッとウィンドウから手が離れる。


「冗談だ冗談、本気にすんじゃねぇよ」

「あ、ああ冗談ですか、良かった」


 ふう、危うく捨ててしまおうかと思う所だった。


「お前な……はぁ、それでどうすんだ? その2つは装備品だぞ、お前みたいなビギナーにとっちゃ重要だろ。売らずに取って置いた方がいいんじゃねぇか?」

「あ、やっぱりそうですよね」


 多分普通のドロップアイテムよりも高く買い取ってもらえるんだろうけど、それはやめておこう。


(初心者装備はまだ外せそうにないんだけど、装備部位によってはまだ空いてるし……装備品と分かるとなんか、もったいない)


 そう思い至りチェックマークは付けず、売っても問題無いドロップや採取アイテムのチェックを進める。


「あの、この瘴気の欠片って売っていい物なんでしょうか?」


 ボスを再生させるアイテム・瘴気の欠片。再度ボスモンスターに挑むでもなければ使う事は無い、筈。


「売りたきゃ売れ、二束三文だかな。だが、例えば俺みたいな生産職にはあまり縁が無いが、お前みたいな戦闘職なら加護のレベルを上げる為にボスと再戦する事だってあんだろ」

「レベルを……そっか」


 昨日、ジャイアントモスと戦った後、一気に加護のレベルが上がっていたのを思い出す。


「さすがのお前でも分かるだろうが、ザコと戦うよかボスと戦った方が経験値の入りが良い。効率的にレベルを上げるなら瘴気の欠片を持ってた方がいいんじゃねぇか?」

「そうですね……今はまだそんなに余裕は無いですけどいずれは必要になるかもですし、取っておきます」


 そしてチェック作業を済ませると、ノールさんによる査定が始まった。


「おーおー。この前より上等だな、ビッグスパイダーとジャイアントモスの通常ドロップもある」

「はい、がんばりました!」

「そうかいご苦労さん。さて査定としちゃこんなトコだな、どうだ?」


 程無くして買い取り金額が決まったらしい。表示された額は…………『2827G』?!


「エ、アノ……前ヨリ、全然、高イ、デスヨ?」

「このくらいでキョドってんじゃねぇよ、どんだけ貧乏なんだ」

「ぅ、すみません……だって前回は2日分で1500Gだったじゃないですか、1日で倍近くだからビックリしちゃったんですよ……」


 所持金が心許ないのがデフォルトになっていたのでついつい動揺しちゃった。


「ったく……査定が高くなったのはボス素材とデザルニア林道のモンスタードロップがあったからだ。はじまりのフィールドのドロップは基本売値が低いからな」


 デザルニア林道は多分はじまりの森の先にあった林と思われる。セレナと一緒に戦って得たドロップがこの金額に一役買ってくれたらしい。

 不満なんてある筈も無く、この額で了承してチャリーンと気持ちいつもより大きな音(きっと気の所為)が耳に響いた。ふぅ。


「でどうする、何か買うか?」

「えっと、ビギナーズHPポーションとビギナーズMPポーションを10本ずつください」

「まいど」


 ジャイアントモス戦で、やはりHPポーションも非常用として常備した方がいいと思ったので。

 代金の900Gを支払う。

 まだ2000G以上残っているのがものすごく頼もしい。


「わあ……お金がある」

「今までどんな貧しい生活をしてきたんだお前……」

「あ、いえ、そこまで苦労は……あ」


 そう、私は苦労とかしてない。それは何故かと問われたら……。


「あの、ノールさん」

「あン? どうかしたか?」

「小物類を売ってるお店知りませんか?」

「小物? ああ、装備品を調えるのか」

「あ、いえ装備品じゃなくて……えと、ただのアクセサリーとか置物とか雑貨みたいな」


 そう言うとノールさんは得心したとばかりに頷いている。


「ほー、色気もへったくれもない格好だと思ってたが、やっぱお前も女子だった訳だ」

「え、あ、違います違います。お世話になってる方に何かプレゼントをしたいと思っただけですよ」


 私なんかの為に使うなんて、まだまだおこがましい。


「そりゃ殊勝なこった……が、悪いな俺の知ってる店は実用優先のトコばかりだ。お前が欲しがってるような物を売ってる店の心当たりはねぇな」

「そうですか……」

「すまんな、役に立たなくて」


 さして申し訳無さそうにも見えないですよノールさん。


「いえ、お気になさらず。ぱっと思い付いただけですから、地道に探してみます」

「ま、いい品が見つかるよう祈るくらいはしてやんよ」

「ありがとうございます、それじゃあまた」

「おう、まいどあり」


 互いに手を振り、私はNPCshopを後にした。



◇◇◇◇◇



「ううーん……」


 南大通りから図書館のある北大通りへと向かう途中、PCショップ、NPCショップを問わずに何軒かの店舗、露店を見てみたのだけど、これって言うのは見当たらない。そもそも純粋な装飾品が少ない、大抵は当たり前ながらパラメータを上昇させる装備品だった。


(普通のPCになら似合うのかもしれないけど……)


 もう少し落ち着いたデザインの物はないかな。露店なら大通り以外にもあるけど、全部回るには時間が掛かるしなあ。

 ……んー。

 ある事を決め、通行の邪魔にならないように適当な空きスペースに身を寄せる。

 メニューを開いてチャットを繋ぐと間も無く通話が開始された。


『こ、こほん。もしもし? どうかしたのアリッサ』

「こんばんはセレナ、ごめんね突然」

『別に気にしないわよ。天丼が肉の壁と化して敵の攻撃を防い「掛け直します?!」ジョッ、ジョークよジョーク! アメリカン的な!』


 そうだった戦闘中は通常のチャットは繋がらないんだった。

 セレナのジョークに騙されてしまった……ノールさんと言い、ジョークに騙されやすいのかな、私……。


「本当……?」

『あれよ、私がアリッサに嘘をついた事が「今、まさに、その話題なんですけど」ゴメンナサイ』


 結構な脇道に逸れながらも、私はセレナに事情を話した。マーサさんへのお礼に何かしらプレゼントを贈りたい旨を。

 そしてその手のお店、または露店を知らないか、と尋ねた。


『ふぅん、なるほどね。なんか、らしい話』

「どうかな、心当たりはある?」

『んー、あるにはあるんだけど……』


 途中でセレナの言葉が尻窄みに小さくなる。何か問題でもあるのかな?


『そこはプレイヤーズショップで出来がいいんだけど、結構値が張るのよねー……最低でも6、7000くらいからだし』

「ああ、それは別にいいの、お金を稼ぐモチベーションになるから。だからまずは商品を探して具体的にどれくらい予算が必要か知りたいの」


 今の予算が2000G程度だし、高望みはしていない。むしろ2000G相当の品を妥協で買うよりも、値段が高くても良い物をマーサさんにプレゼントしたいから。


『……案外アリッサみたいのが一番この世界(ゲーム)に馴染んでんのかもね』


 セレナはしみじみと、どこか笑んでいるような雰囲気を滲ませながら呟く。

 馴染む、って私が?


「えっと、どういう意味?」

『んーん、何でもない。お店の場所だけど……口頭じゃ伝えにくいから後でメールで送っとくわ』

「ありがとう、助かる」

『こ、このくらいどって事無いって、分かんない事が出来たらまた連絡しなさいよ。協力するし』


 そんな事はとても……何せ今も多大な恩を返そうとしている所なのに。


「してもらってばかりは悪いよ。私からも、力になれる事があったら言ってね。まだ出来る事は少ないけどなんだって手伝うから」

『憶えとく、じゃね』

「うん、またね」


 挨拶を交わし通話を終了する、しばらく待っているとセレナからメールが届いた。これでお店までの大まかな道筋が分かる。


「裏路地の……結構奥の方? セレナもよくこんな場所のお店を見つけられたなあ」


 セレナの鼻が利くのか、それとも知名度があるお店なのか。店名は『シロネ工房』。

 さてはて、どんなお店なのか。なんだか楽しみになってしまった私はそそくさとメールに従いその場を後にした。



◇◇◇◇◇



「で、ここを右……み、ぎ…………ああ、やっぱり……はあ」


 シロネ工房を目指して進む事10分弱。十字路に差し掛かった私はセレナからのメールを何度も読み直しながら道を進む。

 道中は別に複雑に入り組んでいる訳でもないしセレナのメールも分かりやすいのだけど……道が細く、と言うか家と家の隙間だったり木が他の道より茂ってしゃがんで行かねばならなかったり、つまりは歩きづらい道ばかり。

 そして今通るのは木の根っこで煉瓦で出来た道がデコボコになってて、やはり歩きづらかった。


「なんでわざわざこんな先にお店を……ハッ、家賃が安いとか?」


「にゃっはっはっ。まぁ、30点てトコだにゃあ〜」


「…………え?」


 頭上から声が降る。影が落ちる。


「ニャーは騒がしいのが苦手にゃのさ。日がな一日静か〜に日向ぼっこ出来る物件っつーと限られるからにゃあ」


 木の枝に座り足をぶらぶらと揺らしながらこちらを見下ろすのは白い獣人だった。

 白い短髪に、白い猫耳、猫の手らしい肉球付きのグローブに、猫の足を模したブーツ、ゆらゆら揺れる尻尾、ブカブカのYシャツ。全身を真っ白にコーディネートした女性。


猫人族(ウェアキティ)? 白猫……しろね、こ……? まさか)


 今度は私から声を掛けた。


「あの、あなたは?」

「相手に問う前にまずは自分から名乗るものであろう、と言いたい所にゃが……ま、いっかぁ! ニャーの名はシロネ、この先に店を構える酔狂者にゃ」


 そう名乗ると、シロネさんは枝から飛び降り、「くるりんぱ」と謎の擬音を発しながら器用に音も無く着地した。


「して、お主の名前はにゃ〜にかにゃ〜?」

「あ、失礼しました。アリッサと申します」

「知ってるにゃ」

「は?」


 頭を下げかけたタイミングで、妙な事を言われた。

 知ってる? 私の事を?

 そんな、自慢じゃないけど私の交遊関係の狭さは尋常じゃないのに……いや、ほんとに自慢にも何にもなりはしないんだけど。


「さっき鎌女からメールが来たにゃ。『友達に紹介してあげたから私に感謝しなさい。後、その娘を無下に扱ったらぶっ飛ばすからね』、だそうにゃ」


 鎌……こほん、セレナ……その文面は色々とおかしいよ……。


「えっと、その、すみません」

「気にすんにゃ、ニャーもしにゃい。ホレ、突っ立ってにゃいで着いてくるにゃ」


「手招きするシロネさん。その姿はまさしく招き猫のよう――――とか考えたかにゃ?」

「あ、あはは……」


 いや、しましたけど! だってしゃがんでるし右手で招くし、思いっきり招き猫のポーズしてるじゃないですか、それで想像するなは無理な話です!

 ……などと、初対面の人には間違っても言えない私であった。


「にゃっはっはっ! まっ、時間も惜しいしにゃ、おふざけはここいらで終いにゃ。行くにゃ〜」

「は、はい!」


 ピョンピョンとデコボコ道を軽業のように跳ぶシロネさん。その様はそれこそ猫で、揺れる尻尾とピコピコと動く猫耳が楽しげだった。


 ……もたもたと着いていく私とのギャップが酷かったけど。


 やがて一際薄暗い木々のトンネルを抜けた先、行き止まりに建物が見えてくる。

 セレナからのメールによれば、あそこが今回の目的地。


「ようこそ。ここが我が城、シロネ工房にゃ」


 胸を張るシロネさんの後ろにはこの街では初めて見るログハウスが建物と建物の間を埋めるように建てられ、猫の形の看板には店名が筆文字でワイルドに書かれていた。

 二階建てのログハウスは周りの建築物とは明らかに違っているのに異質な感じはせず、木漏れ日の中のその偉容はなんだか絵にでもなりそうだった。


「はあ〜、ご立派なお店ですね……あれ? このログハウス、木が絡み付いてないですね」


 両隣の建物の上には大きさこそ違うけど、同じように木が茂ってるのにログハウスにはそれが無い。

 ああ、だから他の建物よりも陽射しが当たって際立って見えたのかな?


「にゅっふっふっ、よくぞ気付いたにゃ。この店は空地だったのを大枚はたいて買い取って新築した物なのにゃー!!」

「え、ええぇぇっ?! そんな事出来るんですかっ! はー、すごいですね〜」


 まさかこのログハウスが丸ごと自分で建てた物だなんて……そっかあ、まさしく一国一城の主な訳ね。


「でもめっちゃ金がかかったにゃ、お陰で懐すかんぴんにゃ〜……っつー訳でお客様は神様にゃ! さぁさぁ思う存分お金を落としていくがよかろう! にゃ〜にゃっにゃっにゃっ!」


 なんだろう、今後招き猫を見ると邪悪の化身に思えてしまいそうなオーラを彼女は放っていた。

 ……あれ、シロネさんの目は鮮やかな赤色だった筈なのに……ガル記号(『G』に縦線2本が走った記号)になってる。あははー、おかしいなー?


「帰ってもいいですか?」

「帰すと思うかにゃ?」


 腰の引けた私と、獲物を前に舌なめずりするシロネさんのにらみ合いはその後数十秒程続いたのでした……。



◇◇◇◇◇



「おうわ」


 結局お店に入る事になった私は、店内に一歩足を踏み入れたその瞬間に驚いた。

 いくつもある棚からはこぼれ落ちんがばかりに商品が陳列|(?)されていた。


「こ、これは危なくないですか……?」

「にゃははー、心配すんにゃ。商品は棚の上に載った時点でシステム的に保護されてるからいくら積もうが問題無いのにゃ、そこら辺はゲームっつー事にゃ〜」


 と、言うやいなや棚の1つを傾け、て!? ――――でも、商品が落ちる気配は一向に無かった。

 もしかしたらこの棚はそう言う効果を持ったアイテムなのかもしれない。


「んじゃ、ゆっくりするといいにゃ。ニャーは奥の工房で作業してるから用があったら気兼ね無く呼びにゃ〜」

「あ、はい! ありがとうございます」


 そう言い残しシロネさんはカウンター奥の扉へと消えていった。雑然とした店内には、私1人が残される。


「……じゃ、見てみよっかな」


 まずは壁際の棚から順番に回り始める。

 なんだか商品が出来たら空いてるスペースに突っ込んでいるような配置だけど、そこに置かれた品々は本当に趣味の良い小物類だった。小箱、写真立て、置物、アクセサリー。

 丁寧に丁寧に、優しく優しく、まるで初めからそうだったんじゃないかと思えるくらいに自然な出来栄え。あのシロネさんのイメージとは著しく解離した作品群に私の目は吸い込まれていく。

 ゆっくりと1つずつ、マーサさんを思い浮かべながら見定める。ぐるぐると店内を回り、とある品の前でその足がぴたりと止まる。


「あ……」


 私の目に止まったのは簡素な小箱に納められた小さなブローチだった。

 楕円形の台座に嵌め込まれた薄い緑色の石、デザインは花と蔓。沢山の商品の中で埋もれてしまいそうなそれに、自然と私の手が伸びる。


「綺麗……いいな、これ」


 薄い緑色の石は掘る深さが陰影になり、その花はとても優しげに私の瞳に映った。


「うん、これにしよ…………まあ買えないんだけど」


 買う物も決まったのでお店の奥に消えていったシロネさんを呼びに向かう。値段が書かれてないから聞かないといけない。

 コンコン。扉を軽くノックする。


「あのー、すみませーん。シロネさーん」

「あいにゃー」


 ガチャリと扉を開けて現れたシロネさんに何やら違和感を抱く、と思ったら猫の手グローブが無くなり、細く綺麗な指があらわになっていた。さすがにあれをしたまま細かい作業は無理なのか。


「さてさて、それで何か買うのかにゃ〜?」

「あの、これなんですけど……」


 ブローチの小箱をカウンターに置く。


「お、これにしたにゃか。うむうむ良い趣味にゃ、お代は6500Gになりますにゃ〜」


 揉み手と満面の笑みを私に向けてくるシロネさん。説明するのが酷く悪く思えてくる。


「あの、その事なんですけど実は……お金が、無いんです……(ぽそっ)」

「…………ノー・マネー?」

「い、いえす」

「…………」

「…………」

「か、」



「金がねぇなら帰りやがれぇえええぇっっ!!!」



 即座、とはこう言う事か。シロネさんはしゅばっ! 目にも止まらぬスピードでブローチの小箱を取り上げて、フシャアアァァ!! と私を威嚇し始める。


「あー、いえ。後日お金を用意出来るまでそのブローチの取り置きをお願いしたいんです」

「にゃん?」


 疑わしげな目で私を値踏みしている、ちなみに今の私はもちろん初期装備です。初期装備……。


「……はん。約束は出来ねーにゃ〜。何故ならニャーは明日の100Gよりも今日の10Gを選ぶ刹那的な女だからにゃ〜」

「そう、ですか……」


 それは……そうだよね、私みたいなのの「商品を取り置きしておいて」なんて言うお願いを一々聞いてたら商売にならないものね……。


「で、ものは相談にゃが、お前さん今いくらなら払えるにゃ?」

「はい? あっ! もしや割り引「割り引いたりとか死んでも嫌に決まってんにゃろ」で、ですよね……」


 そんな都合のいい話は無いのでした。でも、だったら一体?


「先払いでいくらか払えば、まぁ何日かくらいはコイツをカウンターの中に仕舞っといてやらんでもないって話にゃ」

「ほ、ほんとですかっ!?」

「にゃは〜、もちろん期限を過ぎたら棚に戻させてもらうがにゃ。お前さんは一応金蔓……もとい、鎌女からの紹介だしにゃ」


 セレナ、あなた普段この人とどんな付き合いをしてるの!? どちらにしてもあんまりな愛称なんですけど!


「ま、何にせよ金額次第にゃ。で、どんにゃもんだにゃ?」



 指で輪っかを作るシロネさん。今の私の持ち合わせは2002G、さてどれだけ出すべきなのか……。


「えーと、最低額は如何程なのでしょうか?」

「あー、じゃツンデレ娘の顔に免じて」


 ピッ、と指を1本立てた。


「1日1000G、てトコだにゃ。もちろん払った分だけ会計の時に引くから安心しとくにゃ。過ぎたらいただくがにゃにゃにゃにゃにゃ」


 ブローチの値段が6500G、1日で4500Gも稼ぐ自信なんて欠片も無いよ……だとすると……つまり。


「にっ、2000Gで2日っ……お願い、しますっ!」

「なんか血涙でも流しそうな勢いだにゃあ。まぁ、ニャーはそんにゃん気にしにゃいがにゃ〜」


 心情的にはダバダバ流れてます。だってこれで残金2Gと言う画期的な数字になりましたからね!?


 そして2000Gを支払い、チャリーンと言う効果音に心がへし折られかけながらも、これで立ち止まってはいられなくなったのだと己を鼓舞して顔を上げたのだった。


「ほんじゃま、せいぜい精進するがいいにゃ」

「とか言いながらさらりとブローチを棚に戻そうとしないでくださいよっ!」

「冗談の通じない奴にゃ」

「今の私にそんな余裕はありませんから……では、失礼させていただきます」

「グッドラーックにゃ〜」


 こうしてシロネ工房から飛び出した私の、新た(むぼう)な戦いが始まったのでした……!



◇◇◇◇◇



「本の返却に来ましたー」

「はい、少々お待ちください」


 シロネ工房を後にした私はまず図書館に来ていた。

 理由は簡単。今の所持金じゃ延滞料金払えないので時間に余裕があるうちに返してしまう事にした。


「はい、確認いたしました。またご利用してくださいね」

「はい、では」


 今は恐くて借りられないので余裕が出来たらになりますが……。

 笑顔の司書さんに別れを告げ図書館を後にし、北大通りに出る。目指すはその先、北の門。


 いざ、はじまりの丘陵へ!


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